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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第九十一話 生きたい

第九十一話 生きたい


境界の外へ向かう前に、レインは仲間たちへ目的を説明した。


反対する者がいても当然だと思っていた。


世界捕食寄生体――かつて観測者と呼んでいた存在は、六千年以上にわたって世界継承機構へ寄生し、二つだった核を一つへ戻そうとし続けた。ユウトを魔王へ変え、過去のRainたちを狂わせ、現在の世界さえ捕食対象にしようとした。


その被害を考えれば、消滅しかけているなら放置すればいいという意見が出てもおかしくない。


最初に口を開いたのはユウトだった。


「俺は行かない」


レインは黙って続きを待った。


「百年以上魔王やらされたからな。あいつに好意なんかないし、助けてやりたいとも思わない」


「うん」


「でも、お前が話を聞くのを止める気もない」


ユウトはそこで一度言葉を切った。


「ただし、勝手に許したことにはするなよ」


「分かってる」


被害を受けた者の代わりに、レインが許すことはできない。


それは別の問題だった。


カインも同じだった。


「僕も許してないよ」


「知ってる」


「でも消えろとも思わない」


カインは自分の黒い定着環を見る。


「僕も最初はレインを食べようとしてたからね」


「同じじゃない」


「分かってる。でも、生きたいっていうだけなら分かる」


だから今回は、レインとカインだけで行くことになった。


二核である二人なら、世界捕食寄生体が何かを仕掛けても強制接続を拒絶できる。世界継承機構も完成し、外部接続には双方の意思確認が必要になっている。


何より、今回の目的は戦闘ではない。


「帰ってくるんだよね?」


出発前、アイリスが尋ねた。


「ああ」


「今度は何を連れて帰ってくるの?」


「何も連れて帰らない」


「本当に?」


「たぶん」


「今、たぶんって言った」


「言ってない」


「言った」


カインが横から笑う。


「言ったよ」


レインは無視した。


境界接続を開く。


【世界継承機構――正常】


【外部寄生拒絶――有効】


【二核独立――固定】


【境界外接続――開始】


以前とはまったく違った。


観測者の内部へ入った時には、どこまで行っても終わりのない巨大な情報領域が広がっていた。


今は暗い。


静かだった。


世界から切り離され、Rainという宿主も失い、六千年以上膨張し続けた領域の大半が崩壊している。


【世界捕食寄生体】


【存在維持率――2%】


【世界侵入能力――なし】


【寄生能力――封鎖】


【取得世界情報――崩壊済】


【原初個体情報――存続】


「小さくなったね」


カインが言った。


「元々は、このくらいだったのかもしれない」


二人はさらに奥へ進んだ。


やがて、小さな黒い光が見えた。


あまりにも小さい。


かつて世界そのものに匹敵するほど広がっていた存在と同じものには思えなかった。


レインが近づく。


反応はない。


「聞こえる?」


しばらく待つ。


返事はなかった。


存在維持率が変化する。


【2%→1.9%】


カインが黒い光を見る。


「急いだ方がいいかも」


レインは頷いた。


「お前、生きたいか?」


初めて出会った時とは逆だった。


かつて境界からRainへ問いかけた存在。


『生きたいか』


その言葉によって、多くのことが始まった。


今度はレインが尋ねる。


長い沈黙。


やがて。


『……生きたい』


弱い情報が返ってきた。


六千年前と同じだった。


「じゃあ聞く」


レインは続ける。


「誰かに寄生しないと生きられないなら、どうする?」


反応が止まった。


『寄生』


「俺たちにはもうできない」


『知っている』


「別の世界にも行かせない」


『知っている』


「生きたいからって、他の世界を食べることも認めない」


今度の沈黙は長かった。


『なら』


言葉が途切れる。


『死ぬ』


カインが僅かに眉を動かした。


「本当に、それしか知らないんだ」


レインにも分かった。


この存在は六千年以上生きてきた。


しかし、生き方を六千年学んできたわけではない。


最初に覚えた方法を繰り返しただけだった。


世界継承機構についていく。


寄生する。


情報を得る。


それを食べる。


次の世界へ行く。


また食べる。


それ以外を知らない。


「一つ試せるかもしれない」


カインが言った。


「何?」


「僕が食べてたもの」


カインは捕食核だ。


だが完成した捕食核の役割は、生きている世界を食べることではない。


崩壊して世界へ戻せなくなった情報。


境界に自然発生する破損情報。


