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世界最低の後衛は最高の後衛だった ~三度追放された荷物持ちは、捨てられた才能だけを集めて魔王を討つ~  作者: あめのひくもり


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第五十二話 十三号――国王

第五十二話 十三号――国王


王都の中心にそびえる王宮は、外から眺める限り、これまでと何ひとつ変わっていなかった。白い石を積み上げて造られた巨大な外壁も、王家の紋章を掲げた尖塔も、正門前に整然と立つ近衛兵たちの姿も、長い年月にわたってアルディス王国の権威を象徴してきたものと同じである。しかし、アレンの口から「十三号は国王です」と告げられた瞬間、レインたちの目には、その王宮がまったく別のものに見え始めていた。


国王とは、単に王冠を被って玉座に座っている人物ではない。王国軍を動かし、貴族を統率し、法令を公布し、王国魔術院へ予算と研究権限を与え、場合によっては国内の冒険者ギルドや商業組合にまで影響を及ぼす、この国の制度そのものの頂点である。


もし、その人物自身が境界に関係する実験個体であり、さらに今まさに観測者との同期を始めているのだとすれば、問題は一人の人間が操られているという程度では済まない。


レインは王宮を見上げたまま、ゆっくりと口を開いた。


「待ってくれ。さっきアークは、十三号なんて作っていないって言ったよな」


隣に立つエリアス・アークは、普段と変わらぬ落ち着いた表情を見せていたが、その目だけは明らかに王宮を警戒していた。


「作っていない。少なくとも、私が管理していた境界適合計画は零号から十二号までだ。十三号という番号を与えた個体は、私の研究記録には存在しない」


「だったら誰が作ったんだよ」


「それが分からない」


カインが呆れたように肩をすくめる。


「君が『分からない』と言うと、本当に嫌な予感しかしないんだけど」


「同感だな」


ユウトまで真顔で頷いたため、エリアスは二人を無視してアレンへ視線を移した。


「十三号という呼称を、どこで知った」


アレンはまだ完全には回復しておらず、壁へ背を預けながらミアの治療を受けていた。それでも意識ははっきりしており、記憶を慎重に辿るように少し目を閉じてから答えた。


「処分命令を受ける直前の記憶です。十二号だった頃、私は何度か王宮の地下へ運ばれています。その際、零号から十二号までの記録とは別に、一つだけ完全封印された個体記録を見ました。そこに記されていた番号が十三号でした」


「分類は?」


「《王権定着個体》です」


ノアの表情がすぐに変わった。


「王権定着個体……境界適合個体とは違うのか」


「はい。零号から十二号までの個体は、基本的に境界への適合や境界情報の保持、あるいは操作に関する実験体でした。しかし十三号は違います。十三号に求められていたのは、境界へ適合することそのものではなく、世界側の制度へ入り込み、その制度を利用することだったと記憶しています」


レインは眉を寄せた。


「制度に入り込むって、国王になるために作ったってことか」


アレンは少し考えてから首を横に振る。


「正確には、国王という地位に就くためというより、国王という存在そのものへ定着するため、と考えた方が近いと思います」


その説明に、その場にいた全員がしばらく黙り込んだ。


レインは改めて王宮を見る。


「つまり、今の国王が生まれた時から十三号だったとは限らない」


「その可能性があります」


「人間だった国王に、後から十三号の情報を入れた可能性もある?」


「あるいは、国王という地位を持つ人間へ、境界由来の核を定着させたかもしれない」


エリアスが補足すると、レイが静かに口を開いた。


「それなら、私たちとは違う」


全員が彼女を見る。


「私たちは、作られた時から番号を付けられていた。でも魔王にされた時は、後から世界機能を身体へ入れられた。十三号も、そっちに近いかもしれない」


レインは、その言葉からさらに一つの可能性に辿り着いた。


「観測者が、零号から十二号までの研究を見ていた?」


エリアスはすぐに頷く。


「当然その可能性はある。むしろ、私たちが行った研究そのものが、観測者へ実験結果を与えてしまった可能性が高い。境界適合個体を人為的に作れると証明したのは、ほかでもない私たちだからな」


「最悪だな」


「否定はしない」


「本当に反省するようになったな」


「三百年以上かかったがな」


横からユウトがぼそりと言った。


「遅すぎる」


◇◇◇


十三号の正体そのものも重大だったが、それ以上に危険なのは、国王という立場が観測者に利用された場合だった。


現在、世界各地では三十一箇所の境界門が開き始めている。その門を通じて軍勢を送り込むだけではなく、観測者は人間や魔物へ《魔王兵》という世界機能を直接付与し、この世界に存在する者そのものを自軍へ変えようとしていた。


そこへ国王まで加われば状況は一変する。


ノアは王都と王国全土を描いた地図を広げると、王宮、各都市、軍駐屯地、魔術院の位置を順に指しながら説明した。


「国王が完全に観測者へ取り込まれれば、王国軍を外敵と戦わせる必要すらなくなる。国王命令として軍を移動させ、都市の防衛を解除し、人を特定の場所へ集めることができる。それだけでも十分危険だが、もし《魔王兵化》を国家命令として正当化できるなら、各都市の役人たちが、自分たちの手で住民を集めて観測者へ差し出すことさえ起こり得る」


