第三十話 境界反転
第三十話 境界反転
「《境界反転》」
十二号が。
指を一本。
上げた。
その瞬間。
世界が。
裏返った。
◇◇◇
音が消えた。
色が消えた。
空も。
森も。
地面も。
全てが。
白と黒だけになる。
「……何だ、これ」
ガルドが呟く。
声は聞こえる。
だが。
遠い。
まるで。
水の底で話しているようだった。
レインは周囲を見る。
木々は。
そこにある。
岩もある。
焚き火も。
仲間たちも。
だが。
何かが違う。
影。
全ての影が。
物体とは逆方向へ伸びている。
リリアが。
自分の杖を見る。
「魔力が……」
「どうした?」
「流れが逆です」
「逆?」
「魔力が身体から出るんじゃなくて」
「外から」
「身体へ戻ってきます」
ミアも。
薬瓶を見る。
「私の薬も」
瓶の中。
液体が。
下ではなく。
上へ溜まっている。
セラ。
未来視。
「……見えません」
レインが振り返る。
「未来が?」
「違います」
セラの顔。
青ざめる。
「未来じゃなくて」
「過去が見えます」
レインの表情が変わる。
「過去?」
「はい」
「三秒前」
「五秒前」
「十秒前」
セラの瞳に。
先ほどまでの出来事が。
逆向きに流れている。
そして。
ノア。
《生還経路》。
「……道がない」
ガルドが聞く。
「またか?」
「違う」
ノアが。
周囲を見る。
「道がないんじゃない」
一拍。
「全部が道になってる」
「意味が分からん」
「俺もだ」
その時。
レインの視界。
【環境解析】
――失敗。
再解析。
【現在位置】
境界層。
【世界座標】
未定義。
【警告】
通常法則。
一部停止。
「……境界層」
レインが呟く。
十二号だけが。
普通に立っている。
その向こう。
王国魔術院。
三十七人。
全員。
動けない。
いや。
動いている。
だが。
一歩進んでは。
一歩戻る。
剣を抜いては。
鞘へ戻る。
魔法を放とうとしては。
魔力が身体へ戻る。
行動が。
成立していない。
「何をした」
レインが十二号へ聞く。
「境界を」
十二号が答える。
「反転させました」
「説明になってない」
「こちら側では」
「原因が先」
「結果が後」
十二号が。
三十七人を見る。
「今は」
「一部だけ」
「逆です」
ガルドが。
顔をしかめる。
「つまり?」
ミアが。
少し考える。
「殴った後に」
「殴る?」
「もっと分からなくなったぞ」
「私もです!」
十二号が。
僅かに笑った。
「簡単に言えば」
「彼らは」
「攻撃できません」
「攻撃という結果へ」
「原因が到達できないからです」
レインは。
三十七人を見る。
世界最高クラスの兵士。
それが。
誰一人。
十二号へ近づけない。
「なら」
レイン。
「お前は?」
十二号が。
こちらを見る。
「私は」
一歩。
歩く。
普通に。
「この世界の法則に」
「完全には属していません」
その言葉。
レインの視界。
【十二号】
境界適合率:82%。
「零号は?」
十二号。
少し沈黙。
「百を越えています」
「百?」
「だから」
「制御できない」
零号。
境界適合率。
100%以上。
つまり。
人間でありながら。
こちら側の存在ではない。
「じゃあ」
レインは。
自分を見る。
「俺は?」
十二号の表情が。
僅かに変わった。
「知りたいですか?」
「ああ」
「今は」
「知らない方がいい」
「またそれか!」
十二号。
少し笑う。
「あなたの父親も」
「同じことを言いました」
レインの表情が。
止まる。
「父親?」
