第5章 第2話 全国ツアー
第5章 第2話 全国ツアー
教会総本山の大広場。
そこには、頭から大きな白い布を被せられた、一体の巨大な像が厳かに鎮座していた。
像の前に立ち、大観衆を見下ろすようにズラリと並ぶのは、教会の最高幹部たち、および我がクスターフ領管轄のハゲ司教である。
「皆の者、聞くが良い! ここにあるのは、かつて我が教会に降臨せし『奇跡の聖母マリア』であるぞ!」
ハゲ司教の張りのある声が広場に響き渡る。
かつてルッカの「近づけば奇跡が消える」という嘘のハッタリによって、教会の奥深くに厳重に封印されていた、あの最大の問題作。
ツアー初日を飾るこの総本山を皮切りに、これから大陸各地を巡回する一大イベントの幕開けであった。
一目その奇跡を見ようと、広場には古参の教会信者はもちろん、他領の貴族や元反乱軍を含めた『アリア教』の信者たちまでもが、文字通り立錐の余地もないほど埋め尽くしていた。
「見よ! これぞ神の神聖なる奇跡よ!」
最高幹部が、勢いよく像に被せられていた白い布を引き絞った。
ちょうど時期は冬の晴れ間、遮るもののないお天道様からの強い太陽光が、像の全身へと降り注ぐ。
その瞬間、ロッシュが施した色彩の仕掛け――光の屈折によって上着の絵の具が完全に透けて見える『グレーズ技法』が、大自然の太陽光の元で120パーセントの力で完全発動した。
「「「うおおおおおおおおとおおッッッ!!!!」」」
広場を揺るがす、凄まじい地鳴りのような歓声が爆発した。
――大観衆である。
そして奇妙なことに、その場にいた全員が一人の例外もなく狂喜乱舞し涙を流して歓喜していた。
その熱狂の勢いのまま、広場に用意されていた免罪符は飛ぶように売れ、瞬く間にうずたかく積まれていた紙切れがすべて金貨へと変わっていく。
最高幹部たちは初日の大成功に確かな手応えを覚え、司教はうつむきながら邪悪な笑みを噛み殺していた。
(クフフフ……! 見たか! これで免罪符の利権はすべて私のもの、教会総本山の権威も完全復活じゃ……!)
――だが、この時。
広場に集まった人々は、全員が「尋常でないレベルの大きな勘違い」を起こしていた。
パレードを見終えたアリア教の信者たちは、興奮冷めやらぬ顔でお互いの『5種類の硬貨』を掲げ合っていた。
「いやー! 最高でしたね! まさか、あの成熟された30代のお姿を、教会が公式に公開して、全面的に認めてくれるなんて! さすが総本山だ!話がわかるじゃないか!」
彼らはあのメダルやコインでしかお嬢様を知らないため、服が透けて浮かび上がった色気たっぷりのグラマラスな全裸を見て、お嬢様が30代の大人の女性に成長した究極のヴィーナス姿(公式ファンサービス)だと大誤解していたのだ。
なお、モデルとなった本物のロベルタ自身は、現在50代でリアルにかなりフクヨカに太っている。
そのため、広場を埋め尽くす男たちの誰も、その眼前にそびえ立つ、滑らかな化粧漆喰で造形された究極のプロポーションを持つ全裸像が、毎日厨房でフライパンを振るっている宿のドッシリした女将の姿だとは、天地がひっくり返っても気づくはずがない。
一方、古参の教会信者たちもまた、涙を流して十字を切っていた。
「最高でした……。服の奥に、まるで本物の血色が具現化されたようでした。歴史に残る和解の奇跡です!」
彼らは彼らで、教会が仕掛けた最高峰の聖なる融合演出だと信じ込んでいた。
そして、教会の最高幹部たちはというと。
「クフフフ……皆、あの像が神々しすぎて、感動のあまり叫んでおるわい」
デレデレとだらしなく鼻の下を伸ばしていた。