ミアの顔が青ざめた。


「そんなことまで……」


「制度というのは、時として剣より強い。兵士一万人を一人ずつ倒すより、命令書一枚で一万人を動かす方が早いからな」


レインはその説明を聞きながら、これまでの戦いとは根本的に違うことを理解し始めた。


魔物なら倒せばいい。


魔王なら封印することができる。


境界から来たものなら、切り離す方法を探せばいい。


しかし、国や制度、命令体系そのものを敵に利用されれば、倒すべき相手と守るべき相手が同じ場所に存在することになる。


「だったら、国王本人を救うだけじゃ足りない」


レインが言う。


ノアが頷いた。


「国王と観測者の接続だけでなく、王権そのものが境界へ繋がっているなら、その接続構造を切り離す必要がある」


レインは遠距離解析を試みた。


詳細な個人情報までは取得できないが、王宮中央から発せられている異常反応だけは明確に捉えられる。


【王宮中心部――高密度境界反応】


【世界制度権限――接続中】


【対象権限】


王国統治権。


軍事命令権。


法令公布権。


領域承認権。


レインは表示を見ながら顔をしかめた。


「やっぱり国王本人だけじゃない。国王っていう役職そのものが、境界と接続され始めてる」


「なら、観測者は人間を操っているのではなく、王国の仕組みそのものへ手を伸ばしていることになる」


ユウトの声も低くなる。


その時、ソラが一歩前へ出た。


「それなら、私の能力が使えるかもしれない」


レインが振り返る。


「《境界情報吸収》?」


「うん。さっき観測者の現実定着情報を吸収した時、少し分かったことがある。境界情報って、身体とか魔力だけじゃない。命令や権限みたいなものも、情報として繋がってる。だから王権と観測者を繋いでいる情報だけを吸い出せるかもしれない」


「危険は?」


ソラは一瞬考えた。


「かなりあると思う」


「却下」


あまりにも即答だったため、ソラが呆れた顔をした。


「早いよ」


「危険だって自分で言っただろ」


「一人でやるとは言ってない」


ノアが二人の間へ入る。


「ソラの能力は必要だ。ただし、単独では使わせない。カインとレイが境界構造を固定し、ルークが国王本来の記録を保持する。レインは全域支援で全体を繋ぎ、俺が同期率と破綻率を見ながら進行を管理する。構造を確認してから切り離せば、危険率は下げられる」


レインは少し考え、それならと頷いた。


ソラは小さく笑う。


「本当に過保護」


「一回観測者に乗っ取られた奴に言われたくない」


「レインも何回も死にかけてる」


「俺は悪運が強いから」


ユウトが真顔で言う。


「とうとう自分で認めたな」


「能力扱いするな」


◇◇◇


王宮へ乗り込む前に、ノアは全員の状態を確認した。


アレンは動ける程度まで回復しているが、境界損傷が残っている。セラは未来視を連続使用した影響で疲労が強く、ソラも観測者との強制同期を解かれた直後である。レイに至っては魔王機能を分離してからほとんど休めていない。ユウトは人間へ戻ったことでレベル8まで落ち、カインもまだレベル18で、正面戦闘に関しては決して十分な戦力ではなかった。


レインは全員を見回してから、素直な感想を口にする。


「こうして見ると、今の俺たち、結構ひどい状態だな」


「だから戦わない」


ノアが当然のように答えた。


「またそれ?」


「国王を殺す必要がないなら、王宮軍と正面から戦う意味もない。今回は潜入して原因を切る」


「正面から入って、『国王を助けに来ました』って言えば?」


アレンが少しだけ笑った。


「王宮の近衛兵が、それで通してくれると思いますか」


「思わない」


「なら地下です」


「やっぱり地下か」


アレンが、十二号だった頃に王宮地下へ運ばれた記憶を持っていることもあり、潜入経路として古い地下施設を使う方針が決まった。


ただし、アレンは意識を抑制されて運ばれていたため、正確な入口までは分からない。


そこでルークが手を挙げた。


「僕なら探せると思う」


レインが見る。


「通った記録を?」


「うん。アレンが何度も同じ場所を通ってるなら、世界記録に残ってるはず」


「さすが世界最高の弟」


「それ、適当に褒めてるでしょ」


「分かった?」


カインが呆れたように笑う。


「君、本当に弟には甘いね」


レインは聞こえなかったことにした。


◇◇◇


王国魔術院の地下から古い排水路へ入り、さらにその下層に残されている王都旧水路を進むと、現在の王都とはまったく違う古い石積みの通路が現れた。


王都は何度も増改築されているため、現在使われている下水道や魔導排水路の下に、百年以上前に使われていた地下通路が残っている。その中には、かつて王宮と魔術院を秘密裏に繋いでいたものもあるらしい。


