第四十五話 三百十七年前のレイン
第四十五話 三百十七年前のレイン
【Rain】
種別――世界渡航体。
【出身世界】
照合中。
【元個体】
人間。
【最初の死亡】
317年前。
レインは、目の前に浮かぶ文字を何度読み返しても、その意味をすぐには受け入れられなかった。
自分は三十歳で、この世界で生まれ、この世界で育った。少なくとも、つい先ほどまではそれを疑ったことさえなかった。
それなのに。
表示は明確だった。
三百十七年前。
自分は一度、すでに死んでいる。
しかも、その時の自分は「人間」だったという。
「……何なんだよ、これ」
レインがようやく漏らした声は、思っていたよりも小さかった。
隣にいたカインも、しばらく表示の意味を考えるように黙っていた。もちろん、カインにはレインと同じ文字が直接見えているわけではない。それでも、レインが何を見たのか説明を聞いただけで、その重大さは十分に理解していた。
「つまり、今の君の身体が生まれるよりずっと前から、『Rain』という存在はこの世界にいた可能性が高いってことだね」
「ああ。しかも、少なくとも三百十七年前には一度死んでる」
ガルドが大盾を地面に立て、難しい顔で首を捻った。
「転生ってやつか?」
「そう簡単なら助かるんだけどな」
レインは苦い顔をした。
転生。
確かに、それだけなら理解しやすい。
別の世界で死んで、この世界に生まれ変わった。
だが、それでは説明できないことが多すぎる。
二百年以上前に作られた神造武具の最終設計責任者が、自分になっている。
三百十七年前に死んだ自分と、二百十三年前の武器設計。
そして現在の自分。
時間が繋がっていない。
「レインさん」
リリアが静かに問いかける。
「三百十七年前に亡くなったあと、すぐに今のレインさんになったわけではない、ということですか?」
「たぶん違う」
レインは表示をさらに探った。
すると、これまで隠されていた情報が少しずつ開いていく。
【Rain存在履歴】
第一記録――317年前。
第二記録――214年前。
第三記録――117年前。
第四記録――30年前。
全員が黙った。
レインも。
今度こそ、本当に言葉が出なかった。
「……四回?」
ミアが最初に声を出した。
「レインさん、四回いるんですか?」
「俺に聞くな」
「でも表示が」
「俺が一番混乱してる」
ノアがすぐに状況を整理する。
「存在記録が四回ということは、同じ個体が連続して生きていたのではなく、一定周期でこの世界へ現れている可能性がある」
カインが頷いた。
「およそ百年前後。完全に一定ではないけれど、近い」
317年前。
214年前。
117年前。
そして30年前。
差は103年、97年、87年。
徐々に短くなっている。
レインは、その数字を見て妙な不安を覚えた。
「間隔が縮んでる」
「私もそこが気になりました」
セラが言う。
「もし偶然でないなら、何かが近づいている可能性があります」
ノアも表情を変えた。
「アビスの覚醒率と関係しているかもしれない」
その言葉とほぼ同時に、レインの視界へ新しい表示が現れた。
【アビス覚醒率】
10%。
【Rain再出現周期】
境界不安定化に連動。
レインは思わず目を閉じた。
「当たりだ」
ノアが見る。
「何が」
「俺がこの世界に現れる周期は、境界が不安定になるほど短くなるらしい」
カインの表情が険しくなる。
「つまり、君は境界異常に反応して現れる?」
「そう見える」
ガルドが腕を組む。
「それなら、お前は世界を壊す側じゃなくて、止める側なんじゃねえのか?」
レインも、一瞬そう思った。
だが。
表示は、そんな都合のいい答えを許さなかった。
【Rain主要機能】
解析不能。
【推定役割】
適合。
侵食。
再構築。
「……最悪だな」
「何がです?」
エマが不安そうに尋ねる。
レインはそのまま伝えた。
「俺の役割候補が、適合、侵食、再構築だって」
ガルドが顔をしかめる。
「最後の二つがどう考えても危ない」
「俺もそう思う」
カインは少し考え、レインを見る。
「でも、それは一つの流れかもしれない」
「どういう意味だ」
「外部から来たものが世界に適合し、その後、既存の仕組みへ干渉し、最終的に作り替える」
一瞬。
誰も話さない。
それが正しいなら。
レインは世界を守るために生まれる存在ではない。
世界を。
作り直す存在。
そんな可能性さえある。
◇◇◇