世界間移動によって剥離した不要情報。


そうしたものを受け取り、無害化する。


そしてレインは、それを再利用可能な情報へ戻せる。


Ch71で二人が確立した循環だった。


レインが《世界接続》を広げる。


境界には、世界に属さない情報が無数に漂っている。


世界が自然に排出した情報。


既に生命でも人格でもなく、どの世界へ戻しても意味を持たない断片。


これまで意識する必要がなかったものだった。


【境界自然剥離情報――検出】


【生命情報――なし】


【人格情報――なし】


【世界所有情報――なし】


【再定着価値――極低】


カインが一部を受け取る。


捕食核で処理する。


【崩壊情報処理――成功】


「僕なら食べられる」


「こいつは?」


「構造は違う。でも、元々は境界情報生命なんでしょ」


レインは黒い光へ情報を近づけた。


「これなら誰かから奪ったものじゃない」


反応がある。


しかしレインは渡さなかった。


「条件がある」


黒い光が揺れる。


「自分で選べ」


『選ぶ』


「まだ言ってない」


カインが吹き出した。


レインは続ける。


「生きている世界には接続しない。生命情報も人格情報も食べない。他者の世界情報を勝手に取らない。境界を渡る誰かを見つけても寄生しない」


『……』


「それで生きられる保証はない。俺たちも、お前を養い続けるつもりはない」


ここが重要だった。


レインが永遠に餌を運べば、エルが世界を支え続けるのと同じになる。


方法だけを示す。


後は自分で生きなければならない。


「それでも試す?」


『生きられる?』


「分からない」


レインは正直に答えた。


「でも、寄生しないで生きる方法を探すことはできる」


黒い光が長い間動かなかった。


【存在維持率――1.8%】


時間は多くない。


それでもレインは答えを急かさなかった。


やがて。


『試す』


「条件は?」


『世界。入らない』


少し間が空く。


『生命。食べない』


さらに。


『二人。食べない』


カインが苦笑する。


「そこは僕たちだけじゃなくて全員ね」


『全員』


十分ではない。


理解しているかどうかも怪しい。


だが最初の選択としては、それでよかった。


レインは境界自然剥離情報を渡す。


黒い光が触れる。


以前のような激しい捕食反応は起きなかった。


ゆっくり。


ほんの僅かずつ情報を取り込む。


【境界自然剥離情報――吸収】


【外部生命損失――0】


【世界情報損失――0】


【寄生行為――なし】


存在維持率が止まった。


【1.8%】


しばらくして。


【1.9%】


カインが目を見開く。


「増えた」


さらに時間が経つ。


【2.0%】


そこで上昇は止まった。


だが十分だった。


「自分で探せる?」


レインが尋ねる。


『探す』


黒い光から細い感覚器官のようなものが伸びる。


以前なら世界へ向かっていた。


今度は境界そのものへ向かう。


自然に漂う不要情報を探している。


一つ見つける。


近づく。


しかし途中で止まった。


『これは?』


レインが確認する。


【生命情報残存――0.3%】


「駄目」


黒い光は離れた。


次を探す。


【生命情報――なし】


【人格情報――なし】


今度は取り込んだ。


カインが小さく笑った。


「学習できるんだ」


「最初からできたんだろ」


六千年前にも学習した。


ただ、最初に学んだのが寄生だった。


世界継承者についていけば生きられる。


世界情報を食べれば大きくなれる。


二核を統合すればもっと効率よく世界を食べられる。


その学習を六千年間繰り返した。


ならば、別の生き方を学ぶこともできる。


レインは世界継承機構を開いた。


【対象――世界捕食寄生体】


その名称を見て、少し考える。


「これ、もう違うんじゃない?」


カインも表示を見る。


「世界を食べてないから?」


「ああ」


世界継承機構が再照合する。


【寄生機能――使用不能】


【世界捕食機能――使用停止】


【原初構造――境界情報生命】


分類が変わった。


【対象――境界情報生命】


それだけだった。


名前はない。


「名前、いる?」


カインが尋ねる。


黒い光が反応する。


『名前』


「僕は自分で決めたよ」


カインは自分を指差した。


「だから自分で決めれば?」


『分からない』


「じゃあ今はいらないね」


『いらない』


カインが満足そうに頷いた。


レインは笑った。


誰かが名前を与える必要もない。


いつか必要になった時、自分で選べばいい。


「俺たちは帰る」


黒い光が揺れた。


『帰る』


「お前はここで生きろ」


『ここ』


「世界へ入らずに生きられるならな」


少し沈黙。


『Rain』


レインは足を止めた。


