↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
葦間に起つ者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
116/162

朝の光、影の行方

 夜が明けた。湿原にこびりついていた血と煙の匂いも、朝霧に溶けて薄れていく。昨夜の地獄など嘘だったかのように、坂東の朝は穏やかで、温かかった。

 河内郡衙から奪い返した米俵は、国巣衆の男たちの手で、湿原の中州に点在する集落へ次々と運び込まれていった。

「お、お米だ……!」

「こんなにたくさん……!」

「夢じゃないのか……?」

 女たちが駆け寄り、童子たちは米俵を取り囲んで歓声を上げた。

「ごはん食べられるね!」

「おなかいっぱいになるね!」

「おかあちゃん、今日お祭り?」

 母親たちは涙で頬を濡らし、老人たちは震える手で米俵を撫でた。

「ありがたい……ありがたい……」

「玄明様……玄明様……」

 玄明は照れたように頭を掻いた。

「おいおい、俺なんかを拝むなよ。皆で取り返したんだ」

 昨夜、鬼の形相で国府の兵を蹴散らした荒くれ者たちも、今は炊きたての飯を童子の手に載せ、相好を崩している。

「ほら、持っていけ。おまえらが食わねば、意味がない」


 その光景を見つめる国豊の胸に、熱いものが込み上げた。

 ――これが玄明の戦いか。

 ――これが“民のための暴れ”なのか。

 昨夜、玄明が見せた呪術の恐怖。

 今朝、民の笑顔に囲まれて照れる玄明。

 その両方が、ひとりの男の中に同居していた。


 国豊は清名を抱きしめ、静かに呟いた。

「……運命(さだめ)は、間違っていなかった。玄明と出会い、この道を進んできたことも……」


 その頃、鎌輪宿では、将門が文机の前で地図を広げていた。

 そこへ、息を切らした郎党が駆け込む。

「殿、一大事にございます! 浮島が国衙の兵に襲われ、大掾殿が……!」

 将門の眉が跳ね上がる。

「国豊が国衙の兵に襲われた、とでも申すか?」

 郎党は首を振った。

「いえ、行方郡司・壬生氏が国衙の兵を動かしたようなのです」

「なんだと! 国豊は無事なのか?」

「それが……国豊様も一族郎党も消息知れず。浮島館ばかりか、信太一帯まで焼き払われ、焦土と化したとのことです」

「な……なんということだ……!」

 将門は項垂れ、拳を震わせた。

「とにかく、死んだと決まったわけではあるまい。国豊の消息を追え!」

 怒りに呑まれかけた将門の気迫に、郎党たちは息を詰めた。


 そこへ、別の郎党が駆け込む。

「将門さま……! 香澄流海(霞ヶ浦)で……“鬼”が暴れております!」

「鬼だと?」

「行方郡衙が焼かれ、不動倉も襲われました。行方郡司・壬生氏の一族郎党は、女子供を除き、ことごとく討たれたとのこと」

「な、なんだと……?」

 今しがた“国豊の仇”と憎んだ相手が、すでに滅ぼされている。

「何が起きているのだ……?」

 さらに別の郎党が駆け込む。

「信太北部の土豪、藤原玄明なる者、手勢百余を率いて河内郡衙を襲撃し、不動倉の米を奪ったとのこと!」

 壬生氏の滅亡、行方の焼失、河内の陥落――一夜にして、坂東の地が裏返ったかのようだった。


 そこへ、浮島の郎党・信太成宮が面会を求めてきた。

「将門公、信太成宮にございます。維幾めが壬生氏と結び、信太浮島を攻めましたが、国豊様は湿原へ逃れ、命を拾われました」

「おお……国豊は生きていたか!」

「ご妻女も清名様も、ご無事にございます」

 将門は胸を撫で下ろした。

 成宮は続けた。

「我らを扶けたのは、奈河久慈の藤氏に連なる土豪、藤原玄明。玄明は湿原の国巣衆と結び、併せて三百余を率いて河内の不動倉を襲いました。同じ頃、佐伯民(さえきのたみ)も行方郡衙を攻め、郡司の兵を殲滅しております」

 将門は言葉を失った。錯綜する報せを、ひとつずつ頭の中で繋ぎ合わせた。

「……つまり、国豊は生きており、その国豊を救った藤氏が、国巣衆を率いて国府を相手に叛乱を起こした、というのだな」

 将門は弾かれたように立ち上がった。

「はっ。国豊様と玄明殿は将門公の庇護を恃み、すでに鎌輪の近くまで参っております。お目通りを願いたいとのことにございます」

「なに、国豊が近くまで来ていると!」

 だが、すぐに我に返り、静かに座り直した。

「そうか……。まずは、安堵した」

「玄明なる者にも会わねばなるまい。真に民のために戦う者であるならば」

 その瞳には、英雄の光と、やがて時代を呑み込む影とが、かすかに揺らめいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。