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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第八十六話 最初の記録

第八十六話 最初の記録


【原初管理記録――未読1】


その表示を開いたのは、昼食が終わってからだった。


レイン一人で確認することもできたが、結局、カイン、ルーク、ノア、ユウトを呼び、さらに王都にいるアークへ《世界接続》を繋いだ。世界継承機構の始まりに関わる記録なら、分からないものを一人で判断するより、それぞれ違う視点を持つ人間がいた方がいい。


「それで、昼飯を優先した結果がこれ?」


ユウトが呆れたように言う。


「急ぐ理由なかっただろ」


「世界継承機構の原初記録だぞ」


「記録は逃げない」


「数日前までのお前なら絶対すぐ開いてたな」


カインが笑う。


レイン自身、それは認めていた。


知らなければならないと思った瞬間、他のすべてを後回しにしてきた。しかし今は、知らないまま一時間過ごしたところで世界が滅びないことを知っている。


「開くぞ」


【原初管理記録――開示】


【記録損傷率――82%】


【記録年代――算定不能】


【世界エルノア崩壊以前】


レインの表情が変わった。


「エルノアより前?」


エルノアは、これまで確認できた世界継承機構の最古の実働記録だった。崩壊率九十四・七%に達した世界で、一人が世界の情報を受け取り、もう一人が壊れた情報を処理し、二人で境界を越えた。


