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第34話 紡がれ始めた絆

「マルタおばちゃん!」

 

ヨルクの手を引っ張るようにして、薄暗く肌寒い森を突き進むディセルネ。

気ばかりが先に先にと焦る女神の小さな足が、敷き詰められた枝葉に引っかかって体が傾いだ。


「うわぁ」

思わず声が出たディセルネの手を、キュッと引っ張ったヨルク。

「おい、嬢ちゃん。薄暗くて足場が悪いんだから、気をつけなよ」


「ありがとう……なのじゃ」

「嬢ちゃん、抱っこしようか?」

「大丈夫じゃ。ほら、あの先にマルタおばちゃんと、レオンが居るぞよ」


ディセルネの指さすその先に、微かに見えた人影。


「あぁ、急ごう」


*****


「マルタおばちゃん!」


「ディセルネ……ちゃん?」

徐々に視界を奪う群青色が、マルタとレオンを飲み込み始めたその時。

ふと、あの可愛らしい声がマルタの耳に届いた。


「マルタおばちゃん、レオン!大丈夫かぇ?」


少しずつ近づいてきた声と足音に、マルタの目が大きく見開かれる。


「ディ、ディセルネちゃん。

それに……、ヨルクさん?

町のみんなも……」


マルタとレオンを囲むように集まった人々に、彼女は息を止めた。


「待たせたな。大丈夫かい?」

「レオンさん、今から助けるからね」

「危ないから、嬢ちゃんとマルタさんは下がってなよ」


「あぁ……、みんな……、ありがとう……」

顔を覆って肩を振るわせ始めたマルタに、駆け寄ったディセルネはギュッと抱きついた。


「もう心配いらんぞよ。町の皆が力を貸してくれたからのう」


「こんなに大勢の人たちが……、いったいどうして……」


顔を上げたマルタに、次々と声がかかる。


「そりゃ、みんなマルタさんやレオンに世話になってるからなぁ」

「そうだよ、この前はうちのじいちゃんを背負って運んでもらったし」


「俺んとこの母ちゃんが熱出して子どもの世話が大変な時に、助けてもらったからな」


手の甲で涙を払ったマルタ。

「そんな大した事はしてないよ。

 

でも、本当にありがとう……。

あらら、……涙が止まんないよ。

それに安心したら、腰が抜けちまった」


何度も何度も目元を拭いながら、ぺたりと地面に座り込んで笑うマルタに、ヨルクが手を差し出した。


「ほら、引っ張るから捕まって。

マルタさんやレオンの“誰かを思いやる気持ち”にみんな助けられたんだ。

俺たちは、その恩を返したい。

ただそれだけさ。


でも、いいもんだな……。

誰かの為に、何かできるって」


「さぁさぁ、この縄をそこの木に掛けて引っ張るとしよう。

何人かそっちに移動してくれ」

「僕が行きます」

「先に枝を切って重量を軽くした方がいいんじゃないか?」

「そうだな、鋸持ってたヤツいたよな?」

「あぁ、持ってるぞ。どの枝から落とせばいいんだ?」


ヨルクがマルタの移動を手伝っていると、町の人々はレオンを助け出そうと動きはじめる。


「うぅ……」

木に挟まれたレオンから声が漏れると、近くにいたミミの父親が彼の肩を小さく譲った。


「レオンさん、大丈夫かい?

今からこの木を動かすから、待っててくれ」


顔を上げたレオンは見知った顔の多さにハッとした表情を浮かべると、慌てて口を開く。


「どうして……、町のみんなが……。

あっ、魔獣は?

まだこの森に……、

みんな、危ないから早く逃げてくれ。

 

そうだ、母さんも近くに居たんだ……、

お願いです。うちの母さんも……」

 

辺りを必死に見回しながら、焦って話しはじめたレオンを宥めるように町の人々が声をかけた。

「レオン、大丈夫だから」

「心配しないで、レオンさん」

「マルタさんも無事だし、魔獣はここには居ないよ」


「本当に……?」

落ち着きを取り戻したレオンに、ミミの父親が言う。


「ああ、本当だ。

 

こんな時でも、自分以外の誰かを心配をするんだな。

そんなあんたら親子だから、俺たちは助けたい。

だから、任せてくれ」


「ありがとう」


町の人たちは励ましや、気遣いの言葉をレオンにかけると、各々が木を動かす準備に入った。

 

「皆の気持ちが、同じ方向に動いておるようじゃ」

ぽつりと溢したディセルネの言葉に、ヨルクが言う。


「何かが変わりはじめたんだろうな……。

俺自身も、町のみんなも」


ディセルネの視線に気がついたヨルクは、柔らかく目を細めると小さな女神の頭にそっと手を添えた。

「ありがとな、嬢ちゃん。

嬢ちゃんの気持ちが、町の人たちに“きっかけ”をくれたんだ。

“大切な何かに気がつく”きっかけをな」


「妾は……

周りの皆に“心”を教えてもろうた……、

それまでの妾は、誰の心も知ろうとはせんかった。

それがどんなに残酷で、罪深いものか……今になって知ったぞよ。

それじゃから、妾は、妾にできる事を探しておるんじゃ」


「何だか、嬢ちゃんが、嬢ちゃんじゃなくて……、

うまく言えんが、もっと別の存在に思えてきたよ」


ふわぁっと通り抜けた風が、周りの木々の枝葉を揺らした。

 

「そうかぇ?

妾は妾じゃ。今はもう何の力も持っとらんがのう。

でも今が一番、この世界を愛おしく感じとる」


ディセルネの言葉はカサカサと鳴る葉っぱの音と共に、風下へと流れて行く。


「ごめんよ、嬢ちゃん。うまく聞き取れなかった。もう一度……」


ヨルクが口を開いたその時、町の人たちから彼に声がかかった。

「おーい、ヨルクさん。

こっちの縄を引いてくれ!」

「あぁ、すまん、すまん。今行く」


駆け出したヨルクの背に向かって、ディセルネは言う。


「妾こそ、ありがとう……なのじゃ。

この世界を諦めないでいてくれて。


ありがとう……」


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