第5章完 第3話 戦争
第5章完 第3話 戦争
数ヶ月に及んだ聖母マリアの全国ツアーの終了と共に、クスターフ領の領境へと現れた教会十字軍。
教会総本山の放った大軍が、ついにクスターフ領の領境へと迫り平原を埋め尽くしている。
その光景は、まさに世界の終わりを予感させるに十分な、圧倒的なる『鉄と信仰の嵐』であった。
遮るもののない広大なクスターフ領境の平原は、押し寄せた白銀の津波によって完全に飲み込まれている。
地平線の彼方、視界の最果てから湧き出すように現れた教会軍の先遣隊は、総本山直属の重装騎兵団である。
彼らが跨る数万の軍馬が冷たい秋の土壌を激しく踏み締める蹄の音は、大地の底を激しく震わせ、重低音の不気味な地鳴りとなって平原の全域へと響き渡っていた。
馬たちの荒い鼻息が冷気の中で白い霧となり、平原に立ち上る広大な砂塵と混ざり合う。
それは天を覆い尽くし、ただでさえ低い雲が垂れ込める鈍色の空をさらに暗黒の絶望へと染め上げていた。
幾千、幾万と翻る教会の十字軍旗が吹き付ける乾いた北風に煽られて激しく引き裂かれるような音を立てている。
その御旗の下に布陣するのは、生涯を神への絶対服従に捧げた狂信的な歩兵団だ。
一分の乱れもない精緻な方陣を組み、天に向けて掲げられた槍の穂先は、まるで獲物を飢え乾いた目で凝視する獣の牙のようにぎらつかされていた。
兵士たちの胸当てに刻まれた精緻な聖紋が、雲の切れ間から差し込むわずかな冬のなごりの斜光を跳ね返し、平原の上に冷徹な金属光沢の海を創り出している。
戦場を支配するのは、重い鎧の擦れ合う金属擦過音と、神の裁きを代行せんとする兵士たちの、冷酷極まりない無言の圧力。
それは、抗う者すべてを容赦なく踏み潰し、歴史の塵へと変えるための国家権力と宗教権威が融合した絶対的なる暴力の結晶であった。
彼らの陣営からは、硝煙と馬の汗、そして規律という名の冷たい死の匂いが漂っている。
対するは、ただのエロメダルと成長記録コインへの執念によって固い絆で結ばれた、歴史上およそ類を見ない【大陸全土の変態貴族・ファン同盟・元反乱軍の超巨大合流軍】
教会の圧倒的な威圧感を正面から受け止めながら、クスターフ領の防衛線を固める連合軍の陣営からもまた、凄まじいまでの、しかし完全に方向性の狂った怒濤の覇気が立ち上っていた。
平原の反対側を埋め尽くすのは、各々の領地から私兵や傭兵団をかき集めて馳せ参じた、大陸全土の異端貴族たちの軍勢である。
彼らの掲げる紋章旗は、名誉ある古強者の家柄のものであるはずなのに、なぜかその中心には、うっすらと微笑む「アリアお嬢様」の輪郭が、金糸と銀糸を用いて狂気的な解像度で刺繍されていた。
戦場という死の境界線において、彼らが守るべきは国家の利権でも神の法でもなく、ただ一人の少女の美意識そのもの。
最前線で対峙する【ファン同盟】の精鋭騎士たちは、漆黒の重甲に身を包み飢えた狼のような鋭い眼差しで教会軍の白銀の波を睨みつけていた。
彼らが握りしめる大剣の柄頭には、あの血で血を洗う密輸バトルの末に勝ち取った『成長記録コイン』が家宝のように嵌め込まれており、その執念の強さは、教会の狂信者たちが胸に抱く信仰心を遥かに凌駕するドス黒い熱量を放っている。
男たちは、お嬢様の尊顔が刺繍された御旗を1ミリでも汚させないため、その指先から血が滲むほどに武器の柄を強く握りしめ風が平原の草波を大きくうねらせ、両軍の間に横たわる無人の荒野に、張り詰めた硝煙の香りと、運命の始まりを告げる冷たい風を運んでいく。
