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死ぬのは効率が悪い  作者: nokal


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28/30

第28話 季節はいつの間にか


 幽霊さんの件から、数ヶ月が経った。


 あの日を境に、私たちの間には説明しがたい微妙な空気が流れ続けていた。兀斗(たかと)は眠る日が増え、瑠衣(るい)は祓い屋の仕事をセーブして本職に集中。そして私は――相変わらず幽体離脱(ゆうたいりだつ)のまま院内を徘徊する日々。


 季節はいつの間にか移り変わり、気づけば次の季節が顔を覗かせている。

 ……私、このまま四季をひと回り全部、幽霊みたいな半透明の状態で迎えるの? さすがにそれは嫌だなぁ。そんな愚痴を心の中でこぼしつつ、病院の窓から見える山の景色へと目を向ける。なう屋上である。

 少し霞んだ稜線が、季節の端境(はざかい)をぼんやりと滲ませていた。


「……」


 ふと視線を下へ移すと、中庭で遊ぶ子どもたちが目に入った。

 ニット帽を深くかぶった子、半袖半ズボンでクロックスをパタパタ鳴らして走り回る子。彼ら全員の手首には、紙製のリストバンドが巻かれている。それを見た瞬間、胸の奥がきゅっと狭くなった。


「……」

「よお」


 がちゃん、とドアの音がして振り返ると、白衣を着込んだ瑠衣と、車椅子に乗った兀斗がこちらへ近づいてきていた。二人とも、あの日よりずっと顔色がいい。体調が持ち直したのが一目で分かる。

 ……まあ、そりゃそうだよね。数ヶ月経ってるんだし。

 私はフェンスに背中を預けながら、少し拗ねた声を出した。


「遅くない? 人を呼んどいて」

「悪いって」


 瑠衣は短く答える。冗談を返す余裕はないらしい。数時間前に数時間後に屋上へ来いと呼ばれたのだ。……なんだかややこしい文面だが、まあそういうことだ。

 瑠衣が私を屋上へ収集した。まさか兀斗もいるとは思わなかったけど。


「じゃ、全員揃ったな」


 瑠衣が私と兀斗に視線を配る。


「少し長くなるかもしれないけど……聞いてくれ」

 ――僕が調べて分かったことを。


 ……相変わらずキザですこと。心の中でそう呟きつつ、私は姿勢を正した。


 


「半年前、お前はこの屋上から飛び降りた。それは間違いないな?」

「うん」

「で、実はその時期にもう一つ、不自然なことがあったんだ」

「不自然?」

「お前が飛び降りてから一週間後に、五〇一号室の患者が急変して亡くなった。五〇一号室――心臓移植を受けた患者さん。つまり幽霊さんだ」


 ……ほう。


「まあ、心臓移植っていうのはリスクがある。百%成功するとは限らない。実際、その子は術後一度目を覚ましてから昏睡状態に入っていた。だからある程度覚悟はしていた。けどな――」


 瑠衣はそこで、ほんの少しだけ声を落とした。


「僕は、ひっかかった。……患者の()が抜けてたんだよ」


 私は瞼をぴくりと動かした。兀斗は車椅子のまま、無言で瑠衣を見つめている。


()()()()()()()()

「――つまり?」


 私は答えを急かすように口を挟んだ。瑠衣は短く息を吸うと、話題を切り替えるように言った。


「……話は飛ぶが。僕は、お前の飛び降りが()()()()()()()()も捨てきれなくてな。院内の防犯カメラを調べたんだ」

「は? 見せてもらえたの?」

「もちろん簡単じゃない。一医者が“見せて?”って言ったところで、はいどうぞ、ってなるわけないだろ」

「じゃあどうやって――」

「え? 僕の美貌で」

「聞くんじゃなかった」

「とにかくだ」


 瑠衣は軽く咳払いし、表情を引き締めた。


「僕は、お前が病室から屋上まで行くときに通る道と――」と言って、二人が乗ってきた医療用エレベーターを指差した。「あのエレベーターまでの道の防犯カメラを全部チェックした」


 そこで瑠衣は視線を兀斗へ向けた。


「そしたら――()()()()()()()()()()()()


 兀斗は、いつもの無表情で瑠衣を見つめ返していた。

 冷ややかな目。その奥に何を隠しているのかまるで読み取れない。乾いた赤い唇だけが、妙に静かだった。


「あいつが飛び降りたと推測される時間の数分前、()()()()()()()()()()()()()。その時は車椅子に乗ってた。だけど、お前は五〇四号室――こいつの部屋を覗いた後、明らかに慌てた様子で廊下を車椅子で走った。()()()()()()()()()()()()。……心臓移植の患者がいた部屋だ」

「……」

「その後――どんな姿で出てきたかは、自分でも覚えてるよな?」


 兀斗は、沈黙した。


「お前は、()()()()()()()()()()()()()()。それでそのまま走って医療用エレベーターに向かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……僕が聞きたいこと、わかるよな? ()()()()()()()()()()?」


 兀斗の表情は読めない。動かない。瑠衣の声が、静かに、深く沈んだ。


「お前は……()()()()()()()()()()()、屋上へ向かったんだろ? なあ、そうなんだろ?」

「……」

「その後、お前は何食わぬ顔でエレベーターを使って戻ってきた。――その時間だ。こいつが、屋上から飛び降りたのは」


 瑠衣は一歩、前に詰めた。


「…………なあ、兀斗。こっち見ろって」


 兀斗は視線を落としたまま動かない。その沈黙が、逆に残酷だった。瑠衣はとうとう兀斗の胸ぐらを掴み、ぐっと引き寄せた。兀斗の細い黒髪がふわりと揺れる。


「お前が、こいつを殺したのか? こいつの背中を押したのか? なあ、なんとか言えよ! 違うなら違うって言えよ!」


 瑠衣……。

 彼の声は震えていた。怒りだけじゃない。痛みが混じっている。

 風の音に紛れるように、小さな声が落ちた。


「……ん」


 兀斗のものだった。黒髪の隙間から、兀斗の瞳が見えた。肯定の声は簡単には喉に張り付いて出てこない。代わりに、潤んだ瞳が致命的な事実を静かに認め、謝罪するように伏せられた。


「……ごめん――」


 ほんのかすれた声が落ちる。


「ごめん……」


 私は思わず足元へ視線を落とす。兀斗の唇が震えた。


「俺のせいなんだ……。俺が――――俺が」


 そして、壊れたように続いた。

 

 お姉さんを…………。

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