第三十七話 忘れられた弟
第三十七話 忘れられた弟
「兄さん」
未来の中で。
少年が。
そう呼んだ。
レインは。
動けなかった。
【記憶領域】
家族情報。
異常反応。
【兄弟関連情報】
状態――封印。
「……兄弟」
ガルドが。
レインを見る。
「お前」
「兄弟いないって」
「ああ」
レイン。
自分でも。
そう思っていた。
ずっと。
兄弟はいない。
一人っ子。
それが。
自分の記憶。
だった。
だが。
表示は。
違う。
「忘れてた」
小さく。
呟く。
リリア。
「本当に」
「弟さんが?」
「分からない」
レイン。
頭。
押さえる。
「でも」
「記憶が」
「封印されてる」
アレンの表情。
変わる。
「父親だけでは」
「なかったのですね」
「ああ」
「家族ごと」
ノア。
静かに。
「消されてる可能性がある」
レイン。
答えない。
でも。
その言葉。
正しい気がした。
父親。
記憶封印。
兄弟。
同じ。
「行こう」
レインが。
歩き出す。
ガルド。
「待て」
「何」
「相手が」
「本当に弟か」
「まだ分からねえだろ」
「分かってる」
「なら」
レイン。
止まる。
「だから」
振り返る。
「確かめる」
ガルド。
数秒。
そして。
頷く。
「そうだな」
◇◇◇
ベルク北方。
未攻略迷宮。
名前。
《灰月迷宮》。
危険度。
D。
十年以上。
未攻略。
だが。
魔物被害。
少ない。
理由。
誰も。
最深部まで。
行けない。
入口。
石造り。
古い。
苔。
大量。
そして。
その前。
少年。
一人。
座っている。
未来視。
セラの見た通り。
年齢。
十歳ほど。
黒髪。
細い身体。
白い服。
武器なし。
足。
裸足。
少年は。
地面へ。
小石。
並べている。
八人が。
近づく。
少年。
顔。
上げる。
そして。
笑う。
「遅かったね」
レイン。
止まる。
少年。
立つ。
「兄さん」
ガルド。
盾。
前へ。
リリア。
杖。
セラ。
弓。
ノア。
警戒。
ミア。
エマ。
後ろ。
アレン。
少年を見る。
そして。
表情。
変わる。
「……レイン」
「何」
「この子」
少年。
アレンを見る。
「久しぶり」
アレン。
身体。
僅かに。
震える。
「知っているのか?」
レイン。
アレン。
答えない。
少年。
笑う。
「十二号」
アレンの目。
鋭くなる。
「その呼び方は」
一拍。
「やめてください」
少年。
少し。
驚く。
「へえ」
アレン。
「今は」
「アレンです」
少年。
しばらく。
見る。
そして。
笑う。
「名前」
「もらったんだ」
アレン。
「自分で決めました」
少年。
一瞬。
表情。
止まる。
「自分で?」
「ああ」
レインが答える。
「こいつが」
「自分で決めた」
少年。
レインを見る。
「やっぱり」
「兄さんは」
「変わらないね」
レイン。
「俺を」
「本当に知ってるのか」
少年。
「知ってるよ」
「名前は」
「レイン・アーク」
「年齢」
「三十」
「好きな食べ物」
少年。
少し。
笑う。
「煮込み料理」
ガルド。
レインを見る。
「合ってる?」
「……ああ」
少年。
さらに。
「子供の頃」
「寝る前に」
「必ず」
「窓を二回確認してた」
レイン。
顔。
変わる。
誰にも。
話したことがない。
「何で」
「知ってる」
少年。
答える。
「一緒に」
「寝てたから」
レインの頭。
痛み。
突然。
「っ……!」
リリア。
「レインさん!」
【記憶領域】
兄弟情報。
強制反応。
【封印維持】
警告。
【刺激源】
対象少年。
一致率。
17%。
28%。
43%。
上昇。
レイン。
少年を見る。
「……名前」
「何」
「お前の名前」
少年。
少し。
寂しそうに。
「やっぱり」
「忘れてるんだ」
レイン。
「教えてくれ」
少年。
一拍。
「ルーク」
視界。
爆発。
【記憶照合】
名前。
ルーク。
一致。
【関係】
弟。
レイン。
膝。
崩れる。
「兄さん!」
ガルド。
支える。
「レイン!」
頭。
中。
映像。
