第四十三話 カインをこの世界に残す方法
第四十三話 カインをこの世界に残す方法
「こいつを、この世界に残す。俺とは別の、一人の人間として」
レインがそう言った瞬間、カインは明らかに戸惑った顔をした。
つい先ほどまで、カインはレインを食らい、自分こそが本物のレインになろうとしていた。それが今では、消滅寸前の自分を助けようとしている本人から、「別人として生きろ」と言われている。
カインにしてみれば、理解できるはずがなかった。
「……本気なの?」
「こんな状況で冗談を言うほど余裕はない」
「さっきまで僕は、君を消そうとしてたんだよ」
「知ってる」
「君の弟を消した原因でもある」
「それも知った」
「それでも?」
「ああ」
レインは迷わなかった。
「だからといって、今ここでお前まで消えたら、同じことをもう一度繰り返すことになる。父さんは危険だからってお前を切り離した。でも俺は、お前自身に選ばせる。こっちで生きたいなら、その方法を探す」
カインはしばらく何も言わなかった。
その身体はすでに輪郭の端から崩れ始めている。黒い光の粒が肩や腕からこぼれ、空気の中へ溶けるように消えていく。
レインの視界には、残酷な数字が表示されていた。
【現実層定着率:9%】
【消滅予測:17分32秒】
一秒ごとに、残された時間が減っていく。
「感動的な話をしている時間はないぞ」
ノアが淡々と言い、すぐに地面へ簡単な図を描き始めた。
「必要条件を整理する。レイン、お前に見えているものを全部言え」
レインは表示を読み上げた。
【個体分離維持条件】
・新規名称
・独立成長核
・現実層定着媒体
・境界接続切断
【新規名称:達成】
「名前は終わってる。残り三つだ」
ノアは地面へ三本の線を引いた。
「普通に考えれば、成長核を作り、こちら側へ定着させる媒体を用意して、最後に境界との接続を切る。問題は、俺たちにそんなことをやった経験が一度もないことだ」
「それを言ったら始まらないだろ」
ガルドが新しい大盾を地面へ立てかける。
「できる奴がいるかどうかから考えようぜ」
「成長核……」
ミアが考え込んだ。
「生命の成長そのものを決める核ですよね。錬金術で作ったことはもちろんありませんけど、生命魔力の固定や人工魔力回路なら近いことはできます」
「私も」
エマが《名無し》を見た。
「神造鍛冶なら、物に所有者の情報を定着させることはできます。でも、人間そのものをこの世界へ定着させるとなると……」
「できるかどうかじゃない」
レインが二人を見る。
「できるところまでやる。足りない部分は俺が解析する」
「また無茶を」
リリアが苦笑したが、反対はしなかった。
このパーティーでは、それがすでに普通になりつつあった。
◇◇◇
最初の問題は《独立成長核》だった。
レインが条件を解析すると、必要なのは四つ。
【独立成長核・必要要素】
対象本人の存在情報。
外部世界由来の核片。
現実世界側の生命魔力。
固定触媒。
「存在情報は、カインという名前を決めたことで取得できるみたいだ」
【対象存在情報:カイン】
取得可能。
「一つ」
ノアが線を消す。
「次は外部世界由来核片」
レインが候補を確認した。
【候補】
レイン・アーク。
カイン。
アビス。
全員が一斉に黙った。
ガルドが眉間へ皺を寄せる。
「……お前ら二人、完全に素材扱いされてるな」
「嫌な言い方しないでよ」
カインが苦い顔をする。
「俺だって嫌だ」
レインも同意した。
するとミアが、何かに気づいたように顔を上げた。
「でも、逆に考えれば簡単かもしれません」
「何が?」
「カインさんって、元々レインさんの一部なんですよね?」
「ああ」
「なら、レインさんの成長核をほんの少し分ければ、それがカインさんにとって一番自然な核片になるんじゃないですか?」
カインが即座にレインを見る。
「それは駄目」
「まだ何も調べてないだろ」
「君の成長に影響する可能性がある」
「俺の心配?」