《レゾナンス》が突然、淡い光を放った。
エマが驚いて柄を握り直す。
「何もしてません」
レインが見る。
【神造武具】
設計情報復元率:23%。
【設計者認証】
Rain。
【旧記録との接続】
可能。
「旧記録?」
レインが触れようとすると、エマが少し身構えた。
「危険じゃありませんか?」
「たぶん」
「最近、その言葉に慣れてしまいました」
「俺も」
レインが剣へ触れる。
その瞬間。
迷宮の景色が消えた。
◇◇◇
炎。
街。
鐘。
泣き声。
今のベルクでも。
ラグナでもない。
建物の形。
服。
武器。
全部。
古い。
レインはすぐに理解した。
これは。
過去。
【記録年代】
214年前。
《レゾナンス》が作られた頃。
一人の男が立っている。
顔。
レインではない。
だが。
視界には。
【個体識別】
Rain。
そう表示されている。
「……俺じゃない」
見た目は。
四十代ほど。
長い黒髪。
目つき。
鋭い。
左腕。
ない。
エマが息を呑む。
「片腕……」
男の前。
巨大な炉。
そして。
さらに一人。
鍛冶師。
年老いた男。
【初代神造鍛冶師】
レインは、完全に動けない。
自分。
いや。
過去のRainと。
初代神造鍛冶師。
二人で。
《レゾナンス》を。
作っている。
「境界を斬る剣では駄目だ」
過去のRainが言う。
神造鍛冶師が鼻を鳴らす。
「では何を作る」
「繋ぐ」
「何を」
「世界と」
過去のRainは少し間を置いた。
「世界の外にいる者を」
レインの身体が。
僅かに震えた。
今の《レゾナンス》。
用途。
世界に存在できないものを。
適合させる。
まさに。
同じ。
神造鍛冶師。
「何のためだ」
Rain。
「救うため」
「誰を」
長い沈黙。
そして。
過去の自分が。
答える。
「俺を」
◇◇◇
記録が揺れる。
次の場面。
暗い部屋。
Rain。
一人。
身体。
崩れている。
黒い粒子。
カインが。
現実でそうなっていた時と。
同じ。
【現実層定着率】
12%。
過去のRain。
死にかけている。
「また」
小さく。
笑う。
「失敗か」
壁。
刻印。
何百。
いや。
何千。
試行記録。
Rainは。
この世界に。
何度も。
定着しようとしていた。
だが。
失敗。
消滅。
そして。
再出現。
その繰り返し。
だから。
第一記録。
第二記録。
第三記録。
存在が。
途切れていた。
転生ではない。
もっと。
異常。
この世界へ。
何度も。
入り直していた。
「次は」
過去のRainが。
記録へ。
書く。
「肉体側から」
「生まれるしかない」
レイン。
息。
止まる。
今の。
自分。
母親から。
生まれた身体。
父親。
境界外成長核。
入れる。
違う。
父親が。
勝手に。
選んだ?
いや。
もっと前。
Rain自身が。
そうなるように。
残した?
記録。
進む。
「もし」
「俺が」
「次に」
「人として」
「生まれられたなら」
過去のRain。
笑う。
疲れ切った。
でも。
少し。
希望。
「今度こそ」
一拍。
「世界を」
「食わない」
レイン。
身体。
凍る。
その言葉。
意味。
分かる。
過去の自分。
すでに。
一度。
世界を。
食おうとした?
◇◇◇
記録。
さらに。
古い。
317年前。
最初。
空。
真っ黒。
大地。
崩壊。
王国。
ない。
今と。
地形も。
違う。
一人の青年。
倒れている。
その身体から。
黒い。
霧。
広がる。
触れた。
植物。
動物。
魔物。
全部。
一瞬。
止まる。
次。
情報。
吸収。
青年。
立ち上がる。
目。
真っ黒。
【Rain】
【状態】
初回世界適合。
【能力】
捕食。
【対象】
世界規則。
レインは。
声を失った。
カイン。
顔色。
変わる。
「あれが」
「最初の僕たち?」
レイン。
「たぶん」
青年。
手。
伸ばす。
空間。
歪む。
土地。
変わる。
川。
逆流。
山。
形。
変わる。
世界の法則を。
食い。
理解し。
再構築している。
でも。
その先。
異変。
青年。
苦しむ。
身体。
耐えられない。
情報。
多すぎる。
人格。
崩れる。
そして。
初めて。
声。
「止めろ」
誰も。
いない。
自分自身へ。
言っている。
「これ以上」
「食うな」
でも。
能力。
止まらない。
生きるため。
適合するため。
世界。
食う。
青年。
泣く。
「俺は」
「人間だった」
レイン。
胸。
締め付けられる。
