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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第七十二話 最後のRain

第七十二話 最後のRain


「お前たち二人が、俺たちの失敗を越えたということを」


そう告げた青年は、剣を抜くことも構えることもなく、白い空間の中央に立ったままレインとカインを見ていた。


【終焉回廊――最終守護個体】


【Lv100】


【分類――世界継承機構完成試験体】


【名称――Rain】


レインは表示を何度確認しても、その意味を完全には理解できなかった。目の前の青年が過去に実在したRainなのか、それとも終焉回廊が過去の記録から作り上げた試験用の存在なのかさえ判別できず、《世界接続》で調べようとしても、返ってくる情報は通常の生命体とは大きく異なっている。


「あなたは、昔の俺なのか?」


レインが尋ねると、青年は僅かに首を横へ振った。


「違う。俺は誰か一人のRainではない。ここへ辿り着いたRainたちが残した経験、失敗、判断を集め、次に来る者を試すために構成された記録体だ」


「だったら、最終守護個体っていうのも――」


「お前たちが理解しやすいよう世界が付けた呼び方にすぎない。俺の役目は侵入者を殺すことではなく、世界継承機構を完成させる資格があるか確認することだ」


カインが青年を見ながら尋ねた。


「資格がなかったら?」


「ここで終わる」


青年は淡々と答えた。


「真Lv99まで到達した受容核は、この先へ進めない。捕食核も世界継承機構から切り離され、終焉回廊は再び次のRainを待つ」


それが何年後なのか、何百年後なのかは分からない。しかしレインたちには次を待つ時間などなく、観測者による完全侵食まで十三日余りしか残されていない。


ノアが青年へ問いかける。


「試験内容は?」


「簡単だ」


青年が初めて右手を上げた。


周囲の白い空間が消え、代わりに巨大な球体が現れる。その内部には山や海、町、人々が存在し、一つの世界として完全に機能していた。


【試験世界】


【人口――1,284,611】


【世界崩壊率――63%】


【完全崩壊まで――32分】


さらに別の表示が現れる。


【救済可能人口――推定421,000】


【世界情報完全保存を優先した場合――生存者0】


【生命救済を優先した場合――世界情報保存率32%】


ユウトが眉を寄せた。


「また二択か?」


「違う」


青年Rainが答えた。


「これは現実だ。すべてを救えるだけの時間も力も存在しない。第三の方法を考えれば必ず解決できるようには作られていない」


レインの表情が変わった。


これまでの試験では、用意された二択を疑うことで道を開けることができた。しかし今回は、最初からそれを否定されている。


青年は続ける。


「世界継承機構に必要なのは、奇跡を起こす能力ではない。救えないものが存在する状況で、それでも何をするか決める能力だ」


レインは試験世界へ《世界接続》を広げた。


表示通りだった。


世界そのものが崩壊しており、地表の各所で法則が消失し始めている。残された三十二分ですべての生命を移動させることは不可能であり、世界情報を完全に保存しようとすれば、受容核であるレインが処理に集中している間に住民の大半が死亡する。


逆に人命だけを救えば、その世界が何千年も積み重ねてきた文化や技術、生態系の多くが失われる。


「昔のRainはどうした?」


レインが尋ねた。


青年は答えを隠さなかった。


「あるRainは世界情報を選んだ。世界を次へ残すことこそ自分の使命だと考え、住民を見捨てた。別のRainは生命を選び、救える者だけを救った。その結果、移住先の世界で失われた生態情報が原因となり、多くの生存者が数十年後に死んだ」