『Rain』


「俺はレイン・アーク」


黒い光が反応する。


『レイン・アーク』


六千年間、ただRainと呼び続けてきた存在が、初めて現在の名前を呼んだ。


次にカインを見る。


『カイン』


「うん」


『二人』


「そうだよ」


『一つにしない』


カインが笑った。


「今さらしたくてもできないけどね」


【二核統合――永久禁止】


絶対条件は変わらない。


レインは黒い光へ背を向ける。


「じゃあな」


返事はすぐには来なかった。


境界を開こうとした時。


『レイン・アーク』


もう一度呼ばれた。


『生きる』


レインは振り返らなかった。


「ああ」


それだけ答えた。


許したわけではない。


友達になったわけでもない。


過去の罪が消えたわけでもない。


ただ、もう世界を食べる必要はない。


それだけだった。


二人は現在世界への帰還経路を開く。


【境界外接続――終了】


【帰還座標――現在世界】


【世界捕食寄生体――該当個体なし】


【境界情報生命――1】


【現世界侵入権限――なし】


【外部寄生権限――なし】


【状態――自立試行中】


一歩進む。


世界が切り替わる。


拠点へ戻った瞬間、アイリスが真っ先にやってきた。


「何か連れてきた?」


「連れてきてない」


「本当に?」


「本当に」


「良かった」


「何で疑うんだよ」


「レインだから」


後ろでカインが笑っている。


ガルドが二人を確認し、エマも《レゾナンス》に異常がないことを確かめる。


ユウトだけは少し離れた場所にいた。


「どうなった?」


レインは彼を見る。


「生きる方法を一つ教えた」


「助けたのか?」


「分からない。自分で生きられるかは、あいつ次第」


「世界には?」


「入れない。寄生もできない」


ユウトはしばらく黙っていた。


「そうか」


それだけだった。


許すとも、良かったとも言わなかった。


レインも求めなかった。


それぞれが違う感情を持っていていい。


夜。


レインは一人で自分の状態を開いた。


【レイン・アーク】


【公開ランク――D】


【公開Lv――30】


【真Lv――100】


【職業――後衛】


【世界継承――任意】


【世界渡航――任意】


【Rain自動再構築――停止】


【使命――なし】


その下に、長い間表示され続けていた項目がなくなっていた。


【世界捕食寄生体――分離】


もう分離を確認する必要すらない。


世界捕食寄生体は存在しなくなった。


残っているのは、境界で自分の生き方を試している一つの生命だけだった。


レインは表示を閉じる。


これでRainとして残されたものは、本当にほとんど終わった。


世界を食べる運命。


二核統合。


観測者。


ノエル。


アイリス。


エル。


終わらなかった最初の旅。


すべてに答えを出した。


完璧に解決したわけではない。


父は今も完全には戻らない。


過去に失われた世界も、人々も帰ってこない。


観測者だった存在がこの先どう生きるのかも分からない。


それでも、未来へ持ち越さなければならない呪いは、もう残っていなかった。


その時、扉が開く。


ノエルだった。


「兄ちゃん」


「どうした?」


「明日、森行くんでしょ?」


レインは一瞬忘れていた。


アイリスと約束した、安全な森への遠出。


「行く」


「僕も?」


「もちろん」


ノエルが笑う。


「エルも行くって」


「そうか」


「魚ない?」


「森だからな」


「エルが聞いてた」


レインも笑った。


世界の外から帰った翌日にやることが、森へ遊びに行く準備だった。


少し前なら考えられない。


だが今は、それが何より大事に思える。


「早く寝ろ」


「兄ちゃんもね」


ノエルが部屋を出ていく。


レインは窓を開けた。


世界は静かだった。


誰かに管理されているからではない。


誰かが食べようとしていないからでもない。


明日も何かは起きる。


争いもあるだろう。


災害も起きる。


冒険者なら危険な依頼を受けることもある。


それでも、それは世界の終わりではない。


普通に続いていく世界の中で起きる、普通の出来事だった。


レインは明日の予定を考える。


食料。


水。


簡単な薬。


アイリスが花を持ち帰りたいと言うかもしれないから、小さな採集袋も必要だ。


そしてノエルは腹を空かせる。


「弁当、多めだな」


世界最強の後衛が最後に考えたのは、世界の命運ではなく、明日の昼飯の量だった。


それでいい。


Rainの物語は、もう終わりに近づいている。


だがレイン・アークの日々は、これからも続いていく。


――第九十一話 了――

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