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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第五十五話 選ばれる後衛

第五十五話 選ばれる後衛


【グランディア帝国――世界分離開始】


【完全分離まで――47分】


その表示を見た瞬間、レインは反射的に《世界接続》を発動しようとしたが、アルディス王国で使った時とは違い、帝国側から強い拒絶反応が返ってきた。ヴァルディオス個人が敵対しているからではない。そもそもレインという存在が、グランディア帝国を構成する世界記録の中に正式な存在として認められていないため、外部から干渉しようとする異物として弾かれているらしい。


【世界接続――失敗】


【対象地域からの承認が不足しています】


【グランディア帝国におけるRain承認率――0.02%】


「低いな……」


「当然だろう。帝国民のほとんどは、お前の顔すら知らん」


ヴァルディオスに言われ、レインは言い返せなかった。アルディス王国では魔王軍との戦いを通じてレインの存在が広く知られ、さらにレオン自身が国王としてレインを「この国に生きる一人の人間」と認めたことで、世界側の承認まで繋げることができた。しかしグランディア帝国では事情が違う。皇帝が認めたところで、つい先ほど国民へ自分で選べと言ったばかりのヴァルディオスが、今度は「この男を信用しろ」と命令してしまえば、結局は同じことの繰り返しになる。


ノアも同じ問題に気づいたらしく、しばらく考えた後でレインを見た。


「皇帝からの承認だけで世界へ接続する方法も、おそらく存在する。ただ、それを使えば王権を通じて帝国民全体を強制的に支援対象へ組み込むことになる。お前の《連合支援》の条件である『本人が自発的に共闘を選択すること』と矛盾する以上、成功したとしても長くは維持できない」


「だったら、やらない」


レインは即答した。


ヴァルディオスが僅かに眉を上げる。


「四十七分しかないのだぞ。綺麗事を言っている場合か?」


「四十七分しかなくても同じだよ。観測者がやってることと同じ方法で勝ったら、たぶん最後にもっと大きな失敗をする。それに、あんたがさっき国民に選ばせたばかりなのに、俺が勝手に全員を支援対象にしたら意味がないだろ」


ヴァルディオスは何か言いかけたが、そのまま黙った。


代わりにユウトが尋ねる。


「じゃあどうする。四千万近い帝国民一人一人に会って、『私を信用してください』って頭を下げて回るか?」


「四十七分で?」


「一人一秒でも一年以上かかるな」


「無理じゃん」


「だから聞いてるんだ」


カインが二人のやり取りを聞きながら呆れた顔をしていたが、ノアだけは別の方向を見ていた。先ほどヴァルディオスが使った全国通信術式である。


「全員に会う必要はない。判断材料を全員へ渡せばいい」


◇◇◇


それから十分も経たないうちに、レインは帝国全土へ自分の姿を晒すことになった。


玉座の間に設置された通信術式の前へ立ったものの、何を話せばいいのか分からず、レインは横にいるノアへ小声で尋ねた。


「何て言えばいい?」


「自分で考えろ」


「こういう時の参謀じゃないの?」


「私が考えた言葉を読んだら、帝国民が選ぶのは私が作ったレインだ。本物のお前を見せろ」


「急に厳しいな」


仕方なく正面を向くと、帝国中の通信装置へレインの姿が映し出された。


市場にいる商人も、工場で働く職人も、国境要塞の兵士も、農村の人々も、突然現れた見知らぬ男を見ている。その男が世界を救えるかもしれないRainであり、同時に過去には世界を喰ったことさえある存在だと知れば、警戒するのが普通だろう。


レインは少し迷ってから口を開いた。


「レイン・アークです。さっき皇帝から話があった観測者が探しているRainっていうのは、たぶん俺のことです」


ノアが額を押さえた。


ヴァルディオスも呆れた顔をしている。


それでもレインは続けた。


「最初に言っておくと、俺を信用してくれとは言いません。俺自身、自分が何者なのか全部分かってないからです。三百十七年前にもRainと呼ばれた人間がこの世界にいて、それよりもっと前にもいたらしい。昔のRainが世界を壊しかけた記録もあるから、危険じゃないとも言えません」