―― 一触即発。
誰かが一つ息を吐き、あるいは剣を鞘から走らせるだけで、大陸の歴史は完全に崩壊し、数万の命が刹那の間に刈り取られるであろう、残酷なまでの戦の緊張感がそこに完成していた。
誰もが言葉を失い、ただ目の前の敵を見据え血を流す覚悟を完了させていた。
中世の戦の習わし通り、両軍の開戦を前に前線の中央で指導者同士による「挨拶(宣戦布告)」が厳かに執り行われることとなる。
先に壇上へと上がったのは、教会の最高幹部たち、および我がクスターフ領管轄のハゲ司教であった。
彼らの背後には、豪華な神輿に載せられ、厳重に白い布を被せられた『性母マリア像』が鎮座している。
最高幹部は大観衆を見下ろし、厳かに両腕を広げて戯言を吐き散らした。
「不浄なる異端のクスターフ領民どもよ、ひざまずくが良い! 見よ、これこそ我が教会の奇跡の象徴! 今この場に、聖母マリア様のご加護があらんことを!」
ハゲ司教も戯言を撒き散らした。
「――我が教会の千年の歴史が育んだ、大いなる慈悲の光が今、暗雲立ち込めるこの異端の地に降り注ぐのである!
迷える子羊どもよ、汝らの愚かなる罪、あるいは怪しげなエロメダルや不届きな成長コインといった世俗の玩具に現世の魂を売り渡した、言語道断なる不信心の咎を、今こそ悔い改める時が来たのだ!
お前たちが懐に忍ばせ、夜な夜な磨き上げているというその薄汚い金属片に、一体何の聖性があるというのか!
あのような、短いドレスの裾をちょこんと持ち上げてお辞儀の練習をしているだけの、よちよちとした幼児の姿が刻まれた銀貨に狂わされ、あまつさえ『アリア教』などという邪教を立ち上げ、裸の女性への不謹慎な信仰心を高めるなど、神への最大の冒涜であり、教会の権威に対する明白な宣戦布告である!
さらに聞けば、金と銀が混ざり合った琥珀色の硬貨の輝きを活かし、『血管が透けるような細やかな肌の陰影』が表現された『未来の10代後半』の幻の硬貨とやらを巡り、裏社会や熱狂的な収集家どもの間で血で血を洗う抗争を引き起こしているというではないか!
愚か者どもめ!
そんなニッチなファン層のハートをガッチリ鷲掴みにするだけの変態芸術に、我らの尊き聖戦の歴史が汚されてたまるか!
さらに他領の商人信徒どもが命がけの密輸ルートを開拓し、このクスターフ領に最高級の原材料や物資を爆速で流し込んでいることもすべて把握しているのだ!
汝らがどれほど頑なに心を閉ざし、密輸した最高級の真鍮バネや蝋を工房へと運び込もうとも、この聖母マリア様の見守る絶対の権威の前には、ただ涙を流して平伏する以外の道など残されてはいない! さぁ、自らの無力を恥じ、頭を垂れて平伏せよ! 汝らの内に溜まったドス黒い不信心の穢れを、この奇跡の御像が全てその内に吸い尽くしてくださるであろう!
我が総本山の法が定める宇宙の秩序に基づき、今この瞬間にすべての不届きな流通ルートを完全封鎖し、異端の芸術家どもの工房を歴史の闇へと葬り去ってくれよう!
送り込んだ我が教会自慢のエリート暗殺部隊や純真な信徒どもを、悪魔の呪術によって『我、改心せり。工房こそ真の聖地。これより永久に巡礼とす』などという不可解な遺言を残すアリア教徒(徹夜組)へとジョブチェンジさせた罪は重いぞ!
救済の代償として、速やかに、かつ強制的に、我が総本山が発行する最新の免罪符を、その懐の全財産、家財道具、果ては未来の七代の運命までをも投げ打って買い求めるが良い!
