第1章 第5話 突貫工事のスタッコ・バトン
ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!
部屋の中に、耳を劈くような硬い打撃音が連続して響き渡る。
ルッカが大きなハンマーを振り下ろし、あの貴重な大理石の塊を、文字通り粉々に粉砕していた。
「お、おい……! 秘策があるとか言って、ついに気が狂ったか!?」
悲鳴のような問いかけに、ルッカは息を切らせながら不敵に笑った。
「狂ってないさ。ほら、時間がないんだ、ロッシュも手伝え!」
ルッカが、予備の大きなハンマーを私の足元に放り投げてくる。
「説明しろ、ルッカ! あと2週間だぞ!? 大理石をそんな粉々にしちまったら、等身大の像なんて作れるわけねえだろ!」
「はっ! そもそも、大理石をそのまま削って作らせる気なんて、最初からさらさらないんだよ。普通に大理石で等身大の像を彫ってみろ、早くても半年、普通なら1年はかかるんだぞ?」
ルッカの残酷な正論を聞いた瞬間、その場に膝から崩れ落ちた。
「終わった……。オシマイだぁあ!!」
「おい、最後まで聞けって! 秘策って言ったろ――って、おい何でおもむろにズボンを脱ごうとしてんだよ! 何するつもりだよ、やめろ!!」
「あばばばばばばば」
絶望のあまり、狂った目をしながらベルトを外そうとするのを、プロレス技並みの羽交い締めでグイッとズボンを引き上げて止める。
「いい加減に、落ち着いて聞け! 『スタッコ』っていう製法を知ってるか?」
ロッシュのズボンをガチガチに締め直させながら、一気に捲し立てた。
「粉々に砕いた大理石の粉に、ロベルタの姐さんからもらった消石灰、そこに水を混ぜ合わせてよく練り込むんだ。するとあら不思議、粘土みたいに柔らかくなる。石を削るんじゃなくて、粘土みたいに『盛る』んだよ! これなら俺みたいなプロの手にかかれば、わずか1週間で等身大の形にできる。
そんで、残りの1週間でお前が命を吹き込む色を塗る。ギリギリだけど、イケるだろ!?」
目に正気が戻ってくる。
「スタッコ……! 乾けば本物の大理石のようにカチカチになる、あの技術か!」
ハンマーを力強く握り直した。
「よし、やろう!」
◇
それからは、まさに泥水をすするような地獄であった。
ロベルタには「極限まで制作に集中したいから」と嘘をついて作業場への出入りを一切禁止にしたものの、怪しんだ大魔王がときどき廊下の向こうから鋭い気配を漂わせて近づいてくる。
その度に、廊下の壁を爆速で白く塗り直す作業に飛びつき、アトリエの外へと釘付けにした。
「あ、いや!! 今まさに宿の壁をボランティアで綺麗にしてるところだから! 集中してるから見ないでぇ!」と、ハラハラしながらハケを死に物狂いで動かす。
この決死のカモフラージュの隙を突き、ルッカはまず宿の倉庫の奥から古い木材や鉄柵の破片を隠密でガメてはアトリエへと爆速で運び込み、像の芯となる頑丈な骨組みを組み立てていった。
気配を察した時は、材料を抱えたまま石像のように息を殺してフリーズするのだ。
こうして無事に骨組みが完成してからは、作業場の内部が修羅場と化した。
ルッカがハンマーを振るう音(響かないように毛布を被せて叩いていた)を私の壁塗りの音で誤魔化しながら、ひたすら大理石をハンマーで砕いては、消石灰と水を混ぜてこね。
こねては、また砕く。
だが、消石灰は水と混ざると化学反応で凄まじい熱を発するのだ。
ドロドロとした白い怪物を手を荒らし息を詰まらせながらバケツの中で全力で練り込んでいくが、少しでも比率を間違えれば乾燥した瞬間にヒビが入ってすべてが水の泡になる。
彫刻に適した完璧な粘土の硬さに至るまでルッカの職人としての凄まじい執念と限界寸前の悲鳴が、連日作業場の壁に木霊し続けた。
そんな不眠不休の二重生活を、ぶっ壊れた機械のように駆け抜けたのだった。
◇
――そして、ある日の夜。
ルッカの神技によって、木と鉄の骨組みの上に、圧倒的な生命感を宿した「等身大の聖母マリア像」が完璧に捏ね上げられていた。
「……後は、頼むぜ」
パンッ!!!乾いた音が、静かな作業場に響く。
私たちは互いの手のひらを力強く叩き合い、魂のバトンを繋いだ。
「よし、任せろ、ルッカ!」
私がそう応じた瞬間、ルッカは糸が切れた人形のように、その場にバタリと倒れ込んで気を失った。
髪から爪の先まで全身真っ白に消石灰の粉を被ったその姿は、まるで彼自身が芸術的な石膏の彫像のようで、私は不謹慎にも少し笑ってしまった。
ここからは私の本領発揮だ。
この白い肉体に、世界一美しい色彩を乗せてやる。
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