第4章 第3.5話 ゴミ箱の変奏曲
第4章 第3.5話 ゴミ箱の変奏曲
――とある昼下がり。
世間が大変になってきているのに関わらず、ふたりはブレない日常を送っている。
「……そういえばルッカ。私には、投獄される前からの悪友で極上の音楽家がいたな」
キャンバスに向かってピンクの肌色の調合に熱中していたロッシュが、ふと思い出したように呟いた。
「は? 音楽家ぁ? 今はアリア硬貨の金型をカリカリ削るんで忙しいんだよ!」
「名前はマイロ。あいつは私の描いた全裸ヴィーナスのガチのファンであいつの作る、時代を先取りしすぎた尖り散らかした演奏のファンだったんだ。
だが、曲の表現が極端すぎて教会を刺激しまくってたからな。
あいつもどこかの独房に投獄されてるかもな」
――少し前の話。
領主から「芸術なら音楽もいけそう?」とかトンチンカンな事を言って依頼を断った事があった。
それからというもの「知り合いに音楽家はいないか?」っと、マイロを指名したものの所在不明で探しようがなかった。
そう諦めていた日の午後、ロッシュが「ちょっとヴィーナスのパッションを求めてくる」と言い残し、気晴らしに港の路地裏へ散歩に出かけた時のことだった。
(ガンッ! カンカンッ! ガガガガシャァン!)
薄暗い路地裏の隅で、ボロボロの衣服をまとった一人の浮浪者が、落ちていた鉄の棒で生ゴミのバケツを狂ったように叩き殴っていた。
見た目はこれ以上ないほど無惨。
ただの頭のイカれた不審者である。
だが、その鉄棒がゴミ箱を砕く凄まじい大音量のリズムを聴いた瞬間、ロッシュの全身に電撃が走る。
「……間違いない。この極端で暴力的なのに、どこか神聖な光の入り方を感じるリズム……マイロ、お前なのか!?」
鉄棒をピタリと止めた無惨な男が、泥塗れの顔を上げてニカッとっ。
「おうロッシュ! 奇遇だな! ゴミ箱を叩いていたら、お前の描いた懐らしきヴィーナスの全裸のラインが脳裏に降臨したから、そのまま作曲してたんだよ!」
表現規制のせいで音楽の仕事をすべて干され、文字通り路頭に迷ってゴミ箱を叩いていた幻の天才。
ロッシュはすぐにマイロの襟首を掴んで工房へと引きずり戻した。
もちろん、ロベルタは「変なゴミを拾ってきて!」と激怒したが、そこは肝っ玉大魔神。
文句を言いながらも、ガリガリに痩せたマイロに温かいスープを飲ませて、工房の隅で面倒を見てくれることになった。
数日後。
工房に、領主のおてんば娘・アリアお嬢様が内緒で遊びにやってきた。
お嬢様は最近、戦場から帰ってきた英雄の男たちのせいで胃を激しく痛めており、頬を真っ赤に膨らませて怒りの愚痴をぶちまけ始める。
「もう! 聞いてよ! 領主の娘として、集まってくれた彼らに大真面目に挨拶をしようとしたのよ? なのにあのガチムチの男たち、私の顔を見た瞬間に全員白目を剥いて『じゅ、10年後……10年後のお姿……ハァハァ……』ってブツブツ呟くだけで、私の話をぜんっぜん聞いてくれないのよ!!」
怒髪天を突くお嬢様は、ルッカの作業机をドン!と叩き、その場にいる全員に向けて、あの時の怒りの怒鳴り声を完全再現して張り上げた。
「だから私、頭にきてこう言ってやったわ!
『――我が騎士たちよ! 私の声を聞けーーーーーーッ!!』ってね!」
その瞬間、工房の隅でスープを飲んでいたマイロが、ガタッと立ち上がって狂ったように五線譜にペンを走らせる。
「できたぞロッシュ……! あの話を一切聞かない狂暴な男たちを、歌声ひとつで強制的に平伏させ、脳内麻薬で一瞬に支配するための、最強の電波聖歌のメロディが今、降臨した!!」
マイロは目を血走らせ、完成した最高の楽譜を高く掲げて叫んだ。
その曲の誕生が世界を……否っ!
人々を変えてしまうのである!!
しばらくして、工房にマイロは居なくなっていた。
なぜなら彼は流浪の音楽家。
誰にも創作の邪魔されない新天地に向かうのである。




