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死ぬのは効率が悪い  作者: nokal


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第13話 幽体離脱――つまり

 瑠衣(るい)は首を横に振り、ポケットに手を突っ込んだ。


幽体離脱(ゆうたいりだつ)してるやつを(はら)うのは御法度。僕が祓うのは悪霊だけ。幽体離脱――つまりまだ生きてるのに魂だけ抜けてるやつは、“見える力”があれば素手で触れる。でも悪霊とか、俗に言う(あやかし)みたいなのは簡単には触れられない。そういう仕組みなんだ」

「あ、だからさっき、瑠衣は私に触れて確認したわけだ」

「そ」


 私は深く頷いた。

 なるほど……そんな世界が、こんな間近に存在していたなんて。


「じゃあ、私が元に戻る方法も知ってる?」


 瑠衣は、わかりやすいくらいに首を横に振った。


「残念ながら、それは僕の専門じゃないんだな」

「専門? なにそれ。そっちにも病院みたいに“専門”とかあるの?」

「当たり前だろ。小説とかアニメみたいに、誰でも何でもできる万能(ばんのう)な力があるわけじゃないんだよ」


 ほほう。

 少し興味が湧いてきたぞ。


「僕は“祓う専門”。病気を治す手術に近いと思ってくれればいい」


 私はこくりと頷いた。

 そこから、瑠衣は驚くほどわかりやすく“そっち界隈”の話をしてくれた。

 どうやら、祓う専門・治す専門・視る専門の三つがあるらしい。


 (はら)う専門……手術のように悪や(けが)れを祓い、浄化する。

 治す専門……原因を探り、元に戻す。イメージとしては薬や治療に近い。

 視る専門……ただ視えるだけ。診察のようなもの。


 そんな分類があるなんて、知らなかった。けれど、説明を聞いてみると妙に納得できる気がした。

 バーンとかドバーンとか、そういう迫力のある――いわゆる“目に見えてわかる力”を発揮できるのが祓う専門。ほかの二つの専門はささやかな力らしいが、それでも力を持っている時点で十分人智を超えているのは間違いない。

 おや。

 となるとだな。


「じゃあ、私が今すぐ戻る手立てはないと?」

「そういうことになる」


 ……。

 うーん。


 私はしばらく言葉を探した。ふと、窓ガラスに反射した自分の姿が目に入る。何も変わらない姿。ウェーブがかった黒髪は艶を失っていない。ニキビひとつない肌。キリッと釣り上がった、猫のような目。きゅっと引き締まった口元には血色さえある。スラリと伸びた手足。


 ――我ながら、スタイルは良い。


 伊達に何年もトップダンサーを張ってきたわけじゃない。でも、この姿が“他の人には見えていない”んだよなぁ。

 惜しいなぁ。

 あ、いや。私じゃなくて“みんな”がね?これでも、この界隈ではそこそこ有名なバレエダンサーなんだから。

 私が黙り込む横で、るいは何も言わずにただじっと待っている。ちょうどそのとき、看護師が一人すれ違いざまに、ほんのりピンク色を乗せた声で挨拶した。


「こんにちは、笹木先生」「こんにちは」瑠衣がにこっと微笑む。

「わかった、瑠衣」

「ん?」


  通り過ぎた看護師に笑顔を繕っていた瑠衣が、表情を引き締めて私を見る。


「私、しばらくこの姿楽しむわ」

「……なんとなく、そう言うと思ってた」

「さすが幼なじみ」


 私は気前よく――(自分で言うのもどうかと思うけど)――瑠衣の肩を叩いた。瑠衣は軽くよろける。

 そうだ。

 これも当たり前のように受け入れていたけど、確認しておくべきことがある。


「瑠衣が私に触れられるのって、見える力があるからだよね? じゃあ逆に考えると、私が触れられる人って、力がある人ってこと?」

「ああ」


 瑠衣は短く答える。


「ああ、じゃないってば……。こういう時って注意事項とかないの? 普通あるよね? “あれはダメ!” “これに気をつけろ!” みたいなの」

「え、ああ……まあ、そうだな」


 瑠衣の声色に覇気がない。あの、頭脳明晰(ずのうめいせき)な人間とは思えない鈍さだ。私は首をかしげる。瑠衣は咳払いひとつして、


「まあ、色々あるんだけど……咄嗟(とっさ)に思い出した中で重要なのは、“()()”だな」


「――名前?」


 そういえば、私がこの状態になってから、瑠衣は一度も私を名前で呼んでいない。


「ああ。名前には気をつけろ。()()()()()()()()()()()

「なぜ?」

「名前には、その存在を使役(しえき)する力が宿ってる。拘束する力だ」


 ほほう。


「だから、“こっち側”――見る力を持つ人間の中には、妖や悪霊、それらの類を使役しようとして名前を奪う奴がいる」


 奪う、ねぇ……。


「そいつらに名前を呼ばれたら一発で終わりだ。お前は今、生きてる身だし……なおさら終わりだ。()()()()()()()()、一生元の体には戻れない」


こっわ。


「そういうこと、一番最初に言ってくれないかな?」


 私の“やってみたかったことリスト”の一つが、早くも消えた。軽く冗談のつもりで言ったのに、瑠衣は頭の後ろをかきながら、小さく「ごめん」と言う。その眉は申し訳なさそうに寄っている。


「いや……なんつーか、格好悪いところ見せたくなかったんだけど……。僕も、身近な人がこういう状態になるのは初めてすぎて……。ちょっと脳の処理のCPUが追いついてない」


 あ、と気づく。

 ……そっか。混乱してるのは、私だけじゃなかったんだ。

 

 瑠衣は仕事に戻ることになり、私たちは廊下で別れた。人気のない場所で軽く手を振る。去り際、瑠衣が言った。「治専の人から聞いた話じゃ、直前の記憶を思い出すといいって」


 直前の記憶、ねぇ。

 私の場合は……屋上から飛び降りた瞬間か。

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