それもそのはず、幹部たちは民衆に威厳を示すため、【像に背を向けて】並んでいたのである。
自分のすぐ後ろで、聖母マリアの衣服が100パーセント透き通って、完全なる全裸がこれでもかと露出していることに、1ミリも気づいていなかった。
ちなみに、パレードの直前に像に布を被せたのは、先日の工房突撃で完全に脳を焼かれて寝返った、あの若い『新参のアリア教推進派』の信者である。
彼は布の下の全裸状態をすべて知っていたが、「(……幹部たちには、絶対に黙っておこう。これぞアリア様の導きだ)」と、キリッとした大真面目な顔のまま、何食わぬ顔で一言も報告していなかったのだ。
こうして、哀れな教会最高幹部たちが、自らの手で一生懸命に御輿を担いで運ぶ、『世界初・衣服完全パージ仕様の全裸ロベルタ像・ヨーロッパ全国ツアー』の初日は、大いなる誤解と共に華々しく開幕を告げた。
その噂は、もの凄いスピードで領境を越え、他領の住人たちの元へと拡散していく。
――とある他領の賑やかな酒場。
そこでも、手に入れたばかりの『5種類のアリア硬貨』をテーブルに並べてニヤニヤと眺めていた男たちの間で、最高に不謹慎な口コミが飛び交っていた。
「おい、聞いたか? 教会がなんか新しいマリア像を御輿に載せて、各地を巡礼するツアーを始めたらしいぞ!」
「はぁ? 俺はもうアリア教の熱狂的な信者だぞ? いまさら教会のボケどものパレードなんかに行くわけねえだろ。免罪符なんて紙切れ、ケツを拭くのにも使えねえよ」
一人の男が、懐の硬貨を愛おしそうに撫でながらフンと鼻を鳴らした。
「バカ、最後まで聞けって! なんでも、教会が運んでるあのマリア像と、俺たちが持ってるこの5種類の硬貨を合わせると……アリア様がちんちくりんの子供時代から、大人のヴィーナスへと至る『成長のすべて』が、ミリ単位の骨格レベルで明かされるらしいんだよ!」
「う、嘘だろ……!?」
男の目が、一瞬にしてガチ勢のそれへと変わった。
「本当だって! 総本山の初日に行っていた商人から聞いた話だから間違いない。頭に白い布を被せられたあの等身大の像に、お天道様の光が当たった瞬間、服が完全に透けて『成熟された30代のお姿』が拝めるんだと。……つまりだ。俺たちが持ってる幼少期のコインと、教会が世界を回って見せてくれるあの像を合わせれば、お嬢様の成長の全貌がなんと大人の姿まで『フルコンプリート』できるってことじゃないか! しかも、あの頭の固い総本山が、大々的にアリア教を認めてくれたってことだろ!」
「マ、マジかよ……!? 教会、神運営すぎるだろ!!」
「おい、こうしちゃいられねえ! 教会のパレードがこの街にやってくる日を調べろ! 免罪符を100枚買って最前線のプレミアム席を確保するんだ!!」
「「「うおおおおおおおおッッッ!!!!」」」
酒場は、地鳴りのようなアリア教徒たちの勝鬨でひっくり返らんばかりに揺れた。
当然、この他領のオタクたちの口コミ通り、各地のツアー会場は、教会の免罪符に流れる金を完全に吸い尽くしていたはずの『アリア教徒』たちが、「公式コラボ」への感謝の気持ちを握りしめて怒涛の勢いで殺到。
免罪符の売り上げは、教会の歴史が始まって以来の最高記録を爆速で更新し続けていた。
工房のふたりが「最高のピンクの艶」について呑気に語り合っている、その日常の裏で。
領主ジョナスの純粋な経済政策が教会の自爆特攻と最悪のシナリオでカチッと噛み合ってしまった。
かくして歴史は、全世界を巻き込んだ【アリアお嬢様・成熟された姿フルコンプリート祭】へと、一気に大暴走を遂げていくのである。




