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死ぬのは効率が悪い  作者: nokal


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第18話 心配して損した——

┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 心配して損した——いや、損したなんて生易しいもんじゃない。

 さっきの悲鳴は何だったんだよと怒鳴りたくなるほど、目の前の光景に俺は完全に腰を抜かした。文字通り、足の力がふっと抜けて床にぺたんと座り込んだ。手のひらにも、尻にも、廊下の冷たいタイルの感触がひんやり伝わる。


「……は」


 はあ?


 悲鳴の正体——お姉さんは、霊と仲良くおしゃべりしていた。


「そっかぁ、そうだったんだね……辛かったね」「うう……私は……私は……」「よしよし」「……こんなふうに人生を終わるなんて……思ってなくて」「うんうん」


 慰めモード全開。深夜の病棟でなにこの穏やかな会話。

 俺と同じように慌てて駆けつけた笹木せんせーも、呆れを隠さず盛大なため息をついた。乱暴に後頭部をガシガシかきむしる。


「なぁにやってんだよ、お前」

「いたっ⁉︎ ちょ、急に殴んないでよ!」


 その抗議も虚しく、笹木せんせーは容赦なくお姉さんの背骨あたりへ軽く蹴りを入れた。


「なにしにきたの、瑠衣(るい)

「“何しにきたの?”じゃねえよ。なんだよさっきの、可愛げゼロの悲鳴は。心配した僕たちの時間返せ」

「え、聞こえてたの?」

「アホか。あんなでけぇ声、聞こえないわけないだろ」

「そんなつもりなかったんだけどなぁ…………あっ」


 そして、ようやくお姉さんの口が止まった。彼女の視線がすうっと俺へ移ってくる。床にへたりこんで間抜けに座り込んだままの俺と、お姉さんの視線がかち合った。数秒。時間が止まったように、どちらも動かない。そして、お姉さんは気まずそうに目を右へ、左へ、と泳がせた。それから、おそるおそる片手を上げる。


「や、やほー……」


 ——やっぱり、心配して損した。




「こちら、徘徊してた“幽霊さん”」

『ど、どうも。幽霊です』

「なんか、人生に悩んでる感じがしたから、話聞いてあげてたの。――あ、最初の大声? あれね、私が幽霊さんにびっくりして叫んじゃっただけ。ごめんごめん。だからさぁ、そんな怖い顔しないでくれる? ね? お姉さん、心が痛むから」

「バカにすんな」

「ぐへっ」


 俺は顔を覗きこんできたお姉さんの鳩尾へ、容赦なく拳を叩き込んだ。もちろん、彼女はいま幽体離脱中なので、こういう時だけはしっかり当たる。深いため息が、自然と漏れた。


——“何もなくてよかった”なんて、死んでも言うもんか。


「にしてもお前、霊と仲良くなるなんて、ほんっとぶっ飛んでんな」


 笹木せんせーが呆れ混じりに言う。当の幽霊さんは、お姉さんの隣でこくこく頷いていた。


『わ、わたしも驚かせてしまったから、てっきり逃げられるか祓われると思っていたんですが……あの、失礼ですがあなたは一体……?』


 そこでようやく、お姉さんは自分が名乗っていないことに気づいたらしい。


「あ、私? 私はぁ……これ、名乗っちゃいけないんだよね?」


 確認するように俺へ顔を向けてくる。霊の前で名前を名乗るということは、名を渡すこと——つまり縛られることと同じ。……なのだが。

 その理屈が成立するのは祓い屋だけだ。祓い屋が名を扱うからこそ縛りになるのであって、一般人が名乗ったところで、幽霊がその名を使役の術として扱えるわけじゃない。俺はそれを簡潔に説明した。お姉さんはほっと息を吐いた。薄い胸元が、ゆっくりと上下し、安堵の呼吸がそのまま形になる。月明かりに透けるようなその仕草が、妙に人間らしくて。


だから余計に——さっきの悲鳴で腰を抜かした自分を、どうしても許したくなかった。


「じゃ、あらためまして。私は——」

「伏せろッ!」


 刹那、お姉さんの声を切り裂くように、笹木せんせーの怒号が廊下に響いた。幸い俺は床に座り込んでいたのでそのままの体勢で済んだが、お姉さんは笹木せんせーに押し倒されるようにして伏せさせられた。同時に、俺も状況を理解する。

 殺気。

 怨念。

 凄まじく、恐ろしく、荒々しい悪気——。


「こっちだ!」


 笹木せんせーの声が飛ぶ。廊下の奥、黒く溶けたような闇の中に()()が浮かび上がっていた。形はまだない。だが、確かな気配だけが濃度を増しながらこちらへにじり寄ってくる。視界に入れているだけで吸い込まれそうな、底なしの闇。笹木せんせーは反対側の角へ俺たちを誘導しようとする。けれど——残念ながら、俺の身体はもう動かなかった。

 先に端へ駆け込んだのは幽霊さんとお姉さん、そして笹木せんせー。動けずに座り込む俺を見た瞬間、せんせーの表情が硬直する。状況を理解したのだろう。


 だが、悪気はすでにすぐそこ。一秒の迷いすら致命的な距離。


 ——あ、俺ここで終わる?


 そんな絶望にも似た思いが胸をよぎった、その瞬間。


「何やってんの! あんた!」


 お姉さんが迷いなく俺へ駆け寄り、俺の腕をがしっと掴んだ。その手は温かく、強い。


「え——?」


 思わず声が漏れた。

 腰が抜けていたはずの身体が、お姉さんの力に引き上げられ、立ち上がる。自分の足とは思えない。けれど確かに、今はお姉さんに引っ張られて動いている。そのまま、俺たちはもつれるようにして反対側の角へ滑り込んだ。

 直後——


 ドォンッ!


 轟音(ごうおん)とともに、さっきまで俺たちがいた場所に黒いモヤが押し寄せ、空間を占領した。俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。何が起きたのか、理解が追いつかない。


 ——なんで。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




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