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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第八十話 最初の依頼

第八十話 最初の依頼


世界を救った英雄が、その翌朝から何をするのか。


王都ではその話だけで、しばらく酒場の話題に困らなかったらしい。


国王から領地を与えられるのではないか、帝国から爵位を提示されるのではないか、あるいは境界研究を専門とする新組織の長になるのではないかと様々な噂が流れ、中にはレインが王国と帝国の双方から独立した新国家を作るという、本人が聞けば即座に否定するような話まで広まっていた。


その頃、噂の中心人物であるレインは、王都冒険者ギルドの依頼掲示板の前で腕を組んでいた。


「ないな」


隣にいたカインが掲示板を見上げる。


「何が?」


「ちょうどいい依頼」


「ちょうどいいって、どのくらい?」


「普通のやつ」


その答えを聞いたカインは、少し考えてから掲示板へ目を戻した。


昨日、レインの冒険者資格は再査定され、戦闘能力だけならDランク、総合能力については既存制度で評価不能という異例の結果になった。そのため本来なら依頼の受注制限もほとんどなくなったのだが、レイン本人は世界規模の問題に関わる依頼など当分見たくないと思っている。


魔王。


観測者。


境界崩壊。


世界継承。


ここしばらく、相手が大きすぎた。


だから今日は、護衛でも採取でも魔物討伐でも構わないので、普通の冒険者らしい仕事をしたかった。


「これなんてどう?」


カインが一枚の依頼書を指差す。


【薬草採取】


【依頼地――王都北方森林】


【推奨ランク――F】


【報酬――銀貨十二枚】


レインは真剣に考えた。


「いいな」


「本気?」


「いいじゃないか。平和だぞ」


「僕たち四日前まで世界の外側にいたんだけど」


「だからだよ」


レインが依頼書へ手を伸ばしたところで、背後からガルドの大きな手が伸び、それを先に取り上げた。


「やめろ」


「何でだよ」


「Fランク冒険者の仕事を奪うな」


正論だった。


薬草採取は新人冒険者にとって重要な収入源であり、世界を救ったパーティーが暇潰しに受けるような仕事ではない。


レインは渋々諦め、別の依頼を探した。


【街道護衛――Eランク】


「これなら?」


「商人が嫌がると思います」


リリアが答えた。


「何で?」


「世界最強のパーティーに護衛される商人なんて、逆に目立ちすぎますよ」


それも正しい。


【下水道魔物駆除――Dランク】


「これは?」


ユウトが依頼書を覗き込んだ。


「世界救った翌日に下水道か。俺は嫌いじゃないぞ」


「僕は嫌だよ」


カインが即座に拒否した。


「臭そうだから」


「冒険者なんだから、それくらい我慢しろ」


「レイン一人で行けば?」


「俺、攻撃できないんだけど」


「じゃあ無理じゃん」


結局、どれを選んでも誰かが文句を言う。


しかも今日は人数が多かった。


レイン、ガルド、リリア、セラ、ミア、ノア、エマ、カイン、ユウト、アレン、ソラ、レイに加え、冒険者ではないルーク、ノエル、アイリスまで一緒にいるため、ギルドの一角だけでかなりの場所を占領している。


「そもそも全員で行く必要ないだろ」


レインが言うと、ガルドが頷いた。


「当然だ。依頼内容に合わせて編成すればいい」


その言葉にレインは少し懐かしさを覚えた。


昔の自分なら、編成を決める側ではなかった。


人数が余れば最初に外され、荷物持ちが必要な時だけ呼ばれる。それが普通だった。


今は違う。


誰を連れていくかだけでなく、誰を休ませるべきかまで考える立場になっている。


レインが掲示板を眺めていると、受付の奥からギルド長が出てきた。


「ちょうどいい。お前たちに頼みたい仕事がある」


「世界規模じゃない?」


開口一番そう尋ねると、ギルド長は顔をしかめた。


「お前は依頼を何だと思っている」


「最近、規模がおかしかったから」


「安心しろ。今回は一つの村だ」


レインの表情が少し明るくなる。


「それならいい」


ギルド長が机へ地図を広げた。


王都から東へ二日ほど進んだ場所に、人口三百人ほどの小さな村がある。周辺は農地と森に囲まれており、特別な産業があるわけでもなければ、重要な街道が通っているわけでもない。


