第四十一話 父の記憶
第四十一話 父の記憶
「前は――こいつらに任せる」
レインの支援が、七人へ広がった。
ガルド。
リリア。
セラ。
ミア。
ノア。
エマ。
そして。
少し離れた場所に立つ、父親だったもの。
黒い亀裂の向こうでは。
もう一人のレインが。
笑っている。
「昔の君なら」
「絶対に言わなかった」
レインは答えない。
代わりに。
仲間たちの状態を見る。
【ガルド】
防御状態:正常。
新装備同調率:18%。
【リリア】
魔力残量:83%。
【セラ】
未来視負荷:中。
【ミア】
薬品残量:74%。
【ノア】
戦場設計可能。
【エマ】
神造鍛冶師覚醒率:14%。
全員。
戦える。
そして。
レイン自身。
【実レベル】
54。
まだ。
60には届いていない。
「レイン」
父親だったものが言う。
「記憶を渡す」
「どうやって」
男は。
自分の胸へ手を当てた。
そこに。
淡い光。
「私そのものが」
「記憶の器だ」
「……全部?」
「全部ではない」
「またそれか」
レインの眉が寄る。
男は少し苦笑した。
「今回は隠しているのではない」
「本当に」
「全部は持っていない」
レインは黙って先を促す。
「私に残されたのは」
「お前が生まれてから」
「彼が死ぬまで」
「十八年間の記憶」
「それ以前は?」
「欠けている」
「なぜ」
「彼自身が」
一拍。
「捨てたからだ」
レインの表情が変わる。
「父親も」
「記憶を?」
「ああ」
「何のために」
男は。
黒い亀裂を見る。
その向こう。
もう一人のレイン。
「お前を」
「作るためだ」
◇◇◇
一瞬。
誰も。
理解できなかった。
「俺を」
「作る?」
レインの声。
低い。
「母さんから」
「生まれたんじゃないのか」
「肉体は」
「そうだ」
「なら」
「何を作った」
男。
少しだけ。
目を伏せる。
「中身」
その瞬間。
リリアが。
息を呑む。
ガルドも。
表情が変わる。
「魂……ってことか?」
父親だったもの。
「近い」
「でも」
「正確には違う」
レイン。
「じゃあ」
「何なんだ」
男。
一拍。
「成長核」
その言葉。
前にも。
聞いた。
エルシオン。
世界の生命には。
成長限界が。
書き込まれている。
人間なら。
50。
だが。
レインだけ。
ない。
「俺の」
「成長核を」
「父親が作った?」
「違う」
「では」
「見つけた」
空気。
変わる。
「どこで」
男。
答える。
「境界の外」
アレンがいれば。
今の言葉に。
反応したはず。
だが。
今。
アレンは入口。
ルークのところ。
レイン。
自分の胸を見る。
「俺の中に」
「境界外のものが」
「入ってる?」
「そうだ」
「いつ」
「生まれる前」
「誰が」
「父さんだ」
レインの拳が。
強く握られる。
「勝手に?」
男。
何も言わない。
「勝手に」
「俺の中へ」
「そんなものを入れたのか」
「違う」
「何が違う!」
男。
初めて。
強い声。
「お前は」
「それがなければ」
「生まれなかった!」
静寂。
母親の記録。
表情。
変わる。
レイン。
動けない。
「……何」
男。
目を閉じる。
「お前は」
「母親の腹の中で」
「一度」
一拍。
「死んだ」
ミア。
口元へ。
手。
「胎児の時に?」
「そうだ」
「理由は」
「成長核が」
「形成されなかった」
この世界の生命。
全てが持つ。
レベル。
職業。
才能。
その根幹。
それが。
レインには。
なかった。
「医者は」
「流産すると言った」
「母さんも」
「助からない可能性があった」
母親の記録。
静かに。
頷く。
「本当よ」
レイン。
母を見る。
「母さん」
「覚えてるの?」
「ええ」
「私は」
「その時の記憶も」
「持ってる」
男。
続ける。
「だから」
「彼は」
「探した」
「何を」
「代わりになる」
「成長核」
そして。
見つけた。
人間のものではない。
この世界のものでもない。
境界の外。
そこに。
漂っていた。
何か。
「それを」
「俺に入れた」
「そうだ」
「結果」
「お前は生まれた」
「でも」
男。
レインを見る。
「それは」
「人間に使うようなものではなかった」
◇◇◇
黒い亀裂の向こう。
もう一人のレインが。
口を開いた。
「ひどい言い方だね」
全員。
そちらを見る。
「僕は」
「ちゃんと」
「レインを生かした」
父親だったもの。
「黙れ」
「事実でしょ」
もう一人のレイン。
「君たちの世界では」
「死ぬしかなかった赤ん坊を」
「僕が」
「生かした」
レイン。
「お前が」
「俺の成長核?」
「一部」
「正確には」
「君と僕で」
「一つ」
レイン。
頭が。
痛む。
黒い亀裂。
向こう。
自分。
こちら。
自分。
父親は。
一つだった存在を。
分けた。
なら。
最初。
生まれた時。
完全だった?