幼い。
レイン。
その隣。
小さい子供。
「兄さん」
声。
同じ。
父親。
後ろ姿。
母。
笑う。
四人。
家族。
そして。
突然。
黒。
警告。
【記憶封印】
破損率。
2%。
3%。
4%。
レイン。
息。
荒い。
「ルーク」
少年。
笑う。
「やっと」
「呼んだ」
◇◇◇
静寂。
だが。
ノアだけは。
警戒を解いていない。
「質問」
少年。
ルーク。
見る。
「何」
「なぜ」
「ここにいる」
ルーク。
「待ってた」
「何年」
「十年くらい」
全員。
止まる。
ガルド。
「見た目」
「十歳だぞ」
「そうだね」
「十年間」
「変わってないのか」
「うん」
レイン。
「どういうことだ」
ルーク。
少し。
困ったように。
「説明」
「難しい」
アレン。
前へ。
「私が」
「聞きます」
ルーク。
見る。
「何」
「あなたは」
「完成個体ですか」
空気。
変わる。
レイン。
「完成個体?」
ルーク。
笑顔。
消える。
「違う」
アレン。
「では」
「試作個体」
「違う」
「境界適合実験」
「違う」
アレン。
目。
細くなる。
「なら」
「何です」
ルーク。
少し。
黙る。
そして。
「保存体」
全員。
「……保存?」
ルーク。
自分の胸。
触れる。
「僕は」
「成長しない」
「死なない」
「でも」
「強くもならない」
レイン。
「誰が」
「そうした」
ルーク。
兄を見る。
「父さん」
レイン。
完全に。
止まる。
「……父さん?」
「うん」
「なぜ」
「僕を」
ルーク。
少し。
寂しそうに。
「兄さんから」
「守るため」
沈黙。
レイン。
理解できない。
「俺から?」
「そう」
「何で」
ルーク。
「兄さんが」
「悪いわけじゃない」
「じゃあ」
「何だ」
ルーク。
少し。
迷う。
「父さんは」
「兄さんが」
「いつか」
一拍。
「僕を」
「取り込むかもしれないって」
誰も。
動けない。
レイン。
「……取り込む?」
ルーク。
頷く。
「僕だけじゃない」
「才能」
「レベル」
「能力」
「記憶」
レイン。
アビスの言葉。
規則を。
取り込む。
境界外存在。
頭。
繋がる。
「待て」
「俺が」
「何なんだ」
ルーク。
答えない。
レイン。
一歩。
「知ってるんだろ」
「少しだけ」
「なら」
「教えろ」
ルーク。
兄を見る。
そして。
「父さんに」
「止められてる」
「何を」
「兄さんへ」
「真実を話すこと」
レイン。
拳。
握る。
「またか」
父。
記憶封印。
アレン。
言えない。
ルーク。
言えない。
「俺の人生」
「父親に」
「全部決められてるみたいだな」
ルーク。
表情。
曇る。
「違う」
「何が」
「父さんは」
一拍。
「兄さんを」
「自由にするために」
「全部やった」
レイン。
笑えない。
「記憶を消して?」
「そう」
「弟を隠して?」
「そう」
「成長を遅くして?」
「そう」
「何が自由だ」
声。
強くなる。
ルーク。
黙る。
レイン。
「俺は」
「何も知らなかった」
「父親も」
「弟も」
「自分の力も」
「全部」
「勝手に」
「消されてた」
リリア。
レインを見る。
でも。
止めない。
今は。
言わせる。
ルーク。
小さな声。
「ごめん」
レイン。
「お前が謝るな」
「でも」
「僕も」
「知ってた」
「何を」
「兄さんが」
「一人で」
「生きてたこと」
レイン。
止まる。
「知ってた?」
「うん」
「なのに」
「会いに来なかった?」
ルーク。
目。
伏せる。
「会えなかった」
「なぜ」
「僕が」
「外に出ると」
迷宮。
見る。
「兄さんに」
「見つかるから」
「今」
「見つかってるだろ」
「違う」
ルーク。
「兄さんじゃない」
一拍。
「中の」
「もう一人の兄さん」
レイン。
視界。
一瞬。
暗くなる。
アビス。
声。
――お前が捨てたもの。
――お前だ。
レイン。
「……あいつか」
ルーク。
顔。
変わる。
「会ったの?」
「アビスで」
「繋がった」
ルーク。
一気に。
