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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第八十七話 行く理由

第八十七話 行く理由


境界の向こうから届いた通信について話すと、ガルドは予想していた以上に簡単な答えを返した。


「行きたいなら行けばいい」


「もう少し考えないのか?」


「お前が聞いたから答えた」


翌朝、レインは拠点に仲間たちを集め、原初管理記録から分かったことと、その直後に届いた外部世界からの通信について説明していた。


世界継承機構は、本来なら世界を渡り続けるためのものではない。必要な時に、双方の意思によって情報を運ぶための機構であり、継承する世界が存在しなければ何もしなくていい。


そして今回届いたのは、助けを求める声ではなかった。


『こちらは、まだ滅びていない』


『だから、救ってほしいとは言わない』


『ただ、世界の外へ出られる者がいるなら、話がしたい』


それだけである。


世界名も、発信者も、目的も分からない。


「だから困ってるんだよ」


レインが言うと、ガルドが首を傾げた。


「何に?」


「行くかどうか」


「嫌なら行かなければいい」


「それは分かってる」


「なら、行きたいのか?」


レインは答えようとして止まった。


その様子を見て、ノアが小さく笑った。


「そこだな」


「何が?」


「以前のお前なら、行く必要があるかどうかを聞いていた。今は行きたいかどうかを聞かれて答えられない」


痛いところを突かれた。


世界を救う必要がある。


仲間を助ける必要がある。


観測者を止める必要がある。


ノエルとアイリスを帰す必要がある。


これまでのレインには、常に進む理由があった。


だが今回は違う。


誰も救助を求めていない。


世界も滅びていない。


期限すらない。


それでも境界の向こうに、知らない世界がある。


そして、そこにいる誰かが話をしたいと言っている。


「……行ってみたいとは思う」


ようやくレインが答えると、ユウトが笑った。


「それでいいんじゃないか?」


「そんな理由で世界を渡っていいのか?」


「世界を渡るのに資格試験でもあるのかよ」


「ないけど」


「じゃあ観光でもいいだろ」


「観光で異世界に行くな」


そう言いながらも、レインは自分の中で何かが軽くなったのを感じていた。


するとアイリスが手を上げた。


「私も行きたい」


「駄目」


レインが即答する。


「まだ何も言ってない」


「向こうへ行きたいんだろ」


「うん」


「だから駄目」


アイリスは明らかに不満そうな顔をした。


「どうして?」


「向こうの世界が安全か分からない。世界法則も分からないし、俺たちが普通に存在できる保証もない。最初は少人数で確認する」


「私、千年以上世界の外にいたよ?」


「だから何だ」


「境界には慣れてる」


「今は普通に生きてる人間だろ」


その言葉でアイリスが黙った。


《世界帰還》によって肉体を得た現在のアイリスは、世界の外側に保存された情報体ではない。怪我をすれば傷つき、病気にもなり、死ぬこともある。


それはノエルも同じだった。


「帰ってきたばかりなんだから、まずこの世界を見ろ」


レインは続けた。


「森にも連れていくって約束してるしな」


アイリスは少し考えた後、渋々頷いた。


「絶対?」


「今度は忘れない」


「植物園も忘れかけた」


「まだ言うのか」


「大事なことだから」


隣でノエルが手を上げる。


「僕も森行きたい」


「それはいい」


「何で僕はいいの?」


「こっちの世界の森だからだよ」


話が少し逸れたところで、エマが本題へ戻した。


「行くとして、どうやって帰ってくるの?」


重要な問題だった。


世界継承機構には世界渡航能力がある。しかし完成後、一度も実際の世界渡航を行っていない。


以前のRainたちは世界を渡るたびに不安定化し、観測者に寄生され、時には世界そのものを傷つけた。


現在はその構造が完全に修復されているとはいえ、実証されていないことに変わりはない。


レインが機構を開く。


【世界渡航――任意】


【渡航先世界――接続要求元のみ選択可能】


【強制定着――禁止】


【帰還座標設定――可能】


【帰還経路維持――可能】


【同行者保護――世界法則適合確認後に限る】


ノアが表示を読む。


「最初から全員で行くべきではないな」


「俺もそう思う」


「まず情報交換。次に接続先の世界法則を解析。その後、必要ならレイン単独か、最小人数で渡航する」


カインがすぐに口を挟んだ。


「単独は駄目」


「分かってる」


レインは苦笑する。


世界継承機構は二核構造だ。


受容核であるレインだけが世界を渡り、捕食核であるカインを置いていくことは、本来の設計思想から考えても避けるべきだった。


「行くなら僕も行く」


「そうなるな」


「あと、ユウト」


突然名前を呼ばれ、ユウトが自分を指差した。


「俺?」


「境界戦術士なんだから、こういう時のための職業でしょ」


「俺の職業、異世界旅行の添乗員だったのか?」


「近いんじゃない?」


「絶対違う」


笑いが起きる。


しかし実際、ユウトの《境界戦術士》は未知の世界法則や境界由来の存在を解析することに長けている。最初の調査要員としては適任だった。


ノアも候補に入ったが、今回は帰還側の経路設計と、万一の場合の救出経路をこちらの世界から維持する方がいいという結論になった。


「まず返事をする」


レインが決めた。


「何て?」


リリアが尋ねる。


「こっちも話がしたい。それだけでいいだろ」


世界継承機構を開く。


前回と同じ反応が、遥か境界の向こうに存在していた。


消えていない。


急かしてもいない。


ただ待っている。


【外部世界接続要求――継続】


【応答期限――なし】


