第二十六話 世界に表示できない男
第二十六話 世界に表示できない男
「この世界では、お前の強さを表示できないだけだ」
暗闇から響いた言葉。
レインは、しばらく何も言えなかった。
目の前には。
自分自身の情報。
【個体名】
レイン・アーク
【表示レベル】
30
【世界認識上限】
50
【実レベル】
――測定不能
【封印領域】
解除率:0.0001%
「……待て」
ようやく声が出た。
「意味が分からない」
暗闇の奥。
無数の目。
そのどれもが。
レインだけを見ている。
「俺のレベルが測定不能?」
「そうだ」
「この世界の上限は50だ」
「そうだ」
「俺は30だ」
「表示上はな」
「攻撃能力もない」
「ない」
即答だった。
「防御だってDまでしか上がらない」
「その通りだ」
「だったら!」
レインは声を荒らげた。
「何が強いんだ!」
三度。
パーティーを追放された。
無能。
役立たず。
荷物持ち。
料理係。
雑用。
何度も言われた。
自分でも。
そう思った。
攻撃できない。
敵を倒せない。
前衛にもなれない。
だから。
せめて。
仲間を支援するしかない。
それだけだった。
暗闇の声は。
静かに答えた。
「お前は勘違いしている」
「何を」
「強さとは」
少し間を置く。
「敵を倒す力だけではない」
レインは黙る。
「お前が一人いれば」
「十人が二十人になる」
「百人が二百人になる」
「弱者が強者へ変わる」
「才能を見抜き」
「能力を引き出し」
「成長を加速させ」
「互いの能力を接続する」
レインの視界に。
仲間たちの姿が浮かぶ。
ガルド。
リリア。
セラ。
ミア。
ノア。
「それが」
声。
「お前の力だ」
「でも」
レインは言う。
「それなら支援職として強いだけだ」
「違う」
即答。
「お前は支援職ではない」
「……何?」
レインの視界。
【職業】
――解析不能。
「待て」
これまで。
自分の職業は。
《後衛支援士》。
そう表示されていた。
だが。
今は違う。
【既存職業分類】
該当なし。
「じゃあ俺は何なんだ」
暗闇の声。
「知らない」
「お前が知らないのかよ!」
思わず叫んだ。
暗闇から。
少し笑う声。
「私にも分からない」
「役に立たないな!」
「久しぶりに繋がった相手に随分な言い草だ」
「こっちは殺されかけてるんだ!」
「それもそうだ」
妙に。
会話が普通だった。
レインは。
少しだけ冷静になる。
「一つずつ聞く」
「いいだろう」
「お前は誰だ」
沈黙。
「さっき」
レインは続ける。
「お前は『お前が捨てたもの』と言った」
「そうだ」
「どういう意味だ」
暗闇。
無数の目が。
ゆっくり閉じる。
「まだ知る必要はない」
「ふざけるな」
「知れば」
声の調子が変わった。
「戻れなくなる」
レインは黙る。
「今のお前には」
「仲間がいる」
「それを失いたくないなら」
「まだ思い出すな」
「……」
レインは。
その言葉だけは。
無視できなかった。
「次」
「聞こう」
「零号は何だ」
一瞬。
暗闇の空気が変わる。
「人間だ」
「本当に?」
「少なくとも」
「生まれた時は」
レインの目が細くなる。
「今は?」
「境界に近づきすぎた」
「境界?」
「お前たちが」
「こちらとあちらと呼んでいるものだ」
アビス。
第三鉱山。
黒い首輪。
零号。
全て。
同じ文字。
「誰が零号を作った」
「人間だ」
レインの表情が変わる。
「魔王軍じゃない?」
「違う」
「アビスでもない?」
「違う」
「じゃあ」
「人間が」
「人間をああした」
暗闇の声は。
答えなかった。
それが。
答えだった。
◇◇◇
その頃。
現実。
時間は。
ほとんど止まっていた。
零号の指先。
レインの胸まで。
あと数センチ。
ガルド。
動けない。
リリア。
動けない。
セラ。
動けない。
ミア。
ノア。
全員。
止まっている。
だが。
零号だけは。
僅かに。
指が動いた。
一ミリ。
二ミリ。
そして。
瞳。
黒。
灰色。
黒。
灰色。
繰り返す。
「……レ……イン……」
声。
本来なら。
止まっているはず。
それでも。
零号は。
動こうとしていた。
黒い首輪。
【異常検出】
【境界干渉】
【対象レイン・アーク】
【解析開始】
直後。
首輪の表示。
【解析失敗】
再試行。
【解析失敗】
再試行。
【解析失敗】
そして。
【警告】