「はい」
「父親は」
「境界を知っていた?」
「知っていました」
「どこまで」
「私より」
一拍。
「ずっと深く」
レインの拳。
握られる。
「なら教えろ」
「できません」
「なぜ!」
「今」
十二号が。
三十七人を見る。
「それどころではありません」
◇◇◇
王国魔術院。
三十七人。
その中央。
一人だけ。
動き始めた。
黒い仮面。
胸元。
金色の紋章。
他とは違う。
レイン。
解析。
【対象】
人間。
レベル:50。
職業。
《境界術師》。
「十二号」
男が言う。
声。
正常。
「解除しろ」
十二号の目。
僅かに細くなる。
「……動けるのですか」
「お前だけが」
「境界術を使えると思うな」
男が。
右手を上げる。
指輪。
黒。
【境界固定具】
「固定」
パキン。
音。
世界に。
色が戻り始める。
十二号の表情。
初めて。
険しくなる。
「レイン」
「何だ」
「予定変更です」
「何の予定だ!」
「逃げてください」
「お前は?」
「残ります」
即答。
「駄目だ」
十二号が。
レインを見る。
「……何?」
「全員で逃げる」
「無理です」
「ノア!」
レインが叫ぶ。
ノア。
《生還経路》。
「待て!」
道。
無数。
そこから。
絞る。
「十二号込みで検索!」
「やってる!」
一本。
二本。
消える。
三本。
四本。
そして。
「ある!」
ノアが叫ぶ。
「全員生還!」
十二号の表情が。
変わる。
「あり得ない」
「あるんだよ!」
レイン。
《完全戦場解析》。
ノアの道。
接続。
【全員生還経路】
達成率:11%。
「……低い」
リリア。
「でも」
セラ。
「ゼロじゃない」
ガルド。
笑う。
「十分だ」
ミア。
「十一%で十分なんですか!?」
「ゼロより十一倍高い!」
「計算おかしくないですか!?」
レイン。
少し笑う。
「いつも通りだ」
十二号が。
六人を見る。
理解できない。
そんな顔。
「なぜ」
「何が」
「私は」
十二号。
「あなたの父親を殺した」
「知ってる」
「あなたを回収しに来た」
「それも聞いた」
「なら」
「なぜ私を助ける」
レインは。
十二号を見る。
「お前」
「さっき言っただろ」
「何を」
「二度目は」
一拍。
「間違えないって」
十二号の目が。
少し大きくなる。
「だったら」
「一回くらい」
「信じてみる」
沈黙。
十二号。
小さく。
息を吐く。
「……本当に」
「彼に似ています」
「父親に?」
「はい」
レインが。
一歩近づく。
「だったら」
「生きて帰って」
「全部話せ」
十二号は。
答えなかった。
ただ。
初めて。
本当に。
笑った。
「承知しました」
◇◇◇
「境界固定」
敵の術師。
世界。
完全に戻る。
色。
音。
魔力。
未来。
全て。
正常。
その瞬間。
三十六人。
一斉に動く。
「来る!」
セラ。
矢。
三本。
放つ。
敵。
回避。
「ガルド!」
「おう!」
盾。
ない。
ガルドは。
代わりに。
ミアが修理途中だった。
巨大な金属板を持つ。
「これ盾じゃねえぞ!」
「元盾です!」
「元って何だ!」
ドォン!
剣。
受ける。
「重い!」
「車輪付けます!?」
「今はいらん!」
リリア。
魔法。
《アイス・ウォール!》
氷壁。
敵。
分断。
ノア。
「右に七!」
「左に九!」
「中央十八!」
「合計合わなくないですか!」
ミア。
「残りは上だ!」
レインが叫ぶ。
全員。
上を見る。
木。
枝。
六人。
「降ってくるぞ!」
ガルド。
金属板。
上。
ドドドドン!