どちらも間違いだったとは言い切れない。


しかし、どちらも完全な正解ではなかった。


カインがレインを見る。


「どうする?」


以前なら、レインはすぐに全員を救う方法を探したかもしれない。


だが今回は違った。


「まず、俺たちだけで決めない」


青年Rainの目が僅かに動いた。


レインは《世界接続》を試験世界へ広げたが、住民の意思を読み取ろうとはせず、代わりに自分たちの状況を伝えるための接続を作った。


世界があと三十二分で崩壊すること。


全員を救うことはできないこと。


救える人数にも限界があること。


そして、この世界から何を次へ残すのかを選ばなければならないこと。


隠さず伝えた。


「決めてください」


レインの声が世界全体へ届く。


「俺たちは手伝えます。でも、あなたたちの世界を、俺たちだけで勝手に選別したくない。何を残したいのか、誰を先に逃がしたいのか、あなたたち自身で決めてください」


返ってきたのは混乱だった。


当然だった。


怒る者もいる。


自分を助けろと叫ぶ者もいる。


家族だけは救ってくれと願う者もいれば、世界と一緒に死ぬと言う者もいる。


ノアがレインを見る。


「残り二十九分だ。このまま全員の意見を待つことはできない」


「分かってる。だから全部まとめない」


レインは《広域後衛》で培った支援権限分散の仕組みを、試験世界にも応用した。


町ごとに。


村ごとに。


組織ごとに。


それぞれが、自分たちの優先順位を決める。


レインは判断を奪わず、その判断を実行できるよう支援する。


ある町は子供を優先した。


別の町は医師と技術者を優先した。


家族単位で抽選を行う地域もあった。


全員で残ることを選んだ村も存在した。


レインは、そのどれにも命令しなかった。


「カイン、崩壊が早い地域から切り離してくれ。ただし住民が退避を選んだ場所だけだ」


「分かった」


「ユウト、崩壊予測を全地域へ共有。ノアは移動経路。帝国の二人は転送地点の保護を頼む」


全員が動き出す。


レイン自身は世界情報の保存へ取りかかった。


ただし完全保存は狙わない。


住民たちが「残したい」と選んだものを優先する。


歴史書。


種子。


医療知識。


料理。


歌。


子供たちが描いた絵。


ある町では、何百年も続いた祭りの記録を残してほしいという声が多かった。


別の村では、一種類の小さな花を残してほしいと言われた。


世界継承機構として見れば、もっと価値の高い情報はいくらでもある。しかしレインは、自分の価値基準でそれを置き換えなかった。


残り十五分。


【救済人口――287,411】


【世界情報保存率――21%】


数字だけを見れば、どちらも中途半端だった。


青年Rainは何も言わず見ている。


残り七分。


世界の崩壊速度が上昇した。


カインの負荷が70%を超える。


レインは《相互支援》を使い、カインが処理した崩壊情報を受け取って継承情報へ変換する。


【二核循環――安定】


残り三分。


最後の転送地点に数千人が残っていた。


全員は間に合わない。


レインが何かを言う前に、その地域の住民たち自身が順番を決め始めた。


誰かが誰かを押し退ける場面もあった。


譲る者もいた。


泣く者もいた。


それでもレインは、彼らの選択そのものを奪わなかった。


最後の転送が終了した直後、試験世界が崩壊した。


静寂が戻る。


【試験終了】


【最終救済人口――398,204】


【世界情報保存率――47.8%】


【完全救済――失敗】


【完全継承――失敗】


レインは数字を見つめた。


四十万人近くを救った。


しかし八十万人以上を救えなかった。


世界情報も半分以上失われている。


「失敗……なのか?」


青年Rainへ尋ねる。


「そうだ」


青年は答えた。


レインの胸が沈む。


しかし、その直後だった。


【最終試験判定――成功】


「え?」


青年Rainが初めて笑った。


「完全救済には失敗した。完全継承にも失敗した。それでも試験には合格だ」


「どういうことだよ」


「お前は、自分が世界の答えだと思わなかった」


青年はレインだけでなく、カインやノアたちにも視線を向ける。


「過去のRainが繰り返した最大の失敗は、力不足ではない。世界を救う機構である自分こそが、何を残すべきか決める資格を持つと考えたことだ。その瞬間から継承は支配へ変わり、捕食との境界が失われた」


