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死ぬのは効率が悪い  作者: nokal


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第21話 「私、


 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈



「私、自分がどうして自殺しようとしたのか……思い出そうと思うの」


 その言葉は、まるで落ち着いた湖の水面に石を投げ込まれたみたいに、俺の世界に波紋を広げた。お姉さんがそんなことを言い出したのは、幽霊さんと出会ってから二日後のことだった。


 その日も、いつもと同じように昼過ぎに目を覚ました。

 俺の身体は気を溜めないとまともに動けないから、睡眠は休息というより充電に近い。疲れている時は特に、このルーティーンを外すわけにはいかない。

 看護師が運んできた昼飯を、行儀よく箸で口へ運んでいると——。窓のほうで、かすかな音がした。目を向ける。ガラスの向こう側に浮かぶ、お姉さんの笑顔。

 透きとおるように柔らかくて、でもどこか不器用で、見慣れた幽霊の姿だ。俺は無言のまま見つめ返した。それが返事だと受け取ったのだろう。お姉さんはガラスをそのまま通り抜けて、部屋の中へ入ってきた。

 幽霊としての存在の仕方が、だんだん板についてきたらしい。

 俺は左手で箸を操り、黙々と食材を口へ放り込んでいく。


「ねえ、私さ——」


 そんな静かな昼下がりに、お姉さんはふいに口を開いた。

「自殺した理由を……思い出そうと思うの」と。

 笹木(ささき)せんせーの話では、しばらく幽霊生活を満喫するつもりだと言っていたはずだ。

 やっぱり、あの日俺が言った一言が思った以上に効いたのかもしれない。さすがに俺も、少しばかり胸が痛む。


「そんな急がなくてもいいんじゃないの。便利なんでしょ、その体」

「いや、まあ……便利は便利なんだけどさ」


 お姉さんは窓から差す光を背に、どこか影の差した横顔でつぶやいた。


「薄々感じてたんだよね。このままじゃダメだって。兀斗に言われる前から、自分のこと……ちゃんと考えなくちゃって」


 ちょっとだけ視線を落とし、それから苦笑を浮かべて付け足す。


「それにさ、入院費もバカにならないし」

「保険とか……ないの?」


 俺は病院のシステムに詳しいわけじゃないが、昏睡状態の人間の財産は、普通に考えればどんどん目減りしていくだろう。そのための保険の仕組みみたいなものはないんだろうか。


「ないない。というか私の場合、財産管理って言って後見人が全部やってるんだけど……それが瑠衣なんだよね」


 その名を口にした瞬間、お姉さんは肩をすくめた。


「好きなだけ幽霊やってていいけど、その代わり貯金が尽きる前には目を覚ませって言われててさ。……全く、優しいんだか優しくないんだかわかんないよね」


 お姉さんはやれやれと首を横に振る。大袈裟といえば大袈裟なのに、その仕草が妙にしなやかで、やたらと綺麗だった。その時ふと気づいた。

 ——お姉さんの動きって、手振りひとつ、首の角度ひとつ、やたら優雅なんだ。

 バレエダンサーだった頃の片鱗が、そこかしこに残っている。

 話を戻す。

 お姉さんはそう言うけれど、俺からすれば笹木せんせーなりの優しさだと思う。あの二人の仲の良さを見ていれば、関係性に何もないなんて考えられない。そんなことを考えていると、お姉さんがこちらへ身体を傾けてきた。


「だからさ、手伝ってくれない?」

「は? ——はあ?」


 予想外すぎて、声が半オクターブ裏返った。お姉さんは悪戯みたいに目を細め、にっこり笑っていた。俺は思わず箸を止めた。眉を寄せて、お姉さんの方を見る。


「いや、なんで俺が?」

「だって暇つぶしになるでしょ? ほら、私とゲーム始めたのも暇つぶしだったじゃん。私の自殺の理由を探るなんて、これ以上ない暇つぶしだと思うけど」

「い、いやいや……そうだけどさ」


 言葉に詰まり、箸の先が宙で迷う。

 俺はこんな体だし、いつも満足に動けるわけでもない。そんな簡単に、調査がスムーズに進むような気はとてもじゃないがしない。


「いいよ、それは私が様子見るから。兀斗が体調悪そうな時は無理させないし、すぐに全部わかるなんて思ってないし。瑠衣は瑠衣で調べてくれてるけど、あの人いまあの悪気の対応で忙しそうだし。だからまぁ、段々と……わかっていければいいな、ってだけ」


 お姉さんの声は、とても軽い。俺は思わず下唇を噛んだ。


「まぁ……暇つぶしにはなるけどさ。……で、それの俺のメリットは?」

「それ?」


 お姉さんが小首を傾げる。


「お姉さんの自殺の理由がわかったとして……俺にどんなメリットがあるの?」


 ——なるべく、思い出してほしくないなんて言えない。

 その言葉を飲み込んだ瞬間、お姉さんはふいにウインクして、手のひらを上に向けて俺を指した。まるで何かを差し出すみたいに。


「君のやりたいことリストを実現できるようになるよ」


 あぁ——。


「ほら。ラーメン屋さんに行きたいって言ってたでしょ? でも、今の私じゃどーしても一緒に行けないからさ。制限、多いじゃん?」

「……お姉さんにしては、よく頭が働くじゃん。いいよ。乗った。手伝ってあげるよ」


 そう言うと、お姉さんはわかりやすくニカッと笑った。まるで幼い子どもが新しい遊びを見つけたときみたいに、表情がコロコロ変わる。

 ——あの日も、そんな顔をしていた気がする。

 もしかしたら、このお姉さんの姿は俺しか知らないのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。

 あの日の真実が暴かれるその時、俺は今と同じように、お姉さんの隣にいられるだろうか。

 否。

 そんな未来を考えたって仕方がない。

 俺には——俺たちには——使える時間が限られているのだから。

ご感想等お待ちしております☺︎

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