だが、この記録はそれ以前に作られている。


映像はほとんど残っていなかった。


暗い部屋。


机。


人影。


顔は完全に欠損している。


声も一部しか復元できない。


『――試作ではない』


そこで一度音が途切れる。


『これは兵器でも、世界を救う装置でもない』


カインがレインを見る。


誰も口を挟まなかった。


『我々には、滅びる世界を救う力がない』


次に表示されたのは、知らない世界だった。


空が割れ、大地が崩れ、都市が光の中へ消えていく。


しかし魔王もいない。


観測者もいない。


敵らしい存在そのものが見当たらなかった。


ただ、世界が寿命を迎えている。


『世界には終わりがある。止められる終わりもあれば、止めてはならない終わりもある』


ノアが僅かに目を細める。


『だが、世界が終わることと、そこで生きたすべてが無意味になることは同じではない』


映像が変わった。


植物。


動物。


文字。


音楽。


建築物。


農作物。


薬。


子供の遊び。


誰かが書いた本。


名前すら残っていない料理。


戦争の記録。


失敗した技術。


そして、ごく普通の人々の生活。


『持っていけるものを持っていく。ただし、奪うな』


その一言に、レインは反応した。


《継承共有》と同じだった。


『生きている世界から取るな。滅びる世界であっても、そこに残る者の意思を無視するな。そして運ぶ者に使命を強制するな』


レインの視界へ補助情報が現れる。


【原初設計原則】


【継承実行――受容核意思承認必須】


【情報処理――捕食核意思承認必須】


【継承元世界――意思確認可能な場合、承認必須】


【継承先世界――受入拒否時、定着禁止】


【強制継承――禁止】


カインが小さく息を吐いた。


「最初からだったんだ」


「何が?」


ルークが尋ねる。


「僕たちが最後に作ったと思ってたルール」


カインは表示を指差す。


「勝手に繋がない。一人で決めない。二人とも同意する。相手の世界にも押しつけない。全部、元々あった」


レインも同じことを考えていた。


自分たちが観測者との戦いの中で辿り着いた答えは、新しく生み出した思想ではなかった。


本来の世界継承機構が持っていた原則を、取り戻しただけだった。


『二人を選ぶ』


記録の声が続く。


映像の奥に、二つの人影が現れた。


一人は黒髪の若い男。


もう一人は赤茶色の髪の若い女。


エルノアで確認した最初の二人だった。


『一人では駄目だ』


『世界の死を一人で背負えば、人間ではいられなくなる』


『一人は受け取る。一人は壊れたものを処理する。そして互いに、相手が人間であることを忘れさせない』


レインは無意識にカインを見た。


カインもこちらを見ている。


二人で一つになるためではない。


二人のままでいるために、最初から二人だった。


記録はさらに続いた。


『そして最も重要なことを残す』


音声が大きく乱れる。


そこだけ損傷が激しい。


『継承者は――ではない』


聞き取れない。


ルークが《記録保持者》を使ったが、欠損した情報そのものを作ることはできない。


次の部分だけが残った。


『役目を終えたなら、普通に生きろ』


ユウトが笑った。


「またそれか」


「アインと同じだな」


レインも思わず笑った。


世界維持補助機構を作った者たちと、世界継承機構を作った者たちに直接の設計一致は確認されていない。それでも、最後に辿り着いた考え方は驚くほど似ている。


役割のために生命を使い切らせない。


役割が終わった後にも人生は残る。


『継承先がないなら、探さなくていい』


記録の声が続いた。


『誰も助けを求めていないなら、旅をする必要もない』


レインの表示に、現在の状態が重なる。


【継承世界数――0】


【次回継承――未定】


【強制継承――なし】


【世界渡航――任意】


ようやく意味が分かった。


「ゼロで正常なんだ」


レインが呟く。


アークの声が《世界接続》越しに聞こえた。


『そのようだな』


「俺、完成したら何か継承しなきゃいけないと思ってた」


『それは観測者によって歪められた機構を長く見すぎた結果だろう』


世界継承機構だから世界を継承し続けなければならない。


それ自体が思い込みだった。


必要な時にだけ使う。


必要がなければ使わない。


それで完成している。


記録は最後の部分へ入った。


人影が机の上へ何かを置く。


小さな二つの輪。


受容核と捕食核の原型らしい。


『もし二人が嫌だと言ったら、この計画は終わりだ』


別の人物らしい声が尋ねる。


『それでいいのか』


『いい』


短い返事だった。


『世界を残すために人間を道具にするなら、残した世界に何の意味がある』


そこで記録は途切れた。


【原初管理記録――終了】


【記録作成者――識別不能】


【世界継承機構設計責任者――不明】


結局、作った者の名前は分からなかった。


顔もない。


世界すら特定できない。


レインは少し残念に思ったが、不思議と焦りはなかった。


「これで終わり?」


ルークが尋ねる。


「今読めるのはな」


レインは記録を閉じた。


その直後だった。


世界継承機構が新しい反応を示した。


【原初設計原則――照合完了】


【現行世界継承機構――一致率100%】


【本来機能――復旧確認】


そして。


【境界情報受信機能――解放】


レインの表情が変わった。


何かが聞こえたわけではない。


声でもない。


世界の外側に無数の小さな光が存在していることだけが、ぼんやりと分かる。


それぞれが別の世界だった。


以前のRainなら、それらへ無差別に接続していたのかもしれない。


しかし今は違う。


【自動接続――禁止】


【自動探索――禁止】


【受信条件――相手側からの接続意思】


勝手に覗くことすらできない。


レインは安心した。


その時、一つだけ反応した。


遠い。


現在の世界とも、これまで記録で見た世界とも違う。


非常に弱い反応だった。


【外部世界――接続要求検出】


カインが立ち上がる。


「観測者?」


「違う」


レインには分かった。


寄生でも侵入でもない。


こちらへ無理に入ろうともしていない。


ただ、境界の向こうから信号を送っている。


【接続方式――原初世界継承規格】


【強制性――なし】


【危険性――未判定】


【要求内容――情報のみ】


「開く?」


ユウトが尋ねる。


レインはすぐには答えなかった。


今までなら、何が起きているのか確認するため即座に繋いでいただろう。


しかし、それをする義務はない。


カインにも意思がある。


そして相手にも事情がある。


「まずカイン」


「僕は聞いてみたい」


「俺も」


二人の意思が揃う。


それでもレインは完全接続を選ばなかった。


「情報だけ受け取る」


【受容核意思――承認】


【捕食核意思――承認】


【限定受信――開始】


雑音のような情報が流れ込む。


映像はない。


座標もない。


世界名も分からない。


ただ一つ。


短い文章だけが、境界を越えて届いた。


『こちらは、まだ滅びていない』


一度途切れる。


そして。


『だから、救ってほしいとは言わない』


レインたちは黙って続きを待った。


最後の一文が届く。


『ただ、世界の外へ出られる者がいるなら、話がしたい』


通信はそこで止まった。


【応答期限――なし】


【再接続――任意】


ユウトがレインを見る。


「どうする?」


レインは少し考えた。


そして笑った。


「今日は返事しない」


「また?」


「期限なしって書いてあるだろ」


カインも笑う。


「じゃあ、みんなに相談する?」


「ああ」


世界を渡れるようになった。


だからといって、世界を渡らなければならないわけではない。


誰かから声が届いた。


だからといって、レイン一人で応える必要もない。


今度の旅が始まるとすれば、それは使命でも、運命でも、強制された継承でもなかった。


行きたい者が、自分で選んで行く。


ただそれだけの冒険になる。


レインは《世界継承機構》を閉じた。


まずはガルドたちへ相談する。


エルの世界維持機構をどう自立させるかも残っているし、アイリスとの森へ行く約束もある。ノエルはまだこの世界をほとんど見ていない。


急ぐ必要はない。


世界は、もうレインを追い立ててはいなかった。


だから次に境界を越える時は、初めて自分たちの意思で向こう側へ行ける。


――第八十六話 了――

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