第二十八話 十二号
第二十八話 十二号
王都。
王国魔術院地下。
「十二号を動かせ」
男の命令に。
闇の中から返事があった。
「承知しました」
低い。
感情のない声。
男の前には巨大な魔導器。
その中央。
赤い文字が浮かんでいる。
【観測対象】
レイン・アーク
【状態】
生存
【回収優先度】
最優先
男はその表示を見つめる。
十八年間。
死んだと思っていた。
いや。
死んだと。
思わされていた。
「見事だ」
男が呟く。
「ここまで完全に隠すとは」
誰に言ったのか。
答える者はいない。
「しかし」
男は笑う。
「一度見つければ終わりだ」
その後ろ。
巨大な扉。
十二個の紋章。
一番目。
黒。
【零号】
制御不能。
二番目から。
十一番目。
封印。
そして。
最後。
【十二号】
その紋章だけが。
白く光っていた。
ゴゴゴゴ――。
扉が開く。
中から。
一人の男が歩いてくる。
三十代ほど。
黒髪。
黒い外套。
武器なし。
首輪もない。
見た目だけなら。
普通の人間。
男が尋ねる。
「対象は?」
魔術院の男が答える。
「レイン・アーク」
十二号の足が止まった。
「……レイン?」
「知っているのか」
十二号は。
数秒。
黙った。
「いいえ」
そして。
表情を消す。
「知りません」
◇◇◇
翌朝。
山中。
レインが目を覚ました時。
ミアが。
ガルドの盾を叩いていた。
カン!
カン!
カン!
「……何してる」
「修理です!」
「朝から?」
「朝だからです!」
意味が分からない。
ガルドは。
少し離れた場所で。
頭を抱えていた。
「止めてくれ」
「何で俺の盾に」
「車輪を付けようとしてるんだ」
「便利ですよ!」
「何に使う!」
「移動です!」
「盾は乗り物じゃねえ!」
レインは。
少し笑った。
昨日。
自分を回収しようとしている何者か。
その存在を知った。
それでも。
朝は来る。
仲間は。
いつも通りだった。
「おはようございます」
リリア。
「おはよう」
セラも起きている。
ノアだけは。
すでに地図を広げていた。
「レイン」
「何?」
「ラグナへは戻らない」
即答。
「理由は?」
「零号」
ノアは地図を指す。
「第三鉱山と街が近すぎる」
「それに」
別の印。
「昨日の魔物騒動」
「偶然じゃない可能性が高い」
レインも同意する。
魔物は。
ラグナを襲おうとしていたのではない。
零号から。
逃げていただけ。
なら。
第三鉱山の地下に。
まだ何かある。
「街の人は?」
リリアが尋ねる。
「魔物は散った」
セラが答える。
「未来視でも」
「今のところ大規模な襲撃はありません」
ガルドが腕を組む。
「なら」
「俺たちが戻る方が危険か」
レインは頷いた。
自分は。
何者かに狙われている。
なら。
人口の多い場所へ。
不用意に入るべきではない。
「次の目的地は?」
ミア。
ノアが。
地図の一点を指した。
「ベルク」
小さな町。
ラグナから。
北西へ二日。
「理由は?」
「鍛冶師の町だ」
ノアが。
ガルドを見る。
「盾」
ガルドが。
ミアを見る。
ミア。
目を逸らす。
「……」
「何で目を逸らした」
「大丈夫です」
「何が!」
ノアが続ける。
「それだけじゃない」
ベルクの北。
山岳地帯。
「古い迷宮がある」
レインが見る。
「危険度は?」
「Dランク」
「今の俺たちなら」
ガルド。
「問題なさそうだな」
「普通ならな」
ノアが言う。
「普通なら?」
「十年以上」
「攻略されてない」
全員が黙る。
「Dランクなのに?」
セラ。
「ああ」
「魔物が強いわけじゃない」
「罠?」
リリア。
「違う」
ノアが。
少しだけ笑う。
「攻略方法が」
「誰にも分からない」
レインの目が。
少し変わった。
それは。
面白い。
「行こう」
「決まりだな」
◇◇◇
ベルクへ向かう山道。
昨日までの緊張が。
嘘のようだった。
魔物。
ほとんどなし。
天候。
晴れ。
道。
多少悪い。
それだけ。
昼。
「休憩」
レインの指示で。
小川の近くへ。
ミアが。
