第5章 第1話 総本山の絶望
第5章 第1話 総本山の絶望
教会の頂点に君臨する総本山の一室。
円卓を囲む最高幹部たちの顔は、前回以上に死人のように青ざめ、重苦しいお通夜のような空気が流れていた。
「……では、クスターフ領への進軍、および嫌がらせの進捗を聞こう」
最高幹部の重々しい問いかけに、軍務担当の役人がガタガタと震えながら一歩前へ出る。
「はっ……! まず、我が教会十字軍の動員状況ですが、当初の予定より大幅に遅れております。深刻な物資の確保困難に加え、各地の巡礼者、および信仰者の激減による『収入源の減少』が原因にございます。さらに、若い信徒たちの士気も大幅に低下している模様で……」
「そのことなら、この私が詳しく説明しましょう」
隣から、あのハゲ司教が苦り切った顔で口を挟んだ。
「最近になって、あの異端領から流れてくる『5種類のアリア硬貨』のせいで、我が教会の免罪符の売り上げが大陸全土で激減しているのです! 誰も彼もが免罪符を放り出し、あの忌々しい硬貨をコレクションして裸の女性への不謹慎な信仰心を高めております! すぐに影響はありませんが、このまま開戦した場合……前線の兵たちの士気がどうなっているか、予想すらできません……!」
「うぬぬ……!」
最高幹部たちが怒りに顔を歪ませる。
「ならば、あの硬貨の流通を止めるための『禁書目録』や、クスターフ領への『経済封鎖』はどうした!?」
「は、それが……」
軍務担当の役人が、さらに声を震わせる。
「公式に禁書目録に指定し、所持した者を異端として全財産没収すると脅したのですが、全く効果がございません! 領民どころか他領の民衆まで『教会が葬式をしてくれないなら、俺たちはアリア様を神とする【アリア教】を信じるから関係ない』と完全に開き直っており……。それどころか、他領の商人信徒どもが命がけの密輸ルートを開拓した結果、クスターフ領には通常の倍以上の最高級の原材料や物資が、爆速で流れ込んで回復している始末にございます!」
「ば、馬鹿なッ! では、工房の門前に派遣した、我が教会自慢の狂信的な修道士どもによる精神攻撃はどうした! 呪いの言葉で異端の芸術家どもを恐怖に陥れているはずだろう!」
「はっ……! 幾度となく呪詛を唱えに行かせているのですが、これまた一切の成果なしにございます! と申しますか……ある時期から、送り込んだ密偵や信徒たちが一人も帰ってこないのです。最後に総本山へ届いた不可解な定時連絡メッセージには、『我、改心せり。工房こそ真の聖地。これより永久に巡礼とす』と書かれており……我々にも、一体何が起きているのか意味が分かりません……!」
報告を聞くたびに握った拳から血が滲む。
「ぐぬぬぬぬ……っ!! 悪魔の呪術か! あやつら、我が教会のエリート暗殺部隊や純真な信徒どもに、一体どんな洗脳を施したというのだ!!」
円卓が怒りと恐怖でひっくり返らんばかりに揺れる。
彼らは知る由もなかった。送り込んだ暗殺者や信徒たちが、夜な夜なアトリエの窓際で、頭に白い布を被った等身大蝋人形を見て「マリア様がここに降臨されたァァ(涙)」と、ただのアリア教徒(徹夜組)にジョブチェンジしているだけだとは。
「……ええい、対抗策はないのか! このままでは戦う前に我が教会の権威が地に落ちるぞ!」
最高幹部の絶叫に、ハゲ司教がこれ以上ないほど不気味な笑みを浮かべて進言した。
「……免罪符の価格を大幅に下げ、かつて我がクスターフ教会で出現した。あの伝説の『奇跡の透ける聖母マリア像』を御輿に載せ、各地を大パレードして巡礼させるしかありません。民衆の目の前で本物の奇跡を誇示し、アリア教を叩き潰して、信仰心を強制的に吊り上げるのです……!」
「うむ! よろしい、すぐに手配せよ!」
かくして、かつてロッシュとルッカが己の歪んだ情熱(全裸ロベルタ)を詰め込んで制作し、光が当たると上着が透けて中の完全な全裸が浮かび上がるという、あの最大の問題作『性母マリア像』が、教会の最高兵器として大陸全土への「屋外全国ツアー」に駆り出されることが決定したのである。
――そんな世界の終わりのようなパレードが始まろうとしているとは夢にも思わず。
「ルッカ、なんか最近、外のすすり泣きに混じって、アリア教の賛美歌がうるさくて寝られないんだけど」
「気のせいだろ。溶け像で余ってる最高級の蝋で、早く左尻の肉付け終わらせろよ。……よし、寝るか」
「だな」
2人の変態天才芸術家は、今日も工房で平和に布団を被り、世界の崩壊を背に健やかな眠りにつくのだった。