青ざめる。
「駄目だ」
「何が」
「兄さん」
「絶対に」
「もう繋がらないで」
「理由」
「駄目」
「理由を言え!」
ルーク。
震える。
「戻ってくるから」
「誰が」
ルーク。
兄を見る。
「本当の」
一拍。
「レイン・アークが」
◇◇◇
その言葉。
全員。
理解できない。
レイン。
「俺は」
「ここにいる」
ルーク。
首を横に振る。
「兄さんは」
「兄さんだよ」
「でも」
「全部じゃない」
「何だそれ」
ルーク。
頭。
抱える。
「説明できない」
「父さんから」
「制限が」
「かかってる」
アレン。
「なら」
「私が推測します」
ルーク。
見る。
アレン。
「レインには」
「封印領域がある」
「はい」
ルーク。
答えた。
「その中に」
「別人格?」
「違う」
「能力?」
「違う」
「記憶?」
ルーク。
「それも」
「一部」
アレン。
考える。
「では」
ルーク。
先に。
「存在」
静寂。
「兄さんは」
「自分の一部を」
「切り離されてる」
レイン。
「誰に」
「父さん」
また。
父。
レイン。
目。
閉じる。
「父親は」
「俺に」
「何をした」
ルーク。
答えようとする。
その瞬間。
首。
黒い文字。
浮かぶ。
ルーク。
「っ!」
レイン。
「ルーク!」
少年。
膝。
首。
押さえる。
【情報制限違反】
【保存体】
制裁。
アレン。
「停止機構!」
駆け寄る。
「触るな!」
ルーク。
叫ぶ。
アレン。
止まる。
「兄さん」
「大丈夫」
「全然大丈夫じゃない!」
ルーク。
笑う。
「これ」
「死なないから」
「痛いだけ」
レイン。
その言葉。
嫌悪。
「そんなの」
「大丈夫って言わない」
アレン。
レインを見る。
少し。
反応。
自分が。
言われた言葉。
ルーク。
苦しみながら。
笑う。
「兄さん」
「変わったね」
「何が」
「昔は」
「もっと」
一拍。
「一人で」
「全部」
「抱えてた」
レイン。
仲間。
見る。
今。
八人。
「そうかもな」
◇◇◇
数分後。
ルーク。
落ち着く。
レイン。
「迷宮」
「お前が」
「十年」
「攻略できなくしてたのか」
ルーク。
頷く。
「うん」
ガルド。
「理由は」
「僕のところまで」
「来られないように」
「誰を」
「みんな」
「でも」
ルーク。
レインを見る。
「兄さんだけは」
「いつか来る」
「分かってた」
ノア。
「なぜ」
ルーク。
「迷宮が」
「兄さんの」
「レベルに」
「反応するから」
レイン。
目。
変わる。
「攻略条件」
ルーク。
「レベル」
「いくつ」
「本当の?」
レイン。
「そう」
ルーク。
「50以上」
全員。
止まる。
この世界。
最高。
50。
つまり。
普通の人間には。
攻略不能。
十年どころではない。
最初から。
レイン専用。
「だから」
ノア。
「Dランク迷宮」
「魔物が強いわけじゃない」
ルーク。
「うん」
「入口だけ」
「誰でも入れる」
「でも」
「途中から」
「50を越えないと」
「進めない」
レイン。
「俺は52」
ルーク。
笑う。
「知ってる」
レイン。
「何で」
「迷宮が」
「教えてくれる」
「なら」
「ここで」
「60まで」
ルーク。
首。
横。
「無理」
「何で」
「普通の経験値」
「入らない」
「じゃあ」
「何がある」
ルーク。
迷宮。
見る。
「兄さんの」
一拍。
「失くしたもの」
レイン。
表情。
変わる。
「何」
「一つ」
「戻せる」
「記憶?」
「かもしれない」
「能力?」
「かもしれない」
「分からないのか」
「うん」
ルーク。
「迷宮が」
「選ぶから」
ノア。
「危険度」
「兄さん以外は」
「低い」
「兄さんは」
ルーク。
沈黙。
「高い」
ガルド。
「どれくらい」
ルーク。
レインを見る。
「死ぬかも」
全員。
表情。
変わる。
レイン。
少し。
笑う。
「なら」
「いつも通りだな」
リリア。
「いつも通りにしないでください」
セラ。
「生還率見ましょう」
ノア。
すでに。
《生還経路》。
