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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第七十話 世界を喰わない

第七十話 世界を喰わない


「これ……僕たちに世界を喰えって言ってる?」


カインの問いに、レインは答えず、第五継承区画の向こうに広がる世界を見つめていた。


青空の下には穏やかな草原が続き、その先には城壁に囲まれた小さな町がある。街道を行き交う馬車や畑で働く人々の姿まで確認でき、遠くから聞こえてくる鐘の音にも不自然なところはない。《世界接続》を広げてみても、生命情報の欠損や世界法則の崩壊は検出されず、表示されている崩壊率0%という数字に偽りはなかった。


つまり、ここにあるのは滅びた世界の記録ではない。


今も正常に生きている世界だった。


【第五継承区画】


【対象世界――正常】


【崩壊率――0%】


【継承対象価値――極大】


【攻略条件――世界情報を取得せよ】


「取得したらどうなる?」


レインが問いかけても、終焉回廊から答えは返ってこなかった。


そこで《世界接続》をさらに深く使い、攻略条件に従った場合の結果を解析すると、今度はすぐに表示が変化した。


【世界情報取得率10%――対象世界への影響軽微】


【30%――世界法則欠損開始】


【50%――生命循環維持困難】


【80%以上――世界崩壊不可避】


ユウトが表示を読み終えると、露骨に顔をしかめた。


「駄目じゃないか。名前だけ『取得』にしてるけど、やってることは完全に捕食だろ」


「そうだな」


レインは迷わず頷いた。


攻略条件を達成するだけなら難しくないのかもしれない。レインが世界情報を受け入れ、カインが世界法則を情報へ変換すれば、二人は大量の世界継承経験を獲得できる。おそらくレインの真Lvも大きく上昇し、Lv99へ一気に近づけるだろう。


しかし、そのために正常な世界を壊すのであれば、三百十七年前のRainと何も変わらない。


「やらない」


レインが告げた。


何も起きなかった。


【攻略条件――未達成】


「レイン、拒否するだけでは先へ進めないぞ」


ノアの指摘は正しい。ここで攻略を諦めればLv100へ到達できず、観測者による侵食を止める手段も失うため、結果として自分たちの世界が滅びる。


レインは草原へ足を踏み入れながら、もう一度表示を確認した。


「この試験、変じゃないか?」


「どこが?」


カインが隣へ並ぶ。


「原初記録では、世界継承機構は滅びる世界の情報を次へ残すために作られたって言ってた。それなのに終焉回廊が、正常な世界を喰うことを攻略条件にするのはおかしい」


ノアもすぐに意味を理解した。


「この条件そのものが、本来の終焉回廊によるものではない可能性を疑っているのか」


「うん」


先ほど観測者の分体が侵入してきたばかりなのだ。


八体は排除した。


中継核も切断した。


しかし、それだけで観測者の干渉が完全になくなったとは限らない。


レインは攻略条件ではなく、その情報がどこから発生しているのかを《世界接続》で追い始めた。すると、終焉回廊そのものから発せられているように見えた文字の奥に、ごく僅かな異物が混ざっていることに気づく。


