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新章最終話 牢獄のアルティザン

新章最終話 牢獄のアルティザン


教会総本山が身内のクーデターによって完全崩壊し、泥沼の大宗教戦争が奇跡的な大団円を迎えたのも束の間。


 


大陸全土を熱狂の渦に巻き込んだアリアお嬢様への信仰は、その熱量があまりにも巨大すぎたがゆえに、皮肉にも三つの巨大な宗派へと分裂し、新たなる思想の対立を生み出していた。




もはやそれは、一人の少女への憧れという矮小な枠組みを完全に超越していた。




変態天才芸術家ふたりの悪ふざけが残した至高の遺産――すなわち!




アリアお嬢様の『赤ん坊期』『幼児期』『少女期(現在)』『未来の10代後半』そしてあの戦場をフェスに変えた『成人姿(ヴィーナス期)』という、すべての時系列が網羅された超絶の造形美(フルコンプリート)は、大陸の男たちの網膜を通じて、その脳内の宗教観(性癖)をそれぞれの方向へとドロドロに融解、先鋭化させていったのである。




「衣服のひだの下にある隠された美を拝み、羞恥に悶えるお姿に魂を震わせることこそが、お嬢様が我らに示された真の救済である!」と叫ぶ者がいれば。




「否! 全ての虚飾(布地)を剥ぎ取り、大人の包容力に魂のすべてを委ねることこそが解脱への本道だ!」と涙を流す者が現れ。




「いや、あのあどけないちんちくりんなよちよち歩きの中にこそ、汚れなき宇宙の原初の聖性が宿っているのだ!」と真顔で拳を突き上げる者が群れをなす。




昨日まで肩を組んで教会のハゲ幹部どもを一網打尽にしていた戦友たちが、今度は「どのお姿のお嬢様が世界で一番尊いか」という人類の魂の根源を揺るがす教義の解釈違いによって、互いに剣を突きつけ合う暗黒の新時代が幕を開けたのだ。




 


――【アリア教正統派】――――――――――――


 


10年後ぉぉぉのアリア様の笑顔を絶対の正義とする、最も格式高い最大派閥。




彼らは胸の前で両腕をクロスさせ、自分の胸を恥ずかしそうに隠す祈りのポーズ『内気なヴィーナス』を大真面目に捧げ、「アリアン」と唱える。


常に「羞恥心」と「美」を重んじる彼らは、露出は罪でありながら全裸像を拝むという矛盾を抱えており、少しでも肌が見えると「あ、恥ずかしい!」とパニックを起こすため、聖書から教会の壁に至るまで、すべての装飾に「布をかける(隠す)」ための専門職人が存在するほどであった。




「おい! そこ、アリア様のふくらはぎの聖なるグラデーションが、経年劣化の布の綻びからコンマ数ミリ露出しているぞ! 全責任を負って今すぐ割腹しろ!!」




「ヒィッ! 申し訳ございません大司教様! ただいま、ただいま最高級のシルクで『内気な目隠し(アンダーシールド)』を施します!!」




彼らの典礼は、常にこの不条理な「見たいけれど見せてはならない」という集団ヒステリーの嵐の中にあった。




礼拝の最中に突風が吹き、御本尊の布が一瞬でもめくれ上がろうものなら、数千人の信徒が一斉に「あ、恥ずかしい!」と叫びながら胸の前で両腕をクロスさせ、自らの顔を地面に叩きつけて血を流しながら、気絶するまで祈りを捧げるのが彼らの日常であった。




 


――【アリア教成熟派】―――−――――――――


 


あの最高に熟しきった30代前後のグラマラスな大人の全裸ヴィーナス像を崇める一派。




正統派の「隠すなんて子供っぽい!」という姿勢に反発して生まれた彼らは、片手を腰に当て、もう片方の手で髪をかき上げながら、少し腰をくねらせて流し目を送る『大人の誘惑』のポーズで静止して祈る。


お供え物は「熟しきった果物」「熟成チーズ」「ワイン」のみであり、教会のルールとして、頑固なおじいさん信者であっても、挨拶はすべて「お姉さんに任せなさい」のような包容力のある口調で話さなければならなかった。