レインは、消えていった世界を思い出した。


救えなかった者たちを成功という言葉だけで片づける気にはなれない。


「でも、もっと救えたかもしれない」


「そう思い続けろ」


青年は静かに答えた。


「自分の判断が完全だったと思った時、Rainは再び世界を喰う」


カインが尋ねる。


「僕は?」


「お前も同じだ。壊れたものを喰う力があるからといって、何を壊れたものと呼ぶかを一人で決めるな。受容核と判断し、世界と話し、必要なら何も喰わないことを選べ」


「……分かった」


青年の身体が少しずつ光へ変わり始めた。


【最終守護個体――役割終了】


【世界継承機構完成試験――合格】


そして、レインの前に最後の経験値が流れ込む。


【レイン・アーク】


【真Lv99→100】


長い間、世界の法則によってLv30としか表示されなかった男が、ついに誰も到達したことのない領域へ踏み込んだ。


【真Lv100】


【公開表示――Dランク/Lv30】


「そこは変わらないのかよ」


思わずレインが言うと、ユウトが吹き出した。


「安心した。お前は最後まで見た目だけ弱いままだ」


「安心するところじゃないだろ」


しかし表示はまだ終わっていなかった。


【世界継承機構――完成度94%→97%】


【受容核――完成条件達成】


【捕食核――独立成長確認】


【相互支援――完全定着】


【統合――不要】


【二核共存――完成】


カインにも経験が流れ込む。


【カイン Lv55→61】


レインがLv100になったからといって、カインまで同じレベルになるわけではない。それでもLv1から始まった彼が、自分自身の成長核によってLv61へ到達したことには大きな意味があった。


青年Rainの姿がほとんど消えたところで、レインは最後に尋ねた。


「あなたたちは、ずっとここで次のRainを待ってたのか?」


「待っていたというより、残したんだ。俺たちができなかったことを、いつか誰かができるように」


「アイリスのことも?」


青年は少しだけ目を細めた。


「覚えている」


カインが息を呑む。


「彼女を置いていったRainも、この中にいる?」


「その後悔も、ここにある」


青年は穏やかに答えた。


「だから連れて帰れ。ノエルも、アイリスも。今度は誰かを世界の外側へ置き去りにするな」


最後の光が消えた。


その場所に、一つの小さな結晶が残る。


【終焉回廊――最終記録結晶】


【世界帰還機構――最終設計情報】


【神造武具《レゾナンス》完成用情報】


レインが触れると、情報は《世界接続》を通じてベルクのエマへ送られた。


遠く離れた場所から、エマの驚いた声が届く。


『来た! これなら第二工程だけじゃない。第三工程まで進められる!』


《レゾナンス》が反応する。


【最終設計情報――取得】


【世界定着器――形成】


【帰還個体肉体形成理論――取得】


【完成率82%→91%】


九十一%。


あと九%。


ノエルとアイリスを帰還させるために必要な100%まで、もう少しだった。


しかしレインが喜ぶより早く、終焉回廊全体に警告が響いた。


【緊急警告】


【世界捕食寄生体――侵食速度急上昇】


【受容核真Lv100到達を検出】


【世界継承機構完成を阻止するため、強制統合処理を開始】


レインとカインの身体に、同時に黒い線が浮かび上がる。


痛みではない。


互いの存在が強制的に引き寄せられる、あの感覚だった。


【二核強制統合――開始】


【Rain自我消失処理――準備】


【完全侵食まで――12日】


表示されていた十三日以上の猶予が、一瞬で十二日へ縮んだ。


さらにベルクからエマの声が飛び込んでくる。


『レイン、まずい! 《レゾナンス》の中にまで何か入ろうとしてる!』


レインの顔色が変わった。


観測者の狙いは、もうレインとカインだけではない。


《レゾナンス》の中には、ノエルとアイリスがいる。


そして完成率91%まで到達した《世界帰還》は、観測者にとっても利用価値のある機能になっていた。


レインは即座に《広域後衛》を最大展開した。


「エマ、《レゾナンス》を守れ! ルークはノエルとアイリスの情報を固定! ガルドはエマから絶対に離れるな!」


『了解!』


仲間たちから返事が重なる。


カインも黒い線を睨みながら《境界干渉》を発動した。


「レイン。これ、切ってもすぐ戻る」


「分かってる」


レインは真Lv100になった自分の状態を開く。


そこには、今まで存在しなかった項目が一つだけ追加されていた。


【世界継承機構――最終権限解放】


【境界外領域への接続――可能】


観測者の内部へ入る条件。


真Lv100。


それは、もう達成している。


レインは表示を閉じると、カインを見る。


「行こう」


「どこへ?」


答えを知っていながら、カインが聞く。


レインは笑った。


「向こう側だよ」


逃げ続ける必要はない。


観測者がRainを回収しようとしているのなら、その接続を逆に辿ればいい。


千年以上にわたってRainへ寄生し、世界を渡るたびに追い続けてきた存在の本体へ。


今度はこちらから会いに行く。


――第七十二話 了――


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