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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
常陸国府炎滅

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怨火、王道へ転ず

 紅蓮の炎に照らされた将門の横顔は、どこか穏やかですらあった。怒号も悲鳴も、その耳には遠い波音のようにしか届かなかった。正庁の巨大な梁が崩れ落ちる轟音が、遠雷のように響いた。火柱は冬の空を焦がし、黒煙は風に乗って東へ流れた。

 黙って眺めていた三郎将頼が、ゆっくりと口を開いた。

「……兄上、国巣衆の暴走が、国府をこのような姿に……」

 将門は首を振った。

「民を責めるな。これは運命(さだめ)よ。――因果の律と縁起の理(ことわり)が生んだ怨火だ」

 淡々とした声であった。悔恨も弁明もない。ただ、現実を受け容れた言葉であった。

「この炎は、まつろわぬ民の怨火だ。我はそれを背負うと決めた。これが道だ」

 炎の赤が将門を照らした。その表情には、静かな覚悟だけがあった。


 やがて、一隊を率いる五郎将為と六郎将武が、捕らえた玄明と玄茂を連行してきた。

「この者らは、兄上の命に背き、軍規を乱した国巣衆の将にございます」

 二人は縛られたまま、将門の前に進み、深く頭を下げた。

「将門公、俺たちはやり過ぎた。だが、抑えられなかった」

 怒りの余熱がまだ身に残るのか、二人の息は荒く、肩は僅かに震えていた。胸の奥に巣食う怨念が、なお行き場を求めて蠢いていた。

「……俺たちは退けぬ。退けば奪われ、また山野に追われる」

 背後に控えていた国巣衆もまた、消えぬ怒りに身を震わせていた。その眼には、炎よりも濃い怨みの色が宿っていた。長い年月、山野に追いやられ、蔑まれ、搾取され続けた者たちの怨火であった。

 将門は玄明、玄茂を見た。そのまなざしは、責めるでもなく、慰めるでもなかった。

「汝らの怒りを、我は止められなかった。だが、これからは違う」

 二人が顔を上げた。

「まずは縄を解かねばならぬな。許せ、玄明、玄茂よ」

 二人は縄を解かれ、将門に跪拝した。

「『まつろわぬ民』は、怨火を振るうだけの存在ではない。汝らは、すでに我が兵(つわもの)たちだ。これより後、汝らは、民を守護する力となれ」

 玄明と玄茂は、改めて深く頭を垂れた。

「承知しました。俺たちは将門公の刃となり、民のために力を振るいます」

 背後で荒く息をついていた国巣衆も、その目を輝かせながら一斉に跪拝した。

 虐げられ、蔑まれてきた「まつろわぬ民」は、将門の兵(つわもの)として、民を救い、守る使命を帯びたのである。将門は、怨火を消す代わりに、玄明らにも国巣衆にも、「義」が統べる地――「王道楽土」を築く使命を与えた。

 将門は、玄明の背後に立つ「獣の影」を静かに見据えていた。

 そこには、久しく忘れていた誇りの色が宿っていた。


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