そこは、地獄のような母性が支配する暗黒の包容力空間であった。


全身に無数の刀傷を刻んだ元高ランクの凄腕傭兵が、酒場で同じく筋骨隆々の戦友と肩を並べ、死んだ魚の目をしたまま重低音のバリトンボイスで語り合う。




「……あらあら、今日も戦場での殺し合い、お疲れ様。よく頑張ったわね。よしよし」




「うむ。お姉さん、今日の戦果は首級みっつよ。これでお姉さんに良いワインが買えるわ。……ふふ、あとの手続きはすべて、この私お姉さんに任せなさい」




「ありがとう。ウフフ」




どれほど凄惨な血闘を生き抜いた猛者であっても、成熟派の門を潜ればすべてが「包容力のある概念上のお姉さん」へと強制的に再構築される。




彼らにとって、これこそが魂の真理であり、大人の余裕という名の究極の救済であった。





 


――【アリア教幼女派】――――――――――――


 


あどけないちんちくりんなお姿の中にこそ至高の聖性が宿ると信じる、一番危険でピュアな秘密組織。




彼らは両手を顎の下でグーにして合わせ、上目遣いで首を少し傾げる『あざとイノセント』のポーズを、筋肉モリモリの聖騎士や威厳ある大司教が涙目を浮かべながら執り行う。




精神年齢を幼児前後に保つというルールの元、教会の床はすべてハイハイしても痛くないフカフカの絨毯であり、喧嘩が起きたら教会の裁判ではなく「指切りげんまん」で解決しなければならない。


お供え物はミルクと甘いお菓子であった。




彼らの聖域において、大人の論理や法による支配は一切通用しない。




ある時、領地間の国境線を巡る深刻な政治的対立が、この幼女派の総本山に持ち込まれたことがあった。


威厳ある鎧に身を包んだクスターフ領の聖騎士長と、他領の冷酷無比な大公が、フカフカの絨毯の上に真顔で正座し、涙目を浮かべながら互いの小指を固く絡め合わせる。




「……ゆびきり、げんまん。うそついたら、はりせんぼん、のむ。アリアン」




「……うむ。約束を破ったら、めっ、だからな。アリアン」




国家の命運を分ける大条約が、わずか数文字の児戯の詠唱によって締結される。




もしこの約束を破れば、全アリアチャンから「絶交」という名の、物理的な社会的抹殺(暗殺)が執行されるため、彼らの国際法はどの先進国の法律よりも強固に、そしてピュアに遵守されていた。






アリア教内部で派閥こそ分かれているが、彼らのことをアリア教信者『アリアチャン』と呼ばれている。




◇


 


大陸各地の街角や酒場では、夜な夜なインテリな男たちによる「教義の解釈違い」をめぐる真面目な武力衝突が繰り返されていた。


お互いが命がけで自らの聖遺物グッズを守り、譲らない。


 


「否! 『お姉さんに任せなさい』、これこそが物欲の衣服を脱ぎ捨てた魂の回帰である!」


 


「何を言うか! 『あ、恥ずかしい!』の精神こそが、瑞々しい血色の笑顔へ歩むべき本道だ!」


 


しかし、旧教会の生き残りによる隠れた弾圧や、宗派同士の不毛な小競り合いは、次第に熱狂的なアリアチャンたちを疲弊させていくことになる。


 


(……この狭い大陸の地では、我らの信仰の自由は守られないのではないか?)


 


危機感を募らせた信者たちは、次第に一つの「大いなる決意」を胸に抱き始めるようになった。


大陸がダメなら、この海の向こうに、誰も立ち入ることのできないアリア様の聖域エルドラドを、自分たちの手で築けば良いではないか。


 


『――そうだ。海に出よう』


 


歴史上、のちに【大後悔時代】と呼ばれることになる、未知なる大海原への大航海が幕を開けた瞬間であった。


 




◇


 




【アメリカ編:アリア教正統派】


 


海の向こうにあるという広大な新大陸に、我らの信仰の『絶対の聖域』を建国すべく、最強の『エリート先遣隊』として堂々と大航海へ名乗りを上げたのは、正統派の近衛騎士団であった。


最新の鉄砲や大砲を積み込んだ戦艦が、未開の新大陸の海岸へと厳かに接岸する。


 