「父親は」
「いつ俺を分けた」
男。
「七歳」
レインの目。
変わる。
「七歳まで」
「俺は」
「こいつと一つだった?」
「そうだ」
「何が起きた」
父親だったもの。
答える前。
もう一人のレイン。
笑う。
「僕が」
「初めて」
一拍。
「人を食べた」
全員。
固まる。
ガルド。
大盾。
強く握る。
「……食べた?」
「比喩?」
リリア。
顔色。
悪い。
もう一人。
「半分比喩」
「身体じゃない」
「じゃあ」
レイン。
「何を」
「才能」
一拍。
「レベル」
「記憶」
「全部」
レイン。
アビスの存在。
接触した世界の規則。
取り込み。
才能。
記憶。
生命。
全部。
「俺も」
「できる?」
もう一人。
「今は」
「できない」
「父親が」
「その力を」
「僕と一緒に」
「切り離したから」
ガルド。
低い声。
「誰を」
「食った」
もう一人。
少し。
笑顔。
消える。
「弟」
レイン。
完全に。
動けなくなった。
「……ルーク?」
「違う」
一瞬。
安堵。
でも。
次。
もっと。
悪い。
「僕たちには」
「もう一人」
「弟がいた」
レイン。
視界。
真っ赤。
【記憶領域】
家族情報。
強制反応。
【第三子関連】
状態――完全削除。
「……第三子」
声。
出ない。
自分。
ルーク。
そして。
もう一人。
誰か。
存在した。
「名前」
レイン。
「何て」
「言った」
もう一人のレイン。
「知らない」
「ふざけるな!」
「本当に」
「知らない」
父親だったもの。
拳。
震える。
初めて。
感情。
明確。
「お前が」
「食ったからだ」
もう一人。
黙る。
「名前も」
「記憶も」
「存在も」
「全部」
父親だったもの。
「お前が」
「取り込んだ」
「だから」
「誰も」
「思い出せない」
母親の記録。
涙。
流れる。
でも。
何で泣いているか。
本人も。
分からない。
「私」
「子供が」
「三人?」
男。
母を見る。
「そうだ」
母。
頭。
押さえる。
「思い出せない」
「当然だ」
「存在を」
「食われた」
レイン。
目。
閉じる。
七歳。
自分。
弟。
もう一人。
何も。
ない。
記憶。
空白。
父親は。
それを見て。
恐れた。
だから。
レインを。
二つに。
分けた。
「……そういうことか」
父親だったもの。
「何が」
「父さんが」
「俺を」
「怖がった理由」
男。
答えない。
レイン。
自分で。
理解する。
世界を。
食う。
才能を。
食う。
存在を。
食う。
しかも。
本人。
覚えていない。
そんな子供。
怖い。
当然。
「でも」
レイン。
もう一人を見る。
「お前は」
「今」
「覚えてるんだろ」
「何を」
「弟を」
もう一人。
「記録としては」
「父親に」
「教えられた」
「自分で?」
「覚えてない」
レイン。
「……」
完全な悪意。
ではない。
七歳。
力。
制御不能。
事故。
それでも。
結果。
弟。
一人。
消えた。
レイン。
胸。
重い。
「俺が」
「殺した」
ガルド。
「違う」
即答。
レイン。
見る。
ガルド。
「七歳だぞ」
「能力も」
「何も知らなかった」
「でも」
「結果は」
「結果と」
ガルド。
強く。
「責任は」
「同じじゃねえ」
レイン。
黙る。
リリアも。
「今のレインさんが」
「同じことを」
「するかどうか」
「それが」
「大事だと思います」
セラ。
「だから」
「統合を」
「拒否したんですよね」
レイン。
仲間を見る。
また。
助けられる。
自分。
一人なら。
ここで。
沈んでいた。
◇◇◇
父親だったものが。
胸の光を。
取り出す。
「だから」
「記憶を」
「渡す」
レイン。
「待て」
「何だ」
「受け取ったら」
「どうなる」
「彼の」
「十八年間の記憶が」
「お前に戻る」
「人格は?」
「混ざらない」
「本当に」
「保証する」
「どうやって」
男。
少し笑う。
「私は」
「彼の記憶から生まれた」
「だから」
「それくらいは」
「分かる」
レイン。
手。
伸ばす。
でも。
止まる。
「父さんは」
「俺を」
「愛してた?」
母親の記録。
目。
大きくなる。
男。
少し。
寂しそうに。
笑う。
「その答えを」
「言葉で」
「聞くのか」
レイン。
「……」
「記憶を」
「見れば」
「分かる」
レイン。
光。
受け取る。
触れる。
その瞬間。
世界。
消えた。
◇◇◇
最初に。
聞こえたのは。
泣き声。
赤ん坊。
レイン。
父親。
腕。
震えている。
「生きてる」
母。
疲れ切った顔。
それでも。
笑う。
「生きてるわ」
父。
泣く。
声。
出さず。
ただ。
泣く。
「ありがとう」
誰に。
言った。
母?
