第3章 第3話 真夏の宗教祭
――宗教祭当日。
完成した司教の像を見上げる2人。
「自分で作ってなんだが……無性に殴りたくなる」
「みなまで言うなよ。ハゲ頭を着色してる時に何度思ったことか……」
そこには妙にリアルで、髪の毛1本1本、細部までこだわった像が両手を広げている。
頭皮の毛は、1本も無いのだが……。
――ゴンゴン!
激しく扉を叩く音。
多分、おっさん修道士だろう。ようやく扉の叩き方を覚えたようだ。
扉から入るなり司教の像が視界に入ったのか、彼は怯えながら両手をクロスし、その場にしゃがみ出す。
「こっ! これは、司教様! こんな汚い作業場にわざわざいらっしゃったのですね。そうとは知らず、扉を叩くような真似をしてしまい……申し訳ありませぬ!」
「「ぷっ」」
思わず笑いをこらえる2人。面白いからしばらく様子を見ておこう。
「あ、あの……司教様……? やはりお怒りでしょうか……? そんな真顔で固まらないでください、生きた心地がしませぬ……!」
修道士は床に額をこすりつけんばかりに平伏し、ガタガタと生まれたての小鹿のように震え続けている。
もちろん、そこに立っているのはルッカが作った中身スカスカのワックス像。
その頭に宿る「強欲そうな脂ぎったテカリ」は、ロッシュが絵の具を何層も重ねて執念深く完全再現した極上の着色だ。
「おいルッカ、いつまで黙ってるんだ。笑いすぎて死んじゃう……あ、違った!ビビりすぎて死んじゃうぞ」
「お前、それ以上言うな。笑いのツボが……クッ……」
ヒソヒソと悪魔のような声を交わし合いながら、ルッカがわざとらしく、トントンと蜜蝋の頭を指先で叩いて見せた。
「おいおい、起きろよおっさん。司教様なら、そこに『物言わぬ姿』として立っていらっしゃるぜ?」
「……へ?」
修道士が恐る恐る顔を上げ、ルッカの指先と、全く微動だにしない司教の「脂ぎった顔面」を交互に見つめる。
「な、ななな……作り物だとぉぉぉーーっ!?」
すっ転ぶような勢いで飛び起きた修道士は、自分の勘違いの恥ずかしさと、あまりの不気味な完成度に顔を真っ青に染め上げた。
「ば、馬鹿者がっ! 心臓が止まるかと思ったわ! ……し、しかし、これは。まるで生きているかのようではないか……」
「だろ? ハ……司教様への忠誠心だけで、徹夜で仕上げてやったのさ」
ルッカが嘘八百を並べ立ててニカッと白い歯を見せる。
「う、うむ! これなら本番の宗教祭でも皆がひれ伏すに違いない! さぁ、時間がない、すぐに最奥の聖堂へ運ぶぞ!」
そう息巻く修道士の手によって、中身スカスカの巨大な時限爆弾が、ついに教会の心臓部へと運び込まれていく――。
◇
――聖堂最奥中央。
何百本、何千本ものロウソクが照らされ、その中央には司教の像が鎮座している。
それを囲むように大勢の信者や民衆達がひざまずき、両手を挙げていた。
夏の暑さもあいまって、聖堂内は異例の熱気で充満している。
「今から宗教祭を執り行う!」
司教の号令とともに、信者が一斉に開祭の聖歌を歌いだす。
「おい。こんな暑さだけど溶けたりしないよな?」
ロッシュが心配そうにルッカに耳打ちする。
「大丈夫だって! 溶けないような処理もしてあるって!」
そうなのだ。見た目は頑丈そうだが中身は蜜蝋……めっちゃ熱に弱いのだ。
しかし、ルッカの説明通りだと、そうそう溶けないはず……。
「だが、暑すぎないか?」
イヤな予感は当たるものである。
聖歌の1曲目が終わる頃。
聖堂の熱気で司教像の脂ぎった鼻や頬がヌルヌルと光だし、それに気付いた教会幹部達が色めき立つ。
「ま、まるで生きて汗をかいているかのようだっ!」
大感激である。
だが、本当の異変が起きたのは、4曲目に入ったときだった。
目元が陥没しはじめ、鼻がビョーンと不自然に伸びていく。
さらには顎が外れて閉じていた口が開き、床にポタポタと滴り落ちる姿は、まさにホラー映画状態だ。
「ヒィっ!」
司教の悲鳴とほぼ同時に、像の首がポロッと取れて床に転がった。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「うぁぁぁぁぁ!」
一瞬にして聖堂が恐怖と悲鳴に包まれる。
祭壇の上に残されたのは、首の無いドロドロの肉体だけだ。
全員の冷ややかな目線が、一斉に芸術家2人へと突き刺さる。
(きさまらぁぁぁ! 即刻死刑じゃぁぁぁ!!)
あまりの不敬に顔を真っ赤に染めた司教が、大きく息を吸い、怒号を発しようとした――その時っ!