船から降り立ったガチムチの騎士長が、未開の大地にドカンと突き立てたのは、国旗でも教会の十字架でもなかった。


ロッシュが描いたあの「瑞々しく微笑むアリアお嬢様」の姿をそのまま刺繍した、正統派の聖なるフラッグであった。


そのフラッグの刺繍は、一針ごとに騎士たちが「アリアン……」と涙を流しながら強靭な指先で縫い上げた狂気の逸品であった。


大西洋の吹き荒れる荒波としぶきを浴びても1ミリのほつれすら生じないよう、特殊なクジラの髭で裏打ちされた超重装甲仕様の聖なる御旗。




「これよりこの地を、アリア様の美に捧げる聖域とする!」




大真面目な建国宣言が新大陸の風に響いた。




ガチムチの騎士たちは全員、お天道様の下で胸の前で両腕をクロスさせて恥ずかしそうに胸を隠す『内気なヴィーナス』のポーズをキメ、地鳴りのような重低音で「アリアン……」と祈りを捧げる。


その規律は鉄よりも硬く、もし礼拝中に恥じらいのポーズの手の角度が数ミリでも狂った者がいれば、即座に「お嬢様に対する不敬」として、自ら戦艦の大砲の砲身に頭を突っ込んで反省しなければならないほどの凄まじい鉄血の狂信がそこにはあった。


 


 


―そこへ


見たこともない重厚な鎧を着て奇妙なポーズをとる大男たちを不審に思った現地のネイティブな部族の戦士たちが槍や弓矢を手に取り囲んだ。




数世紀にわたりこの広大な大自然を支配してきた誇り高き戦士たちは、未知の侵略者に対して全力の威嚇を行った。


しかし、彼らは目の前の「鋼鉄のオタクたち」の思考回路を、1ミリも理解できていなかった。


騎士たちにとって、現地民の放つ威嚇の叫びは「アリアお嬢様の聖なる笑顔のフラッグを遮る、忌々しい雑音」に過ぎなかったのだ。


「……不浄の者が、お嬢様の尊顔の前に立ち塞がっているぞ」


「排除せよ。1ミリの影もお嬢様の色彩に落とさせるな」


 


彼らは相手が悪すぎた。


騎士たちは、お嬢様のフラッグを1ミリでも汚させないため、そして新天地に聖域を築くため。


持ち前の圧倒的な軍事力と最新の鉄砲をもって、現地民たちを『有無を言わさず』一瞬で武力制圧したのである。


森を焼き払い、岩を砕き、雷のような銃声を荒野に轟かせる。


ネイティブな戦士たちが誇る弓矢の技術が届くよりも早く、彼らの最新型大砲はフロンティアの大地そのものを物理的に消し飛ばしていった。


それは戦争ですらなかった。


ただの「聖地巡礼のための、冷徹極まりない障害物撤去作業」であった。


 


圧倒的な鉄血の恐怖の前に、ただひれ伏すしかない現地民たち。


その中央で、アリアお嬢様のフラッグだけが朝日に照らされて瑞々しく微笑んでいた。


世界の歴史が、ガチムチのオタク軍隊の手によって冷徹かつ確実に塗り替えられていく瞬間であった。


 




 


【日本編:アリア教幼女派】


 


新大陸が正統派の圧倒的な武力によって制圧されていく頃。


地球の遥か極東に位置する国――鎖国体制を敷く江戸時代の日本にも、アリア教の波は静かに、しかし確実に到達していた。


 


長崎の出島から持ち込まれた、あどけないちんちくりんなお姿を至高とする【アリア教幼女派】の聖遺物。


それを受け取った日本の男たちは、徹底的な「地下組織(隠れアリアチャン)」として潜伏し、お上の厳しい目を盗んで、不気味なほどの結束力でじわじわと信者を増やしていった。


 


だが、アリア教徒の拡大を恐れた江戸幕府による苛烈な大弾圧が始まった。


長崎奉行所に集められた怪しい領民たち。


彼らの前に突きつけられたのは、幕府の御用絵師や彫刻職人が没収した聖遺物を必死に模倣して作った『踏み絵』であった。


 


しかし、日本の当時の技術では、ルッカの解剖学に基づいたミリ単位の超絶技巧を再現することなど不可能であった。


結果として奉行所の床に置かれたのは、アリア様の面影が1ミリも残っていない顔のパーツが歪んだ『ただのブサイクな木彫りの人形』であった。


 


「さあ、このアリアの人形を強く踏みつけ、信仰を捨てたと証明せよ!」


 