【対象は管理規格外】
零号の灰色の瞳が。
僅かに見開かれた。
◇◇◇
「時間がない」
暗闇の声が言った。
「零号が動き始めた」
レインが驚く。
「この状態で?」
「境界に近い者だからな」
「どうすればいい」
「触れられるな」
「それは分かってる!」
「では逃げろ」
「逃げ道がない!」
「作ればいい」
「簡単に言うな!」
「お前は一人ではない」
その言葉で。
レインが止まる。
一人ではない。
ノア。
《戦場設計士》。
セラ。
《未来視》。
ガルド。
《守護騎士》。
リリア。
魔法。
ミア。
薬。
そして。
自分。
支援。
「……そうか」
レインが呟く。
今まで。
零号から逃げようとしていた。
ノアも。
セラも。
全員。
同じ。
零号を中心に考えていた。
でも。
違う。
敵を倒す必要はない。
ノアが教えたばかりだ。
敵の行動を。
こちらが選ばせればいい。
「戻してくれ」
暗闇の声が聞く。
「いいのか?」
「ああ」
「もう少し聞かなくていいのか」
「聞きたいことは山ほどある」
レインは答える。
「でも」
仲間たちを見る。
「今は」
「こっちが先だ」
一瞬。
暗闇の奥で。
誰かが笑った。
「やはり」
「何だ」
「いや」
「それでいい」
レインの視界。
【境界接続終了】
その直前。
声。
「一つだけ忠告する」
「何だ」
「レベル50を越えてから」
「お前の経験値効率が五分の一になった理由」
レインが止まる。
「知っているのか?」
「当然だ」
「教えろ!」
暗闇が。
遠ざかる。
「それは制限ではない」
「何?」
「保護だ」
「待て!」
「お前が」
声が遠くなる。
「成長しすぎないためのな」
接続。
切断。
◇◇◇
音。
戻る。
零号の指先。
レインへ。
「ノア!」
レインが叫んだ。
「三秒後の地形を見ろ!」
「何!?」
「零号を見るな!」
ノアが一瞬戸惑う。
だが。
すぐに周囲を見る。
岩壁。
坑道。
支柱。
地面。
「右の支柱!」
レインが叫ぶ。
「リリア!」
「はい!」
「撃て!」
《スター・ランス!》
光。
支柱。
破壊。
「ガルド!」
「おう!」
「左の壁!」
盾を失ったガルド。
それでも。
両腕。
岩壁へ体当たり。
ドン!
亀裂。
「ミア!」
「爆薬!」
「あります!」
「何でそんな嬉しそうなんだ!」
「出番ですから!」
爆薬瓶。
亀裂へ。
「セラ!」
「二秒後!」
「崩れます!」
「全員伏せろ!」
爆発。
ドォォォン!
坑道。
崩落。
だが。
零号を埋めるためではない。
崩れた岩。
それが。
一つの壁を作る。
零号。
左。
レインたち。
右。
「これじゃ止められない!」
リリアが叫ぶ。
「止めなくていい!」
ノアが理解した。
「そういうことか!」
崩落によって。
空間が狭くなる。
零号が。
空間短縮を使う。
だが。
出現位置。
選択肢が減る。
ノアの視界。
《戦場設計》。
レインの視界。
《完全戦場解析》。
二つが。
重なる。
【出現予測地点】
A:62%
B:31%
C:7%
「セラ!」
「A!」
同時。
「俺もA!」
ノアが叫ぶ。
「ガルド!」
「任せろ!」
零号。
消える。
次の瞬間。
A地点。
出現。
だが。
そこには。
ガルド。
盾はない。
代わりに。
巨大な岩。
「おらぁぁぁ!」
岩を。
押す。
零号へ。
攻撃ではない。
通路封鎖。
零号が避ける。
その位置。
B地点。
「リリア!」
「《アイス・ウォール!》」
氷壁。
出現。
零号。
再び移動。
残る。
C地点。
「ミア!」
「はい!」
薬瓶。
投げる。
地面へ。
割れる。
白煙。
「何だこれ!」
ガルドが叫ぶ。
「目眩ましです!」
「先に言え!」
「味方には効きません!」
「最初からそれを言え!」
零号。
視界を失う。
一秒。
たった。
一秒。
だが。
ノアには十分だった。
「生還経路!」
新しい線。
一本。
現れる。
【生還経路】
北西旧排気坑。
【予測生還率】
67%。
「出た!」
レイン。
「全員!」
ノアが叫ぶ。
「北西!」
六人。
走る。
零号。
白煙の中。
動かない。
いや。
追わない。
灰色の瞳。
戻っている。
そして。
逃げるレインたちを見る。
小さく。
笑った。
「……すごい」
黒い首輪。
再び光る。
【追跡命令】
零号は。
首輪を見る。
「嫌」
【命令拒否】
黒い雷。
バチッ!