これこそが神の法であり、絶対の秩序、裏社会の利権すらも超越した天上の金融システムなのだ!
汝らに拒否権などない、ただ命じられるままに財布を開き、聖なるハゲどもの足元を金貨の山で埋め尽くすのだ!
跪け!
咽び泣け!
そして我らの背後にそびえ立つ、教会の聖母マリア像よりも格調高いデザイン、たなびく豪華な薄衣の立体感を拝み、真の神聖というものの格調高さに魂を震わせるが良い!!
さぁ、これよりその高貴なる衣のシワの重なり方を、白日の下に晒してくれよう!!」
ハゲ司教がドヤ顔で合図を送り、像の白い布を一気に引き絞る。
お天道様の下、あの『衣服が完全に透けきった大問題作』が白日の下に晒された。
それはもはや絵の具ではなく、太陽光を丸ごと折り畳んで鋳造した、最悪の光学兵器であった。
ロッシュが寝る間を惜しんで意識朦朧のなかで何百層も重ね上げた透明感のある色彩。
職人のノミ跡が残る硬質な肌の表面には、顔料と乾性油、そしてロッシュのドス黒い妄想の粘液が絶妙な比率でブレンドされた異次元の塗膜層が形成されていた。
下地となる第一層には人間の静脈や影を模した、わずかに青みと緑を含んだ不透明なグリザイユが。
その上には、光の波長を複雑に乱反射させるための、大理石の微細な粉末を混ぜ込んだ半透明の肉色層が。
そして最表層には、教会の権威を象徴する、格調高き長いローブを模した不透明な純白のベール層が。
一見するとただの厳かな聖像に見えるそれらは、コンマ数ミクロン単位の厚みで計算され尽くした、何百層にもおよぶ『薄塗りグラデーション』の積層体だったのである。
その独自の塗膜が、お天道様の容赦ない直射日光を浴びた瞬間、完璧な光の透過と屈折を開始した。直射日光(強烈なエネルギーを持つ光の粒子)が、衣服を模した最表層の絵の具の分子の隙間をすり抜け、その奥に隠された「瑞々しい皮膚層」へと到達して乱反射を起こす。
太陽の仰角が移動し光の色温度が変化するたび絵の具の屈折率はバグを起こしたように反転を繰り返す。
光が塗膜の深部まで貫通し一番下に眠る「肉体の凹凸(ロッシュの性癖の結晶)」に触れて跳ね返ってきたその瞬間、衣服の白は完全にその遮蔽力を失い、淫らなシースルーのベールへと変貌を遂げたのだ。
衣服のひだのシワの重なり方が、光と影のグラデーションによって立体的に生々しい『肉の重量感』を浮かび上がらせていく。
硬い像の肌を見ているはずなのに、それを見つめる数千人の信者や兵士たちの脳細胞は、「そこに体温36.5度の生身の全裸美女が、気恥ずかしそうな強張りを湛えて、肌の温もりをそのままに佇んでいる」と強制的に認識させられ、そのあまりの解像度の高さに全神経がエロティシズムの電気信号で焼き切られそうになっていた。
衣服に隠されていたはずの胸元の境界線、腕の隙間から不器用にはみ出した豊満な双丘の柔らかい質感、ほんのりと体温を帯びて桜色に染まる肌のグラデーションまでが、直射日光のまばゆい斜光の中で完全に呼吸を始めていた。
これを見た男たちの網膜は、教会の神聖な奇跡ではなく、一ミリの凹凸に魂を売った男たちの狂気的な超絶技巧によって完全にハックされ、ただただ言葉を失って沈黙するしかなかったのである。
――だが、悲劇が起きる。
最高幹部たちは威厳を示すため、あろうことか【像に背を向けて】前にまた並んでいたのだ。
自分のすぐ真後ろで、完全なる全裸の美神がこれでもかと露出していることに、この時も彼らは気づいていない。
――対する連合軍側
教会の不敬なパレードに対抗すべく、巨大な木製の壇上へ姿を現したのは、アリアお嬢様その人である。
最近、ファンたちの暑苦しい熱視線のせいで胃をやられていた彼女だったが。
いざ全面開戦を前にして、領主の娘としての、そして新宗教の『御本尊』としての覚悟を決めていた。