元個体。
人間。
出身世界。
別。
そこから。
この世界へ。
落ちた。
そして。
生存本能。
世界へ。
適合。
その方法。
食う。
青年。
最後。
自分自身を。
消す。
周囲から。
離れるため。
境界。
開く。
自ら。
落ちる。
その瞬間。
【最初の死亡】
記録。
成立。
◇◇◇
景色。
戻る。
レイン。
膝。
つく。
リリアが支える。
「レインさん!」
「大丈夫」
「全然そう見えません」
「……見た」
全員。
静か。
レイン。
一つずつ。
話す。
317年前。
最初。
世界へ。
来た。
元は。
人間。
別世界。
でも。
この世界では。
存在できなかった。
生きるため。
世界の法則を。
食べた。
その結果。
制御不能。
自分から。
境界へ。
消えた。
214年前。
再び。
出現。
今度は。
世界へ。
適合する方法を。
探す。
神造鍛冶師。
レゾナンス。
作成。
でも。
未完成。
また。
消えた。
そして。
117年前。
記録。
まだ。
見えていない。
今の。
三十年前。
肉体。
人間として。
生まれる。
「じゃあ」
エマが。
《レゾナンス》を見る。
「この剣を作ったRainさんは」
「今のレインさんと」
「同じ魂?」
レイン。
「分からない」
カイン。
「でも」
「少なくとも」
「記憶や役割」
「存在情報は」
「継承されてる」
ノア。
「なら」
「重要なのは」
「117年前」
全員。
見る。
確かに。
そこだけ。
抜けている。
「その時」
ノア。
「何をした」
レイン。
表示。
【第三記録】
117年前。
【閲覧条件】
実レベル70。
「……また」
ガルド。
「あと10」
レイン。
「60なったばっかりなんだけど」
ミア。
「100まで」
「まだ40あります!」
「励ましてる?」
「はい!」
「全然励みにならない」
でも。
道。
見えた。
317年前。
始まり。
214年前。
レゾナンス。
117年前。
何か。
そして。
現在。
全部。
繋がる。
◇◇◇
その時。
迷宮。
奥。
扉。
開く。
【灰月迷宮】
攻略進捗。
47%。
↓
58%。
【第四試練】
準備中。
ノア。
すぐ。
生還経路。
確認。
「危険度」
レイン。
「どう」
「低い」
「珍しい」
「でも」
ノア。
眉。
ひそめる。
「人数条件がある」
レイン。
表示。
見る。
【第四試練】
参加可能者。
一名。
「また俺?」
【対象】
Rain。
レイン。
ため息。
「やっぱり」
ガルド。
「今回は」
「何だ」
レイン。
確認。
【試練内容】
職業選択。
全員。
「……職業?」
レイン。
自分。
職業。
これまで。
後衛支援士。
そう。
思っていた。
でも。
アビス。
言った。
お前は。
支援職ではない。
表示。
【現在職業】
仮登録。
後衛支援士。
【真職業】
未設定。
レイン。
「俺」
「まだ」
「本当の職業」
「ないらしい」
ノア。
「選べる?」
「ああ」
そして。
一覧。
出る。
剣士。
魔法使い。
守護。
治癒。
支援。
戦場。
錬金。
鍛冶。
膨大。
職業。
でも。
一番下。
通常。
表示されない。
黒い文字。
【世界管理者】
【境界渡航者】
【法則捕食者】
【再構築者】
レイン。
顔。
引きつる。
「ろくなのない」
カイン。
覗けないのに。
雰囲気。
察する。
「君に似合いそうなの?」
「嫌な方向で」
その中。
一つ。
白。
静か。
【後衛】
ただ。
二文字。
何の。
修飾もない。
レイン。
そこへ。
目。
止まる。
【後衛】
説明。
前に立たず。
世界。
仲間。
戦場。
全てを。
後方から。
繋ぐ者。
攻撃。
不要。
防御。
不要。
必要能力。
観察。
支援。
選択。
そして。
信頼。
レイン。
笑う。
「……これだ」
ガルド。
「何」
「後衛」
「今までと同じじゃねえか」
「違う」
レイン。
少し。
笑う。
「たぶん」
「これが」
「本物」
カイン。
「選ぶの?」
レイン。
「迷う理由ない」
かつて。
嫌だった。
後ろ。
戦えない。
前に。
出られない。
荷物。
雑用。
でも。
今。
そこ。
自分の場所。
仲間。
前。
自分。
後ろ。
その方が。
強い。
【真職業】
選択。
――後衛。
その瞬間。
迷宮。
震える。
【真職業確定】
レイン。
《後衛》。
ランク。
――規格外。
【固有能力】
《全域支援》。
《才能共鳴》。
《成長共有》。
《後衛指揮》。