問題が起きたのは三日前だった。


村の近くにある森から魔物が姿を消した。


「いなくなったなら良いことじゃないの?」


ノエルが尋ねる。


ギルド長は少年が誰なのか詳しく知らないらしく、少し戸惑いながらも答えた。


「普通ならな。ただし、森から一斉に魔物が消える時は、大抵もっと強い何かが入ってきた時だ」


森に生息していたのはゴブリンや角兎、低級の狼型魔物などで、村人でも複数人なら追い払える程度だった。しかし三日前を境に、それらが一匹も確認されなくなり、代わりに森の中央付近から夜になると低い音が聞こえるようになったという。


調査へ向かったEランク冒険者三人も、森へ入って一時間ほどで戻ってきた。


怪我はない。


魔物にも遭遇していない。


ただし三人とも、「これ以上進んではいけない気がした」と同じ証言をしている。


「境界関係?」


エマが尋ねる。


「分からん。だからお前たちへ頼みたい」


レインは地図を見る。


魔王軍残党なら対応する必要がある。


観測者との接続は完全に失われているため、新たな世界侵入ではないはずだが、境界門が各地へ開いた影響が完全に消えたわけではない。


「分かった。調査だけなら受ける」


「報酬は――」


「普通でいい」


ギルド長が呆れた顔をした。


「お前はもう少し自分たちの価値を理解しろ」


「村一つの調査で金貨何百枚も取れないだろ」


結局、報酬はBランク調査依頼相当となった。


編成については、レイン、ガルド、リリア、ノア、カイン、ユウトの六人が行くことになり、セラたちは王都へ残る。エマについても《レゾナンス》の点検が必要なため同行せず、ノエルとアイリスも今回は留守番となった。


