第七十一話 一パーセントの意味
第七十一話 一パーセントの意味
【最終鍛造素材】
【世界継承機構――受容核情報】
【世界継承機構――捕食核情報】
【必要量――各1%】
表示を読み終えたレインは、すぐに提供を選ばなかった。
一%という数字だけを見れば僅かな量に思えるが、求められているのは魔力でも経験値でもなく、レインとカインをレインとカインとして成立させている存在情報である。もし単純に一%を切り取るという意味なら、肉体への損傷とは比較にならない危険がある。
「エマ、その一%を渡したらどうなるか分かる?」
『そこを調べてる。でも設計情報が古すぎる上に、今の《レゾナンス》と構造が違うみたい。少し待って』
遠隔通信の向こうでエマが解析を続ける間、ルークも《記録保持者》として設計情報へ接続した。二人の調査結果が届くまで、レインは第六継承区画へ入らず、カインと並んで表示を確認し続けた。
先に答えを見つけたのはルークだった。
『兄さん、この「一%」、存在そのものを削る意味じゃないと思う』
「どういうこと?」
『設計記録の古い表現なんだ。正確には……存在情報の複製に近い。でも普通の複製とは違う』
続いてエマから詳細な情報が送られてくる。
【存在情報提供――原個体欠損なし】
【提供対象――存在構造定義】
【必要情報――受容核/捕食核の独立人格証明】
【目的――《世界帰還》時の人格分離基準】
レインは最後の一文を読み、ようやく意味を理解した。
《レゾナンス》がノエルやアイリスを世界へ帰すためには、保存されている存在情報を単に肉体へ移せばいいわけではない。世界の外側にある情報を一人の人間として定着させ、他者と混ざることなく独立した人格として存在させるための基準が必要になる。
その基準として求められているのが、既に二つへ分かれ、それぞれ独立した人格として成立しているレインとカインの存在構造だった。
「つまり、俺たちを材料にするんじゃなくて、設計図として使う?」
『それが一番近いと思う』
エマが答える。
『《レゾナンス》は、二人がどうやって別々の人間として成立しているのかを覚えたいんだよ。それをノエルとアイリスの帰還処理に使う』
カインは少し考えてから、自分の黒い定着環を見た。
「僕は元々レインから分かれた存在だけど、今は僕だけの成長核も名前も世界との接続もある。それが独立人格の完成例になるってこと?」
『そう。ただし今の二人は《相互支援》で繋がってるから、独立しているのに孤立していない。その構造まで必要みたい』
そこでレインは、千年以上前の失敗を思い出した。
二つの核を一つへ統合すれば壊れる。
しかし完全に切り離しただけでも、一方が世界との接続を失えば、もう一方まで不安定になる。
独立したまま互いを支える現在のレインとカインは、過去のRainたちが到達できなかった形だった。
「なら渡そう」
レインが言うと、カインも迷わず頷いた。
「僕もいいよ。ただし僕の一%を君の一%と混ぜないでね」
「そこ重要?」
「ものすごく重要。せっかく別人になったのに、鍛冶素材の段階で混ぜられたら嫌だ」
「確かに」
エマからも同意が返る。
『そこは私も分ける。《レゾナンス》の設計自体が二核統合を禁止してるから、むしろ混ぜたら失敗すると思う』
二人は《相互支援》を通じて、それぞれの存在構造情報を遠隔で《レゾナンス》へ送った。
肉体的な痛みはない。
力が抜ける感覚もない。
ただ、自分という存在の輪郭を誰かに読み取られているような奇妙な感覚だけが続いた。
やがて転送が終了する。
【受容核存在構造――取得完了】
【捕食核存在構造――取得完了】
【原個体欠損――0%】
【独立人格基準――登録】
【相互支援型定着構造――登録】
ベルクにある《レゾナンス》が強い反応を示した。
【完成率――71%→76%】
「五%だけ?」
カインが不満そうに言う。
『五%を甘く見ないで。材料を入れただけで完成する武器じゃないんだから』
エマの返答には鍛冶師らしい苛立ちが混じっていた。
『でも大きいよ。これで残りの設計が読めるようになった』
新たな情報が共有される。
【《世界帰還》完成工程】
【第一工程――独立人格基準 完了】
【第二工程――世界定着器形成 未完了】
【第三工程――帰還個体肉体形成 未完了】
【最終工程――世界承認固定 未完了】
【推定完成率100%到達条件――終焉回廊最終記録取得】
ノアがその表示を見て言った。
「結局、先へ進めということだな」
「分かりやすくなっただけマシだよ」
レインは第六継承区画への扉を開いた。
そこには広大な平原も町もなく、白い円形の空間が広がっていた。中央には十二個の黒い球体が浮かび、その一つ一つに異なる世界の情報が封じられている。
【第六継承区画】
【最終成長区画】
【保存世界断片――12】
【正常情報/崩壊情報――混在】
【制限時間――180分】
【課題――継承処理を完了せよ】
【受容核到達可能上限――真Lv99】
第一、第二継承区画で学んだことを、今度は十二の世界へ同時に行わなければならないらしい。
ノアが十二個の反応を確認し、すぐに首を横に振った。
「一つずつ処理していたら間に合わない。最初の一個を解析するだけでも相当な時間が必要になる」
「だったら分担する」
レインは即答した。
以前なら、自分が十二個すべてを確認しようとしたかもしれない。
しかし第三継承区画で、その考え方自体が間違っていると学んだばかりだ。
レインは十二の世界情報を《全域支援》へ接続すると、自分だけで解析せず、仲間たちへ情報を振り分けた。
