第1章 第2話 赦免の代償
奇妙な同居人とベッド生活も退屈になるほど、時間が流れた。
体力が回復するにつれて、私と隣のベッドにいる“カリカリ野郎”は、驚くほど言葉を交わすようになった。話してみれば、芸術に対する価値観や、型にはまった教会への不満など、驚くほど気が合う部分が多かったのだ。
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。私はロッシュだ。よろしくな」
私がベッドから手を差し伸べると、男はニカッと白い歯を見せて笑った。
「はっ!意外と普通の名前だな。裸の絵を描いて捕まるような奴の名前じゃないか」
「うるさいぞ、カリカリ野郎。……で、お前の名前は?」
「ルッカだ!」
男が胸を張って名乗った瞬間、私は思わず吹き出した。
「ふっ……てめえも大差ない、普通の名前じゃねえか」
「ハハハッ!言えてる。お互い様だな!」
男らしい低い笑い声が部屋に響いた、その直後だった。
――バァンッ!!
部屋の木製のドアが、壊れんばかりの勢いで跳ね上がった。
「あんたら、ピーチクパーチクうるさい!ちっとは静かにできないのかい!」
腰に手を当てて仁王立ちしている豊かな体躯の女性を見て、私はハッとした。
彼女は、私が目覚めたときに優しく覗き込んで、教会の騒ぎを教えてくれたあの女性だったのだ。
「はいはい。黙ってりゃあ、なかなかの美人なんだけどねぇ……もう少し若くて細かったらなー」
ルッカがいつも通りの調子の良さで、肩をすくめながら呟いた。
「あっ……!」
私が止める間もなかった。調子に乗ったルッカの一言が導火線となり、ただでさえ怒っていた宿の悪魔が、本物の「大王」へと変貌を遂げるのを、私はただ絶望と共に眺めるしかなかった。
――そしてなぜか、「一緒にピーチクパーチク騒いでた」という連座の罪で、1ミリも悪口を言っていない私の顔面にも、悪魔の鉄拳が迷いなく飛んできたのだった。
◇
宿の「悪魔の大王」によってつけられた、私たち二人の顔の傷がようやく癒えた頃。
私たち二人は、ついに教会の一番奥、最高権力者が集う大聖堂へと呼び出された。
案内された部屋に足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑む。
見上げるほど高い天井には、まばゆい光を放つ絢爛豪華なステンドグラス。
見渡す限りの壁や柱には、精巧な聖人たちの彫刻や宗教画がこれでもかと散りばめられた、圧倒的な空間だった。
一歩間違えれば、今度こそ跡形もなく灰にされる教会の最奥。
その有無を言わせぬ絶対権力の威圧感に、私とルッカは互いの顔を見合わせ、引き締まった表情で生唾を飲み込んだ。
そして、その部屋の中央。
一番高い席に鎮座していたのは、教会の偉い司教だった。
格式高い純白の法衣を身にまとっている。
……のだが、私たちの目はどうしても、彼の頭頂部に釘付けになってしまった。
見事なまでに、剥げ上がっている。
しかも、天井のステンドグラスから差し込む神聖な五色の光が、その頭皮に完璧な角度で反射して、直視できないほど眩しく輝いているのだ。
神聖な光なのか、ただの脂の照りなのか、もはや分からない。
司教は重々しく口を開き、厳かな声で宣言した。
「神からの神託である。お前たち二人の不敬は、奇跡の作品によって赦された。これより、神の栄光を称える『等身大の聖母マリアの彩色彫刻』を制作せよ。これぞ、神が与えし大いなる使命である」
「「は、ははーーっ……!!」」
私たちは同時に深く頭を垂れた。
ただし、それは忠誠を誓ったからではない。
下を向いた私の視界の端で、ルッカの肩が小刻みにプルプルと震えているのが見える。
二人して、決死の表情で笑いを噛み殺すためだった。
こうして、異端審問から奇跡の生還を果たした絵師と彫刻家は、教会最高峰のプロジェクトを任されることになったのだった。
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