ルークは壁に手を触れながら、迷うことなく進んでいく。


「こっち」


「本当に分かるのか?」


レインが聞く。


「古い人の記録がいっぱい重なってるけど、アレンの記録は比較的新しいから見つけやすい。十年くらい前に何度も通ってる」


アレンが驚いたように見る。


「そこまで分かるのですか」


「最近、前より見えるようになった」


灰月迷宮を攻略して以降、ルークの《記録保持者》としての能力は明らかに成長していた。表示レベルこそ30から変わっていないものの、世界記録の深い部分へ触れる力は以前とは比較にならない。


しばらく進んだところで、ルークが突然足を止める。


「兄さん、ここ」


「何がある」


「扉」


目の前には普通の石壁しかない。


しかしカインが境界干渉をかけると、石壁の表面に薄い線が浮かび上がった。


「隠蔽されてる」


アレンも記憶を取り戻したように頷く。


「この形式を覚えています。認証は、おそらく実験個体の血液情報です」


レイが自分の手を見る。


「私でも開く?」


「零号なら最上位権限の可能性があります」


レイが指先をわずかに傷つけて壁へ触れると、すぐに文字が浮かんだ。


【境界適合個体――認証】


【旧識別――零号】


【アクセス権――最上位】


カインが感心したように言う。


「零号、本当に最上位なんだね」


レイの表情がわずかに曇った。


それに気づいたレインは、表示へ意識を向ける。


「今はレイだ」


すると、表示が一瞬揺れた。


【現在名称――レイ】


レイはその文字を見て、ほんの少しだけ笑った。


「うん」


石壁が音もなく左右へ開く。


◇◇◇


その先にあったのは、王宮の地下とは思えない研究施設だった。


白い壁、魔導灯、ガラス製の隔壁、生命情報を読み取るための古い術式盤。かなりの年月が経っているにもかかわらず、設備の水準は現在の王国魔術院より高い。


エリアスが中へ入った瞬間、足を止めた。


「これは……」


「お前の研究施設か?」


レインが聞く。


「違う。ただし技術系統は私が作ったものに非常に近い」


「じゃあ誰かがお前の研究をコピーした?」


「そう考えるべきだろう」


ノアが周囲を観察しながら言う。


「観測者が直接作った可能性は?」


その時、ルークが首を横に振った。


「違う。ここ、人が作ってる」


全員が見る。


ルークは壁の記録へ触れている。


「最初にここを作った人、アークと一緒にいた」


エリアスの表情が固まる。


「誰だ」


ルークは少し目を閉じた後、静かに答えた。


「兄さんのお父さん」


レインが動きを止めた。


「父さんが?」


「最初の部分だけ。でも途中から別の人が使ってる」


「誰」


「そこは消されてる。黒い情報で上書きされてて見えない」


エリアスは近くに残された古い端末を調べる。


「確かに、この記録方式は彼が若い頃に使っていたものだ」


レインは嫌な可能性を考えた。


「父さんが十三号を作った?」


「その可能性は低い」


エリアスはすぐに否定する。


「彼は私から離反した後、境界適合実験そのものを止めようとしていた。十三号を新たに作る理由がない。おそらく施設だけが後に利用された」


さらに奥へ進むと、大きな円形の部屋に出た。


中央には、一つの記録石が台座の上に置かれている。


アレンが足を止める。


「ここです」


「十三号の記録?」


「はい」


レインが近づいて解析する。


【封印記録】


【アクセス可能者】


王族。


境界適合個体。


Rain。


「俺も入ってる」


カインが隣から覗き込む。


「Rainだからでしょ」


レインが記録石へ手を置くと、古い映像が空間へ展開された。


◇◇◇


映像の時代は、今から十八年前。


そこには、まだ若い頃の父の姿があった。


そして、その向かい側にもう一人の男が立っている。


男の顔だけは強いノイズに覆われ、どれだけ目を凝らしても見ることができない。


さらに、その二人の間には七歳ほどの少年が座っていた。


レインは少年を見て眉をひそめる。


「これが国王?」


現在の国王は、誰が見ても五十代に見える。


だが映像が十八年前なら、この少年は現在二十五歳前後のはずだ。


ノアも同じ矛盾に気づいている。


映像の中で父が口を開いた。


『この計画は中止する』


顔の見えない男が答える。


『遅い』


『何が目的だ』


『王を作る』


『王ならすでにいる』


『違う』


男は少年を見る。


『世界に認められる王だ』


父の表情が険しくなる。


『お前は何をしようとしている』


『Rainが世界を作り替える存在なら、世界側にもそれを止める代理人が必要になる』


父の顔から一瞬、血の気が引いた。


『観測者のためにか』


『違う』


男は初めて少し顔を上げたが、それでもノイズで顔は見えない。


『Rainを止めるためだ』


レインたちはそこで言葉を失った。


カインが最初に口を開く。


「十三号は、最初から観測者のために作られたわけじゃない?」


エリアスは慎重に答える。


「まだ断定できない。続きを見ろ」