赤ん坊?
それとも。
境界の外から。
持ってきた。
何か?
記憶。
飛ぶ。
三歳。
レイン。
転ぶ。
泣かない。
父。
遠くから。
見ている。
「泣いていいんだぞ」
子供。
「痛くない」
嘘。
父。
気付く。
抱き上げる。
「強いな」
でも。
その夜。
日記。
父。
書く。
――この子は痛みを我慢しすぎる。
――誰にも頼らない。
――私に似たのなら、最悪だ。
記憶。
五歳。
弟。
ルーク。
赤ん坊。
レイン。
抱く。
怖々。
「落としそう」
父。
「支えろ」
「どこ」
「頭」
「重い」
「それくらい持て」
母。
怒る。
「五歳の子に何言ってるの!」
父。
反省。
記憶。
そして。
もう一人。
赤ん坊。
顔。
見えない。
存在。
映像が。
欠落。
でも。
父親の感情だけ。
残っている。
愛しい。
三人目。
間違いなく。
いた。
七歳。
事件。
父。
部屋へ。
走る。
そこには。
レイン。
一人。
泣いている。
「父さん」
「弟が」
「弟が」
何を。
言っているか。
分からない。
部屋。
本来。
子供が。
もう一人。
いるはず。
でも。
父。
記憶から。
消える。
その瞬間。
恐怖。
自分の頭の中で。
息子が。
消えた。
名前。
思い出せない。
顔。
思い出せない。
なのに。
喪失感だけ。
残る。
父。
レインを見る。
子供。
腕。
黒い文字。
境界。
父。
理解。
「私が」
「間違えた」
自分が。
境界外の成長核を。
息子へ入れた。
自分が。
この力を。
生んだ。
「レイン」
子供。
泣く。
「父さん」
「僕」
「何したの」
父。
答えられない。
その夜。
母。
眠る。
父。
一人。
レインの横。
「ごめん」
何度も。
謝る。
でも。
息子。
眠っている。
聞いていない。
記憶。
分離。
手術。
魔法。
境界術。
何年も。
研究。
そして。
レイン。
二つに。
分かれる。
こちら。
優しい。
支援。
共感。
仲間を求める。
向こう。
捕食。
支配。
境界。
成長。
父。
どちらも。
息子。
どちらも。
捨てられない。
でも。
選ぶ。
「ごめん」
また。
同じ。
向こうを。
封印。
こちら。
記憶。
消す。
弟。
ルーク。
保存体。
別の場所へ。
母。
記憶操作。
そして。
レインへ。
仮姓。
アーク。
世界から。
隠す。
父。
日記。
――私は父親として最低だ。
――息子の記憶を奪い。
――家族を奪い。
――力を奪った。
――それでも。
――生きてほしい。
――普通に。
――誰かを好きになり。
――仲間を作り。
――自分が怪物だと知らず。
――笑ってほしい。
レイン。
記憶の中。
動けない。
次。
十八年前。
父。
アレン。
当時。
十二号。
戦う。
命令。
父を殺せ。
父。
抵抗。
でも。
最後。
わざと。
胸。
開ける。
十二号の攻撃。
心臓。
貫く。
倒れる。
十二号。
驚く。
父。
最後。
言う。
「お前は」
「道具じゃない」
「いつか」
「自分で選べ」
心停止。
だが。
その後。
蘇生。
三日。
父。
最後。
母の元へ。
「もう」
「時間がない」
母。
泣く。
「レインは」
「大丈夫」
父。
「分からない」
「でも」
「もう」
「私が」
「近くにいる方が危険だ」
「何で」
「王国魔術院が」
「気付いた」
「境界も」
「こちらを見ている」
父。
母。
抱き締める。
「ごめん」
「あなた」
「ごめん」
「何回言うの」
母。
泣きながら。
笑う。
「帰ってきて」
父。
答えない。
そして。
境界。
自分自身を。
封印。
肉体。
死亡。
記憶。
一部。
保存。
最後。
父。
一人。
暗闇。
まだ。
幼い。
レインの幻。
見る。
「レイン」
「いつか」
「私を」
「恨め」
一拍。
「それでいい」
「でも」
「生きろ」
記憶。
終わる。
◇◇◇
「……」
レイン。
目。
開く。
頬。
涙。
自分で。
気付いていなかった。
ガルドたち。
何も。
聞かない。
レイン。
