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死ぬのは効率が悪い  作者: nokal


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第17話 霊の三人組

 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈


 

「よお、兀斗たかと


 深夜二時すぎ。こんな時間にノックもなく俺の病室へ入り込んできたのは、全身を黒服で固めた笹木せんせーだった。


「笹木せんせーだ」「せんせーだ」「今日もいけてるー」「いけてるー」「黒ーい」「ぎゃははは」


 案の定、病室の同居人たち——つまり霊の三人組が騒ぎ立てる。


「おう。お前ら、今日もいい子にしてたか」


 笹木せんせーは優しい声でそう言いながら、彼らに軽く手を振った。せんせーは昔の事故のせいで視る力が弱いはずなのに、この三人の姿はしっかり視界に捉えているらしい。それだけ、この子どもたちの霊力が強いということだ。だから俺は何度も言ってる。


 ——悪霊になる前に早く祓えって。


 けれど笹木せんせーは聞きゃしない。まあ、最悪の場合は名前を奪って封じればいい。自分の身を守る最低限の術くらいは、俺にもある。


「よお、兀斗」


 笹木せんせーがもう一度俺を呼ぶ。仕方なく身体を起こしたところで、せんせーが手をひらひら振った。


「あー、いい。起きなくていい。今日はそういうんじゃない。連日の外出で疲れてるだろ? ただ普通に話しに来ただけだ」

「……つまり、仕事サボりに来た?」

「言い方が悪いなぁ」


 後頭部をかくその仕草。淡くシャンプーの匂いが漂ってきて、いつもどおりの笹木せんせーだとわかる。


「お前さ、スリーピングビューティーに言ったんだって? 自殺の話」

「……なに、それ。あだ名、もう公式扱いなの?」

「話逸らすなよ」


 その一言で、空気がひりついた。霊たちがふざけ声を落として、そわそわと部屋の隅へ逃げていく。


「お前にはデリカシーってもんがないのか。あいつが自分から死のうとするわけないだろ。そもそも……その前後の記憶も曖昧なんだから」

「……」


 何も返せなかった。自分がどれだけ浅はかだったか、せんせーの言葉でようやく理解した気がした。喉がきゅっと縮まり、声が出ない。だから俺は黙るしかなかった。


「……でも俺には理解できない。もっと生きたい人だっているのに、なんで自分から命を捨てようとするのか」

「だから決めつけんなって言ってるだろうが」


 笹木せんせーは、軽く俺の額を指で突いた。その仕草は叱るというより、歯止めをかけるような優しいものだった。


「あいつの心情は、あいつにしかわからない。僕たち第三者が勝手に線を引いたり、理由を押しつけたりすることはできないんだよ」

「……わかってるけど」


 言葉だけでわかっても、気持ちは追いつかない。胸の奥で燻っていた何かが、まだ形にならないまま残っていた。


「まあ、とにかく。あいつも自分の状況をようやく飲み込み始めたところなんだ。そっとしておいてくれ。……と言っても、お前らゲームとか何とかで会ってるんだろうけどな」

「……もう二日、会ってないけど」

「そう」


 その一言だけ告げて、笹木せんせーはスツールに腰を下ろした。それが妙に寂しげに見えて、俺の胸にちくりと刺さる。


 確かに、この二日間は言いすぎたかもしれない——そう思う。あんなこと言ったって、どうせ次の日にはけろっと現れるだろうと高をくくっていた。だからこそ、来ないという事実が、じわりと重くのしかかる。


 沈黙の中、笹木せんせーがふいに口を開いた。


「なんで、あいつがこの病院に通ってたかわかるか?」


 不意をつかれ、俺は慌ててネットで見た情報を手繰り寄せた。


「……怪我の治療じゃないの?」


 ちょうどその時、窓からひとすじの月明かりが差し込み、部屋の空気を淡く照らした。


「それは二年前の話。怪我はもう治ってる。ここ一年は精神科に通ってたんだよ」

「精神科?」

「そう。簡単に言うと、舞台恐怖症みたいなものだな。舞台に立つこと自体が怖くなってしまって……。だから、この病院の精神科に通って治療を受けてた。あいつが屋上から飛び降りたのは、その期間のことなんだ」

「じゃあ——」


 俺は思わず目をキョロキョロさせた。頭の中で、断片が急に形を持ち始めていく。月明かりが静かに揺れて、息が少しだけ詰まった。


「ますます自殺の可能性が——」


 高い、と言い終える前に、笹木せんせーの声がその上から鋭く被さった。


「ない。それは、ない」

「どうして?」

「復帰の目処が立ってたんだよ。向こうのバレエ団へ戻る準備もほとんど整ってて、あとは——本当に飛行機に乗るだけ、ってところまで行ってた。あいつは一度決めたら滅多に揺らがない性格だ。だから、大丈夫なはずだったんだ」


 お姉さんが屋上から飛び降りたあの夜。実は、まさにその夜の便で渡航する予定だったらしい。


()(かく)、話を戻すけど……お前はあまり干渉するなよ。ただでさえ刺激が強いんだから」

「……まぁ、努力はするよ」


 俺と笹木せんせーの会話がふっと途切れた、その刹那——


「う、うわああああああああ!」


 可愛いとは決して言えない、むしろ腹の底がざわつくほどの悲鳴が、院内の静寂を引き裂いた。


「は?」

「なに、今の」


 呆気にとられた俺たちの思考に追いつく暇もなく、すぐに第二の悲鳴が院内に響き渡る。


「ぎゃああああああーーーっ!」


 その声を聞いた瞬間、胸がぎくりと跳ねた。聞き覚えが、ある。忘れられるはずがない。


——お姉さんの声だ。お姉さんが 悲鳴を上げた。


 ということは。

 考えるより先に、笹木せんせーの身体が動いていた。黒いフードを、深く、静かにかぶる。


「僕は見てくるから、お前はここに——」

「俺も行く」

「はあ?」

「視える俺がいたほうがいいでしょ」


 布団を跳ねのけ、俺は足をベッドの縁からそっと下ろした。何度見ても、自分でもひくほど細い足だ。骨と皮だけで立っているような、華奢な脚。それでも、俺は膝に手を添え、ぐっと力を込めた。


「いや、待てって」


 その手を、笹木せんせーが素早く押さえた。


「無理するなって。こないだの今日で、また短いスパンであいつらの()()()()()()()……」

「まだ悪霊かどうかもわかんないでしょ」

「悪霊かもしれないだろ!」

「でも“かも”でしょ。わかんないじゃん」

「……いやいやいや! でもな——」

「お姉さんに何かあってからじゃ遅いでしょ」


 言い切って、俺は震える足を押し立てた。ぎし、と床が鳴り、身体の重みを受け止める。笹木せんせーは何か言いかけて唇を噛み、代わりにそっと俺の脚へ触れた。


「……くれぐれも、あてられるなよ」


 触れられた瞬間、心の奥に温かい光が灯るような感覚が広がった。身体の芯がふっと軽くなる。笹木せんせーの力が流れ込んできたのだ。俺は黙って頷く。


「行くぞ」


 笹木せんせーがフードを深くかぶり直し、扉へ向かう。その背を追いかけるように、俺も車椅子ではなく自分の足で——ほんの少しぎこちなく——病室を飛び出した。深夜の病院の廊下が、まるで別世界みたいに静まり返っていた。

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