第五十九話 もう一組の二人
第五十九話 もう一組の二人
【次層保存記録】
【記録対象――Rain】
【特記事項――二核分離済】
その表示を見たレインとカインは、しばらく互いの顔を見たまま動かなかった。父によって二人へ分けられたことは、自分たちだけに起きた特殊な事故の後始末だと思っていたが、もし過去のRainにも同じような分離例が存在したのなら話が変わってくる。Rainが二つの核を持つことと、それを二人の人間として存在させることには、彼らがまだ知らない意味があるのかもしれない。
「行く?」
カインが尋ねた。
「ここまで来て帰れると思う?」
「君なら一回くらい休憩って言うかと思った」
「言ったら休ませてくれる?」
ノアが即答する。
「十分なら」
「短いな」
それでも一行は本当に十分間だけ休み、装備と魔力を確認してから次の階層へ進んだ。残り十四日という期限がある以上、無駄な時間は使えないが、焦って死ねばすべてが終わるという点については、レインもようやく理解するようになっていた。
扉の向こうに広がっていたのは、また別の保存世界だった。
今度は草原ではない。
赤い空の下に巨大な石造都市が広がり、その中央には半ば崩壊した塔が立っている。人の姿は見当たらず、風が吹くたびに細かな灰が街路を流れていった。
【保存世界情報――第九層】
【世界名――エルディア】
【状態――消失】
【保存率――2.1%】
ユウトが周囲を見回す。
「また滅びた世界か」
「多分。でも今回はRainの記録がある」
レインが《世界接続》を広げると、都市の中央に二つの反応が見えた。片方はこれまで何度も感じてきたRain特有の情報だが、もう片方にもほとんど同じ構造がある。
二つ。
レインとカインは何も言わず、同時に塔へ向かった。
◇◇◇
塔の最上階に残されていた記録には、二人の人物がいた。
一人は二十代ほどの女性で、銀色に近い髪を肩まで伸ばしている。もう一人は同年代の男性で、黒い髪と鋭い目を持っていた。
レインは銀髪の女性を見た瞬間、息を呑んだ。
「この人……」
百十七年前。
最初の魔王戦争の記録で見たRainに似ている。
しかし解析すると別人だった。
【Rain構成核――受容】
そして男性。
【Rain構成核――捕食】
カインが苦笑する。
「分かりやすいね」
記録が動き始めた。
銀髪の女性が崩壊していく街を見ながら、男性へ話しかける。
『境界崩壊が止まらない。このままなら三日で終わる』
『分かってる』
『統合すれば止められるかもしれない』
その言葉に、男性はすぐには答えなかった。
やがて銀髪の女性を見る。
『誰が言った?』
『観測者』
現在の一行全員の表情が変わった。
観測者は、この時代にもいた。
『二つの核が一つへ戻れば完全なRainになり、世界を再構築できると言ってる』
男性は少し考えた後、首を横に振った。
『嫌だ』
『でも、このままなら世界が――』
『世界を救うためなら、お前が消えてもいいのか?』
女性は答えられなかった。
男性は続けた。
『俺も消えたくない。お前にも消えてほしくない。二人で生きる方法を探す』
『間に合わなかったら?』
『その時まで探す』
カインが小さく笑った。
「昔から同じこと言ってる」
レインも少しだけ笑った。
「どっちが俺なんだろうな」
「両方じゃない?」
記録の中では、二人のRainが最後まで統合を拒んでいた。
しかし。
世界崩壊は止まらなかった。
三日後。
都市の半分が境界へ消えた。
残された人々を救うため、二人は別々の方法を選ぶ。
銀髪のRainは生存者を支援し、世界へ定着させる。
黒髪のRainは崩壊部分だけを吸収し、境界へ捨てる。
一人が世界を支え。
一人が世界の壊れた部分を喰う。
二人が離れたまま、それぞれの役割を果たした。
そして。
世界崩壊が止まった。
【世界再構築――成功】
レインたちは息を呑んだ。
初めてだった。
過去のRainが。
世界を喰わず。
相方を喰わず。
二人のまま世界を救った記録。
しかし、その直後。
観測者の声が記録へ入った。
――不完全。
二人のRainが空を見る。
――統合せよ。
黒髪のRainが笑った。
『断る』
――完全体になれ。
『俺たちはこれで完成してる』
その言葉を聞いた瞬間、カインの表情が変わった。
第57話の古いRainが残した言葉。
――二つで一つになるな。
――二人のまま、完成しろ。
その意味が、ようやく繋がった。
ところが記録はそこで終わらなかった。
世界再構築から七年後。
銀髪のRainが死んだ。
戦いではない。
寿命でもない。
世界へ定着できなくなったのだ。
片方を失った黒髪のRainは、一人になった。
そして。
再び世界を喰い始めた。
記録の最後に映った彼は、泣きながら自分の右腕を境界へ封じていた。
『一人じゃ駄目だった』
映像が乱れる。
『二人でいるだけでも駄目だ』
さらに。
最後の言葉。
『互いを支えられるようにならないと、同じことを繰り返す』
記録が消えた。
◇◇◇
誰もすぐには話さなかった。
カインが最初に口を開く。
「つまり僕が死んだら、君が暴走するかもしれない?」
「逆もあるだろ」
「君が死んだら僕が世界を食べる?」
「ありそう」
「失礼だな」
「お前、自分で俺を食べるって言ってたじゃん」
「昔の話」
ノアは二人のやり取りを聞きながら、記録内容を整理していた。
「重要なのは、二核が分離していること自体ではない。受容側と捕食側が互いを制御し、同時に互いを支えられる状態を維持する必要があるらしい」
レインはカインを見る。
父はそこまで知っていたのだろうか。
七歳のレインを二人へ分けたのは、ノエルを喰ってしまった事故を止めるためだけではなく、過去のRainが辿り着いた答えをどこかで知っていた可能性がある。
その時、世界記録が更新された。
【過去Rain記録――第二封印解除】
【現Rain二核状態――再評価】
【受容核――レイン・アーク】
【捕食核――カイン】
【独立人格――成立】
【相互支援――不足】
カインが表示を指差す。
「不足だって」
「何をすればいいんだよ」
その問いに応じるように、塔の床が大きく震えた。
中央から二つの黒い影が現れる。
一体はレインと同じ姿。
もう一体はカインと同じ姿。
【二核試験――開始】
【条件】
【自己の模倣体を攻撃してはならない】
【相手の模倣体のみ撃破可能】
レインは表示を二度見した。
「待て」
カインも理解した。
レインは攻撃能力を持っていない。
つまり。
レインの偽物を倒せるのはカイン。
そしてカインの偽物を倒すには。
レインが攻撃するのではなく。
カイン自身が倒せる状況を作らなければならない。
ノアがすぐに後ろへ下がった。
「これは二人の試験だ。私たちが介入すれば失敗する可能性が高い」
ユウトも下がる。
「頑張れ。私はLv17だから応援だけしている」
「お前、元魔王だろ!」
「元だ!」
二体の模倣体が同時に動いた。
カインの偽物が本物のカインへ襲いかかり、レインの偽物は後方へ下がると、自分自身へ大量の支援能力を重ね始めた。
レインは一瞬で理解した。
自分の偽物は。
攻撃できない。
だが。
支援能力だけなら。
自分と同等。
「カイン!」
「分かってる!」
二人は互いに背中を向けた。
自分自身ではなく。
相手の敵を見る。
それが、この試験の意味だった。
――第五十九話 了――