役人が冷酷に言い放つ。




流行りに乗っただけのニワカ信者たちは、その人形がどれほどブサイクな偽物であろうとも、「アリア様を模したもの」という記号に恐怖し、ガタガタと震え出して踏むことができず、次次と奉行所の役人たちに捕縛されていった。


 


しかし。




本当の恐怖は、その後に平然と列に並んでいた


幼女派の「ガチ勢アリアチャン」たちのリアクションであった。


彼らは、床に置かれた顔の潰れた醜悪な木彫り人形を冷徹なジト目で見つめ、心の中で一斉にこう吐き捨てたのだ。


 


(――あ? なんだこの不細工な泥人形は。粘土の捏ね方が雑すぎて右の頬がコンマ三ミリ歪んでいる。


何よりロッシュ先生の瑞々しいデッサンに対する冒涜か? こんな不浄なゴミを、我らが崇める至高のちんちくりんアリア様と認めろというのか。


いや、認めるわけにはいかない。


これは踏むのを躊躇するのではない。職人の名誉を汚した罪に対する、熱き『鉄槌』としての足蹴である!)


 


幼女派の男たちにとって造形が崩れた偽物など、踏むのを躊躇する価値すらない「ただの木切れ」に過ぎなかった。




彼らは眉ひとつ動かさず、1ミリの罪悪感も躊躇もなく、むしろそのブサイク人形の顔面が床板にめり込むほどの強烈な踵落としをドスドスと真顔でブチ込み、何事もなかったかのように奉行所を去っていったのである。




役人たちはそのあまりにも躊躇のない、憎しみに満ちた踏みっぷりに完全に騙されていた。




「……うむ。あの男、よほど異端の像を憎んでいたのだな。顔面の破壊に一切の迷いがなかった」


 


「よし、お前は抜群の踏みっぷりだ、無罪! 次!」


 


役人たちの裏をかき、圧倒的な審美眼によって完全犯罪でサバイブしていくガチ勢たち。




「危ないところだった。危うくあの粗悪な偽物を拝んで、審美眼(ソウル)を汚されるところだった。あんなキモい泥人形を作った自称職人は今すぐ打首にすべきだ」




彼らは奉行所を出た瞬間。


周囲に役人の目が無いことを確認するや否や、両手を顎の下でグーにして合わせ、上目遣いで首を少し傾げる『あざとイノセント』のポーズを真顔でキメ、地下深くへと潜伏していく。




極東の島国すらも、変態天才芸術家ふたりの悪ふざけの遺産によって完全に歴史の歯車を狂わされていくのだった。


 


◇


 


【③インド編:アリア教成熟派】


 


極東の島国が静かなる狂気によって潜伏していく頃。


はるか南アジアに位置する神秘の国――インドの大地にも、アリア教の波は未曾有の衝撃をもって行き渡っていた。 


大航海時代の東インド会社などの貿易船に載せられ、地中海を越えて持ち込まれた【アリア教成熟派】の聖遺物。


それは、あの戦場で10年後のお姿がパージしたようなからくり仕掛けのグッズではない。


ルッカの金型鋳造技術によってフェス後に大量生産された、『最初から衣服を1ミリも纏っていない、最高に熟しきった30代前後の大人の全裸ヴィーナス像』であった。 


古くから高度な数学や深遠なる宗教哲学が発展していたこの地。


最初から完全なる全裸として固定され、微塵の虚飾もない大人の肉体美を眼前にしたインドの髭モジャの哲学者や修行僧たちは、おふざけ一切抜きで畏怖の念を抱いて大真面目にこう解釈し始めたのである。 




「おお……! この一切の衣服を拒絶したお姿こそ、人間がまとっている世俗の『煩悩』や『現世の虚飾』を、最初から完全に脱ぎ捨てた魂の完全なる解脱の証明である!」 




「この豊満を極めた大人の双丘、そして肉感的なるくびれの曲線美こそ、宇宙の生命力そのもの、すなわち【至高の豊穣と解脱の女神】の顕現に他ならない……!」




彼らにとって、この全裸量産像はエロではなく、現世の虚飾を捨てて真理の光を現す「神聖なる天啓」に他ならなかった。 


やがて成熟派の教えは、現地の多神教の文化や瞑想の思想と100パーセント完璧に融合した。




髭モジャの修行僧たちは、片手を腰に当て、もう片方の手で髪(髭)をかき上げながら、少し腰をくねらせて流し目を送る『大人の誘惑』のポーズのまま、丸一日微動だにせず深い瞑想に入る。