壇上に彼女がただ一歩を踏み出した瞬間、地平線を埋め尽くしていた数万人の男たちの呼吸が、完全に停止した。
お嬢様が身に纏っているのは、クスターフ領の伝統と最新の流行を融合させた至高のフリルドレスである。
一本の糸の選定から織り組織の密度にいたるまで、二人の天才の執念がこれでもかと編み込まれたそのドレスは、衣服の形をしたひとつの絵画であり、彫刻であった。
幾重にも重ねられたシルクのフリルは、風にそよぐその衣服のひだごとに、まるで計算し尽くされたかのような美しい陰影のグラデーションを放つ。
重なり合う上質な布地が、朝日の斜光を浴びて絶妙な明暗を描き出し、ただそこに佇んでいるだけで、お嬢様の周囲の空間そのものが神聖なフレームで切り取られたかのような錯覚を抱かせるのだ。
そして、ドレスの袖口や裾の隙間からむき出しになった、四肢の流れるような輪郭。
それはまさに、クスターフ名家に相応しい気高き気品と、少女から大人へと脱皮しつつある瑞々しい白さを完璧な比率で湛えていた。
まだ、あどけなさを残す細い手首やお転婆な躍動感を秘めた足首の滑らかなラインは、硬い彫刻をどれほど磨き上げても決して到達できない、生身の人間だけが持つ「生命の温度」と桜色の血色を放っている。
朝日に照らされたアリアお嬢様のシルエットは、まさに『美の特異点』。
それを見つめるファン同盟の騎士たちの瞳の奥では、すでに「脳内透過システム」が全開で稼働していた。
彼らの網膜は、お嬢様の現在のドレス姿を捉えたコンマ数秒後、脳内のスーパーコンピュータ(性癖)によって、異次元の画像解析を開始していた。
(――待て。あの腰のくねりの角度、風に揺れる髪の一筋の軌跡、そしてドレスのフリルの重なりの奥にある、お嬢様の体幹の黄金比。
……これは、先ほど教会の神輿の上で完全に服が透けきっていた、あの『成人姿(ヴィーナス期)』の大問題作のシルエットと、ミリの狂いもなく完全に一致しているではないか……!)
目の前にいる『現在のお転婆なドレス姿』という1層目のレイヤー。
その下に、脳内で完璧にマッピングされた『10年後に成長を遂げ、豊満な双丘を恥ずかしそうに両腕で隠しているけれど隠しきれていない全裸のヴィーナス姿』という2層目のレイヤーが、完璧なシースルーの透過処理によって重ね合わされていく。
現在と未来。
衣服と全裸。
その二つの究極の美意識が、脳内で奇跡の融合を果たした瞬間、彼らの精神の許容量は一瞬で限界突破を迎え、限界オタクたちの脳細胞は過負荷の電気信号によって灼き野原と化していった。
その禁断の妄想の過負荷により、最前線の騎士たちの鼻腔からは、ボタボタと血が滴り始めていた。
平原の草木が男たちの流す鼻血によって赤く染まっていく。
しかし、アリアお嬢様はそんな男たちのドス黒く熱狂的な熱視線を、領主の娘としての圧倒的な威厳ではね除け、可憐な喉を震わせ、凛とした声を戦場に響かせた。
「――我がファン同盟の騎士たちよ! 私の声を聞けーーーーーーッ!!」
お嬢様の凛とした叫びが、張り詰めた戦場の空気を鮮烈に切り裂いた。
地平線を埋め尽くす数万人の男たちが息を呑み、平原の風さえもが止まったかのような静寂が訪れる。
その一瞬のタメののち、ドレスのフリルを朝日にきらめかせながら、彼女は戦場という名のステージへ向けて、その可憐な喉から魂のロックナンバーをノンストップで解き放った。
―――――――――――――――――――――――
(第一連)
恐れを捨てよ
我が気高き獅子たちよ
――イントロの爆音重低音が鳴り響くなか、お嬢様は小さな靴を内股にすぼめた「幼児期のよちよち」からは到底想像もつかない、軸のブレない完璧なステップを踏み出す。
死を急ぐその足
我が光で焼き尽くしてくれよう
――風に揺れる髪の毛一本一本を朝日にきらめかせながら、お嬢様は指先で戦場を鋭く指差し、気高き美神としての覇気を戦場全体にぶちまける!