荷物を広げる。
「昼食作ります!」
レインが。
反射的に止めた。
「俺が作る」
「何でですか!」
「前回」
「鍋を爆発させただろ」
「あれは料理じゃありません」
「何だったんだ」
「実験です」
「食事中にするな!」
ガルドが笑う。
「レイン」
「結局お前」
「今でも料理係だな」
レインが止まる。
昔。
パーティーで。
荷物持ち。
料理。
雑用。
そればかり。
やらされていた。
嫌だった。
自分は。
冒険者なのに。
そう思っていた。
でも。
今は。
少し違う。
「まあ」
鍋を取り出す。
「俺が一番上手いからな」
リリアが笑う。
「楽しみにしてます」
「私、大盛り!」
ミア。
「お前は働け」
「はい!」
そんな会話をしながら。
レインは。
野菜を切る。
その時。
ノアが。
突然立ち上がった。
「誰か来る」
全員。
一瞬で。
表情が変わる。
ガルド。
壊れた盾。
リリア。
杖。
セラ。
弓。
ミア。
薬瓶。
レイン。
解析。
山道。
一人。
歩いてくる。
男。
黒髪。
黒い外套。
武器なし。
「冒険者?」
リリア。
「分からない」
レインが解析する。
【対象】
人間
【レベル】
32
【職業】
旅人
【危険度】
低
普通。
何も。
おかしくない。
だから。
レインは。
逆に警戒した。
「どうした?」
ガルド。
「普通すぎる」
「普通で悪いのか」
「最近」
レインは答える。
「普通の奴に会ってない」
「それは確かに」
男が。
近づいてくる。
十メートル。
立ち止まる。
「失礼」
穏やかな声。
「ベルクへ向かわれる方ですか?」
ノアが答える。
「そうだ」
「でしたら」
男が道の先を見る。
「途中までご一緒しても?」
「なぜ」
「昨日」
男は少し困ったように笑う。
「荷物を盗まれまして」
「護衛を雇う金もない」
「一人で山を越えるのは」
「少々不安で」
レインが。
もう一度解析。
【対象】
人間
【レベル】
32
【職業】
旅人
【状態】
正常
異常なし。
「名前は?」
レインが尋ねる。
男が答える。
「アルト」
「アルト・レイ」
レインは。
その名前に。
何も感じない。
知らない。
会ったこともない。
「どうする?」
リリアが小声で聞く。
レインは。
ノアを見る。
ノア。
《生還経路》。
少し考える。
「問題ない」
セラも。
未来視。
「危険な未来は見えません」
なら。
「ベルクまでなら」
レインが言う。
男が笑う。
「ありがとうございます」
その笑顔。
自然。
何の違和感もない。
◇◇◇
午後。
一行は。
七人になった。
アルトは。
ほとんど喋らなかった。
聞かれれば答える。
自分からは。
話しかけない。
不自然なほど。
自然。
ガルドが。
小声でレインに言う。
「本当に旅人か?」
「表示はそうなってる」
「レベル32って」
「旅人にしちゃ高くないか」
「元冒険者かもしれない」
その時。
アルトが。
前を歩きながら言った。
「元冒険者です」
二人が止まる。
「聞こえてたのか」
ガルド。
「耳は良いので」
アルトが振り返る。
「十年ほど前に辞めました」
「職業は?」
「後衛です」
レインの足が。
僅かに止まった。
「後衛?」
「はい」
アルトは笑う。
「大したことはできませんでしたが」
「支援を少し」
レインは。
無意識に。
男を見る。
自分と。
同じ。
「攻撃は?」
「苦手でした」
「防御は?」
「もっと苦手です」
ガルドが笑う。
「レインと同じじゃねえか」
アルトも。
レインを見る。
「そうなんですか?」
「ああ」
レインが答える。
「俺も攻撃能力はない」
「それは」
アルトが。
一瞬。
止まる。
本当に。
ほんの一瞬。
だが。
セラが。
それを見ていた。
「珍しいですね」
アルトが言う。
「そうらしい」
「苦労されたでしょう」
「三回追放された」
「……」
アルトの表情。
今度は。
明確に。
止まった。
「三回?」
「ああ」
「無能だって」
数秒。
沈黙。
アルトが。
ゆっくり。
笑った。
「それは」
