第1章 第3話 天才ふたりと、母の面影
「ここがあんたらの作業場と寝床だよ!」
――バァンッ!と、またしても勢いよく木扉が開け放たれた。案内してくれたのは、あの宿の女将だ。名前をロベルタと言うらしい。
「……何で教会から直々に頼まれた仕事を、あんたが案内するんだよ」
私が呆れて尋ねると、ロベルタは豊かな胸を張ってフンと鼻を鳴らした。
「はっ!教会関係の宿を切り盛りしてるんだ。これも大事な、教会との付き合いだよ!ほら、さっさと荷物を下ろしちまいな!」
「ほーう!手堅いねぇ、ロベルタの姐さんは」
嵐のように部屋を去っていく彼女の後ろ姿に向かって、ルッカがいつもの調子で軽口を叩く。
ロベルタに用意された部屋は、かつて物置だったのか、ひんやりとした埃っぽさがあった。
だが、窓からは十分な光が差し込み、真新しいキャンバスや、大きな大理石の塊がすでに運び込まれていた。
ルッカは運ばれてきた白い大理石の前に歩み寄ると、ぽんぽんとその側面を叩き、私を振り返った。
「で?どうするよ、ロッシュ。そもそも、お前は聖母マリア像なんて彫れるのか?」
「彫れるか!そんなの!私が牢獄の壁に描いたのは、故郷に残してきた私の『最愛の母』の姿だ。聖母マリアなんて、生まれてこの方一度も描いたことねえよ」
私の言葉を聞いた瞬間、ルッカは一瞬目を丸くし、それから喉を鳴らして笑い出した。
「ははっ!……あんたもかい!」
「え?」
「俺が削って作ったのは、自分のオフクロの像さ。教会が勝手に『神聖なマリア様だ!』って拝み始めただけなんだよ」
同じ境遇、同じ価値観。
ここまで似た者同士だと、もはや笑えてくる。
私たちは顔を見合わせ、埃っぽい部屋の中で同時に吹き出したのだった。
◇
「「うーん……」」
それから数日。
私とルッカは、そろって頭を抱えていた。
床一面には、デッサン用の羊皮紙やスケッチがゴミのように散乱している。
せっかくロベルタが綺麗に掃除してくれたが、見る影もなく台無しだった。
「おっ! できたぞ! どうよ、ロッシュ!」
ルッカが自慢げに、描き殴った紙を突きつけてきた。
「だから! それ、聖母マリアじゃないって言ってるだろ! なんで彫刻のデッサンなのに、モデルが俺なんだよ!」
「いいじゃねえか、練習、練習! 減るもんじゃなし! ロッシュの方はどうなんだよ。一応プロの画家サマなんだろ? ちょっと見せろ!」
ルッカは私の静止を振り切り、描きかけのキャンバスを強引に奪い取った。
そして、そこに描かれた線を凝視した瞬間、あからさまに顔を引き攣らせた。
「かぁーっ!! なんで女の裸を描いてんだよ! ただの変態じゃねえか!」
「うるさい! 何日もこの埃っぽい部屋に缶詰なんだぞ!? 健康な男なら性欲くらい湧いてくるわ!!」
ここ数日、私たちは同じ不毛なやり取りを繰り返していた。
目指すべき「聖母マリア」は、私たちの俗っぽさのせいで「性母マリア」へと成り下がっていた。
――というか、神聖なマリア像を作るはずの空間で、全裸の女を描き殴る画家と、男をモデルに怪しげな構図のデッサンを繰り返す彫刻家だ。
この作業場が性的に迷走するのも、、、、ある意味では必然だったのかもしれない。
――バァンッ!!!
突然、部屋の強度が心配になるほどの勢いで、扉が跳ね上がった。
「うるさーーいっ!! あんたら、本当に懲りないねぇ!」
地鳴りのような怒鳴り声とともに、大魔王が仁王立ちしていた。
床の惨状と、私のキャンバスに視線を走らせた彼女の目が、一瞬で冷酷な狩人のそれに変わる。
「まーた変なもの描いて! いい加減にしなさいよ。今度教会の耳に入ったら、マジで独房行きだからね!」
さっきまでケラケラと笑っていた私たちの顔が、同時に強張った。
あの冷たくて暗い牢獄の記憶が、背筋を凍らせる。
「……ふん。こんなこともあろうかと、美味い差し入れを持ってきてやったのにさ。どうやら、あんたたちには必要ないみたいだね?」
ロベルタが手にしたバスケットからは、信じられないほど香ばしい、焼きたてのパンと肉スープの匂いが漂っていた。
空腹の限界だった私たちの胃袋が、同時に悲鳴を上げる。
「「いりますっっっ!!!!」」
ズサーーーーーッ!!
私たちは吸い寄せられるように床を滑り、見事なまでの「スライディング土下座」を極めていた。
息の合った完璧なシンクロである。
それを見たロベルタは、呆れ果てたように深い溜息をつくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
画面下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にポチッと染めて評価・応援していただけると、次の突貫工事(執筆)のめちゃくちゃ励みになります!
(次回も、楽しみにお待ちください!)




