第2章完結 第5話 芸術が繋ぐ愛
領主館へと近づくにつれ、馬車の中の二人の容態は明らかに引き攣っていく。
青ざめた顔でガタガタと震えるロッシュとルッカ。その様子を見て、アリアが不思議そうに首を傾げる。
「あら? 二人ともどうしたの? お腹でも悪いの?」
「い、いや? あれかな! 創作の疲れがドッと出てきたのかな? な、ルッカ!」
「お、おう……。ちと、今回の作品には気合を入れすぎちまってな……」
横に座るロベルタは、無言のまま滝のような冷や汗を流す。
万が一、あのパージギミックが暴発すれば全員の首が物理的に飛ぶ。
「ふーん?」
アリアは釈然としない様子で、二人をじっと見つめていた。
◇
ガタガタとケツを痛めつけていた泥道が、吸い込まれるように滑らかな石畳へと変わる。
やがて馬車が止まり、見上げるほど巨大なアーチ型の正門が開け放たれた。
鉄鋲がびっしりと並ぶ重扉の向こう、薄暗いトンネルを抜けた先には、眩い陽光に照らされた白亜の中庭が広がる。
重々しい足場を降ろされ、緊張の面持ちで外へと足を踏み出す。
眩しさに目を細めながら敷地内を視線でなぞれば、その正面。
整然と並ぶメイドたちの中央に佇むのは、厳格で屈強な男とアリアの面影を残す気品溢れる女性。
そこへアリアが真っ先に飛び出し、元気よく声を張り上げた。
「紹介するわ! このお二人が、あの有名な画家のロッシュと、彫刻家のルッカよ!」
その言葉に、麗しい婦人が優しく微笑んだ。
「あら、噂はかねがね伺っておりますわ。初めまして、ジョナスの妻のパメラと申します」
その瞬間、死にかけていたロッシュの目に怪しい光が宿った。
(……ヴィーナス……!)
小声で限界の妄想を呟きながら、ロッシュの背筋がキリッと限界まで伸びる。
男の性とは、本当に恐ろしいものである。
「娘が世話になったな。領主のジョナスだ。立ち話もなんだ、こちらに来たまえ」
「「はっ!」」
圧倒的な威圧感を放つ領主の背中を追い、二人は緊張の面持ちで館へと足を踏み入れた。
後ろに控えるロベルタも胃を引き裂かれるような思いで、死地へ向かう二人の後を追うしかなかった。
◇
一歩足を踏み入れた館内は、美という名の暴力が咲き乱れる空間であり、極彩色の大理石や巨大なフレスコ画が圧倒的な格の違いを誇示する。
芸術そのものを財力と権力の無言の威嚇として配置した応接間にて、作品を覆う布がついに外される。
「ほう……! この絵、なんという素晴らしい血色だ。まるでアリアがそこに生きているかのようではないか!」
まずはロッシュの絵画が大絶賛され、ジョナスは興奮気味に声を弾ませた。
「ねえ、大丈夫なんでしょうね……?」
その隙に、ロベルタが青い顔でルッカの袖を引いて小声で耳打ちした。
「だ、大丈夫ですよ。そうそう簡単にはパージしませんって。さっきまでは生きた心地がしませんでしたがね……」
ルッカは冷や汗をグッと拭い、引きつった笑みのまま、無理やり不敵なサムズアップをしてみせる。
横からロッシュが、さらに小声で解説を加えた。
「あのギミックはね。極限の緊張状態――つまり戦場のような環境で同時に3つのボタンを押さないと作動しないはずさ。だから今は絶対に安全だ」
「まさか……本当に戦場で脱がせるつもりかい……」
ロベルタは完全にドン引きし、二人からそっと距離を置く。
「二人とも、実に見事である! さすがは教会屈指の芸術家たちだ」
ジョナスは絵画だけでなく、小さな木彫りの彫刻をもがっしりと握り締め、満足そうに頷いた。
「ははーっ!」
ロッシュとルッカは同時に膝をつく。