数秒。
顔。
変わる。
「……」
レイン。
「どう」
ノア。
「迷宮へ」
「八人で入る」
「生還率」
一拍。
「91%」
ガルド。
「高いな」
ノア。
「でも」
「レインだけ」
「別」
レイン。
「俺」
ノア。
「47%」
ミア。
「低い!」
エマ。
「半分以下じゃないですか!」
アレン。
「行くべきではありません」
レイン。
「行く」
全員。
「即答するな!」
レイン。
ルークを見る。
「弟が」
「十年」
「待ってた」
一拍。
「行く理由として」
「十分だ」
ルーク。
目。
少し。
潤む。
「兄さん」
「何」
「僕」
「一緒に」
「行けない」
レイン。
「何で」
「この場所から」
「出られない」
「保存体だから?」
「うん」
レイン。
迷宮。
見る。
「なら」
「それも」
「ついでに」
「何」
「壊す」
ルーク。
完全に。
固まる。
「……え?」
レイン。
笑う。
「お前を」
「ここから」
「連れ出す」
ルーク。
「無理だよ」
「何で」
「父さんが」
「作った」
「封印だから」
レイン。
「父親が作ったなら」
一拍。
「息子が壊しても」
「家族内の問題だ」
ガルド。
吹き出す。
「理屈が雑すぎる!」
リリア。
「でも」
「レインさんらしいです」
アレン。
「家族内で」
「境界封印を壊すのは」
「普通ではありません」
ミア。
「普通じゃなくてもいいんですよ!」
アレン。
「最近」
「その言葉が便利すぎませんか」
エマ。
小さく。
笑う。
ルーク。
全員。
見る。
そして。
初めて。
声を出して。
笑った。
「兄さん」
「本当に」
「変な仲間」
レイン。
「だろ」
「うん」
「でも」
ルーク。
少し。
羨ましそうに。
「いいな」
レイン。
その顔。
見る。
「じゃあ」
「お前も」
ルーク。
「何」
「仲間になればいい」
全員。
ガルド。
「また!?」
ノア。
「弟まで勧誘するのか」
レイン。
「駄目?」
リリア。
「家族なので」
「勧誘というより」
「合流では?」
ミア。
「弟さん歓迎会しましょう!」
エマ。
「まだ迷宮から出られません」
アレン。
ルークを見る。
「名前があるだけ」
「私より先輩ですね」
ルーク。
アレンを見る。
そして。
笑う。
「アレン」
「何です」
「よろしく」
アレン。
一瞬。
止まり。
「……はい」
「よろしくお願いします」
◇◇◇
《灰月迷宮》。
入口。
レインたち。
八人。
ルーク。
入口。
見送る。
レイン。
振り返る。
「行ってくる」
ルーク。
「うん」
「待ってろ」
「十年」
「待ったから」
一拍。
「もう少しくらい」
「待てる」
レイン。
少し。
胸。
痛む。
「今度は」
「そんなに」
「待たせない」
迷宮。
入る。
一歩。
二歩。
石壁。
普通。
魔物。
なし。
百メートル。
分岐。
ノア。
「右」
進む。
さらに。
地下。
階段。
そして。
巨大な。
扉。
文字。
【進入条件】
レベル50以上。
ガルド。
触る。
反応なし。
リリア。
反応なし。
セラ。
ミア。
ノア。
エマ。
アレン。
全員。
開かない。
最後。
レイン。
手。
置く。
【個体確認】
レイン・アーク。
【実レベル】
52。
【条件達成】
扉。
ゴゴゴゴ――。
開く。
奥。
真っ暗。
そして。
声。
レインだけに。
聞こえる。
「ようやく」
「戻ってきた」
レイン。
止まる。
この声。
アビス。
ではない。
もっと。
近い。
もっと。
懐かしい。
そして。
視界。
【封印領域】
第一層。
【解除対象】
選択してください。
項目。
三つ。
【父親の記憶】
【攻撃能力】
【失われた名前】
レイン。
息。
止まる。
「……失われた」
「名前?」
自分の名前は。
レイン・アーク。
そう。
思っていた。
だが。
表示。
【警告】
現在の名称。
レイン・アーク。
――仮登録。
レインは。
完全に。
動けなくなった。
自分の名前さえ。
本当ではない。
――第三十七話 了――