「見る目のない方々だったんですね」
レインが。
少しだけ。
眉をひそめる。
普通なら。
そういう慰めは。
嬉しいはず。
でも。
何か。
引っ掛かる。
アルトの言い方。
まるで。
レインが無能ではないことを。
最初から。
知っているような。
◇◇◇
夕方。
野営。
食事。
アルトも。
同じ鍋を囲んだ。
「美味しいですね」
「レインさんの料理は本当に美味しいんですよ」
リリア。
「昔から?」
アルトが聞く。
「ああ」
ガルドが笑う。
「前のパーティーでも料理係だったらしい」
「余計なこと言うな」
「いいじゃねえか」
アルトが。
スープを飲む。
「……変わってない」
小さな声。
レインの手が。
止まった。
「何?」
アルトが。
顔を上げる。
「何でしょう」
「今」
「変わってないって言ったか?」
沈黙。
一秒。
アルトが笑う。
「味付けの話です」
「さっき食べた時から」
「変わってないなと」
「……」
不自然。
だが。
決定的ではない。
ノアを見る。
ノア。
首を横に振る。
《生還経路》。
異常なし。
セラ。
未来視。
異常なし。
レイン。
解析。
【アルト・レイ】
種族:人間
レベル:32
職業:旅人
危険度:低
何度見ても。
同じ。
「気のせいか」
レインは。
食事へ戻った。
◇◇◇
深夜。
全員が眠っている。
見張り。
ノア。
そして。
アルト。
「眠らないのか」
ノアが聞く。
「昼間」
「皆さんに守っていただきましたから」
「見張りくらいは」
「そうか」
しばらく。
沈黙。
焚き火。
パチッ。
アルトが。
眠っているレインを見る。
「良いパーティーですね」
「そうだな」
「あなたも」
「追放されたんですか?」
ノアの目が。
僅かに細くなる。
「なぜそう思う」
「何となく」
「……」
アルトが。
静かに言う。
「レインは」
「そういう人を集める」
ノアの手が。
止まった。
「今」
アルトが。
自分の失言に気付く。
ノアが立ち上がる。
「お前」
「レインを知ってるな」
沈黙。
アルトは。
逃げない。
「答えろ」
ノアの手。
罠。
その瞬間。
アルトが。
人差し指を口元へ。
「静かに」
ノアの身体が。
動かなくなった。
「……!」
声も。
出ない。
アルトが。
立ち上がる。
そして。
眠るレインの前へ。
しゃがむ。
「大きくなったな」
その声。
昼間とは違う。
優しい。
どこか。
懐かしい。
レインの視界。
眠っているはずなのに。
表示。
【記憶領域反応】
父親関連。
【一致率】
12%。
18%。
31%。
急激に。
上昇。
ノアの目が。
大きくなる。
アルトは。
レインの髪に。
触れようとして。
手を止めた。
「駄目だな」
小さく笑う。
「まだ」
「父親の真似はできない」
ノアの表情が。
変わった。
父親。
ではない。
アルトが立ち上がる。
黒い外套。
胸元。
そこに。
昼間にはなかった。
白い数字。
【XII】
十二。
「……!」
ノアが。
必死に動こうとする。
アルトが振り返る。
「安心してください」
「今夜は」
「連れて行きません」
今夜は。
その言葉。
ノアの目が鋭くなる。
「確認したかっただけです」
アルト。
いや。
十二号は。
レインを見る。
「本当に」
「彼の息子なのか」
その瞬間。
レインの目が。
開いた。
「……誰の」
十二号の動きが。
止まる。
レインは。
起き上がった。
「俺が」
「誰の息子だって?」
焚き火。
二人の間。
十二号が。
初めて。
明確に。
動揺した。
レインの視界。
表示。
【解析対象】
アルト・レイ
再解析。
【偽装情報を検知】
職業:旅人
――偽装。
レベル32。
――偽装。
名前。
アルト・レイ。
――偽装。
そして。
【対象識別】
完成個体。
識別番号。
――十二号。
レインは。
ゆっくり立ち上がった。
「お前」
「何者だ」
十二号は。
しばらく。
レインを見つめた。
そして。
静かに答えた。
「あなたの」
一拍。
「父親を殺した男です」
――第二十八話 了――