神の免罪符に
その命を渡すことなかれ!
――Aメロからサビへと向かうドラムのビルドアップに合わせ、お嬢様は可憐な喉を震わせながら、マリア像を担ぐハゲ最高幹部たちのハゲ頭を真っ正面から睨みつけた。そして曲のボルテージが最高潮に達した瞬間、ステージの端から端まで一気に駆け抜け、全力のジャンプとともにサビへと突入する!
(サビ)
四の五の言わずに
持って行け!
私の愛も!
――「持って行け!」のフレーズと同時に、お嬢様は両腕を胸の前でクロスさせ、恥ずかしそうに胸を隠す正統派の教義『内気なヴィーナス』のポーズをキレッキレのダンスの静止として大真面目に披露!
生き延びるチャンスも!
全部お前たちにくれてやる!
――さらに、今度は片手を腰に当て、もう片方の手で髪を妖艶にかき上げながら、少し腰をくねらせて流し目を送る成熟派の『大人の誘惑』のポーズへと爆速でスイッチ!
教会の神など捨てて
大人しく私の信徒になれ!
――仕上げとばかりに、両手を顎の下でグーにして合わせ、上目遣いで首を少し傾げる幼女派の『あざとイノセント』のポーズを正面のカメラ(信者の網膜)に向かって全力でキメてみせる!
この調べを五体に刻み
死ぬ気で生き延びるが良い!
――正統派・成熟派・幼女派の全ての美意識が完璧に融合したアリアお嬢様の神がかったダンスパフォーマンス(フルコンプリート)を目にした瞬間、数万人の騎士たちの脳細胞は過負荷で焼き切られ、鼻血の雨が平原の草木を赤く染め上げていった。
だが、お嬢様のステージはまだ止まらない! 間髪入れずに、さらに激しさを増すステップとともに第二連へと歌い繋ぐ!
(第二連)
見よ
異端と叫んでいた教会軍の目が輝きだしたぞ!
――お嬢様は激しいビートに身を委ね、ドレスを翻してターンを極める。そのダンスの軌跡が描く美しい陰影のグラデーションに、異端と叫んでいた教会軍の兵士たちの視線すらも完全に釘付けにされていく。
神の教えより
今この目の前の太陽(私)が眩しいのだろう?
――お嬢様はニヤリと慈愛の笑みを浮かべ、両腕を大きく広げて戦場を抱きしめるようなモーションをとり、教会の軍営そのものを美のオーラでジャックしていく。
武器を捨て
悔い改め
全員まとめて
私を崇めるが良い!
