第12話 「は? お前どした?」
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幽霊。
怪奇。
妖。
亡霊。
悪霊。
世の中にあふれるそれらの言葉は、いわゆる、人間の力を超えた現象を指しているのだろう。科学的に証明できないものを、一般的にはオカルトと呼ぶ。そして、そのオカルトを専門とする分野が存在することを、私はつい最近知った。
なぜなら――自分が幽霊だからだ。
いや、正確には幽体離脱と呼ぶらしい。
「は? お前どした?」
それが、幽体離脱状態になった私に対して、瑠衣が初めて投げかけた言葉だった。
私はそのとき、いつものように五〇四号室で眠っていた。個室ではないけれど、誰も使っていないから実質個室。ちょっとしたVIP待遇。そんな環境で昼間にふと目が覚め、上体を起こした――ただ、それだけのことだった。
そのとき、ギィ……と、相変わらず建てつけの悪い病室のドアが横に開き、瑠衣が入ってきた。「お、はよー。瑠衣」と、私は片手を軽く上げて挨拶した。ごく普通に。だが、瑠衣はその場で固まった。
そして、信じられないものを見るように目をさらに見開き、
「は? どしたお前」
と言ったのだ。
もともと大きい目がさらにでかくなる。うねる茶色の前髪の隙間から、その目がはっきり見えた。
「”どしたお前――”って、酷くない?」
と言って私は視線を窓の外に送る。カーテンは開いていて電車の走っている姿がみえる。眩しいくらいに明るかった。
「いやまあ確かに寝坊したのは悪いと思ってるよ? てか病院に寝坊とかの概念あるのか知らないけど」
いつも通り軽口を叩いてみせるが、瑠衣の表情は変わらない。寧ろなんか険しい。それからいきなり私に近づいてきた。キスする勢いで瑠衣の顔が止まり、流石の私でも動揺する「え、なになに?」「黙ってろ」はい。瑠衣はすっと私の頬に手を伸ばした。ヒヤッ。男らしいごつい手が触れる。……。え、なになにまじで。なんだかドキドキしてきた。そんな私の気持ちを知る由もなく、瑠衣は手を離す。
そして、瑠衣は何かを理解したように深く息を吐き、私の頭に手を置いた。
「お前、幽体離脱してるぞ」
そう告げた。
こうして、私はようやく自分の状態を知ることになった。
私は幽体離脱する直前の記憶が少し抜け落ちている。それが判明したのは、瑠衣と話していたときだった。
「お前、自分がなんで入院してるか覚えてるか?」
瑠衣は私の“体”を指差した。あ、いや……今の私のことじゃない。ベッドで横になり、静かに眠っている“本体”の方だ。
「いや……そういえば、どうしてだっけ」
ベッドの上の私は、すやすやと呼吸をしていて、起きる気配はない。
「隠してても、その姿ならどうせ近いうちに気づくだろうから言うけど――お前、自殺しようとしたんだよ」
――自殺?
私が?
なんで?
「知らん。僕が聞きたいくらいだ」
「無責任だな、おい」
「何も言わずに屋上から飛び降りた奴に言われたくねえよ」
瑠衣は白衣をばさっと払い、ベッドの端に腰を下ろした。ぎし、とマットレスが沈むが、それでもベッドの上の私が起きる気配はない。私は、眠る自分をじっと見つめた。
「飛び降りたんだ……。私」
……。
「度胸あるな」
「誇るな。名誉じゃねえんだよ」
ぽかり、と瑠衣は今の私の頭を軽く叩く。
「いて……。いや、ちょっと待ってよ。いやいや! あのさ、あまりにも自然に会話しすぎてて気づかなかったけど、私いま幽体離脱中なんだよね?」
「まあ」
「つまり、幽霊……みたいな扱いで合ってるんだよね?」
「そうだな」
「じゃあなんで、あんたには私が見えてるの? てか触れられるの?」
「なんでって……ああ、言ってなかったっけ?」
「はい?」
「俺、見えるんだよ。そういうの」
初耳ですけど!!
あれ? そうだったか? という感じで、瑠衣は首をかしげた。
そうですけどお……!
「まあ、あまり言う必要もないしな」
「いやいやいや、勝手に納得しないでよ! 待ってってば! ただでさえ、自分が幽体離脱してるって事実を受け入れるだけでいっぱいいっぱいなのに……。なに? 次から次へと情報出さないでくれる⁈」
もう無理! とばかりに部屋を飛び出そうとした――が、瑠衣が私の手首を掴んだ。
……ほら。
なんでよ。
なんで生身の人間が、幽体離脱中っていうよくわからない状態の“私”に触れるのよ。
涙目の私を見て、瑠衣は片眉を上げて言った。
「わかったから。全部整理しよう」
「まず、二年前。お前は度重なる怪我の末に、大怪我をした。そのとき俺の手術を受けた」
うん。
「で、一年前。舞台に復帰したお前だけど、精神的なダメージが拭えず、この病院に通院し始めた」
うん。そこまでは覚えてる。
「そして半年前。お前はこの病院の屋上から飛び降りた。一命は取り留めたが……昏睡状態が続いて、今に至る」
そうなんだ。
「で、俺は医者一家だけど、祖母の家系が代々続く神主なんだよ。つまり、家には“稀に見える子”が生まれることがあって、それが俺だったわけ。見える子として育った俺は、そっち系の知識を一通り叩き込まれてきたし、なんならお祓いの仕事もたまにしてる」
瑠衣は肩をすくめた。
「だから、お前がその状態になっても別に驚かなかったし、普通に受け入れた。ただ、それだけ」
「……じゃあ、私祓われるの?」
「いや。」
いや?
ご感想等お待ちしております☺︎