《世界接続》。
そして。
最後。
【絶対条件】
本人は。
直接攻撃能力を。
永続的に。
取得しない。
レイン。
止まる。
「……え?」
ガルド。
「どうした」
レイン。
読み上げる。
全員。
数秒。
沈黙。
そして。
ミア。
笑う。
「やっぱり」
「一生」
「攻撃できないんですね」
レイン。
「そこ」
「笑うところ?」
ガルド。
大笑い。
「最高じゃねえか!」
「何が!」
ノア。
少し。
笑う。
「お前には」
「その方が」
「合ってる」
リリア。
「私も」
「そう思います」
セラ。
「前は」
「私たちが」
レイン。
仲間を見る。
そして。
自分も。
笑う。
「ああ」
「そうだった」
一瞬。
迷宮。
光。
全員へ。
広がる。
【真職業確定効果】
パーティーメンバー。
全能力。
成長率。
上昇。
《リベレーション》。
共鳴。
【パーティー固有能力】
第二段階。
解放。
レイン。
表示。
見る。
【リベレーションⅡ】
効果。
パーティーメンバーが。
他者の成長によって。
自らも成長する。
一人。
強くなる。
全員。
強くなる。
レイン。
少し。
驚く。
「これ」
ノア。
「何」
レイン。
全員。
見る。
「もう」
「俺だけが」
「支援役じゃない」
ガルド。
「どういう意味」
「誰か一人が」
「強くなれば」
「全員に」
「成長が返ってくる」
全員。
完全に。
黙る。
ミア。
「それ」
「ずるくないですか?」
レイン。
「また?」
ガルド。
笑う。
「つまり」
「俺が盾で強くなったら」
「リリアも」
「セラも」
「ミアも」
「全員」
「強くなる?」
「ああ」
ノア。
「逆も」
「そう」
カイン。
「僕も?」
表示。
【カイン】
パーティー未登録。
レイン。
「まだ」
カイン。
少し。
不満。
「何で」
レイン。
「正式に」
「入ってないから」
カイン。
「じゃあ」
「入る」
全員。
見る。
レイン。
「いいの?」
「君に」
「勝つためには」
「成長効率」
「高い方がいい」
ノア。
「動機」
「それでいい」
レイン。
笑う。
「分かった」
手。
出す。
カイン。
握る。
【新規パーティーメンバー】
カイン。
【レベル】
1。
【職業】
未設定。
【潜在才能】
――規格外。
【パーティー人数】
8?
表示。
一瞬。
乱れる。
エマ。
「今」
「私たち」
「八人ですよね」
レイン。
数える。
自分。
ガルド。
リリア。
セラ。
ミア。
ノア。
エマ。
カイン。
八。
アレン。
今。
外。
でも。
パーティー登録。
残っている。
【パーティー登録人数】
9。
ガルド。
「増えたな」
ミア。
「賑やかですね!」
レイン。
「最初」
「一人だったのにな」
一瞬。
静か。
でも。
悪くない。
◇◇◇
その時。
迷宮。
警告。
【灰月迷宮】
攻略進捗。
58%。
【第四試練】
達成。
【第五試練】
解放。
ノア。
「次」
レイン。
「休憩」
即答。
全員。
「賛成」
迷宮。
無視。
床。
開く。
レイン。
「聞けよ!」
階段。
下。
さらに。
深い。
そして。
そこから。
冷たい。
風。
吹く。
【第五試練】
参加者。
全パーティーメンバー。
レイン。
「今度は」
「全員」
ガルド。
「やっとか」
でも。
続き。
【試練名称】
――魔王。
全員。
止まる。
リリア。
「……魔王?」
世界。
今。
魔王軍。
存在。
そして。
物語の。
最初。
未来。
レインたちは。
世界最強のパーティーとして。
魔王軍に。
勝つ。
その始まり。
ここ?
表示。
続く。
【対象】
百年前。
魔王。
封印記録。
レイン。
目。
変わる。
117年前。
第三記録。
それと。
ほぼ。
同じ時代。
カイン。
「もしかして」
レイン。
「ああ」
百十七年前のRain。
魔王。
関わってる。
そして。
扉。
向こう。
巨大な。
咆哮。
迷宮。
揺れる。
ガルド。
新しい盾。
構える。
「休憩」
「無理そうだな」
レイン。
ため息。
でも。
口元。
笑う。
「仕方ない」
全員。
準備。
レイン。
最後。
後ろ。
立つ。
真職業。
《後衛》。
初めて。
その名を。
自分で。
受け入れる。
「行くぞ」
一拍。
「今度は」
「全員で」
扉。
開く。
その向こう。
百年以上前に。
一度。
世界を滅ぼしかけた。
最初の魔王が。
レインたちを。
待っていた。
――第四十五話 了――




