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第4章 第6話 夜泣きの聖母

天才(変態)たちによる【勘違いブラックコメディ】の幕開けへようこそ!

 

※本作はカクヨミでも同時連載中ですが、そちらの方が数話ほど物語の更新が先行しています。

「牢獄を脱出した二人の、悪ふざけの続きが早く読みたい!」という方は、ぜひ先行しているカクヨミ版のページでも一気読みしてみてください!

 

▼カクヨミ版『牢獄のアルティザン』

https://kakuyomu.jp/works/2912051606683262649

第4章 第6話 夜泣きの聖母


教会総本山の本格的な進軍まで、あと1年。


その猶予期間の間、街の裏側では、言葉通り血で血を洗う陰湿な暗闘が始まっていた。


 


「また教会の放った刺客だよ。夜中に飯に毒を盛ろうとした形跡もある。本当に油断も隙もありゃしないよ!」


 


ある朝、扉を乱暴に開けてロベルタが飛び込んできた。


教会側は、1年後の本戦を前に、この『アリア硬貨』の元凶である芸術家ふたりを暗殺しようと必死だった。


倉庫のボヤ騒ぎや、仕入れルートの妨害など、細かい破壊工作は日常茶飯事となっていた。


 


――だが、当の工房の空気は、ロベルタの悲壮な警告とは裏腹に、別の意味で熱く狂っていた。


 


事の始まりは数日前。




ルッカが手元でカチカチといじっていた、関節が滑らかに動く小さな木製のデッサン人形を目撃したロッシュの目が、カッと見開かれたことだった。


 


「閃いたッ……! ヴィーナスだ、究極の女神のポージングがここにある……!」


 


ロッシュはルッカの胸ぐらを掴み、涙ながらに猛烈に懇願し始めた。


 


「ルッカ! 頼む、お前のそのからくり技術のすべてを注ぎ込んで、これの『等身大の人形』を作ってくれ! 衣服の奥にある骨格の動き、可動域、そのすべてを実物大で再現するんだ!」


 


「はぁ!? 等身大だと? デッサン人形にそこまでデカいサイズがいるかよ、バカ言うな!」


 


ルッカは当然のように突っぱねたが、ロッシュの執念は凄まじかった。




「美しい骨格がなければやり直しが利かないのは彫刻も同じだろう!」と、職人のプライドを絶妙に突いてくる変態画家の必死の説得に折れ、ルッカは夜な夜な、前代未聞の巨大な可動人形の制作に没頭することになったのである。


 


そして完成したのが、作業台の上に鎮座する木製の等身大人形だった。


肩や肘、果ては指の関節の一本一本にいたるまで、独自のバネと歯車、そして解剖学のデータが組み込まれており、人間とまったく同じ滑らかさでポーズを変え、その姿勢をガチッと固定できるという、当時の技術を極限まで超越した本物の『超絶技巧』だった。


 


ロッシュはこの「完璧な等身大の骨格」に歓喜し、手元にあったバケツから温めた「蜜蝋」を取り出した。


 


「……美しい! 美しいぞルッカ! だが……惜しい! 実に惜しいぞ! 木肌だけでは、女性特有のあの『柔らかい肉の表現』が絶望的に足りんのだ!」


 


「おい変態、せっかく組み上げた等身大人形に何に蝋を盛ろうとしてんだ、やめろ!」


 


ルッカの制止も虚しく、ロッシュは職人技の精密さで、等身大人形の胸やお尻のパーツにベタベタと蝋を盛り始めた。


人間のリアルな脂肪を再現するため、蜂の巣から採れる蜜蝋に、厨房からくすねてきた「豚の脂」を絶妙にブレンドした特製ワックスである。


 


「これだ! 骨格の上に、この特製ワックスで極上の脂肪を盛る! この、指先がわずかに沈み込むような、ぬっとりとした弾力……これぞ解剖学と脂肪の真髄!」


 


ロッシュのこだわりが強すぎるせいで、胸やお尻のパーツを「違う! 本物の柔らかさはこんなものではない!」と、ナイフで削っては温めた蝋を盛り直すという、無限のフィギュア制作ループに突入していた。


おかげで工房の作業台の上には、常に『油まみれで生温かく、光を吸い込んでうっすらと透き通る、等身大でムチムチの全裸人形』が鎮座するようになる。


 


◇


 


その日の夜中。




工房の裏窓が静かに開き、漆黒の装束に身を包んだ教会の工作員が、音もなく滑り込んできた。




彼は教会の強烈な信者でもあった。




目的はふたりの暗殺。


 


「フフフ……油断しおって異端者ども、まとめて命を――」


 


短剣を抜き、暗闇の中で作業台へと近づいた工作員は、ハッと息を呑んで動きを止めた。


 


月光に照らされた暗闇の奥。




作業台の上には、頭からすっぽりと白い布を被せられ、じっと佇んでいる『安らかな、しかし神聖な輝きをまとった、等身大の女性のシルエット』が、ぼんやりと浮かび上がっていたのだ。さらに、ロッシュが混ぜたラードと蝋の、どこか厳かで生々しい匂いが満ちている。


 


月明かりのせいで、人形の顔ははっきりと見えない。




だが、頭に布を被ったその姿、反映される光を吸い込んでうっすらと肌色が透き通るその奇跡的な質感――。


 


工作員の脳裏に、かつて大聖堂で一目見た、あの伝説の奇跡が鮮烈によみがえった。


 


「あ……あああ……っ!! せ、聖母マリア様……ッ!!」


 


工作員はガタガタと震え出し、その場に崩れ落ちるようにひざまずいた。


 


(まさか、このような異端の悪魔どもが巣食うアトリエにまで、我ら迷える子羊をお導きになるため、マリア様が忽然と出現されたというのか……っ! なんという大いなる慈愛、なんという神聖なる奇跡の顕現か……!!)


 


熱狂的な信者である暗殺者は、暗闇の中に忽然と出現した「聖母マリアの等身大フィギュア」に対して刃を向けることなど、恐ろしくて天地がひっくり返っても出来なかった。


 


「マリア様……おお、我がマリア様……っ!!」


 


工作員は暗殺することなど完全に忘れ去り、あまりの神々しさと感動に涙を流しながら、入ってきた窓から音もなく静かに退散していったのである。


 


◇


 


その翌日から、不思議なことに工房への暗殺者の襲撃はパタリとなくなった。


 


だが代わりに、毎夜、窓の外の暗闇から不気味な男たちの「カツ……カツ……」という静かな足音と、「ううっ……マリア様……ここに御出でになられたのか……」という、感動のあまりすすり泣く声がどこからともなく聞こえるようになったとか、聞こえないとか。


 


教会の特殊工作員たちが、夜な夜な周りに集まり、忽然と出現されたマリア様への感謝と感動を捧げて涙を流す、謎の「不審な巡礼地」と化していたのだ。


 


「……なぁルッカ。なんか最近、夜中に外からすすり泣きみたいな変な音が聞こえねえか?」


 


翌朝、布団から顔を出したロッシュが眠そうに目をこする。


 


「気のせいだろ。風の音か何かさ。それより早く起きて新しいバネのチェックしろよ」


 


「だな。眠いし、もうちょっと寝るか」


 


迫り来る教会の怪奇現象など1ミリも気に留めず


2人の天才芸術家は、今日も楽園のようなベッドの中で健やかに二度寝を極めるのだった。


 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


画面下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にポチッと染めて評価・応援していただけると、次の突貫工事(執筆)のめちゃくちゃ励みになります!


(次回も、楽しみにお待ちください!)


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