第18話 この既視感はいったい何?
「美味しかったね」
「ディセルネちゃん、いっぱい食べた?」
マルタを手伝って大きな子ども達とシェリールが後片付けを始めると、残った小さな子ども達はディセルネの側にやってきた。
「美味じゃったのう」
「びみ?」
首を傾げた女の子を見て、ディセルネも首を倒した。
『美味の意味がわからないんだよ』
『おお、そうじゃったか』
「美味とはのう、美味しいってことじゃ」
「そうなんだ。ディセルネちゃん、むずかしい、ことばしってるんだね」
「「すごーい」」
「おとなのひとみたい!」
「そうかのぅ、妾はすごいかのぅ」
ニコニコと笑顔を向けて子ども達と戯れ始めたディセルネに、ヤーナの呆れを含んだ声が届く。
『とっくに人の寿命の何倍も生きてるから、知ってて当然だろ。
幼児と同じレベルで会話できるディセルネが凄いのか?それとも、あいつ自身があの子らと同レベルなだけか……』
『ヤーナ、妾に失礼じゃろが』
『ああ、ゴメンゴメン。後者だったな』
『おい!失礼じゃと言うとるがな』
ディセルネとヤーナの静かな攻防のすぐ近くで、泣き声の混ざった言い争いが始まった。
ディセルネが声の方へ視線を向けると、子どもが2人で何かを引っ張りあっている。
「かしてよ」
「やだ!これ、ミミのだいじなお人形なの!」
5〜6歳くらいの2人の女の子が、互いに人形に手をかけて取り合っていた。
――――なんじゃ、既視感があるでのぅ……。
椅子から降りるとポテポテとした足取りで、喧嘩する2人の前に歩み出たディセルネ。
「ほれ、其方達、喧嘩するでない。これはミミの人形なんじゃな?」
「うぇーん、ミミのだいじなお人形……」
「ミミばっかり、ずるい。ノアもお人形であそびたいの。なんでかしてくれないの……」
ノアの顔を覗き込んだディセルネは、自分の小さな手をゆっくりとノアの手に添えると、人形から手を放すように促した。
涙を堪えながら人形から手を引くと、口を尖らせて俯くノア。
「偉いぞよ、ノア。今は自分の思いが通らず、悔しいじゃろが、妾の話を聞いてくれるかえ?」
そう言ってディセルネは、まずはノアに向かって話し始めた。
「妾もな、ちょっと前にある人の服を欲しがって、引っ張って破いてしもうたんじゃ……。
あの時の妾は、なぜ自分の物にしたらいかんのか、その理由がわからんかったのじゃ」
ちらっと顔を上げたノアは、涙目で口を開く。
「なんでダメなのよ。かりたらいいじゃない」
「妾もな、そんな軽い気持ちじゃった。でものぅ、その服はその人にとって、とっても大切な物だったんじゃよ。
ノアにも誰にも貸したくないくらい、大事な物があるんじゃないのかぇ?」
優しく問いかけるディセルネに、口を尖らせながら答えるノア。
「あるよ。ノアのだいじな赤いリボン。……おばあちゃんから、かってもらった、宝もの」
「きっとノアに似合うリボンなのじゃろのう。
そのリボンを妾が使いたいから貸してくれと言うたら、ノアはどう思うかのぅ?」
考えるように視線を斜めに上げたノアは、咄嗟に答えた。
「いや、ぜったいに、いや。かさないよ、だってノアの宝ものだもん」
ディセルネは大きく頷くと、今度はミミに向き直る。
「ミミ、その人形は其方の宝ものなのじゃろ?誰にも貸せんくらい大事なものなら、ここには持って来ん方が良いのではないかえ?」
人形をぎゅっと抱きしめたミミは、不思議そうに首を傾けた。
「どうして?これミミのだよ?」
「そうじゃな、ミミの人形じゃ。じゃがのぅ、そんなに愛らしい人形じゃと、皆も遊びたいと思うはずじゃ。
でも、ミミは貸しとうないのじゃろ?」
俯いたミミが小さな声で返事する。
「うん、ミミだけのもの……」
「ミミ、今回は壊れんかったが、次引っ張っても壊れないとは限らんぞよ。もしその人形が今壊れておったら、ミミとノアも気まずかろう?」
「「うん」」
「まぁ、そういう事じゃ。お互いに大事なものがあるのじゃから、相手の気持ちも解るのじゃないのかぇ?」
横目でミミの様子をチラチラと伺っていたノアが、彼女の正面に回り込んだ。
「ミミ、だいじな人形ひっぱって、ゴメンね」
「ノア、ミミもわるかった……。ゴメンね、こんどちがうお人形かしてあげる」
涙を手の甲で拭ったミミは、ノアに笑顔を向ける。
「これにて、一件落着じゃな」
腰に手を当て胸を張る、女神ディセルネ。
『ディセルネ、お前かわったな……、いい意味で。
あぁ、今のディセルネをユーデル様に見せてあげたいなあ』
ディセルネの足元に擦り寄ってきたヤーナが、ぽつりとこぼした言葉。
「……ユーデル」
まだ陽が高い空を見上げたディセルネ。
その口から溢れた名前には、どこか物悲しさが漂っていた。