父親だったものを見る。
いや。
もう。
姿。
薄い。
「消えるのか」
男。
「記憶を」
「渡したから」
「そうか」
「レイン」
「何」
男。
少し。
笑う。
「彼は」
「お前に」
「許してほしいとは」
「思っていなかった」
レイン。
「知ってる」
記憶。
全部。
見た。
父。
後悔。
恐怖。
愛情。
間違い。
全部。
「俺」
レイン。
涙。
拭く。
「父さんを」
「許せるか」
「分からない」
男。
「それでいい」
「でも」
レイン。
少し。
笑う。
「嫌いには」
「なれないみたいだ」
男。
目。
閉じる。
「それを」
「聞けただけで」
「十分だ」
身体。
光。
崩れる。
最後。
レイン。
「父さん」
男。
止まる。
「お前を」
「父さんって」
「呼んでいいのか」
男。
少し。
困ったように。
「私は」
「彼ではない」
レイン。
「でも」
「父さんの記憶がある」
「……」
「なら」
「少しくらい」
「いいだろ」
男。
笑う。
「好きにしろ」
レイン。
「父さん」
男の目。
涙。
一瞬。
「……ああ」
そして。
消えた。
◇◇◇
同時。
レインの視界。
【父親記憶】
復元率:71%。
【経験値獲得】
特殊条件達成。
大量。
【実レベル】
54。
↓
56。
レイン。
「二つ」
ノア。
「また上がったか」
「ああ」
「60まで」
「あと四」
その瞬間。
黒い亀裂。
大きく。
開く。
もう一人のレイン。
さっきまでの。
笑顔。
ない。
「記憶を」
「受け取ったんだ」
レイン。
「ああ」
「なら」
「分かったよね」
「何が」
「僕が」
一拍。
「生まれた理由」
レイン。
「俺を」
「生かすため」
「そう」
「そして」
もう一人。
両手。
広げる。
「僕は」
「生きたい」
レイン。
表情。
変わる。
今まで。
敵。
封印対象。
危険。
そう。
思っていた。
でも。
向こうも。
自分。
切り捨てられた。
七歳から。
ずっと。
閉じ込められた。
「だから」
もう一人のレイン。
「君を」
「食べる」
空気。
凍る。
「統合じゃないのか」
「気が変わった」
目。
冷たい。
「君は」
「僕を」
「選ばない」
「仲間を」
「選ぶ」
「なら」
「僕も」
「自分で」
「選ぶ」
レイン。
支援。
構える。
「何を」
もう一人。
笑う。
「君を消して」
「僕が」
「レインになる」
黒い亀裂。
完全に。
開く。
その向こうから。
もう一人のレイン。
一歩。
こちらへ。
踏み出した。
【警告】
【分離個体】
現実層侵入。
【対象レベル】
――測定不能。
ノア。
《生還経路》。
瞬間。
顔色。
変わる。
「レイン」
「何」
「全員生還」
一拍。
「0.8%」
ガルド。
大盾。
前。
「上等」
リリア。
杖。
構える。
「ゼロじゃありません」
セラ。
未来視。
「見ます」
ミア。
薬。
取り出す。
「全部使います!」
エマ。
未完成の《名無し》。
右手。
握る。
レイン。
仲間を見る。
父親の記憶。
戻った。
そして。
分かった。
父は。
一人で。
全部。
決めた。
だから。
失敗した。
なら。
自分は。
同じことを。
しない。
「ノア」
「何」
「0.8を」
「100にするぞ」
ノア。
一瞬。
笑う。
「無茶だ」
「知ってる」
ガルド。
「いつものことだ」
レイン。
笑う。
そして。
全員へ。
支援。
【完全支援】
発動。
「俺は」
「父さんとは」
「違う」
もう一人のレイン。
「何が」
レイン。
七人。
見る。
「一人で」
「決めない」
光。
全員を。
包む。
「こいつらと」
一拍。
「一緒に」
「お前を」
「助ける」
もう一人のレイン。
完全に。
動きを止めた。
「……助ける?」
「ああ」
「僕は」
「君を食べるって」
「聞いた」
「なら」
「どうして」
レイン。
少し。
笑う。
「お前も」
一拍。
「俺だから」
その言葉。
もう一人のレインの。
表情を。
初めて。
崩した。
――第四十一話 了――




