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第29話 神獣ヤーナ

白銀の大きな狼に突進された黒い獣の巨体が、弧を描くように宙を舞う。


ドォォン――

黒い体躯が薙ぎ倒された木々の上に、横向きのまま落下した。

「グワァァ‼︎」

咆哮にも似た声をあげて、口を大きく開いた魔獣。

二本の牙を天に向け、その口角からはドクドクと透明な唾液を流し始めた。


前脚をバタバタと動かして身を捩る魔獣の背中には、鋭く折れた幹の一部が突き刺さっている。

そこから立ち昇る黒いモヤは、上に行くほど薄く大気に溶けていった。

 

『シェリール、大丈夫か?』


ちらりと振り返ったヤーナは、地面に膝をついているシェリールに向けて念話を放つ。


食い入るように銀狼を見つめる彼の双眼は、最大限に見開かれたまま。


『おっ、おい。大丈夫なのか?』

 

シェリールはハッとした表情を浮かべると、絞り出すように声を出した。

 

「や、ヤーナくん⁉︎

えっ?なんでそんなに大きくなったの?

それに、ヤーナくんの声が直接頭の中に響いてくる……」


『おう!神獣のヤーナ様だ。

後で木に挟まってるのは、レオンか?』


「そうなんだよ、レオンさんの足が折れ重なった木に挟まれているんだ」


うつ伏せに地面に倒れているレオンの下半身は、魔獣が薙ぎ倒した木々で覆われていた。


『息はしてるか?』


前方の魔獣の位置を確認しつつ、ヤーナは姿勢を下げてレオンの様子を伺う。


「大丈夫。ちゃんと息はしてるし、挟まれている以外は怪我は見当たらないよ」

『レオンと話はできそうか?』

「僕が到着した時は話ができたんだけど、今は気を失っているよ」


「グゥオオー!」

再び大きな咆哮をあげて、魔獣が立ち上がった。

先程まで背中から立ち昇っていた黒いモヤは、今は見当たらない。


『シェリール、魔獣ってみんな真っ黒なのか?それに、あのモヤみたいなものはなんだ?』


「そうだね、みんな真っ黒だよ。剣で突いても、切っても、動物みたいに血は出ないんだ。変わりに黒いモヤが出てくる。ほら、はじめに見た時より少し小さくなってるでしょ?」


『言われてみれば、そんな感じもするけど、よくわからない』

 

シェリールは素早く立ち上がり剣を拾うと、ヤーナの隣に並んだ。

スッと剣を構えて、魔獣の動きを見定める。


『どうやって倒すんだ?』

「生き物で言う心臓の部分に、黒曜石みたいな核があるから、それを破壊すればいいよ」

『なるほど。

でもあいつの動きは予測できないから、レオンを庇いながらとなると、難しいよな』


「この倒れた木をなんとかできたら、レオンさんを安全な場所に運べるんだけど」


『応援を呼ぶしかないんじゃいか?』

「僕がここを離れると、ヤーナくん一人でレオンさんを守りながら戦うことになるよ。

ちょっと難しいかも。どうしても、魔獣の進行方向をコントロールできなくて、レオンさんが危険なんだ」


『ここを離れなくても、応援は呼べるぞ』

「どうやって?」

『いや、普通に話しかけるだけだが』

「……⁇」


「グワァ‼︎」

魔獣が全速力で、ヤーナとシェリールめがけて走り出した。


『シェリール、俺が正面から受け止めるから、魔獣の横から斬りかかれ』


「了解!」


ヤーナは白銀の毛を靡かせて、走り出す。それと同時にシェリールも半円を描く様に右側に進路をとった。


ドォォン!

二つの巨体が真正面からぶつかり合う。


微かにふらついた魔獣の首元に、素早く噛みつき動きを封じたヤーナ。

その僅かな時間を見計らったかのように、シェリールの長剣が魔獣の横腹を貫いた。


「グゥワアァ‼︎」

一段と濃いモヤが吹き出すように立ち昇る。


さっと距離をとったヤーナとシェリールは、再び攻撃のタイミングを測るように構えた。


みるみるうちに、小さくなっていく魔獣。

 

『かなり萎んだぞ。普通のイノシシくらいの大きさだな。これなら一気に倒せそうだ』


「僕が剣で胸を突くから、ヤーナくんはレオンさんをお願いするよ」


シェリールがギュッとグリップを握りなおし、重心を前へと傾けたその時――――


大量の黒いモヤが小さくなった魔獣の体を覆い始めた。


『おっ、おい!なんだ、黒いモヤがまた集まってきたぞ』


次々と吸い込まれるように、魔獣の体に流れ込む黒い何か。


『シェリール、またコイツ大きくなってるぞ』


両目を見開き、息を詰めたシェリール。

「……こんな事は、初めてだ。いったい何が……」


ヤーナは耳をピンと立て、慎重に音を探る。ピクピクと鼻先を動かして、大気に混じる匂いを拾い始めた。

何かに気がついたように一瞬動きを止めたかと思うと、頭を大きく回して黒いモヤの先を見た神獣。

『あっ!このモヤ、町の方から流れ込んできてないか?』



ヤーナの言葉に、シェリールの視線だけが黒いモヤの道筋を追う。


「確かに、町の方角……だね」


『早く魔獣の核を破壊しないと、再生を繰り返すってことか』


「そうみたいだね。またスタートに戻った感じだ……。

仕方ない、もう一度やり直しだ。


ヤーナくん、レオンさんをお願い」

眉間を寄せたシェリールが、剣を構えて走り出した。


シェリールの姿を捉えた魔獣が、彼に向かって突進する。

 

軽く前脚を切り付けたシェリールは魔獣の背後に周り込み、そのまま森の奥へと進み始めた。

魔獣もシェリールを追うように、ヤーナとレオンに背を向け走り出す。


『シェリール、無茶するなよ!』

ヤーナの念話に軽く左手を挙げたシェリールの姿は、森の奥へと消えていった。

 

町の方角に体ごと向き直ったヤーナは、天に向かってひと鳴きする。

仔犬の姿とは違う野太く鋭い声が、空を割くようにあたりに響きわたった。

 

『おい!ディセルネ、聞こえるか?』



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