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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第六十二話 ノエルを連れて帰るために

第六十二話 ノエルを連れて帰るために


『だって兄ちゃんたち、昔から諦め悪いもん』


ノエルが笑いながら口にしたその言葉を聞いた瞬間、レインの中で何かが揺れた。


映像として思い出したわけではない。どこで言われたのかも、何歳の頃だったのかも分からない。それでも、その言い方を自分は知っている。記憶から完全に消されたはずの弟との時間が、世界記録ではなく自分自身の奥底に残っているような感覚だった。


隣を見ると、カインも同じようにノエルを見つめている。


「カイン?」


「……僕も覚えてる」


「やっぱり?」


「場所までは分からない。でも、言われたことはある」


現在のレインとカインは、七歳以前には一人の存在だった。その頃の記憶を二人が別々に持っているのなら、ノエルに関する情報は消滅したのではなく、世界から認識できないほど深いところへ押し込まれていただけなのかもしれない。


レインは目の前の少年へ近づこうとした。


今度は拒絶されない。


一歩。


もう一歩。


しかし、あと数メートルというところで身体が止まった。


透明な壁がある。


【消失個体保護領域】


【接触不可】


【理由――存在定着率不足】


レインは壁へ手を置いた。


向こう側からノエルも小さな手を重ねる。


触れてはいない。


それでも。


兄弟の手が同じ場所に重なった。


「もう少しだからな」


『うん』


「怖くない?」


ノエルは少し考えてから首を傾げた。


『分かんない』


その答えが。


レインには余計につらかった。


ノエルにとって、どれほどの時間が経過しているのかさえ分からない。世界から存在を消された状態では、時間という概念そのものが正常に働いていない可能性がある。


そこでルークの声が届いた。


『兄さん。ノエルと少し話していい?』


レインは《世界接続》を調整し、ルークの情報を保護領域へ繋いだ。


『ノエル』


少年が驚いたように顔を上げる。


『……ルーク?』


『うん』


ノエルの顔が。


初めて大きく崩れた。


『ルーク!』


『ノエル!』


姿を見ることはできない。


触れることもできない。


それでも。


二人は互いを覚えていた。


『大きくなった?』


ノエルが尋ねる。


ルークは少し困ったように答えた。


『見た目はあんまり』


『僕より?』


『多分ちょっとだけ』


『じゃあ僕もすぐ追いつく』


その会話を聞きながら、レインは何も言えなかった。


カインが小声で呟く。


「絶対戻さないとね」


「ああ」


今度は。


二人とも迷わなかった。


◇◇◇


ノエルの存在情報を確認した後、レインたちは境界外生命情報の取得を始めた。


しかし、ここでも問題が発生した。


【境界外生命情報――抽出可能】


【現世界への直接搬出――不可】


「持って帰れない?」


レインが表示を見る。


ノアが解析を続ける。


「情報そのものがこの世界の法則に適合していない。無理に外へ持ち出せば、終焉回廊を出た瞬間に消失する可能性が高い」


「じゃあどうする?」


答えを出したのは。


遠く離れたベルクにいるエマだった。


《広域後衛》を通じて情報を共有すると、彼女はしばらく黙った後で言った。


『《レゾナンス》なら保存できるかもしれない』


「でもエマはベルクだろ?」


『だから武器そのものを持っていけない。でも、前に《存在分離》と《世界定着》を使った時、レインの支援を通して情報だけなら一部共有できた』


現在の《広域後衛》による遠隔支援残存率は四十五%。


完全な能力を使うことはできない。


だが。


情報を読み取り。


《レゾナンス》側へ写すだけなら。


可能性はある。


「やってみよう」


レインは《広域後衛》を最大まで展開した。


距離を越えて。


ベルクへ。


エマへ。


そして。


《レゾナンス》へ。


【遠隔接続――開始】


神造武具レゾナンス


【完成率――50%】


【境界外情報受領――試行】


最初は何も起こらなかった。


エマが向こう側で苦しそうに息を吐く。


『距離が遠すぎる……』


レインは支援を強めようとした。


しかし。


それより先に。


カインが手を伸ばした。


「僕を経由したら?」


「どういうこと?」


「境界外の情報なら、世界側だけで送るから減衰するんじゃない? 僕の境界干渉を通して、半分を境界側へ逃がして送ればいい」


ノアがすぐに理解する。


「二経路転送か。レインが世界側、カインが境界側を担当する」


危険はある。


だが。