【攻略情報――照合】


【終焉回廊正規記録との一致率――91.3%】


「やっぱり違う」


「九割以上同じじゃないか」


ユウトが言う。


「だから気づきにくかったんだよ。元々あった試験に、観測者が少しだけ条件を足したんだ」


カインも《境界干渉》で表示を調べ、やがて一本の黒い線を見つけた。


「これかな。さっき切った中継核とは別だけど、すごく細い」


「切れる?」


「切る前に、元の条件を確認した方がいいと思う。偽物だけ消したら、本来の情報まで一緒に壊れるかもしれないから」


以前のカインなら、壊れたものを見つければ先に切っていたかもしれない。


しかし第二継承区画で、正常なものと崩壊したものを二人で見分けることを学んでいる。


レインが正規情報を保持し、カインが異物だけを分離する。


二核共同判定を使いながら慎重に解析を続けると、やがて偽装された一文が浮かび上がった。


【改竄情報――検出】


【偽装条件:世界情報を取得せよ】


その下から、本来の攻略条件が現れる。


【正規条件:世界情報を継承可能な状態にせよ】


レインは思わず声を上げた。


「全然違うじゃないか!」


「取得と継承可能では意味が逆に近いな」


ノアが険しい表情で続ける。


「観測者は、Rainに正常世界を捕食させようとしたのだろう。ここで一度でもそれを実行すれば、お前たちの世界継承機構が再び捕食型へ変質する可能性がある」


カインが黒い線だけを切断すると、偽装された攻略条件が完全に消えた。


【世界捕食寄生体による改竄――除去】


【第五継承区画――正常化】


改めて表示された条件は、世界を奪うことではなかった。


【対象世界――正常】


【崩壊率――0%】


【課題――世界情報を継承可能な状態にせよ】


【制限――対象世界への情報損失を発生させてはならない】


「でも、正常な世界の情報を失わせずに継承するって、どうするんだ?」


ユウトの疑問に、今度はレインもすぐには答えられなかった。


情報を奪えば元の世界が欠損する。


ならば奪わずに残せばいい。


しかし単純に複製すればよいのなら、そもそもRainという特殊な世界継承機構は必要ないはずだった。


レインは町へ向かって歩きながら、そこに暮らす人々を観察した。


子供が走っている。


店先で客と商人が言い争っている。


畑では老人が若者へ何かを教えている。


その光景を見ているうちに、レインはあることに気づいた。


「世界そのものを持っていく必要なんてないんじゃないか?」


カインが首を傾げる。


「どういう意味?」


「第一継承区画でも第二継承区画でも、俺たちは残っている情報を保存しようとしてた。でも、この世界はまだ生きてる。だったら今ここにある全部を保存する必要はない」


レインは畑を指差した。


「例えば農業の知識なら、畑そのものを持っていかなくても、どうやって作物を育てているかを知れば残せる。歌だって、歌っている人を消さなくても覚えられる。世界継承って、世界そのものを奪うことじゃなくて、その世界から受け取ったものを次へ伝えることなんじゃないか?」


ユウトが少し笑った。


「随分普通の話になったな」


「普通でいいんだよ」


レインたちは町へ入り、人々と接触した。


試験の中に存在する生命情報とはいえ、彼らにはそれぞれ意思があり、最初は突然現れた見知らぬ一行を警戒した。しかし危害を加えないことが分かると少しずつ話を聞かせてくれるようになり、農業、料理、薬草、建築、歌、昔話といった、この世界で受け継がれてきた様々な知識を知ることができた。


重要なのは、レインが一方的に情報を読み取らなかったことだった。


相手が話してくれたものだけを受け取る。


教えてくれたものだけを覚える。


それによって世界側の情報は一切失われない。


【世界情報共有――成立】


【対象世界情報損失――0%】


【継承情報蓄積――17%→36%→58%】


一日分にも満たない時間の中で世界すべてを知ることなどできない。それでも、全てを奪う必要はなかった。


最後に町の広場で、老人から一冊の本を渡された。


「旅をしているなら、持っていきなさい。うちの町の昔話をまとめた本だ。大したものではないが、遠くの土地で誰かが読んでくれるなら、それも悪くない」


レインは両手で受け取った。


その瞬間、表示が変わった。


【情報提供――自発的意思確認】


【対象世界情報損失――0%】


【世界継承条件――達成】


【第五継承区画――攻略成功】


世界が光へ変わっていく。


しかし今度は滅びる光ではなく、試験を終えた世界が元の保存領域へ戻っていく光だった。


【世界継承経験――大量獲得】


【レイン・アーク 真Lv88→91】


【カイン Lv41→45】


【結城悠斗 Lv25→27】


さらにレインには、新しい表示が現れる。


【《世界接続》――深化】


【新規特性――《継承共有》】


【同意を得た世界情報を、原世界を損なわず保存可能】


レインはその説明を何度か読み返した。


Rainは、世界を喰わなくても成長できる。


世界を奪わなくても、受け継ぐことができる。


それは原初のRainにさえ存在しなかった可能性だった。


【世界継承機構――修復率86%→90%】


【機能判定――修復から発展へ移行】


「発展?」


レインが呟くと、ノアが珍しく僅かな笑みを見せた。


「過去と同じものへ戻るだけでは不足しているということだろう。原初のRainも完全ではなかったからこそ、寄生体に付け入られた。お前たちは元へ戻るのではなく、その失敗を越える必要がある」


カインがレインを見る。


「じゃあ、僕たちは最初のRainより上?」


「まだ俺91、お前45だけどな」


「そこは言わなくていい」


第五継承区画が閉じ、その先に第六区画への道が開いた。


【第六継承区画】


【最終成長区画】


【受容核到達可能上限――真Lv99】


【推奨――二核共同攻略】


レインは先へ進もうとしたが、直前で別の表示が割り込んだ。


【緊急警告】


【《レゾナンス》――異常反応】


「エマ?」


呼びかけると、ベルクからすぐに返事があった。


『レイン、《レゾナンス》が勝手に動いてる。壊れてはいないけど、ノエルとアイリスの情報を保存してから内部構造が変わり続けてる』


「完成率は?」


『71%のまま。でも、今まで使えなかった部分が開いてる』


レインの視界へ、エマが見ている情報が共有された。


【神造武具《レゾナンス》】


【完成率――71%】


【保存個体――2】


【世界帰還機能――未完成】


【新規設計領域――解放】


そして、その設計領域に記されていた文字を見た瞬間、レインもカインも言葉を失った。


【最終鍛造素材】


【世界継承機構――受容核情報】


【世界継承機構――捕食核情報】


【必要量――各1%】


エマの声が続く。


『これ、たぶん《レゾナンス》を完成させるために、二人の存在情報が必要って意味だよ』


レインは黙って表示を見つめた。


一%。


数字だけなら僅かに見える。


しかし、存在情報は魔力でも血液でもない。


それを切り離すということが何を意味するのか、まだ誰にも分からなかった。


しかも《レゾナンス》の中には、ノエルとアイリスが世界へ帰る日を待っている。


レインがLv100へ到達するだけでは足りない。


《レゾナンス》も100%まで完成させなければならない。


そのための次の鍵が、今度はレインとカイン自身に求められていた。


――第七十話 了――


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