「重い!」
「頑張ってください!」
「お前も持て!」
「無理です!」
レイン。
支援。
《筋力強化》。
ガルド。
《魔力効率》。
リリア。
《集中》。
セラ。
《感覚共有》。
全員。
そして。
十二号。
レインは。
一瞬。
迷う。
支援できるのか。
対象。
十二号。
【支援可能】
「……いける」
《能力増幅》。
十二号。
その瞬間。
十二号の表情が。
変わった。
「これは……」
【境界適合率】
82%。
↓
84%。
十二号が。
レインを見る。
「何をした」
「支援」
「私に?」
「ああ」
「やめてください!」
初めて。
十二号が。
大声を出した。
「何で!」
「私を強化すると」
十二号の腕。
黒い文字。
浮かぶ。
【境界】
「境界側へ」
「近づきすぎる!」
レイン。
即座に解除。
【支援解除】
境界適合率。
84%。
83%。
82%。
「悪い!」
「普通の人間と同じに考えないでください!」
「先に言え!」
「普通は支援されません!」
「俺の周り普通じゃない奴ばっかりなんだよ!」
ガルド。
戦いながら。
「それは間違いねえ!」
「ガルドさんまで!」
一瞬。
十二号。
笑った。
その瞬間。
敵の境界術師。
「随分」
「楽しそうだな」
十二号。
表情。
戻る。
「……」
「忘れたか」
術師。
「お前が何なのか」
十二号の目。
冷える。
「忘れていません」
「なら」
術師。
指輪。
光。
「命令する」
十二号の身体。
止まる。
「十二号」
「跪け」
ドン。
十二号。
膝。
地面へ。
「十二号!」
レイン。
首輪。
ない。
なのに。
「何をした!」
術師。
笑う。
「完成個体に」
「首輪など必要ない」
十二号の胸。
【XII】
白い数字。
赤へ。
【強制制御】
十二号。
震える。
「……逃げ……」
レインへ。
「逃げて……ください」
術師。
「次」
「レイン・アークを」
一拍。
「殺せ」
十二号の目。
黒く染まる。
「……!」
レイン。
解析。
【十二号】
強制命令受信。
【対象】
レイン・アーク。
【命令】
殺害。
十二号が。
立ち上がる。
「ノア!」
「生還経路!」
ノア。
見る。
顔色。
変わる。
「……消えた」
「全部?」
「全部」
ガルド。
レインの前へ。
「なら」
「俺が止める」
「駄目だ!」
十二号。
一歩。
「レイン」
声。
苦しい。
「逃げて」
もう一歩。
「私は」
右手。
黒い文字。
「零号とは」
さらに。
境界。
歪む。
「違う」
レイン。
「何が違う」
十二号の瞳。
一瞬。
戻る。
灰色ではない。
人間の。
黒い瞳。
「私は」
涙。
一滴。
「命令に」
一拍。
「逆らえない」
次の瞬間。
十二号。
消えた。
レインの目の前。
拳。
レインの胸へ。
ガルド。
間に合わない。
セラ。
未来視。
間に合わない。
ノア。
道。
ない。
リリア。
魔法。
間に合わない。
ミア。
動けない。
レイン。
防御。
Dランク。
受ければ。
死ぬ。
その瞬間。
視界。
【緊急警告】
【致死攻撃】
【自動保護機構】
起動。
レイン。
「……何?」
【防御上限】
D。
その表示。
一瞬。
乱れる。
【防御上限D】
――偽装情報。
レインの目が。
大きくなる。
「待て」
次。
本当の表示。
【防御能力】
――存在しない。
「……は?」
十二号の拳。
あと。
一センチ。
そして。
【特殊能力】
《完全支援》
【対象】
――自己。
今まで。
一度も。
できなかった。
自分自身への。
支援。
【緊急時限定】
許可。
レインの身体。
光る。
十二号の拳。
直撃。
ドォォォォォォォン!!
山が。
揺れた。
木々。
吹き飛ぶ。
地面。
巨大な亀裂。
「レイン!」
全員が叫ぶ。
煙。
土。
静寂。
その中央。
十二号。
拳を。
突き出したまま。
動かない。
そして。
その拳を。
片手で。
受け止めている男。
レイン。
「……」
本人が。
一番。
驚いていた。
「俺」
自分の手を見る。
「止めた?」
十二号の瞳。
人間へ。
戻る。
驚愕。
「……あり得ない」
レインの視界。
新しい表示。
【自己支援】
解放率:0.01%。
【身体能力補正】
×50。
世界最高レベル。
50。
その力を。
支援しかできない男が。
自分自身へ。
丸ごと。
上乗せしていた。
レインは。
十二号の拳を握ったまま。
呟く。
「……これ」
一拍。
「本当に」
「俺の能力なのか?」
その瞬間。
遠く。
アビス。
最深部。
暗闇の存在が。
笑った。
「違う」
「それは」
「お前が」
「最初に捨てた力だ」
――第三十話 了――