「褒美は何が欲しい? 金か? それとも名誉か?」
領主の問いかけに、ロッシュは床を見つめたまま、静かに、しかし、はっきりと告げた。
「いいえ。そんなものは必要ありません」
「ふん……。では、何が欲しいというのだ」
不審そうに目を細める領主に対し、ロッシュは顔を上げ、真っ直ぐな目で言い放った。
「お嬢様とご領主様が一緒に過ごされる『時間』です」
「「「なっ……!?」」」
ジョナス、パメラ、そしてアリア――クスターフ家の一同が、驚きに目を見開いた。
「実は、制作の合間にお嬢様からお話を伺いましてね」
今度はルッカが立ち上がり、まるでお芝居の演説家のように堂々と両手を広げた。
「お父様は仕事で忙しくて、最近ちっとも遊んでくれない。昔は仕事の合間でもたくさん遊んでくれたのに!っと。さらに、今度は戦争に行ってしまうかもしれない……もう二度と会えなくなるのは絶対に嫌だ!だから今だけでも一緒にいたい! お嬢様は、小さな胸を痛めながらそうおっしゃっていました」
「貴族としてのお勤めが大変なのは、私たちにも理解できます」
ロッシュがルッカの言葉を引き継ぐ。
「しかし、どれほど偉くなろうとも、あなたはアリアお嬢様にとって、世界に一人しかいない父親ではありませんか!」
――その言葉を聞いた瞬間。
アリアは顔を真っ赤にして俯きながら、小さな肩をかすかに震わせた。
ジョナスは呆然と立ち尽くし、手元のお守り彫刻と愛娘の姿を交互に見つめている。
「……そう、かもしれないな。私は、大事なものを見失っていたようだ」
厳格だった領主の顔が一瞬で優しい父親へと綻び、父と娘の目が恥ずかしそうに、しかし温かく合わさった。
「アリア。おいで!」
父親が優しく両手を広げる。
「パパーーーッ!!」
アリアは貴族としての立場もお嬢様としての品格もすべて放り出し、幼い子供のように愛する父親の胸へと飛び込んでいった。
弾けるような笑顔と温かい親子の抱擁。
それを見守りながらロッシュとルッカは顔を見合わせ、静かに口元を緩めるのだった。
一つの家族に小さな奇跡をもたらし、何事もなく領主館からの生還を果たしたのである。
◇
――命からがら、いつもの作業場へと戻ってきた三名。
作業場の扉を閉めた瞬間、張り詰めていた緊張が一気に弾け飛んだ。
「ほら見ろ! パージしなかったじゃん」
自分の作業机に腰掛け、鼻高々に胸を張るルッカ。
そんな彼に、ロベルタが上着を脱ぎ捨てながら、深い溜め息混じりに視線を向けた。
「……っていうかさ。そもそもパージギミックなんて、最初から仕込まなくてもよかったんじゃないのかい?」
「それじゃ面白くないじゃんなー、ロッシュ?」
「当然だ。それよりあのパメラ夫人の溢れんばかりの気品……衣服の奥に隠された大人のヴィーナス……あれをどう剥き出しにするか、俺の脳内デッサンはすでに次の領域へ――」
「はぁー……」
ルッカとロベルタの、本日一番深い溜め息を作業場の天井へ吸われていく。
「まあ、何はともあれ姐さん! 無事に帰れたってことだしさ、いつもの肉スープ頼むよ!」
「お前らのせいだろうがァ!!」
ガツン!!!
激しい鈍音と共に見事なタンコブが二つの頭に咲き誇り、作業場の工具がガタガタと悲鳴をあげる。
こうして、呆れるほどにブレない変態ふたりの日常は、いつも通りの大騒ぎと共に更けていくのであった。
第2章 〜 領主娘アリア編 〜 完
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(次回から新章です。楽しみにお待ちください!)