零号の身体が震える。
それでも。
動かない。
「嫌」
もう一度。
雷。
膝をつく。
それでも。
追わない。
「レイン」
初めて。
その名前を。
命令ではなく。
自分の意思で呼ぶ。
「逃げて」
◇◇◇
旧排気坑。
六人は。
ひたすら走った。
五分。
十分。
十五分。
ようやく。
ノアが止まる。
「待て」
全員。
息を切らす。
レインの視界。
【追跡対象】
検出なし。
【予測生還率】
92%。
「……大丈夫だ」
レインが言った。
ミアが。
その場へ座り込む。
「死ぬかと思いました……」
ガルドも壁へ座る。
「俺の盾……」
真っ二つ。
「修理できます!」
ミア。
「本当か?」
「多分!」
「多分か!」
リリアが。
思わず笑う。
セラも。
小さく笑った。
ノアだけは。
レインを見ていた。
「お前」
「何?」
「途中で変わった」
「何が?」
「戦い方」
ノアが目を細める。
「それまでは逃げていた」
「途中から」
「零号の動きを誘導し始めた」
レインは黙る。
「何があった?」
答えようとして。
視界。
表示。
【境界接続履歴】
1件。
【新規情報解放】
レインは。
それを見る。
【レベル51以降】
必要経験値倍率:5.0
【設定理由】
――保護機構。
「……」
「レイン?」
ノア。
レインは。
自分の手を見る。
世界の上限。
レベル50。
自分だけが。
その先へ進む。
ただし。
五倍の経験値が必要。
ずっと。
嫌がらせのような仕様だと思っていた。
でも。
違った。
自分が。
成長しすぎないため。
誰かが。
わざと。
遅くしている。
なら。
問題は。
一つ。
「誰が」
レインが呟く。
「俺を守ってるんだ?」
その瞬間。
視界に。
答えるように。
新しい表示。
【保護機構管理者】
解析中。
一秒。
二秒。
三秒。
そして。
【管理者情報】
――消去済み。
「……消去?」
だが。
その下。
僅かに。
一つだけ。
残っていた。
【最終更新】
十八年前。
レインの表情が。
止まった。
十八年前。
自分が。
まだ子供だった頃。
そして。
レインには。
十八年前より以前の記憶で。
一つだけ。
どうしても。
思い出せないものがあった。
自分の父親。
顔。
声。
名前。
何一つ。
覚えていない。
いや。
違う。
レインは。
今まで。
「覚えていない」と思っていた。
だが。
表示。
【記憶領域】
父親関連情報。
状態。
――封印。
レインは。
息を呑んだ。
忘れたのではない。
誰かに封じられていた。
そして。
その封印の解除条件。
【条件】
実レベル――100。
レインは。
しばらく。
その数字から。
目を離すことができなかった。
世界最高レベル。
50。
その。
さらに倍。
自分の記憶を取り戻すためには。
世界の常識を。
完全に越えなければならない。
レインは。
静かに拳を握った。
「……レベル100」
誰にも聞こえない声で。
呟く。
それが。
世界最弱と呼ばれた後衛にとって。
初めて生まれた。
自分自身のための。
目標だった。
――第二十六話 了――