―――――――――――――――――――――――
お嬢様がラストのハイトーンを完璧に歌いきり、右手を天に向けて力強く突き上げた、まさにその瞬間であった。
平原の全域へ、世界の終わりと新時代の幕開けを告げるかのような、あまりにも劇的な音響のパラダイムシフトが巻き起こる。
☆
お嬢様が息を呑むほど美しい美声で歌い始めた、その瞬間。
教会の軍営から、凄まじい大音量の音楽が鳴り響いた。
それは、血で血を洗う大戦争の開幕を告げる、無慈悲な突撃のファンファーレ――のはずだった。
だが、総本山から派遣されてきた教会の「ガチの戦場音楽隊」の若い新参兵たちは、壇上に立つアリアお嬢様の神聖にして圧倒的なビジュアルと、鼓膜を心地よく震わせる生のハイトーンボイスを浴びた瞬間、その脳の全回路を一瞬で焼き尽くされていたのだ。
「……な、なんだこの天上の旋律は。教会の退屈な賛美歌とは比べ物にならない、魂のビートを感じる……!」
「突撃の合図など吹いている場合か! 俺たちは今、歴史的なディーヴァの『ファーストシングル』の誕生に立ち会っているんだぞ!!」
若き音楽隊の兵士たちの目は、一瞬にして敬虔な信徒から熱狂的ファンへと完全覚醒を遂げていた。
彼らは自らの任務を完全に放棄し、お嬢様のライブを地球上で最も盛り上げるための、極上のバック演奏を嬉々として奏で始めたのである。
お嬢様の歌う変則的なアップテンポのメロディ(BPM180のロックサウンド)に合わせ、天才的なアドリブを加えたトランペットの鋭い高音が青空へと突き抜ける。
さらに、重装歩兵の心臓を直接揺らすような大太鼓の爆音重低音は、サビに向けて完璧な「縦ノリのクラブ・ミュージック風ビート」へと可変し、戦場全体の重力と空気を完全にアリアお嬢様主宰の屋外フェス会場へと塗り替えていく。
これ以上ない完璧な爆音重低音のバックバンドを従えて、アリアお嬢様の美声はさらにその輝きを増していくのだった。
お嬢様の最高の美声に合わせ、ファン同盟軍、元反乱軍が、一斉に涙を流して狂暴なオタ芸のデスボイスで咆哮をあげる。
「うおおおおお! 30代の20年後の成熟されたお姿も最高だァァァ!! フルコンプ万歳!!」
数万人のガチムチ重装騎士たちが、興奮のあまり白目を剥き、一糸乱れぬ統率された動きで大地を激しく揺らし始めた。
「全軍、剣を焼け! お嬢様のファーストシングルに、ただの鉄塊を振るなど万死に値する!!」
「騎士団どもー! 赤く熱したブレードをサイリウム代わりに振り回せぃぃい!!」
大号令と共に、平原を埋め尽くす無数の大剣が一斉に赤熱し、眩いばかりの紅蓮の光を放つ。
戦場に夜の帳が下りたかのような錯覚を抱かせるほど、数万本の燃え盛る光の棒が夜空に向けて激しく突き上げられた。
お嬢様の歌うサビのメロディに合わせ、騎士たちは重装鎧を「ガシャン!ガシャン!」と爆音で激突させながら、完璧なタイミングで「ウリャ、オイ! ウリャ、オイ!」と地鳴りのようなケチャのステップを踏み狂う。
インテリ貴族たちは「お嬢様のファルセットが宇宙の真理を創世した!」と鼻血を噴き出してその場に崩れ落ち、元反乱軍の猛者たちは大粒の涙を流しながら、互いの肩を組んでヘッドバンギングを敢行。
血の雨が降るはずだった決戦の地は、ただのお嬢様を崇めるための、地球上で最もむさ苦しく、最も平和な熱狂のライブ会場へと完全変貌を遂げたのである。
「……は?」
最高幹部が首を傾げた。
なぜか、自分たちの陣営――【教会の最高幹部たちの真後ろ】からも、「お嬢様ァァァ! 全裸マリア様バンザーーーイ!」という、身内の若い兵士たちの凄まじい熱狂の絶叫が響いてきたからだ。
「えっ……?」
ハゲ幹部たちとハゲ司教は、不審に思って一斉に後ろを振り返った。