理屈は通っている。


レインとカインは互いを見る。


「やる?」


「やろう」


二核試験を越えた二人には。


説明はほとんど必要なかった。


レインが世界側の接続を維持し。


カインが境界側へ経路を作る。


二つの道を通して。


同じ情報を送る。


【二核並列接続――開始】


【世界経路――レイン】


【境界経路――カイン】


【情報整合率――62%】


まだ足りない。


【71%】


【83%】


エマの声が届く。


『見えてきた!』


《レゾナンス》が反応する。


【境界外生命情報――受領】


【神造情報変換――開始】


そして。


【保存成功】


レインが息を吐いた。


「取れた……」


しかし。


表示はそこで終わらなかった。


【未知情報との照合を開始】


【《レゾナンス》内部設計情報――反応】


【隠蔽領域――解除】


エマが驚いた声を上げる。


『待って。完成率が動いてる』


【《レゾナンス》完成率――50%→54%】


「上がった?」


『私、何も造ってない』


完成率が。


さらに動く。


【54%→57%】


【境界外生命情報を設計要素として認識】


ノアが目を細める。


「つまり《レゾナンス》は、最初から境界外生命情報を取り込むことを前提に設計されていた?」


レインは二百十四年前のRainを思い出した。


《レゾナンス》の最終設計責任者。


Rain。


そしてその目的は。


――この世界に存在できない者を、この世界へ存在させること。


ノエルを復元するために必要な条件と。


あまりにも一致している。


「まさか……」


レインが呟く。


「《レゾナンス》って、最初からノエルを戻すために作られたのか?」


ノアはすぐに否定した。


「ノエルが消えたのは現在のRainが七歳の時だ。《レゾナンス》の原型は約二百年前に造られている。時系列が合わない」


「じゃあ……」


カインが続きを言った。


「昔のRainにも、戻したかった誰かがいたんじゃない?」


誰も答えられなかった。


◇◇◇


その時。


ノエルが突然振り返った。


『兄ちゃん』


「どうした?」


『誰かいる』


レインたちの表情が変わった。


「どこ?」


ノエルが暗闇の奥を指す。


境界外生命情報が漂う、さらに深い場所。


『ずっと前からいる』


レインが《世界接続》を広げる。


反応はない。


カインも境界へ意識を伸ばす。


「……いる」


「分かる?」


「すごく弱い。でも、確かに何かある」


ノアが警戒する。


「観測者か?」


カインは首を横に振った。


「違う。もっと古い」


ノエルが。


その存在を見つめながら言った。


『あの人、兄ちゃんを待ってる』


「俺を?」


『ううん』


ノエルは首を横に振った。


そして。


レインとカインを見比べる。


『今の兄ちゃんじゃない』


暗闇の奥で。


一つの光が灯った。


そこから。


非常に古い記録が開く。


【世界継承記録――最深層】


【記録年代――現在世界暦との照合不能】


【推定経過時間――千年以上】


レインの呼吸が止まった。


これまで三百十七年前を、この世界における最古の読み取り可能なRain記録だと考えていた。


だが。


終焉回廊の深層には。


それより遥か以前の情報が。


世界記録から切り離された状態で保存されていた。


だから今まで。


ルークにも。


エリアスにも。


読み取れなかった。


【保存個体――1】


【識別情報――破損】


【Rain関連度――99.8%】


そして。


最後に。


一つだけ名前が表示された。


【個体名――■■■】


文字が崩れる。


一文字。


また一文字。


復元されていく。


【個体名――アイリス】


レインは知らない名前だった。


カインも。


ユウトも。


ノアも知らない。


それなのに。


《レゾナンス》だけが。


遠く離れたベルクで。


激しく反応した。


エマの声が震える。


『レイン……』


「どうした?」


『この名前……《レゾナンス》の一番古い設計領域にある』


レインは暗闇の奥を見る。


「何て書いてある?」


少しの沈黙。


そして。


エマが読み上げた。


『――アイリスを、今度こそ世界へ帰す』


《レゾナンス》は。


ノエルのために造られたものではなかった。


二百年以上前のRainが。


さらに古い誰かを取り戻すために。


造り始めたものだった。


そして。


その相手が。


今。


終焉回廊の最深部で。


千年以上。


Rainを待ち続けている。


――第六十二話 了――

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