帝国各地がざわめいた。


ユウトが小声で言う。


「信用してもらう演説で、自分から危険人物だって説明する奴は初めて見た」


「嘘ついても仕方ないだろ」


「それはそうだが」


レインは通信へ向き直った。


「ただ、一つだけ約束できます。俺は皆さんの代わりに、誰を犠牲にするか決めません。観測者と戦うか、逃げるか、俺を信用するか、しないかも、自分で決めてください。ただ、もし一緒にこの国を守ると選んでくれるなら、その人を俺は全力で支援します。俺には敵を倒す力はありませんが、人を支えることだけなら、多分この世界の誰にも負けません」


それだけ言うと、レインは通信を終えようとした。


イレーネが驚いて止める。


「それだけですか?」


「他に何か必要?」


「帝国を必ず救う、くらいは……」


「できるか分からないことを約束しても仕方ないだろ」


ヴァルディオスがレインを見つめていた。


「本当に政治家には向かんな」


「冒険者だからいいんだよ」


「その冒険者が二つの国家の存亡に関わっているのが問題なのだ」


◇◇◇


最初の数分間、承認率はほとんど動かなかった。


0.02%だった数字が0.04%になり、しばらくして0.07%へ上がった程度である。一方、帝国を覆う境界網は着実に強まり、完全分離までの残り時間は三十分を切っていた。


レインは焦ったが、できることはなかった。


自分で選べと言った以上、選択を急かすこともできない。


ところが、変化は意外な場所から始まった。


北部国境要塞で魔王兵化を拒否した兵士が、通信装置の前で手を上げた。


「俺はRainなんて知らないし、信用もしていない。でも、俺は自分でこの国を守ると決めた。あんたがそれを手伝うっていうなら、勝手に手伝ってくれ」


【共闘意思――成立】


【Rain承認――限定承認】


レインは表示を見て目を丸くした。


「信用されなくてもいいのか?」


ノアが頷いた。


「《連合支援》の条件は信頼ではなく、自発的な共闘だ。お前個人を好きになる必要も、全面的に信用する必要もない。同じ目的のために協力すると本人が選べば成立する」


その一人を皮切りに、数字が動き始めた。


冒険者が「王国の冒険者が認めてるなら、一度くらい賭けてやる」と承認し、治療院の医師は「戦えないが負傷者を治すことならできる」と参加した。鍛冶師は武器の修理、商人は物資輸送、農村では食料供給を申し出る者が現れ、戦う力を持たない人々まで、それぞれが自分にできる方法で共闘を選んでいく。


誰も同じことをする必要はなかった。


戦わなくてもいい。


レインを尊敬する必要もない。


ただ、自分で何をするか決めればいい。


その選択が増えるほど、《連合支援》の対象も広がっていった。


【Rain承認率――3.8%】


【7.2%】


【11.4%】


その瞬間。


表示が変わった。


【世界側最低承認条件――達成】


【グランディア帝国――Rain存在承認】


【真職業《後衛》――接続可能】


同時にレインの視界が一気に広がり、これまで遠くに感じていた帝国全土の人々が、細い光の線によって繋がっていく。


ただし、それは支配の線ではない。


レインから一方的に伸びるものでもなかった。


帝国の人々が自ら差し出した意思の先に、レインが立っている。


【《国家後衛》――対象国家追加】


【アルディス王国】


【グランディア帝国】


【支援規模拡張条件――成立】


【新規派生能力《広域後衛》を取得】


「また増えた……」


レインが呟くと、カインが嬉しそうに表示を覗き込んだ。


「そのうち《世界後衛》になるんじゃない?」


「やめろ。嫌な予感がする」


「でも君、昔から世界単位で面倒事に巻き込まれてるよね」


「それは俺が望んだことじゃない」


ユウトが真顔で言う。


「悪運だな」


「便利な言葉みたいに使うな」


◇◇◇


完全分離まで残り十八分。


レインは《広域後衛》を発動した。


帝国全土を覆う境界網の構造が見えるようになり、七つの境界門が独立して存在しているのではなく、皇帝が結んだ境界契約を中心として一つの巨大な術式を形成していることが分かった。


「門を一個ずつ壊すんじゃ駄目だ。全部同時に世界側へ引き戻さないと、残った門に力が集中する」


ノアが構造を確認しながら言うと、カインが顔をしかめた。


「七つ同時に境界干渉しろってこと?」


「できない?」


「普通に考えれば無理」


レインがカインを見る。


「支援したら?」


「それなら、やってみる」


即答だった。


レインは王都とベルクに残した仲間へ《広域後衛》を伸ばした。距離による支援損失は依然として存在しているが、二つの国家から世界側承認を得たことで、これまで三十%まで低下していた遠隔支援残存率が四十五%まで上昇している。