「そういう言い方やめて」
「素直じゃないな」
「君にだけは言われたくない」
ガルドが吹き出した。
「本当に同じ奴から分かれたんだな」
「違う」
二人が同時に答えた。
さらに笑いが広がったが、レインはすぐに解析へ戻る。
【成長核分離】
試行可能。
【安全推奨量】
0.1%以下。
「できる」
レインが言った。
「推奨量は0.1%以下。少量なら大きな影響はないらしい」
「『らしい』だけで自分の成長核を分けるの?」
カインは本気で呆れている。
「時間ないんだろ」
「そうだけど」
「ならやる」
レインはカインへ手を伸ばした。
カインは数秒迷ったあと、仕方なくその手を取った。
瞬間。
二人の間に強烈な衝撃が走った。
「っ……!」
胸の奥を直接掴まれ、引き裂かれるような痛み。
レインは歯を食いしばる。
【旧同一個体リンク確認】
【限定分離権限:許可】
【成長核分離開始】
0.01%。
ほんの僅か。
それでも、カインの身体が激しく震えた。
「痛い……!」
「俺も痛い!」
「だったら止めよう!」
「ここまでやって止めるな!」
0.02%。
0.03%。
少しずつ。
カインの胸元に、小さな光の核が生まれ始める。
0.05%。
【推奨最低量到達】
【分離停止】
二人は同時に手を離し、その場に膝をついた。
リリアがすぐレインを支え、ミアはカインへ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
カインは息を整えながら、自分の胸を見る。
そこには今まで存在しなかった、こちら側の魔力反応があった。
【独立成長核】
形成率:12%。
「十二%……」
エマが呟く。
「まだ完成には遠いですね」
「でも、でき始めてる」
ミアの目が輝く。
レインも自分の状態を確認した。
【実レベル:56】
変化なし。
【成長効率:99.95%】
「俺の方は、ほとんど影響ない」
その言葉を聞いて。
カインが、明らかに安心した。
レインは見逃さない。
「安心した?」
「してない」
「顔に出てる」
「君の顔と同じなんだから、分かるのが腹立つな」
◇◇◇
次に必要なのは、現実世界側の生命魔力だった。
適性を確認すると、エマとミアが突出して高い。
「製造系の能力が、生命情報を固定するのに向いてるらしい」
「分かりました!」
ミアは迷うことなく錬金釜を取り出した。
ガルドが思わず聞く。
「何で迷宮の中までそれ持ってきてるんだ?」
「携帯用です!」
「それのどこが携帯用なんだ」
それなりに大きい。
だが今は突っ込んでいる場合ではない。
エマは《名無し》を錬金釜の横へ置き、右手でその柄を握った。
「私の神造魔力を一度これに通して、ミアさんの錬金術で生命魔力へ変換する。たぶん、それが一番安定すると思います」
ミアが頷く。
「やってみます」
二人はすぐ作業に入った。
エマの魔力が《名無し》へ流れ、まだ未完成の刀身が淡い光を放つ。その光をミアが錬金陣へ取り込み、性質を変換しながらカインへ流す。
【独立成長核】
12%。
18%。
27%。
「上がってる!」
ミアが声を上げる。
エマは集中したまま魔力を送り続けた。
30%。
34%。
39%。
そして。
42%で止まった。
「止まりました!」
レインは原因を解析する。
【固定触媒不足】
「最後の素材だ」
ノアが言う。
「対象をこの世界へ縛るもの」
「それって具体的には何ですか?」
セラが聞く。
レインの表示には、妙に曖昧な説明しか出ない。
【推奨固定触媒】
対象と現実世界を結ぶ強い因果。
「強い因果……」
レインはカインを見る。
「たぶん、この世界に残る理由だ」
カインは怪訝な顔をする。
「僕が生きる理由?」
「たぶん」
「この状況でそれを考えろって?」
「そうみたいだ」
「随分と性格の悪い世界だね」
「俺もそう思う」
候補を確認していく。
【レインとの関係】
適合率68%。
【仲間関係】
73%。
【新規名称】
81%。