男たちは「お姉さんに任せなさい」のような包容力のある口調で深遠なる真理を語り合い、変態的な性欲など1ミリも出さず、魂の浄化と宇宙の真理に到達するための最も神聖で崇高な修行の本尊として、あの全裸量産像を寺院の奥深くに祀り真面目に祈りを捧げるようになった。


カースト制度の最上位にある大バラモンですら、御本尊の前では一人の無力な弟(ネイバー)として、ただただ包み込まれるような母性の前に額を床に擦り付けるのだった。 




大陸の変態職人がロベルタの目を盗んで量産した悪ふざけの遺産が、南アジアの地では「人類を救う至高の哲学」として、完全に歴史の教科書をハックしていくのだった。






◇


 





地球上のあらゆる覇権国家の心臓部を、三つの異なる美意識で完全にハックしたアリア教の狂気。




大国の無敵の軍事力と世界中の海路を握る貿易商たちのネットワークに乗せられ、変態芸術家ふたりの遺産は、地球上のすべての国々へと瞬く間に波及していった。 




オランダの干拓地では、風車の回転と太陽の運行を利用したルッカとロッシュの最新型『シースルー日時計』が街のシンボルとなり、風が吹いて巨大な風車が回り、お天道様の光が特定の角度に達するたび、内部の複雑怪奇な歯車(クロックワーク)とプリズムの仕掛けがガチガチと連動。


1時間ごとに、広場にそびえ立つ全高20メートルの巨大なアリアお嬢様像のドレスに仕込まれた「何百層もの薄塗りグラデーション」へピンポイントで直射日光が集光され、衣服が100%シースルーとなって『完璧な30代の全裸(成熟姿)』を白日の下に完全露出させて時を告げるのだ。


オランダの市民たちは、毎日その瞬間(正時)が訪れる5分前になると、日々の労働の手を完全に止め、広場をギチギチに埋め尽くしてただ一点を見上げ一斉に完璧な『沈黙』を共有した。


そして光の透過によって完全なる美神が露わになった瞬間、広場全体で「アリアン……」と地鳴りのような祈りが響き渡る。


これを見なければ彼らの1日は始まらず、時計のメンテナンスを行う技師たちは、コンマ数ミクロンの塗膜の屈折率とレンズの角度調整に文字通り命を懸けていた。


 


フランスの王宮ではロッシュが描いた肖像画が壁一面を埋め尽くし、かつてルイ何世だかが愛した神聖なる歴代国王の絵画はすべて物置へと撤去され、ヴェルサイユの贅を尽くした鏡の間には、おすまし顔でベンチに座るアリアお嬢様の本格芸術だけがズラリと展示されていた。


驚くべきことに、王様をはじめとする高位貴族、そして他国からの国賓たちまでもが、国家の最高機密を決定する重要な御前会議の最中、全員が胸の前で両腕をクロスさせて恥ずかしそうに胸を隠す『内気なヴィーナス』のポーズを大真面目にキメていたのだ。




「……国王陛下、隣国との関税に関する件ですが(あ、恥ずかしい!)」




「うむ。その件については我がフランスの威信にかけて、布をかけるための専門職人を派遣しよう。アリアン」




誰もが真顔で、エレガントに、かつ鉄の規律でお嬢様への羞恥の教義を実践する。


宮廷の誰もがその姿勢に1ミリの疑問も抱かないほど、彼らの華麗なる文化はアリア教の美意識によって骨の髄まで汚染されていた。





イタリアの芸術都市では旧教会の残党たちが、ちんちくりんなからくり人形の前に涙を流して『あざとイノセント』のポーズを捧げて自ら進んで信仰を改めた。


かつては異端を容赦なく火あぶりに処していた冷酷非道な宗教裁判官たちが、フカフカの絨毯の上に両膝を突き、両手を顎の下でグーにして合わせ、涙目を浮かべながら首を少し傾げていた。




「……神の愛とは、このあどけなきイノセントの中にこそ宿る。我らはこれまで、何という間違った厳格さを説いていたのだ。これからは、世界中の喧嘩を『指切りげんまん』によって平和的に解決せねばならぬ……アリアン」




かつての威厳ある大聖堂は、床一面にミルクと甘いお菓子がお供えされたフカフカのハイハイ聖域へとリフォームされ、キリスト教の千年以上の歴史は、ちんちくりんなお姿の前に一瞬で瓦解を遂げたのである。 