レイが境界門の権限を押さえ、ソラが観測者へ繋がる情報だけを吸収する。ベルクではエマが《レゾナンス》を使って世界定着を強化し、ルークは過去の世界記録から境界閉鎖の方法を探した。


そしてカインが、七つの門へ同時に手を伸ばす。


「僕を半分にした責任、取ってよ」


「どういう意味だよ」


「七つ同時なんて、一人だった頃でもやりたくない」


「じゃあやめる?」


カインは笑った。


「やるに決まってるだろ」


レインは《全域支援》《才能共鳴》《世界接続》を重ねた。


カインの境界干渉率が上昇し、初めて十%を越える。


【境界干渉率――12.4%】


七つの境界門が同時に揺れた。


一つを閉じるのではない。


帝国そのものを世界側へ引き戻す。


そのための力は、レイン一人のものではなかった。


皇帝の命令でもない。


戦うと選んだ兵士、負傷者を治すと選んだ医師、食料を運ぶと選んだ商人、武器を直すと決めた職人、そして戦わず家族を守ることを選んだ人々まで、それぞれの意思が世界側へ帝国を繋ぎ止めている。


観測者の声が響いた。


――非合理。


――統一されていない。


レインは少し笑った。


「それでいいんだよ」


――意思統一。


――効率低下。


「全員が同じこと考える必要なんてない。俺だってカインと毎日意見違うし」


「そこに僕を使う?」


「分かりやすいから」


「後で殴るよ」


「俺、防御Dまでしか上がらないんだから加減しろよ」


そのやり取りの間にも、七つの門は少しずつ縮小していった。


完全分離まで十二分。


九分。


六分。


そして残り三分を切ったところで、帝都上空の最大境界門だけが最後まで残った。


観測者の声が強くなる。


――Rain。


――選択は非効率。


――世界維持には不要。


レインは巨大な門を見上げた。


「だから、お前は分かってないんだ」


――何を。


「選んだ結果が間違ってても、選び直せるってことだよ」


レインは隣に立つヴァルディオスを見る。


つい数時間前まで三割を切り捨てることを合理的だと言い切っていた皇帝は、何も言わずに頷いた。


レインは最後の《世界接続》を重ねた。


帝国全土から集まった無数の選択が世界側へ繋がり、カインが境界を押し戻し、レイとソラが観測者との接続を切り離す。そして《レゾナンス》が帝国という土地そのものを現在の世界へ固定した瞬間、空を覆っていた巨大な黒い輪が静かに崩れ始めた。


【完全分離――失敗】


【グランディア帝国――世界定着確認】


【境界門――7→0】


【世界境界安定率――47%→49%】


黒く染まっていた空が元の色を取り戻していく。


レインは大きく息を吐いた。


「終わった……?」


ノアはすぐに首を横に振った。


「帝国の分離を止めただけだ。観測者との契約そのものは残っている」


レインの視界にも同じ情報が表示される。


【境界契約――継続中】


【契約核――観測者内部】


【外部からの完全解除――不可能】


ヴァルディオスが険しい表情になる。


「つまり、奴の内部へ入らなければ契約は切れないということか」


その問いに答えたのは、王都から接続してきたエリアスだった。


『それだけではない。今の解析で、ようやく観測者内部へ到達するための条件が一つ分かった』


「条件?」


レインが尋ねる。


しばらく沈黙した後、エリアスは答えた。


『Rainの実レベルが、最低でも100必要だ』


レインは自分の表示を見る。


【真Lv――74】


世界の人間なら、とっくに上限を越えている。


しかしレベル50以降は、必要経験値が通常の五倍。


残り二十六。


そして本格侵攻まで。


十四日。


レインはしばらく数字を見つめた後、深くため息をついた。


「……今度はレベル上げか」


カインが楽しそうに笑った。


「冒険者らしくなってきたね」


「世界を救う前に経験値稼ぎって、何か嫌なんだけど」


ユウトが真剣な顔で頷く。


「分かる。私もまだ8だ」


レインはユウトを見る。


「お前はまず就職しろ」


「レベルと無職は関係ないだろ!」


世界滅亡まで十四日。


観測者へ到達するために必要なレベルは100。


そして現在のレインは74。


次にやるべきことだけは、嫌になるほど分かりやすかった。


――第五十五話 了――

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