第15話 「俺ね、
「俺ね、祓い屋で育ったんだ」
目を覚ました彼――兀斗は、開口一番そう言った。私はもう驚き慣れてしまっていて、「はあ」と空気の抜けた返事をする。
時刻は十三時。お昼過ぎに目覚めた兀斗は、私の姿を見るなりすぐ状況を理解した。兀斗が起きたら連絡してほしい――と瑠衣に言われていたので、私は瑠衣を呼びに行った。その後、兀斗の病室には大量の医者が押し寄せ、各種の定期検査らしきものが行われた。バタバタとした時間が過ぎ去り、ようやく私と二人きりになったのが、この十三時というわけだ。
もっとも、他の人には私は見えていないのだが。
「祓い屋……ねえ」
「そう。お姉さんももうわかってると思うけど、俺、見えるんだよね。色々と」
はい、知ってます。
「笹木せんせーとは、俺が入院するより前から知り合いでさ。俺って、こっちの業界でも人より見る力が強くて、笹木せんせーの手伝いしてるんだ」
手伝い?
「うん。笹木せんせーは祓う専門家としてはずば抜けてるんだけど、見る力はちょっと弱いんだよね。だから俺が見て、笹木せんせーが祓う。まあ、こっち界隈ではよくあるバディって感じ」
そう言って兀斗は、こきっと首の骨を鳴らした。肩が凝っているのか、鎖骨あたりをさすっている。
大体は理解した。
つまり――そういうことだ。
二人は、幽体離脱したこの私が見える。
私はずっと気になっていたことを、恐る恐る口にする。
「んじゃ、あなたが私の名前にずっとこだわっていたのって……」
ごくん。
兀斗は一度、目をまんまるく見開き――そして、赤みのある唇を不気味にひきつらせた。
「お姉さんを使役できるかなぁって」
「ぅおーい! ごらぁあ! こちとら生きとんじゃい!」
思わず全力で突っ込んでいた。
――あっ、と私は慌てて口を押さえる。
「やった。俺の勝ち」
「え、今の換算されんの?」
「当たり前じゃん」
……まじかよぉ。
みなさん覚えているだろうか? 私と兀斗は、ひとつのゲームをしていることを。
私は兀斗のベッドテーブルへ視線を落とした。そこにはティッシュボックスと同じ大きさのノート(ペンは付属)がおいてある。見開きの一ページには、兀斗が書き殴った 「やりたいことリスト」 が載っている。
私と兀斗の会話を通して、この“ゲーム”は進行する。私が彼のペースに乗ったら、私の負け。その場合、私は彼の質問に答えなければならない。
逆に、私が勝てば、このリストの中からひとつ好きな項目を指名できる。
……いや、待てよ。
よく考えれば、私に利益なくない? やりたいことリストって、別に私がやりたいことじゃないし……。負けたら私はただただ個人情報を知られていくわけだし。
――なんで今頃気づいてるんだ、わたし!
私は自分の長い髪をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「でもしょうがないじゃん」と兀斗は言い出した。
しょうがない?
なにが?
どこが?
全部?
「俺、見る力はあるけど、それがどんなタイプのものかなんてわかんないもん。悪霊はさすがにわかるけど、幽体離脱した魂とか、生き霊とか――そのへんの見分けはつかないし」
「いやでもさぁ、会って早々、使役? しようとかいう発想にはならんくない? え、なに? それが常識なの? 一応さ、様子を見るとかしないの?」
私、悪さとかしたことないよ?
……しようと思ったことは黙っておこう。
「だって時間は有限でしょ? お姉さんが良いやつか悪いやつかなんて関係ないよ。何かあってからじゃ遅いんだし」
「こっわ。こっわ」
なにこのガ――……少年は。
私は、自分があと一歩で体に戻れなくなるところだったことを思い出し、冷えた体を服の上から摩った。
「まあ一旦さ。俺の質問に答えてよ。ゲームに負けたんだから」
「はいはい。なんでしょう」
「名前、教えて」
………。
ちゅん、ちゅん、ちゅん。
可愛らしい雀の声が窓の外から聞こえてくる。この状況にはあまりにも似合わない、暖かな日差しが病室に差し込む。
「……え、人の話聞いてた?」
「うん。だから言ってる」
「ふざけんな。矛盾してるだろ」
「口わるっ。いいじゃん別に。だってお姉さん、自殺しようとしたんでしょ?」
兀斗の言葉が、胸を抉った。彼の三白眼が私を捉えて離さない。細長い指先が布団からそっと顔を出し、ベッドテーブルに置かれる。
「なのにまだ、生に対して欲望があるわけ? 矛盾してるのはどっち?」
ぐうの音も出ない。
私はぎゅっと下唇を噛んだ。彼の言っていることは、正しいのかもしれない。
生前の私は自殺未遂をし、命を断とうとした。その前には精神科にも通っていた。なぜ自殺しようとしたのか、その理由は思い出せない。けれど――概ね、生きることに耐えきれなくなったという結論になるのだろう。
正直、精神科に通っていた記憶も途中までしか思い出せない。でも、その前に抱えた舞台への絶望は、はっきり覚えている。
「お姉さん、俺のこと知ってるでしょ」
兀斗が続けた。私は返事をせず、ただ彼の方を見る。
「俺は見える力が強い副作用で、生きるスピードが人とは全然違う。長生きなんて、できない。だから、自分から命を投げ出そうとする人の考えが理解できない。死にたいなら……俺に時間をくれって思う」
そのまっすぐすぎる言葉と瞳に耐えきれず、私はサッと目を逸らした。それでも兀斗の凛とした声は、まっすぐ私の心の急所を撃ち抜いてくる。
「死のうとしたお姉さんに、俺のことどうこう言う資格あんの?」