映像の中で父が少年を指す。


『この子に何を入れた』


『王権核』


『そんなものは存在しない』


『だから作った』


『何を元に』


男は静かに答えた。


『世界記録だ』


父の表情が変わる。


『まさか……』


『Rainが世界の情報を持つなら、世界側にもRainへ対抗する記録保持機構を持たせることができる』


『やめろ』


『もう遅い』


少年が目を開いた。


片方は金色。


もう片方は黒。


現在の国王と同じ瞳だった。


【十三号】


【王権定着試験――成功】


父が怒鳴る。


『この子を解放しろ!』


『できない』


『なぜだ』


顔の見えない男は少年を見る。


『本人が選んだからだ』


そこで映像が止まった。


◇◇◇


「選んだ?」


レイが呟いた。


「自分で十三号になることを?」


カインも不思議そうに少年の姿を見る。


「それなら、僕たちやレイとは事情が違う」


その時、ルークが記録石へ触れたまま、さらに深い層を見始めた。


「この子、嫌がってない」


「何を選んだんだ」


レインが聞く。


「王様になること」


「何で?」


ルークはしばらく記録を追った後、表情を変えた。


「誰かを守るため」


「誰」


ルークが顔を上げる。


「兄さんじゃない」


そこで一度言葉を切り。


「ノエル」


と答えた。


レインとカインが同時に息を呑んだ。


「ノエル?」


「十三号が、何でノエルを知ってるんだ」


「会ってる」


「いつ」


「ノエルが消える前」


記録映像が切り替わる。


そこには、小さなノエルと、先ほどの少年が並んで座っていた。


二人とも五、六歳ほどに見える。


ノエルが笑いながら尋ねる。


『大きくなったら何になる?』


少年は迷わず答えた。


『王様』


『じゃあ僕は?』


『僕が守る』


ノエルが楽しそうに笑う。


『僕の兄さんたちより強くなれる?』


『なる』


『本当に?』


『王様だから』


二人は笑っていた。


あまりにも普通の子供同士の会話だった。


だからこそ。


レインの胸が痛んだ。


ノエルはその後。


兄である自分たちに存在を喰われ。


世界から消えた。


家族も。


周囲も。


誰も。


覚えていなかった。


「十三号も忘れたのか」


レインが聞く。


ルークは首を横に振った。


「忘れてない」


「どうして」


「王権核が、世界記録に繋がってたから」


表示が現れる。


【王権核】


【限定世界記録接続】


【記憶改変耐性】


ノエルの存在が世界から消された時、十三号だけは世界記録を通じてノエルを覚え続けていた。


レインは息を吐く。


「じゃあ十三号が王になるって決めた理由は……」


「ノエルを守るため」


ルークが答える。


さらに別の記録が開く。


父と少年が秘密裏に話している。


『ノエルを戻す方法はある』


少年が顔を上げる。


『本当?』


『だが今は無理だ』


『いつなら』


父は少し考えてから答えた。


『Rainが十分に成長し、《レゾナンス》が完成し、そして世界がノエルを再び存在として認められる状態になった時だ』


『それまで待つ』


『長い時間になる』


『王様なら待てる』


父は少年をしばらく見つめていた。


やがて、ほんの少しだけ笑った。


映像はそこで終わった。


◇◇◇


レインはしばらく何も言えなかった。


十三号。


国王。


王権核。


そのすべてが、単に観測者が作った道具ではなかった。


少なくとも最初は。


ノエルを忘れないため。


ノエルをいつか取り戻すため。


幼い少年が自分で選んだものだった。


「じゃあ十三号は、敵じゃない?」


カインが聞く。


ノアは慎重に答えた。


「少なくとも、始まりは違う。ただし今は境界同期が進んでいる」


その言葉と同時に、王宮上部から巨大な魔力反応が発生した。


レインの視界に表示が現れる。


【十三号――境界同期率】


47%。


55%。


63%。


数値が急速に上がっていく。


「まずい。急がないと本人の方が消される」


レインは記録石から手を離す。


その時、新しい情報が開示された。


【十三号】


【現在名称――レオン・アルディス】


【現職――アルディス王国国王】


【実年齢――25】


ユウトが表示を見て首を傾げる。


「待て。国王は五十代に見えたぞ」


エリアスがすぐに解析する。


「外見補正だ」


【王権継承――十八年前】


【先代国王――死亡】


【十三号――王権核起動】


【外見補正】


【国民が国王へ期待する年齢像を反映】


ノアが理解する。


「世界記録そのものが、国王として相応しい外見を作っていたのか」


つまり現在五十代に見える国王の本当の年齢は二十五歳。


そして。


ノエルの幼なじみ。


レインは王宮上部を見上げる。


「行こう」


ノアが聞く。


「目的は?」


レインは迷わなかった。


「レオンを助ける。それだけじゃない。ノエルの記憶も持ってる。絶対に連れて戻る」