ところがアイリスが不満そうな顔をした。


「私も行きたい」


「遊びじゃないぞ」


「分かってる。でも森を見たい」


そう言われると、レインは弱かった。


千年以上世界の外側にいた少女にとって、本物の森を歩くこと自体が願いの一つなのだと分かっているからだ。


しかし危険がある以上、簡単に許可するわけにもいかない。


「今回は何がいるか分からない。安全だと確認できたら、今度別の森へ連れていく」


アイリスは少し考えた後、素直に頷いた。


「約束?」


「約束」


「忘れない?」


「昨日の植物園は忘れかけたけど、今度は覚えてる」


「それ、信用できないよ」


カインが横から余計なことを言ったため、レインは軽く睨んだ。


その日のうちに準備を整え、翌朝六人は王都を出発した。


二日後。


問題の村へ到着した時、最初に違和感へ気づいたのはユウトだった。


「静かすぎる」


村そのものではない。


周囲の森だった。


鳥の声は聞こえる。


虫もいる。


植物も正常に育っている。


それなのに魔物の気配だけがない。


レインが《世界接続》を広げても、世界法則に異常は確認できなかった。


【現世界法則――正常】


【境界侵食――0%】


【外部寄生反応――なし】


【魔王因子――なし】


少なくとも観測者ではない。


その結果に安心しながらも、レインは逆に警戒を強めた。


「世界の外から来たものじゃない」


「なら、この世界に元々いる何かということか」


ガルドが盾を背負い直す。


村長から話を聞いた後、六人は森へ入った。


最初の一時間は何も起きなかった。


しかし森の中央へ近づくにつれ、レインの《才能可視化》が奇妙な反応を示し始める。


魔物ではない。


人間でもない。


森の奥に、何か一つだけ巨大な才能反応が存在している。


【対象――不明】


【Lv――判定不能】


【敵対性――低】


【潜在能力――《生命育成》】


レインは足を止めた。


「敵じゃないかもしれない」


「でも魔物は逃げてる」


カインが答える。


「強すぎるからじゃない?」


その可能性はある。


さらに進むと、木々が途切れ、小さな湖が現れた。


その湖のほとりに、一人の少女が座っている。


年齢は十二、三歳ほど。


長い緑色の髪を持ち、裸足のまま水へ足を入れていた。


少女の周囲だけ、草木が異常なほど成長している。


レインたちに気づくと、少女はゆっくり振り返った。


「人間?」


「そうだけど」


「久しぶりに見た」


その言葉に全員が警戒する。


レインは《才能可視化》をさらに深く使った。


【個体名――なし】


【種族――照合不能】


【推定生存期間――不明】


【Lv――なし】


【職業――なし】


【敵対性――3%】


【潜在能力――《生命育成》】


【世界適合率――100%】


そして最後に、見覚えのない項目が現れた。


【世界管理権限――旧式】


レインの表情が変わる。


観測者とは関係ない。


Rainとも違う。


それでも、この少女は世界そのものに関係する何かだった。


「君は誰?」


レインが尋ねる。


少女は少し考えた後、首を横へ振った。


「名前、忘れた」


「どこから来た?」


「ここ」


「この森?」


もう一度、少女が首を横へ振る。


そして地面を指差した。


「この世界」


その瞬間、レインの《世界接続》が勝手に反応した。


【世界継承機構――対象照合】


【旧世界機構――検出】


【分類――世界維持補助個体】


【稼働期間――推定4,812年以上】


四千八百十二年。


Rainより遥かに古い。


ユウトが表示を見て、乾いた声を漏らした。


「おい。普通の依頼じゃなかったのか?」


「俺に言うな」


「お前が普通の依頼がいいって言った直後だぞ」


「俺だって騙された気分だよ」


少女は二人の会話を不思議そうに眺めていたが、やがてレインの前まで歩いてきた。


そして突然、彼の胸へ手を当てた。


ガルドが盾へ手を伸ばしたものの、レインは敵意がないことを確認して制止する。


少女は目を閉じた。


「変わった」


「何が?」


「世界の外の匂いが消えてる」


レインは息を呑んだ。


「俺を知ってるのか?」


少女は目を開ける。


「あなたじゃない」


少し間を置いてから、続けた。


「前の人たち」


レインの背筋を冷たいものが走った。


「Rainのこと?」


その名前を聞いた瞬間、少女の表情が変わった。


長い間失われていた記憶を探すように目を細め、それから小さく頷く。


「そう。Rain」


「いつ会った?」


「いっぱい前」


「どのくらい?」


「分からない。でも、あの人は約束した」


少女は湖へ視線を戻した。


「あの人が世界を渡らなくてもよくなったら、私を起こすって」


レインは何も言えなかった。


現在のRainが世界継承機構を完成させ、強制的に世界を渡る宿命から解放された直後、この少女が目覚めた。


偶然とは思えない。


《世界接続》に新しい情報が現れる。


【世界維持補助個体――再起動確認】


【起動条件――世界継承機構完全独立】


【条件達成――3日前】


少女がこの森へ現れた日と一致している。


「つまり、俺が観測者から解放されたから君が起きた?」


「多分」


「何のために?」


少女は答えなかった。


代わりにレインを見つめ、その顔に初めて僅かな不安が浮かぶ。


「Rain」


「レインでいい」


「レイン」


少女は覚えたばかりの名前を確かめるように呼んだ後、静かに尋ねた。


「この世界、まだ生きたい?」


質問の意味が分からなかった。


「当たり前だろ」


「みんなも?」


「もちろん」


少女は少し安心したように笑った。


「じゃあ、よかった」


その直後だった。


レインの《世界接続》が、これまで一度も見たことのない規模で開いた。


王国でも帝国でもない。


大陸でもない。


世界全体。


遥か地下。


海底。


山脈。


空。


そして人間が到達したことのない場所まで、無数の情報が一斉に流れ込んでくる。


【世界維持機構――再接続】


【世界寿命――再計算】


【現世界推定残存期間――】


表示が止まる。


レインは嫌な予感を覚えた。


やがて数字が現れた。


【推定残存期間――27年】


誰も声を出さなかった。


世界は救った。


魔王もいない。


観測者からも解放された。


それなのに。


今度は、この世界そのものに残された時間が二十七年しかないと表示されている。


少女は湖のほとりで、申し訳なさそうにレインを見上げた。


「だから、起きたの」


世界最強の後衛としての戦いは終わったはずだった。


しかし本当の意味で世界を生かすための仕事は、まだ終わっていなかった。


――第八十話 了――

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