――そして、見てしまった。
そこには、お天道様の光を浴びて、神々しいほど全開で露出している『完全なる全裸像』がそびえ立っていた。初めて目撃したその瞬間、ハゲたちの顔面がパァァァンと破裂しそうなほど真っ赤に染まる。
「ぜ、全裸じゃねえかァァァァァッッッ!!!???」
「今頃気づいたのか、この痴呆のクソハゲどもがァ!!」
教会の軍営の最前線にいた、あの工房で完全に脳を焼かれて寝返った若い『新参のアリア教推進派』の兵士が、ガタガタ震える幹部たちを指差して大声で叫んだ。
「お前たちは聖母マリア様を騙り、お嬢様の尊き20年後の全裸像を背にしながら、マリアのご加護などという不敬な戯言をのたまっていたのだ! 信仰心を愚弄した、万死に値する大罪人である! 全員、この強欲なクソハゲ幹部どもをその場で生け捕りにしろォォォーーー!!」
「「「おおおおおーーーっっっ!!!」」」
教会の若い兵士たちと音楽隊が一斉に反乱を起こし、怒濤の濁流となってハゲ最高幹部たちへと襲いかかった。
「不、不敬であるぞ! 控えよ、この異端のクソガキどもがッ!」
ハゲ司教が顔を真っ赤にして必死に威厳を保とうとするが、脳をアリアお嬢様(成熟姿)のシースルー造形美で完全にハックされた若い兵士たちには、ただの雑音にしか聞こえない。
「黙れクソハゲ! お嬢様のファーストライブを最前列で拝む邪魔だァァァッ!!」
「お嬢様の尊きお姿を羊皮紙にスケッチする画角に、その汚いハゲ頭を映り込ませるな! どけッ!!」
数千人の兵士たちによる、狂気的な「モッシュ(力任せの押し合い)」の凄まじい圧力の前に、最高幹部たちは武器を抜く隙すら与えられなかった。
「神のご加護がぁぁぁ!」というハゲたちの悲鳴は、音楽隊が奏でる極上のトランペットと大太鼓の爆音重低音にかき消され、彼らは自らの配下であった兵士たちにドスドスと真顔で踏みつけられながら、顔面から景気よく鼻血を噴き出してその場に沈んでいく。
抵抗の意思を完全にへし折られ、頑丈なロープでミノムシのように完全拘束された最高幹部たちの姿は、無慈悲な大戦争の終わりとしてはあまりにもマヌケであり、縮み上がった教会の権威の終焉としてはあまりにも平和であった。
こうして、大陸全土を巻き込むはずだった泥沼の大宗教戦争は、誰一人として血を流すことなく秒速の完全終戦を迎えたのである。
勝敗を決したのは、お嬢様の「ファースト単独ライブ」そして「教会の身内クーデター」
――わずか一曲の奇跡だった。
戦場が世紀の音楽フェスに変貌し教会総本山が身内のオタクたちによって完全崩壊した。
◇
そんな大激動のことなど、アルティザンのふたりは夢にも思っていない。
「なぁルッカ。なんか遠くの方で、教会のトランペットの爆音に混じって、ハゲ幹部どもの絶決と『ハゲを捕らえろ!』っていうデスボイスの合唱が聞こえる気がするんだけど」
ロッシュは等身大人形にさらに最高級の蝋を盛りながら、不思議そうに窓の外へ耳を澄ませた。
「気のせいだろ。風の音さ。それより早くお尻の肉付け終わらせろよ。……よし、寝るか」
「だな」
二人の変態天才芸術家は、今日も工房で平和に布団を被る。
外から響くデスボイスの地鳴りを、心地よい子守唄代わりに。
彼らは今日も、健やかな二度寝を極めるのだった。
第5章 〜幻のアリア教ファーストライブ編〜 完
―――――――――――――――――――――――※本話(戦争回)の凄まじき熱狂のフェス化、およびお嬢様のキレキレな歌唱ダンスモーション、ハゲ幹部たちの顔面爆発描写の肉付けにあたっては、お嬢様の美意識に汚染されたAI(人工知能)の超絶技巧による文章アシストを一部使用しています。アリアン。―――――――――――――――――――――――