◇◇◇


地下施設から王宮内部へ繋がる階段を上る途中、レインは一度全員を振り返った。


「もしレオンが完全に観測者へ乗っ取られていたら、どうする」


以前のレインなら、ここで自分が答えを出していた。


助ける。


切る。


封印する。


何か一つを選び。


自分で責任を負う。


しかし。


今は違う。


「助ける方法を、一緒に考えてほしい」


カインが少し驚いた後、笑う。


「成長したね」


「うるさい」


「三百年以上かかったな」


ユウトまで言う。


「お前にだけは言われたくない」


レイが静かに頷き。


ソラも続く。


アレンも。


ノアも。


ルークも。


それぞれ頷いた。


「前提は一つだ」


ノアが言う。


「誰も捨てない」


レインも頷く。


「レオンも、ノエルも、王国も。全部助ける方法を探す」


「欲張りだな」


「後衛だからな」


レインは少し笑った。


「前にいる奴を全部見てないと仕事にならない」


◇◇◇


王宮内部へ入ると、異様な静けさが広がっていた。


廊下には近衛兵が立っている。


しかし誰一人として声を上げず、こちらへ剣を向けることもしない。


ただ。


瞳が。


黒く染まり始めている。


【王宮近衛兵――境界同期率12%】


【別個体――20%】


【別個体――33%】


「国王から広がってる」


レインが呟く。


ノアが言う。


「ここで一人ずつ助けていたら間に合わない。元を切る」


「国王」


「ああ」


ソラが試しに一人の兵士から境界情報を少しだけ吸収すると、同期率は下がった。しかし人数が多すぎる。


王宮にいるだけでも数百。


王都全体なら。


さらに多い。


「やっぱりレオンを先に戻す」


レインは歩調を速めた。


◇◇◇


最上階。


玉座の間。


巨大な扉の向こうには、一人だけ強烈な反応があった。


レインは扉へ手を置き、解析を行う。


【レオン・アルディス】


【表示レベル――50】


【実レベル――解析不能】


【職業――国王】


【特殊職――王権保持者】


【境界同期率――71%】


ユウトが低く言う。


「七十一か」


レインは扉を見たまま答えた。


「でも本人が二十九%残ってる」


レイが頷く。


「私もそれくらいまで残ってた」


「なら戻せる」


レインは扉を押した。


◇◇◇


玉座の間は広く、天井は王宮でも最も高い。


その最奥。


玉座へ、一人の男が座っている。


見た目は五十代。


王冠。


王衣。


長年この国を治めてきた国王そのもの。


だが。


片方の瞳は黒く染まっていた。


レインが少しずつ近づく。


「国王陛下」


男が顔を上げる。


「レイン・アーク」


声は二重だった。


国王の声。


その奥に。


観測者。


「俺を知ってるのか」


「もちろんだ」


男はゆっくり立ち上がった。


「お前がノエルを消した日から、ずっと待っていた」


レインの足が止まる。


その瞬間。


国王の外見が一瞬揺れた。


五十代。


そして。


二十五歳ほどの青年。


二つの姿が重なる。


「レオン?」


金色の瞳が、一瞬だけ戻る。


「……遅い」


レインは思わず笑った。


「最近、それよく言われる」


後ろからユウトがぼそりと言う。


「私は十七年待たされた」


レオンの視線がユウトへ向く。


「誰だ」


「元魔王。現在無職」


レインが横から聞く。


「その説明で固定するの?」


「短くていいだろ」


ほんの一瞬。


レオンが笑った。


【境界同期率】


71%。



68%。


ノアが小さな声で言う。


「本人はいる」


「ああ」


レインはさらに一歩進む。


「ノエルの名前を思い出した」


レオンの表情が完全に変わった。


「……本当に?」


「俺も。ルークも。カインも」


カインが横から軽く手を挙げる。


「僕もいるよ」


レオンはカインとレインを交互に見る。


「分かれたのか」


「そう」


レオンは少し笑った。


「なら、ノエルを戻せる?」


レインは正直に答える。


「まだ完全には無理だ。でも方法は分かった。《レゾナンス》もある。世界外生命情報も集め始めてる。世界側承認も少しずつ条件が見えてきた。あとは俺たちがもっと成長すればいい」


レオンの瞳に涙が浮かぶ。


「本当に……」


その時。


観測者の声が割り込んだ。


――虚偽。


レオンの身体が震える。


――Rainは世界を喰う。


――約束は失敗する。


レインは黒い瞳を睨んだ。


「うるさい」


――Rainを信じるな。


レオンが頭を押さえる。


レインは叫んだ。


「レオン! 俺を信じなくていい!」


全員が一瞬、驚いた。


レオンも顔を上げる。


「……何?」


「俺じゃなくて、ノエルを信じろ」


レインは続ける。


「ノエルは戻りたいって言った。でも、自分を戻すために誰かが勝手に犠牲になるのは嫌だって怒った。自分のために俺やカインが壊れるのも嫌だって言った。昔からそういう奴だったんだろ」