「名前でも足りない」
【固定成功推奨値:95%以上】
ミアが焦ったように消滅予測を見る。
【残り:8分11秒】
「時間がないです」
カインは自分の手を見る。
すでに指先から、また黒い粒子が零れ始めている。
「そもそも」
彼は低い声で言った。
「僕には、ここへ残る理由なんてあるのかな」
誰もすぐには答えなかった。
カインは続ける。
「僕は七歳からずっと境界に閉じ込められていた。父親には危険だから切り離された。弟を一人消した。世界に友人もいない。仕事もない。家もない」
少し笑う。
「生きたいとは思う。でも、何のために生きたいのかと聞かれると、分からない」
「大きな理由じゃなくてもいいと思います」
リリアが静かに言った。
カインが彼女を見る。
「私は、明日もみんなと一緒にご飯を食べたいです。それだけでも、生きていたい理由になります」
セラも続ける。
「私は、まだ見たことのない場所を見たい」
ミア。
「私は新しい薬を作りたいです!」
ガルド。
「俺はこの盾をもっと使いたい」
エマ。
「私は《名無し》を完成させたい」
ノアは少し考えて。
「俺は全員を生還させたい」
それぞれ。
世界を救うような大義ではない。
小さい。
でも。
誰も迷っていない。
カインは一人ずつ見たあと。
最後にレインを見る。
「君は?」
レインは少し考えた。
そして。
「お前と、もう少し喧嘩したい」
全員が黙った。
カインも。
完全に固まった。
「……それが生きる理由?」
「十分だろ」
「普通もっと感動的なこと言う場面じゃないの?」
「俺たちが仲良く語り合うの、気持ち悪いだろ」
カインの口元が僅かに緩んだ。
「それは同意する」
「じゃあ決まり」
「待って」
カインは少し考えたあと。
不敵に笑った。
「なら僕は、君に一度ちゃんと勝つまで死なない」
その瞬間。
表示が変わった。
【新規因果形成】
レイン・アークとの競争関係。
【適合率】
96%。
全員が沈黙した。
ミアが最初に口を開く。
「……喧嘩で成功しました」
ノアがため息をつく。
「こいつらにしか成立しない固定触媒だな」
【固定触媒】
確定。
【カインの生存目的】
――レイン・アークを超える。
カインの顔が引きつった。
「これ、もしかして一生残る?」
「いいじゃん」
「嫌だよ!」
だが。
成長核は一気に完成へ向かう。
42%。
58%。
74%。
91%。
そして。
100%。
【独立成長核】
完成。
カインの身体から、黒い崩壊粒子が完全に止まった。
【現実層定着率】
9%。
↓
31%。
「次は媒体!」
ノアが即座に指示する。
◇◇◇
現実層定着媒体。
条件は三つ。
境界側の情報を保持できること。
こちら側の物質であること。
そして。
所有者と共に成長できること。
全員の視線が。
《名無し》へ集まった。
だがカインはすぐに首を横に振った。
「それは使わなくていい」
エマが見る。
「どうして?」
「重要なんだろ。境界へ対抗するための未完成武器。僕一人を残すために潰す必要はない」
エマは少し考えた。
そして。
「全部は使いません」
先ほど境界を切断した際、《名無し》の刃から欠け落ちた小さな破片を拾う。
「これなら、本体の機能を残したまま使えるかもしれません」
レインが解析する。
【名無し・破片】
境界情報保持:可能。
現実物質:適合。
神造情報:残存。
「いける」
エマとミアが再び作業に入った。
今回は短時間だった。
神造鍛冶で破片の情報を残しながら形を変え、錬金術でカインの新しい成長核と同調させていく。
やがて。
小さな黒い指輪が完成した。
【神造定着環】
品質:規格外。
エマが苦笑する。
「また規格外……」
レインがカインへ渡す。
「つけてみろ」
カインは右手の中指へ指輪を通した。
瞬間。
光。
【現実層定着率】
31%。
↓
63%。
「あと一つ!」
だが。
最後が。
一番危険だった。
境界接続切断。
◇◇◇
【消滅予測】
3分08秒。