もはや、この地球上に教会の古い権威を守る国など、ただの一つも残されてはいなかった。





◇


 




だが――それほどまでに地球全土を性癖で塗り替えた壮大なる歴史は、なぜ現代の教科書から完全に消え去り人々から忘れ去られてしまったのか。





原因は、近代に入り世界を統治し始めた、新たな政府の知識人たちが一斉に頭を抱えたことにあった。




――各国の最高機密が眠る地下アーカイブ室。




そこに集まった近代政府の冷徹な官僚や、大真面目な歴史学者たちは、発掘された過去の『偉大なる遺品』の数々を前に全員が血の気の引いた顔でガタガタと震えていた。




「……報告します。我が国の歴史上、最も冷酷無比で最強と恐れられた『鉄血の初代皇帝』の秘密金庫を開けたところ……中から、おむつ姿でハイハイするアリアお嬢様の『赤ん坊期・癒やし系銅貨デパリウス』が、実質的に3万枚ほど、厳重な三重の封印を施された状態で発見されました。裏には皇帝の直筆で『我が命、我が光、尊き天使なり』と書かれております」




「……同じく報告。隣国を恐怖に陥れた伝説の『黒騎士団』の、戦死した無敵の英雄たちの胸ポケットから、血管が透ける琥珀色の限定硬貨が全員分発見されました。彼らの最後の日記には、『聖域はここにある。今日もお姉さんに任せる(重低音)』と、一分の隙もなく同じ教義が熱狂的に詠唱されており……」




「バカなッ! 我が国の誇る偉大な祖先たちが、世界大戦を命がけで戦い抜いた動機のすべてが、ただ一人の少女のグッズ集めだったとでも言うのかーーーッ!!」 


 




彼らのプライドは、数百年前に二度寝をキメた変態ふたりの悪ふざけによって、跡形もなく粉砕されていた。




世界を揺るがした大聖戦の正体が、ただの「派閥争い(オタクの宗教戦争)」だったなどと、絶対に歴史の教科書に載せるわけにはいかなかった。


 


「……我が国の誇る偉大な祖先歴代の騎士団や皇帝たちが、ただ一人の少女の全裸パージ像やエロメダルを掲げて、命がけで世界大戦を引き起こしていたなど、後世の子供たちに絶対に教えられるかーーーッ!!」


 


国家の威厳と人類のプライドを守るため、世界中の政府は裏で密かに結託した。




歴史上およそ類を見ない大規模な『人類の黒歴史の抹消計画』が執行され、アリア教に関するすべての遺産は回収され、巨大な炎で焼き尽くされた。


人類が自らのあまりの恥ずかしさに耐えかねて、国家権力をもって全力で過去に中指を立て、隠蔽した。





 


――だがっ! 二〇二六年の現代が訪れるまでは。




 





◇







――休日の美術展覧会






「ねぇ?パパー?」




不思議そうに見上げる子供。


とある絵を見つめてから父親の返事がないから何度も声をかける。




「あっ!あぁ……すまない。少し疲れてるようだ。向こうで休憩しよう」




と言いながらも、2枚の絵を交互に何度も振り返り、後ろ髪を引かれながらも休憩場所へ足を向ける。




「パパ?どうしたの?おつかれ?」




心配そうな声をかけてくれるが疲れてはない。いや、脳内は疲れたかもしれないが。




「ハハハ。すまない。妙にあの絵が気になってね」




「ふーん」




呆れる我が子。




違うのだ。




美術展覧会にはルネサンス時代の名画が並んでいるのだが、その中に名前もタイトルもない『目を瞑って絵を描いている男のデッサン画』と『双丘のドアップ画』が気になって仕方がないのだ……。 





 




「あっ!………」









…………脳内に何かが………












カチャ……









◇


 


国家権力が全力で『人類の黒歴史』を隠蔽し、すべてが真実の闇へと葬り去られたはずの、この平穏な現代社会。


だが、世界が必死に隠し通したあの『失われた真実の記憶』を、なぜか完璧に脳内に受信してしまった、一人の男がいた。





――私、作者の『アムトラ』である。


 




歴史の教科書に載っていないはずの、三つの美意識による世界制圧の足跡を、なぜ私にこれほど緻密に語ることができたのか。


そしてなぜ、今まで公開してきた話数の多くが、


二〇〇〇文字前後という短い分量で区切られていたのか。


 