レオンの頬を涙が流れる。


「……変わってない」


「知ってるのか」


「昔から、自分のことより人のことばかりだった」


【境界同期率】


68%。



59%。


「今!」


ソラが《境界情報吸収》を発動する。


黒い接続線がレオンの身体から浮かび上がる。


しかし。


途中で止まった。


「強い!」


カインも境界干渉を重ねる。


レイが王権核へ触れる。


その瞬間、彼女の顔が変わった。


「違う」


レインが見る。


「何が」


「観測者だけじゃない」


「どういう意味」


「世界そのものが、レオンを王から外したくない」


ノアがすぐに理解する。


「王権核が国家制度と一体化している?」


エリアスが頷く。


「そうだ。今レオンを王権から完全に切り離せば、王国全体の統治権限が一時的に消える可能性がある」


レインは顔をしかめる。


「それって国が止まるってこと?」


「軍事命令、行政命令、王都結界、領地認証、その多くが停止する可能性が高い」


ノアが素早く考える。


「なら一時的に誰かへ王権を移す」


「王権核は適合者を選ぶ」


「候補は」


「王族血統」


アレンが答える。


「王太子ならいます。ただし現在は北部前線です」


「間に合わない」


観測者の声が響く。


――王を救えば、国は死ぬ。


――国を救えば、王は消える。


――選べ。


レインの顔が露骨に嫌そうになる。


「お前、本当に二択が好きだな」


――選択せよ。


「嫌だ」


――王か。


――国か。


「どっちも」


観測者の声が一瞬止まる。


レインはノアを見る。


「第三案」


「王権を一時的に別の器へ預ける」


エリアスが首を振る。


「適合者がいない」


カインがレインを見る。


「《世界接続》は?」


レインが反応する。


「何」


「王権も情報なんだろ。それなら支配するんじゃなく、一時的に支援対象として保持できない?」


レインは自分の職業を見る。


真職業《後衛》。


仲間。


戦場。


世界。


制度。


直接攻撃はできない。


支配もできない。


でも。


繋ぐことなら。


できる。


【《世界接続》】


【世界制度との一時接続――可能性あり】


「できるかもしれない」


ノアが聞く。


「成功率は?」


「分からない」


ユウトが嫌そうな顔をする。


「それが一番怖い」


「でも、やる」


「やめろ」


弱い声。


レオン。


レインを見る。


「またお前、一人で全部背負うつもりだろ」


レインはそこで止まった。


ノエルにも。


カインにも。


父の記憶にも。


何度も言われた。


勝手に決めるな。


一人で背負うな。


レインは小さく笑った。


「そうだった」


そして全員を見る。


「手伝って」


ノアはすぐ頷く。


「最初からそのつもりだ」


カインも。


レイも。


ソラも。


ユウトも。


ルークも。


アレンも。


そして、少し遅れてエリアスも頷いた。


「私も協力する」


レインは老人を見る。


「お前は監視付き」


「分かっている」


◇◇◇


作戦は単純だが、前例がなかった。


レオンから観測者との接続を切り離す。


同時に、王権核を完全に消さず、一時的にレインの《世界接続》で保持する。


レイン自身が王になるわけではない。


命令権を奪うわけでもない。


ただ、国の仕組みが途切れないように、後ろから支える。


「俺らしいな」


レインが呟く。


王になるのではなく。


王を支える。


前へ出るのではなく。


後ろから繋ぐ。


ノアが全体を設計する。


ソラが観測者との接続情報を吸収。


カインが境界構造を固定。


レイが王権核の境界適合を調整。


ルークがレオン本来の存在記録を保持。


アレンが精神支援。


ユウトが魔王時代の境界知識を利用して観測者の干渉を阻害。


エリアスが王権核そのものの構造解析を担当する。


そして。


レインが最後尾。


全員を繋ぐ。


《世界接続》。


対象。


王権。


【警告】


【世界制度への個人接続――前例なし】


「知ってる」


【実行拒否】


「何で!」


【権限不足】


レインは顔をしかめた。


「じゃあ、何が足りない」


表示が変化する。


【必要条件――世界側承認】


レインはその言葉に反応した。


世界側承認。


ノエルを独立生命として復元するためにも必要な条件。


エリアスも気づく。


「Rain自身が、この世界の正式な存在として認められる必要がある」


「どうやって」


その時。


レオンがゆっくり立ち上がった。


「俺がやる」


「お前、今観測者と六割近く繋がってるぞ」


「それでも国王だ」


「命令できるのか」


「まだできる」


レオンは王冠を外し、両手で持った。


外見が揺れる。


五十代の王。


二十五歳の青年。


その二つが交互に現れ。


最後に。


青年の姿へ近づいていく。


「レイン・アーク」


その声には。


観測者ではなく。


王の力があった。


「アルディス王国第十九代国王、レオン・アルディスの名において宣言する」


観測者が割り込む。


――停止せよ。


レオンは無視した。


「レイン・アーク。汝を、異界から来た存在でも、世界を侵食する異物でもなく、この国に生きる一人の人間として承認する」


世界が。


一瞬。


静止した。