カインの身体は安定している。
だが。
完全ではない。
背中から。
一本。
黒い糸のようなものが伸びている。
その先。
アビス。
境界。
こちらではない場所。
「これを切る」
レインが言った。
エマは《名無し》を握り直す。
「前に一度、亀裂を切れました。でも……」
【単独切断成功率】
12%。
「低いな」
ガルドが呟く。
「今の俺たちの基準だと高く見えるのが怖いです」
ミアが真顔で言った。
レインが条件を追加して再解析する。
成長核完成。
定着媒体あり。
【再計算】
成功率38%。
それでも。
低い。
セラが未来視を使った。
目を閉じ。
無数の可能性を見る。
エマが一人で斬る。
失敗。
刃が砕ける。
カインが消える。
別の未来。
境界が逆流。
さらに別。
レインが巻き込まれる。
「……あります」
セラが目を開く。
「成功する未来」
全員が見る。
「ただし」
セラはレインを指した。
「レインさんが、エマさんと一緒に《名無し》を振る必要があります」
カインが即座に反対した。
「駄目」
「何で」
「君自身も境界と繋がってる。僕との接続を切る時に、君まで巻き込まれる」
レインが解析する。
【レイン併用】
成功率71%。
【死亡確率】
4%。
「低い」
「低くない!」
カインが本気で怒鳴った。
「四%は二十五回やったら一回死ぬ確率だよ!」
「二十五回もやらない」
「そういう問題じゃない!」
ガルドが腕を組む。
「でも、0.8%の生還率から帰ってきたばっかりだしな」
「君たち、本当に確率感覚が壊れてない?」
カインが呆れる。
ノアは真顔だった。
「壊れてはいない。低確率を上げるのが俺たちの仕事だ」
「妙に説得力あるね」
レインは《名無し》の左側へ立った。
エマは右手一本。
だから。
レインが反対側から柄を支える。
二人で。
一振り。
「エマ」
「はい」
「失敗しても責任は俺」
エマは首を横に振った。
「違います」
「何が」
「一緒にやるなら、責任も一緒です」
レインは一瞬だけ黙り。
笑った。
「そうだった」
◇◇◇
残り。
1分41秒。
ノアが全員へ配置を指示する。
「ガルドは前方。何か出たら止めろ。リリアは二人への魔力供給。ミアは定着環の維持。俺は境界変動を見て指示する」
「私は?」
セラ。
「成功する瞬間を見ろ」
セラは頷く。
未来視。
再び。
無数。
失敗。
失敗。
失敗。
その中。
一本。
細い。
成功。
「まだです」
エマとレイン。
《名無し》を構える。
カインは。
黙って二人を見る。
時間。
減る。
52秒。
47秒。
43秒。
「まだ」
セラの額から汗。
「待って」
黒い糸。
揺れる。
アビス側。
何かが。
気付いた。
――返せ。
レインの頭に。
声。
入る。
「無視!」
ノアが叫ぶ。
「集中しろ!」
――それは。
――こちらのもの。
カインの表情が変わる。
「僕を」
「所有物みたいに」
黒い糸。
太くなる。
【境界干渉増大】
成功率。
71%。
↓
63%。
「まずい!」
リリアが魔力を強める。
ミアも定着環へ両手を向ける。
「カインさん!」
「何?」
「こっちに残るって」
「もう一回自分で言ってください!」
「何で!」
「たぶん大事です!」
「またたぶん!」
残り。
21秒。
カイン。
歯を食いしばる。
そして。
叫ぶ。
「僕は!」
全員。
見る。
「僕は」
一拍。
「ここに残る!」
指輪。
光。
【自己定義強化】
定着率。
63%。
↓
78%。
成功率。
63%。
↓
79%。
ノア。
「上がった!」
セラ。
未来。
変わる。
「来ます!」
残り。
十二秒。
「七秒後!」
ノア。
「全員!」
魔力。
集中。
七。
六。
五。
エマ。
《名無し》。
震える。
レイン。
左手。
添える。
四。
三。
黒い糸。
はっきり。
見える。
二。
一。
「今!」
二人。
同時に。
振り下ろした。
《名無し》の刃が。
黒い糸へ。
触れる。
カァァァァァン――!