ノアには世界構造と処理順序。
ユウトには崩壊情報の行動パターン。
帝国兵には現地生命情報の保護。
遠隔ではルークに過去記録との照合を頼み、エマには保存可能な情報形式の判定を求める。
そしてカインには、レインが保存対象として確定したもの以外から、崩壊部分だけを切り離してもらう。
「俺は全部を処理しない。みんなが判断できる状態を作る」
ノアが頷いた。
「それでいい。お前が十二世界すべての責任者になる必要はない。ただし最終判断だけは、お前とカインで行え」
「分かった」
処理が始まった。
最初の三十分で二世界。
次の四十分で三世界。
途中、一つの世界断片では崩壊情報と生命情報が完全に融合しており、カインが切断を中止する場面もあった。レインも無理に保存しようとはせず、ルークの記録照合によって元の生命情報を別経路から再構築し、崩壊部分だけを消去する方法へ切り替えた。
残り時間が一時間を切った時点で、八世界の処理が完了した。
【レイン・アーク 真Lv91→94】
【カイン Lv45→49】
【結城悠斗 Lv27→30】
ユウトには新たな技能《崩壊予測》が発生し、世界断片が次にどこから壊れるかを数秒先まで予測できるようになったことで、後半の処理速度が大幅に上昇する。
しかし、十個目の世界を処理したところで問題が起きた。
カインが突然膝をついた。
「カイン!」
レインが支援を集中させる。
体力の問題ではなかった。
【捕食核――情報処理量過多】
【境界情報蓄積率――87%】
【警告――継続捕食により人格領域侵食の可能性】
崩壊情報だけを喰っているとはいえ、それを十二世界分も続ければ負荷がないはずがない。
残り時間は二十七分。
世界断片は二つ残っている。
カインは立ち上がろうとした。
「まだできる」
「駄目だ」
レインは止めた。
「あと二つだよ」
「だからって、お前を壊してまでやる意味はない」
「でも時間切れになったら――」
「別の方法を探す」
カインが何か言い返そうとしたところで、ユウトが二人の間へ割って入った。
「ちょっと待て。そもそもカインが喰った崩壊情報って、その後どうなってる?」
二人とも黙った。
これまで「捕食核が処理する」という仕組みを当然のものとして受け入れていたため、その先を深く考えていなかった。
レインが《相互支援》を通してカインの内部を確認する。
すると、取り込まれた崩壊情報は消滅していなかった。
カインの内部で分解され、無害な情報へ変換されながら蓄積している。
【捕食済崩壊情報】
【再利用可能率――73%】
「これ……捨てる必要ないんじゃないか?」
カインも表示を見る。
「壊れた情報だよ?」
「壊れたままならな。でも、お前がもう無害化してる」
レインは第五継承区画で得た《継承共有》を使い、カインの中に蓄積した情報の一部へ接続した。
崩壊した建物の構造。
絶滅した植物を構成していた物質。
失われた世界の魔力法則。
元の形では使えなくても、情報として組み直せば別の用途に利用できるものが大量に残っている。
Rainの捕食核は、壊れた世界を消すためだけに存在するのではない。
壊れたものを、次に使える形へ変える役割でもあった。
「カイン、喰うのを止めよう」
「じゃあ残りは?」
「俺に流して。お前が無害化した情報を、俺が保存可能な形へ繋ぎ直す」
受容核と捕食核の《相互支援》が再び変化する。
カインが抱え込んでいた処理済み情報がレインへ流れ、レインはそれを世界継承情報へ再構築していった。
【捕食核負荷――87%→62%→39%】
【崩壊情報再資源化――成立】
【二核循環――確認】
【世界継承機構――新規機能形成】
これならカインだけに負荷を蓄積させる必要がない。
残る二世界の処理速度は、それまでとは比較にならないほど上がった。
残り三分十二秒。
最後の世界断片が正常化する。
【保存世界断片――12/12】
【生命情報損失――0.4%】
【崩壊情報再利用率――71%】
【第六継承区画――攻略成功】
大量の経験が流れ込んだ。
【レイン・アーク 真Lv94→99】
【カイン Lv49→55】
【結城悠斗 Lv30→33】
レインはついに、世界の誰も到達できない領域である真Lv99へ達した。
しかし表示はそこで止まる。
【受容核成長上限――到達】
【真Lv100――未到達】
【世界継承機構――完成度94%】
同時に《レゾナンス》にも変化が起きた。
【崩壊情報再構築理論――取得】
【《世界帰還》第二工程――世界定着器形成可能】
【完成率76%→82%】
まだ足りない。
レインのレベルも。
《レゾナンス》も。
そして世界継承機構そのものも。
白い空間の中央がゆっくり割れ、その先から一人の人影が歩いてくる。
剣も鎧も持っていない。
黒い髪をした、ごく普通の青年だった。
外見だけならレインと同じくらいの年齢にしか見えない。
しかし、その頭上に表示された数字だけは、この世界の常識から完全に外れていた。
【終焉回廊――最終守護個体】
【Lv100】
【分類――世界継承機構完成試験体】
【名称――Rain】
レインは思わず息を止めた。
カインも立ち上がり、その青年を見つめる。
青年は二人を順番に確認すると、静かな声で告げた。
「ここまで来たなら、最後に証明してもらう」
その視線はレインだけではなく、カインにも同じように向けられていた。
「お前たち二人が、俺たちの失敗を越えたということを」
真Lv100へ至る最後の試験が、ようやく始まろうとしていた。
――第七十一話 了――