レインの視界が白く染まる。


【世界側承認――部分取得】


【対象――Rain】


【承認地域――アルディス王国領】


【真職業《後衛》】


【世界制度接続――解放】


レインは笑った。


「来た」


そして。


《世界接続》。


再実行。


王権核がレオンから完全に離れるのではなく、一本の細い光となってレインへ繋がった。


【一時権限】


【王国統治補助】


レインは表示を見て少し笑う。


「補助なんだ」


ノアも笑った。


「後衛らしい」


王権の安定が確保された瞬間。


「今!」


ソラが観測者との接続を引き抜く。


カインが境界を固定。


レイが王権核とレオン本人を切り分け。


ルークがレオンの記録を守る。


ユウトが観測者の干渉を押し返す。


エリアスが巨大な魔法陣を展開した。


観測者の声が低く響く。


――Elias。


老人の動きが止まる。


――失敗個体。


エリアスは一瞬目を閉じた後、静かに笑った。


「そうだ。私は失敗した」


そして。


魔法陣へさらに力を注ぐ。


「だから今度は、失敗したまま生きることを選ぶ」


接続が切れる。


【レオン――観測者同期率】


59%。


41%。


22%。


8%。


そして。


0%。


レオンの身体から黒い情報がすべて抜け落ち、そのまま力を失って倒れた。


レインがすぐに支える。


「生きてる?」


青年の姿になったレオンがゆっくり目を開く。


「……遅い」


レインが笑う。


「それ言う奴、三人目になりそう」


ユウトが後ろから言う。


「私を最初に数えろ」


レオンがユウトを見る。


「誰だ」


「元魔王の無職」


レインが答える。


ユウトが顔をしかめた。


「もうそれで固定する気か」


◇◇◇


レオンが救出されたことで、王宮近衛兵たちの境界同期も一斉に停止した。


同時に、アルディス王国内で進行していた《魔王兵化》も大きく鈍化する。


王権核は現在レインが一時的に保持しているが、あくまで《統治補助》であり、国王として命令を出すことはできない。


レインがそのことを確認すると、エリアスはむしろ安心したように言った。


「それでいい」


「何で」


「もし命令権まで与えられていたら、お前は全国民へ『全員助けろ』と無茶な命令を出しかねない」


「悪い?」


倒れたままのレオンが言う。


「国王には向いてない」


「助けた直後にそれ言う?」


◇◇◇


しばらく休んだ後、レオンがようやく身体を起こした。


「ノエルのことなんだけど」


レインの表情がすぐに変わる。


「何か知ってる?」


「知っているというより、預かっているものがある」


レオンは胸へ手を当てる。


すると小さな光が手のひらへ現れた。


【世界記録断片】


【対象――ノエル】


【外部保持情報――1%】


レインとカインの表情が変わる。


ノエルの存在情報は、現在レインとカインへ50%ずつ分かれているはずだった。


なのに。


レオンが。


さらに1%。


持っている。


「合計101%?」


レインが困惑する。


エリアスが首を横に振った。


「生命情報そのものが101%存在するわけではない。これは複製記録だ。本人の一部ではなく、存在証明のバックアップと考えた方がいい」


ルークが記録へ触れる。


「ノエル、自分で作った」


レインを見る。


「消える前に?」


「うん。兄さんたちに自分の存在を食べられることを、何となく分かってたみたい」


レインの胸が痛む。


あの時。


まだ幼い弟が。


自分が消えると理解し。


僅かな情報だけでも。


友人へ預けた。


「復元に使える?」


レインが聞く。


エリアスは今度ははっきり頷いた。


「非常に重要だ。なぜなら、この情報は王権核を持つレオンが保管していた。つまり世界記録へ正式に接続された状態で、ノエルという存在が長期間保存されていたことになる」


表示が変化する。


【ノエル復元条件】


実レベル100以上の支援核。


完成状態の神造器。


境界外生命情報。


世界側承認。


【世界側承認――部分達成】


レインは息を呑む。


レオンが少し笑った。


「約束、守れそう?」


「ああ。でもまだ俺が74だから、100まで遠い」


カインが横から言う。


「僕は18」


「お前はもっと遠い」


「追いつく」


「無理」


「言ったね」


レオンは二人を見て笑った。


「本当に似てるな」


二人はほぼ同時に答えた。


「違う」


◇◇◇


その直後、レインの視界へ世界地図が開いた。


先ほどまで三十一箇所あった境界門のうち、アルディス王国領内に存在する十一箇所が徐々に縮小し始めている。


王権核を通じて。


王国内にだけ。


レインの支援が届いている。


さらに。


新しい表示。


【《連合支援》】


【王国軍――暫定接続可能】


【条件――本人の共闘意思】


ノアが表示の意味を聞く。


「王国軍全体へ支援できるのか」


「たぶん。ただし、俺が勝手に支援対象へすることはできない。本人が自分で戦うと選ばないと繋がらない」


レオンがゆっくり立ち上がる。


見た目はもう二十五歳の青年へ戻っていた。


王冠を拾う。


レインが少し心配そうに見る。


「その姿で出たら、国民混乱しない?」


「するだろうな」


「大丈夫?」


「十八年、王権核の偽装へ頼ってきた。でも、もう必要ない」


レオンは王冠を被った。