【限定通信――可能】


レインはカインを見る。


カインが頷く。


【受容核意思――承認】


【捕食核意思――承認】


【限定通信――開始】


レインは短い情報を送った。


『こちらも話がしたい』


少し待つ。


返事はすぐには来なかった。


一分。


二分。


五分。


「遅いね」


ミアが言う。


「世界が違えば時間の流れも違う可能性があります」


アークの声が通信越しに答える。


さらに待つ。


十分ほど経った頃、ようやく反応があった。


『応答を確認した』


そして次の文章が届く。


『先に伝えておく』


『我々の世界に、現在ただちに滅亡する兆候はない』


レインは少し安心した。


少なくとも「あと三日で滅びる」と言われる展開ではないらしい。


次の情報。


『魔王も存在しない』


ユウトが小さく言う。


「いい世界じゃないか」


さらに続く。


『我々は、あなた方に戦ってほしいわけではない』


レインは眉を上げた。


ここまで念を押すということは、向こうも世界継承者について何か知っている。


『確認したいことがある』


『あなた方は現在も、世界を継承しているのか』


レインはカインを見る。


答えは決まっている。


『していない』


【継承世界数――0】


その情報も添えて送る。


今度の返事は早かった。


『やはり』


短い一文だった。


続いて。


『ならば、我々が探していた相手である可能性が高い』


部屋の空気が変わる。


「探していた?」


ルークが呟く。


レインは問い返した。


『何のために?』


しばらく返事がない。


やがて、一つの画像情報が送られてきた。


古い石造りの部屋だった。


中央に二つの台座が並んでいる。


一方には人間の手形に似た印。


もう一方には黒い円。


レインとカインが同時に反応した。


受容核。


捕食核。


エルノアの原初記録で見た形式に似ている。


しかし同じものではない。


台座の間には文字が刻まれていた。


レインには読めない。


ところが世界継承機構が自動的に意味だけを変換する。


【世界を運ぶ者へ】


【もし使命から解放された二人がここへ辿り着いたなら】


【最初の旅が終わったことを、ここに記録せよ】


レインは表示を見つめた。


「最初の旅……」


相手から新しい文章が届く。


『これは、我々の世界で六千年以上前から保存されている』


六千年。


Rainの確認済み記録より古い。


『誰が残したものか、我々にも分からない』


『ただし、この施設は世界の外側へ信号を送り続けていた』


『条件は一つ』


次の情報が表示される。


【強制継承機能を持たない世界継承機構】


レインの表情が変わった。


つまり、完成した本来のRainだけに反応する信号だった。


観測者に寄生され、世界を強制的に渡り続けていた過去のRainには届かない。


今のレインとカインだから届いた。


『我々は六千年間、返事を待っていたわけではない』


通信相手は続ける。


『施設を管理していただけだ』


『だが三日前、初めて信号が返った』


三日前。


世界継承機構が完成し、観測者から完全に独立した日だった。


「また三日前か」


ユウトが呟く。


エルの再起動も三日前。


この通信の成立も三日前。


世界継承機構が本来の姿へ戻ったことで、長い間止まっていたものが一斉に動き始めている。


レインは一つだけ尋ねた。


『あなたは誰?』


今度の返事には少し時間がかかった。


『個人名でよければ』


そして名前が届いた。


『ミレイア』


続いて簡単な情報。


『この施設の管理者』


『研究者』


『そして、世界の外へ出たことのない普通の人間だ』


ユウトが笑った。


「普通の人間が異世界通信してる時点で、かなり怪しいけどな」


レインも同感だった。


だが少なくとも、ミレイアと名乗る相手は自分を神とも、管理者とも、世界の支配者とも称していない。


最後に質問が届いた。


『あなた方の名前を聞いてもいいだろうか』


レインは少し迷ってから答えた。


『レイン・アーク』


カインも自分で送る。


『カイン』


少しして返事が来た。


『二人なのだな』


『そうだ』


『それは良かった』


レインは、その言葉に引っかかった。


『どうして?』


返ってきた答えは短かった。


『ここに残された最後の記録にも、同じことが書かれている』


画像が切り替わる。


六千年以上前の文字。


【二人で一つになるな】


【二人のまま、旅を終えよ】


レインとカインは、しばらく何も言わなかった。


同じ言葉を知っている。


過去のRainが何度も残してきた警告。


しかし今度の記録は、それらより遥かに古い可能性がある。


そして何より違うのは、最後の部分だった。


旅を続けろ、ではない。


世界を救え、でもない。


旅を終えよ。


レインは初めて、その言葉を見た。


通信の向こうでミレイアが待っている。


返事を急かす様子はない。


だからレインも急がなかった。


「行く理由、できた?」


カインが尋ねる。


レインは少し考える。


「違うな」


「違う?」


「行かなきゃいけない理由じゃない」


六千年前の記録があるからといって、それを確認する義務はない。


世界継承機構の謎をすべて解かなければ、自分たちが完成しないわけでもない。


それでも。


「見てみたい」


レインは言った。


カインが笑う。


「僕も」


それで十分だった。


世界を救うためではない。


使命を果たすためでもない。


誰かに命令されたからでもない。


ただ、自分たちが見たいから行く。


世界継承者として何度も境界を越えてきたRainにとって、それはおそらく初めての――自分で選ぶ異世界への旅だった。


――第八十七話 了――

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