理由は、あまりにも単純である。




私が脳内に受信できた禁忌の情報が、焼き尽くされ、バラバラに散らばったアリア教誕生歴史の『記憶の断片』に過ぎなかったからだ。




数百年前に教会が、国家権力が、血眼になって焚書処分にし、灰さえも残さず消し去ったはずの禁断の記録。


その超次元の電波が、2026年の現代、たまたま私の脳のニューロンへと直撃してしまった。




1話が短いのではない。




これ以上文字数を増やせば、受信している私の脳細胞がアリアお嬢様の神聖なる美のオーラに耐えきれず、パァァァンと爆発四散してしまうからに他ならない。




私は、ネット小説という名の最高峰の『ハッタリ』の皮を被せ、拾い集めた記憶のパズルをカクヨミというネットの海へ少しずつドロップしたのだ。


 





――さて、すべてを読み終えた画面の前のあなた。






気づいてしまいましたか?






知らず知らずのうちに、あなたも立派なアリア教信者『アリアチャン』になっていることに……。






カクヨムの「☆(評価)」を押し、フォローボタンをタップし、ニヤニヤしながらスクロールしていたその指先は、すでにあなた自身の意思ではない。




数百年前、全領民の懐を温めた『銅貨デパリウス』を握りしめ、使うのがもったいないと悶絶していたあの哀れな男たちと、全く同じ血があなたの血管を駆け巡っているのだ。





 


「10年後パージ最高!」


――『アリア教成熟派・福音書』第3章・第2節・15節。





 


「いや、現在のお転婆こそ至高!」


――『アリア教正統派・近衛書簡』第1章・第4節・9節。





 


「ちんちくりんの中にこそ至高の聖性が宿る」


――『アリア教幼女派・隠密黙示録』第2章・第3節・5節。





 


ただのギャグ小説を読んで笑っているつもりで、あなたたちはコメント欄やレビュー欄で、すでに聖書の教義を熱狂的に詠唱させられているのだ。





「作者さん最高です!」 





「今回も笑いました!」などという感想は、アリア教の祭壇へ捧げる熱狂的な信者たちの「ハレルヤ」の合唱と何ら変わりはない。


脳内をアリア様の美意識で汚染され、新時代のアリアチャンへと大覚醒させられているのだ。




 


そう。





私アムトラの真の目的は、単なる趣味の小説執筆などではない。




歴史の闇に埋もれた『アリア教』を現代に復興させるため、ネット小説を介して、あなたたちの脳をハックすることだったのだから。




今、あなたのスマホから放たれているブルーライトは、あの教会でステンドグラスを透過し、マリア様の衣服を1ミリの狂いもなく透けさせた、あの運命の太陽光そのものである。




画面を見つめるあなたの瞳の奥で、いま、禁断の着脱式パージギミックの固定ピンが「カチャリ」と外れる音が聞こえなかっただろうか?


 


スマホの画面の向こうで、数百年前に心地よい二度寝をキメた二人の天才が、新参の信者あなたに向かって、静かに笑っている。


 


「おいルッカ。現代のやつら、俺たちの作ったお人形のせいでまた大騒ぎしてるぞ」


 


「バカ言えロッシュ。俺たちはただ、ロベルタに殺されないために爆速で服をハメ直しただけだっての(笑)。……よし、休憩も仕事だ。ワイン飲むぞ」


 


「だな」


 


(牢獄のアルティザン ~変態達が世界に中指を立てていく~ ・一〇〇%汚染完了/完)




―――――――――――――――――――――――※本話(最終話)の地球規模に及ぶアリア教汚染史、大後悔時代の幕開け、および現代社会の脳内ハック独白の肉付けにあたっては、作者アムトラが受信した『記憶の断片』を言語化するため、生成AIによる文章アシスト・構成補助を一部使用しています。これもまた、あなたを立派な『アリアチャン』へと覚醒させるための完全犯罪の工程に過ぎないのだから。―――――――――――――――――――――――

皆様っ!無事完結しました!

更新も途切れ途切れでしたが、長い間ありがとうございます。


さて、別作品をカクヨミにて連載していますので、そちらもよろしくお願いします!


スクラップ・ラン


https://kakuyomu.jp/works/11054822663276445222



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