迷宮全体。
神造鍛冶の音。
響く。
レインの頭へ。
激痛。
――レイン。
――お前も。
――こちらへ。
レイン。
歯を食いしばる。
「俺が」
刃。
押し込む。
「どこにいるかは!」
エマも。
片腕。
全力。
「自分で!」
二人。
同時。
「決める!」
黒い糸。
ブツン。
切れた。
音。
消える。
次の瞬間。
カインの身体から。
凄まじい光が。
爆発した。
全員。
吹き飛ぶ。
◇◇◇
何秒。
経ったのか。
分からない。
レインが目を開けた時。
最初に見えたのは。
天井。
「……生きてる」
「そういう確認方法」
横から。
ガルド。
「やめろ」
「お前も生きてる?」
「ああ」
リリア。
セラ。
ミア。
ノア。
エマ。
全員。
無事。
レインはすぐ起き上がった。
「カイン!」
いない。
一瞬。
心臓。
冷える。
「失敗?」
その時。
背後。
「何で」
声。
「僕だけ確認が最後なの?」
レイン。
振り返る。
カイン。
立っている。
身体。
崩れていない。
黒い粒子も。
ない。
右手。
黒い指輪。
淡く。
光る。
レインの視界。
【個体名】
カイン。
【分類】
独立生命。
【種族】
――人間。
レイン。
何度も見る。
「人間?」
カイン。
自分を見る。
「僕も」
「それは驚いてる」
さらに。
【レベル】
1。
数秒。
全員。
沈黙。
ガルド。
「……弱っ」
カインの顔が。
引きつる。
「今の言葉」
「覚えておくからね」
レイン。
吹き出す。
「俺より弱い」
「すぐ追い越す」
「やってみろ」
「絶対」
その瞬間。
【現実層定着率】
100%。
完全定着。
成功。
カイン。
今度こそ。
この世界に。
一人の人間として。
存在している。
◇◇◇
そして。
レインの視界。
新しい表示。
【特殊条件達成】
境界分離個体の独立生命化。
【大量経験値獲得】
【実レベル】
56。
↓
59。
「……一気に三つ」
ノアが反応する。
「59?」
「ああ」
「あと一つで60」
レインの胸。
少し。
高鳴る。
実レベル60。
《名無し》の設計情報。
そして。
父親が。
さらに何を。
残したのか。
そこへ。
あと一つ。
だが。
休む時間は。
与えられなかった。
ゴォォォン――。
迷宮。
大きな鐘。
【灰月迷宮】
攻略進捗:47%。
【第三試練】
開始。
レイン。
本気で。
ため息。
「少しくらい休ませてくれ」
ガルド。
「迷宮に言え」
床の中央。
ゆっくり。
開く。
巨大な階段。
さらに。
地下。
暗闇。
その奥から。
声。
聞こえる。
「兄さん」
レインの身体。
止まった。
ルーク。
ではない。
もっと幼い。
記憶には。
ない。
でも。
胸が。
反応する。
カインも。
同時に。
顔を上げた。
二人。
目が合う。
「聞こえた?」
カイン。
「ああ」
もう一度。
声。
「兄さん」
今度は。
はっきり。
悲しそうな声。
レインの記憶には存在しない。
父親の記憶にも。
名前が残っていない。
七歳の時。
レインとカインが。
力を制御できず。
存在ごと。
食ってしまった。
第三の弟。
階段の下。
声。
続く。
「やっと」
一拍。
「僕がいたこと」
「思い出してくれた?」
レインとカイン。
二人とも。
何も言えなかった。
そして。
レインの視界。
【記憶領域】
第三子関連情報。
復元可能性。
――検出。
【復元条件】
第三試練を突破せよ。
その下。
もう一つ。
【注意】
第三試練では。
一度消失した存在と。
対面します。
レインは。
暗い階段を。
見つめた。
弟を。
自分が消した。
その事実から。
今度こそ。
逃げることはできない。
カインが。
隣へ立つ。
「これは」
「僕だけの罪じゃない」
レイン。
横を見る。
「何?」
カイン。
静かに。
階段を見る。
「あの時は」
「まだ」
「僕たちは一つだった」
「だから」
一拍。
「今度は」
「二人で行こう」
レインは。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
小さく頷く。
「ああ」
仲間たちも。
何も聞かず。
二人の後ろへ。
並ぶ。
レインは。
階段へ。
最初の一歩を。
踏み出した。
今度の試練は。
敵を倒すためではない。
失った弟と。
向き合うためのものだった。
――第四十三話 了――




