第25話 人は見かけによらない⁉︎
「マルタおばちゃん、美味しかったのじゃ」
「マルタさん、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
ディセルネとシェリールは食器を運びながら、洗い物を始めたマルタに声をかけた。
「たくさん食べたかい?」
濡れた手をエプロンで拭ったマルタは、ディセルネの持つ食器に手を伸ばす。
「ごちそうさまでした。もうお腹がいっぱいなのじゃ」
ポッコリと前にせり出したお腹を、ポンポンと叩いて見せるディセルネ。
「それはよかったよ。私は今から朝市に買い出しに行こうと思ってるけど、ディセルネちゃんとシェリールさんはどうするかい?」
シェリールの食器を受け取ったマルタは、二人に目を向けた。
マルタと目が合ったディセルネは「はて?どうするのかのぅ」と首を傾け、そのまま横のシェリールに向き直る。
ディセルネの視線に気がついたシェリールは柔らかく目を細めると、小さな女神の頭をそっと撫でた。
「これから町に出て、今日の宿を探そうと思います。その後は、ディーちゃんの服や日用品を買い足そうかと……」
――ガチャン!
――ドン!
ダイニングから物がぶつかる音や、何かが倒れる音が次々と鳴り響く。
軽く息を吐いたマルタは、音の主に向かって声を張り上げた。
「うるさいよ、レオン!ちょっとは落ち着いたらどうなんだい。まったく、あんたは幾つになるんだい。ディセルネちゃんの方が、よっぽどお姉さんみたいだよ」
ドタバタと足音を鳴らして、キッチンへ駆け込んできたレオン。
彼の小脇には神獣ヤーナが、ラグビーボールの様に抱えられていた。
『お姉さん……、いいや違うよ。マルタおばちゃん。ディセルネはもう、おばちゃんでもお婆ちゃんでもないくらい、年重ねてんだ。これで落ち着きがない方が、よっぽど問題だぞ』
『おぉヤーナ、そんな格好で妾を揶揄ってものぅ。
其方、なぜ抱え込まれとるのじゃ?』
『知らん!ここから出してくれ、ディセルネ』
『……大男が、ぬいぐるみを抱きしめとるようにしか見えんのぅ』
ヤーナとレオンを交互に見て、クスクスと笑い出したディセルネ。
マルタとシェリールも目の前のレオンを見て、吹き出した。
「……どうかしたの?」
目を見開いたレオンにマルタが言う。
「レオン、お前がぬいぐるみを抱えた熊にしか見えないんだよ」
「ひどいよ、母さん……」
少しだけ耳を赤くしたレオンは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
ひとしきり笑ったマルタは、ふぅっと息を整えるとシェリールに声をかける。
「シェリールさん、急ぐ旅じゃないんだろ?もう一晩でも二晩でも、泊まっていきなよ。こんなに楽しいのは久しぶりだよ」
「そうだよ!まだ家に居なよ」
ヤーナを小脇に抱えたまま、必死にマルタに同意するレオン。
そんな息子の姿に、再び笑いがぶり返したマルタ。とうとう笑い過ぎて涙まで溢れてきた。
ディセルネの視線がマルタとレオンを行き来していると、シェリールがそっと女神を抱き上げた。
「ディーちゃん、今日もマルタさんの家にお世話になろうと思うんだけど、いいかな?」
「妾はマルタおばちゃんも、レオンも大好きじゃからのう。今日も一緒に居れるのは嬉しいぞよ」
「それじゃ、決まりだね。私は買い出しに行ってくるから。シェリールさん達はゆっくりしてておくれ。
レオン、あんたはさっさと仕事に行っておいで」
ヤーナをそっと床に下ろしたレオンは、神獣の頭を優しく撫でると白い歯をニッと見せて笑った。
「今日は仕事帰りに、森で果物とってくるよ。今の時期が旬の果実なんだ。楽しみにしてて」
バタバタと荷物を掴んだレオンは、勢いよく玄関に向かった。
扉を開けると振り返り、大きく手を振る。
「それじゃ、皆んな行ってくるよ。今日は早めに帰ってくるから」
「気をつけて行っておいで」
「いってらっしゃいなのじゃ」
「いってらっしゃい」
「ワン」
扉が閉まると、先程までが嘘のように静けさがやってきた。
「何だか騒々しい息子ですまないね。あんた達がいる事が、よほど嬉しいんだろうね。きっと今日は昼頃には帰ってくるだろうよ」
再び食器を洗い始めたマルタに、ディセルネが尋ねた。
「レオンはどんな仕事をしておるのじゃ?」
ディセルネに顔を向けたマルタが答える。
「あの子の仕事かい?町の学校の先生だよ」
「……」
「……」
『……』
ピタリと動きを止めた、ディセルネ、シェリール、ヤーナ。
「先生とは……、あの先生で合っとるのかぇ」
「ディーちゃん、子ども達に勉強を教える……あの先生だよ」
『人は見かけによらないって。まさにこの事を言うんだな』