「司教様の厄災が、今まさに溶けて首が落ちたのです!」
ルッカが両手を広げ、聖堂中に響き渡る声で高らかに宣言した。
「……な、何だと?」
(即刻死刑!)と言いかけていた司教が、あまりの勢いに気圧され間の抜けた声を漏らす。
聖堂内の悲鳴がピタリと止まり、全員の視線がルッカへと集中した。
「お気づきになりませぬか! これこそが、司教様の深い信心深さが起こした【歴史的な身代わりの奇跡】にございます!」
隣で一瞬にしてすべてを察したロッシュが、涙目で、いかにも敬虔な芸術家のような顔を作って一歩前へ出た。
「そうなのです! あの像がドロドロに溶け落ちたのは、近々、司教様の御身に降りかかるはずだったであろう『恐ろしい大病』や『死の呪い』、
そして他領の反勢力どもが企てていた『邪悪な陰謀』のすべてを、あの等身大の像が身代わりとなって吸い取り、消滅させてくれたのです!!」
ロッシュの熱弁に、周囲の教会幹部たちが「おお……!?」とざわつき始める。
「見てください、あの無残に転がった首を! 本来なら、今頃あのように首をハネられていたのは……司教様、あなただったかもしれないのですよ!?」
ルッカが床の生首を悲劇的に指差す。
ただの手抜き工作だったとは、口が裂けても言えない。
「さ、最初に汗をかいていたのは……私の体に潜む邪念が、神の光で洗い流されていたからなのか……?」
司教は自分の頭をさすりながら、すっかり2人のハッタリに飲み込まれ、ガタガタと震えだした。
「その通りにございます! そしてご覧ください! 衣服が溶け落ちたその奥から現れたのは、『神聖なる信徒』の神々しいシルエット……これぞ、悪霊が退散したあとに残された、本物の聖なる光に他なりません!」
ロッシュのデタラメな解説に、事情を知らない最高幹部たちが「なんと素晴らしい……!」「これぞ神の恩寵だ!」と涙を流して感動し、一斉に十字を切り始めた。
ここまでは、前回のマリア像の時と全く同じ、完璧な勝ちパターン!
だが、2人は決定的なことを見落としていた。
目の前にいるハゲ司教は、前回の面々よりも、遥かに「強欲」で「往生際が悪い」ということを。
「……お、おおお! そうか、やはりこれは神の奇跡! 私の深い祈りが、死の呪いを溶かしたのだな!?」
ハゲ司教は引きつった顔のまま、猛烈なスピードで都合よく脳内変換を完了させると、ギラリと目を輝かせてロッシュとルッカを指差す。
「素晴らしいぞ芸術家ども! 私の大病を吸い取ってドロドロに溶ける【歴史的な身代わりの奇跡】か! これぞ我が教会の新たな聖遺物である! おい、今すぐこれを大量に量産せよ!!」
「「……は?」」
今度は、ロッシュとルッカの口から間抜けた声が漏れる番だ。
「街の外には、不届きな反勢力どもの不穏な動きがある! 他領の貴族どもも我が教会を狙っておる! だが、この『私の顔をしたドロドロ溶けるお守り』があれば、どんな厄災も身代わりにできるではないか!」
(……他領の男どもや信者たちに、免罪符の代わりにこれを高額で売りさばいてやるわ!!)
ハゲ司教の、予想の斜め上をいく強欲な大号令が聖堂に響き渡る。
最高幹部たちも「おお、それは素晴らしい経済効果……いや、神の御神託ですな!」と大賛成し始めた。
(……おいルッカ、大変なことになったぞ。あのハゲ、自分のドロドロの生首を大ヒット商品にしようとしてるぞ)
(ふざけんな! 手抜きで作ったハリボテだぞ!? 量産なんてできるか! っていうかそんなに作ったら俺たちの時間が消えるだろ!!)
「「ははーっ! 神の御加護があらんことを……!」」
ロッシュとルッカは揃って深くこうべを垂れ、床にひれ伏しながら、内心で冷や汗をダラダラと流し合うのだった。
無罪放免にはなった。なったのだが――2人の手抜き工作は、ハゲ司教のドス黒い強欲さによって、最悪の形で強制量産されるハメになってしまったのである。
◇
――命からがら、いつもの作業場へと戻ってきた2人。
ハゲ司教の魔の手から無事に生還を果たしたわけだが、彼らの前には新たな難題が突きつけられていた。
「で、どうするんだよルッカ。あのハゲ、大量に量産しろって息巻いてたぞ」
ロッシュが作業椅子の背もたれに体重を預け、呆れたように天井を見上げる。
「ん? 何がだよ」
「何がって、あの溶けるハゲ像だよ!」
「はっ! そんなの、適当に人型に固めた蜜蝋を渡しておけばいいだろ。細かい原型なんて無くても『これぞ奇跡の身代わり像、溶けることで厄災を吸い取ります!』って言っときゃハゲも信者も大喜びさ」
ルッカのあまりにも潔い手抜き宣言に、ロッシュの瞳がパッと輝く。
「ギャハハ! 天才かよルッカっ!」
「おうよ! あのハゲの強欲を利用して、教会から材料費だけたっぷり毟り取ってやろうぜ!」
「「ギャハハハハ!!」」
自分たちの詐欺的なひらめきに、悪魔のような笑い声を作業場へ響き渡らせるふたり。
――ドンっ!!!
「ヒィっ!?」
不意に響いた凄まじい衝撃音に、2人の身体が同時に跳ね上がった。
心臓が口から飛び出るほどの勢いで扉の方を振り向く。
そこには、3日間の謎の留守から「まさに今この瞬間」に戻ってきた、鬼の形相のロベルタが立っていた。
「あんたら……私がいないのをいいことに、教会のツケで高級ワインを買い漁って、おまけに相当豪遊してたらしいねぇ……?」
般若の如き笑みを浮かべる大魔神の手には、なぜか居酒屋フェンネルの領収書。
3日前、彼女が出発した直後からの悪行は、すべて完璧に筒抜けであった。
「「あ」」
ガツン!!!
ガツン!!!
激しい鈍音と共に、見事なタンコブが芸術家ふたりの頭に咲き誇る。
教会の歴史を裏からハメ倒す天才たちの日常は、呆れるほどにいつも通りバイオレンスな大騒ぎと共に更けていくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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