若い国王。


本来の姿。


「今度は王として、自分で選ぶ」


その言葉を聞き、レイが小さく笑った。


ソラも。


そしてレオンは王国通信を起動する。


王都。


各都市。


軍。


村。


すべてへ声が届く。


「アルディス王国のすべての民へ告げる。現在、我が国は魔王軍だけではなく、我々自身の意思を奪い、世界そのものを侵食しようとする存在から攻撃を受けている」


レインはレオンの少し後ろへ下がった。


そこが。


自分の場所。


「だが、私は戦えとは命じない。逃げる者を責めることもしない。戦うことだけが国を守る方法ではないからだ」


ノアが僅かに目を細める。


レオンは続ける。


「家族を守りたい者。負傷者を助けたい者。食料を運ぶ者。城壁を守る者。魔物と戦う者。避難路を作る者。それぞれが、自分でできることを、自分の意思で選んでほしい」


そこで一度。


言葉を切る。


「そして、この国を守りたいと思う者だけ、私に力を貸してほしい」


世界が反応した。


【共闘意思――発生】


一。


十。


百。


千。


万。


王国中で。


選択が広がる。


兵士だけではない。


冒険者。


魔術師。


治療師。


鍛冶師。


商人。


農民。


運送業者。


一般市民。


それぞれが。


自分の役割を。


選んでいく。


レインの《連合支援》が、それらすべてへ薄く繋がり始めた。


一人一人への効果は小さい。


だが。


十万人。


繋がれば。


【真職業《後衛》】


【新規段階――《国家後衛》】


【解放条件――一国規模の共闘意思】


【達成】


レインの顔が引きつる。


「職業名、急に大きくなったんだけど」


カインが笑う。


「国王より偉そう」


「嫌だ」


ノアが平然と言う。


「やってることは変わらない。後ろから支援してるだけだ」


「それならいい」


◇◇◇


王国全体で抵抗が始まった結果、世界境界安定率は47%から48%、そして49%まで僅かに回復した。


さらに、魔王軍本格侵攻まで十四日と表示されていた予測時間も、一時的に減少を止める。


しかし。


問題は。


何も終わっていない。


観測者は健在。


父の生命情報は、その内部。


ノエルの復元条件もまだ揃っていない。


アルディス王国の外では、侵食が続いている。


レオンが通信を終えると、レインへ向き直った。


「一つ頼んでいいか」


「何」


「ノエルを戻す時、俺も立ち会っていい?」


レインは少し考えてから笑った。


「本人に聞く」


「そうだな」


「勝手に決めたら怒られる」


「誰に」


「ノエルに」


二人は少し笑った。


その時。


窓の外を見ていたエリアスの表情が変わる。


「レイン」


「何」


「王国だけでは足りない」


「分かってる」


「そういう意味ではない。観測者が、すでに次へ動いた」


レインの視界へ再び世界地図が開く。


アルディス王国の北方。


海を越えた大陸。


そこへ。


巨大な黒い点。


【境界権限――新規適合】


【対象国家――グランディア帝国】


【適合個体――皇帝】


ノアの顔が険しくなる。


「今度は皇帝か」


ユウトが呆れる。


「支配者ばかり狙うな」


だが。


エリアスは首を横に振った。


「今回、事情が違う」


レインを見る。


「何が」


「グランディア帝国は、アルディス王国の五倍近い軍事力を持つ。しかも皇帝はレオンのような実験体ではない」


「じゃあ何が問題なんだ」


エリアスの表情は、これまで以上に険しかった。


「皇帝は操られていない」


レインは動きを止める。


「どういう意味」


「自分の意思で、観測者と契約した」


世界警告が表示された。


【グランディア帝国】


【境界同盟――成立】


【帝国軍総兵力――約十八万】


【魔王兵化――任意実行開始】


今まで。


助けてきた者たちは。


命令されていた。


作られていた。


選択を奪われていた。


だから。


助ける。


それでよかった。


だが今度の相手は違う。


自分の意思で。


観測者を選んだ。


カインがレインを見る。


「本人が選んだなら、今度はどうする?」


レインはすぐには答えなかった。


助けるのか。


止めるのか。


敵として扱うのか。


それとも。


まだ別の方法があるのか。


真職業《後衛》は。


攻撃能力を持たない。


だが。


だからといって。


すべての相手を救えるとも限らない。


長い沈黙の後。


レインは地図の上に表示されたグランディア帝国を見つめながら言った。


「まず、本人に会う」


ノアが聞く。


「皇帝に?」


「ああ。戦うか、止めるか、それを決める前に、何で観測者を選んだのかを本人から聞く。それを知らないまま、こっちが勝手に敵だって決めたら、父さんや観測者と同じになる」


ユウトが小さく笑った。


「随分、面倒な後衛になったな」


レインも苦笑する。


「知ってる」


魔王軍の本格侵攻まで。


残り十四日。


世界規模の戦争が始まる前に。


レインたちは。


十八万の帝国軍を率いる皇帝と。


直接会わなければならなくなった。


しかも。


今度の相手は。


救われることを。


望んでいるとは限らない。


――第五十二話 了――

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