第二十四話 百二十七体を倒さない戦い
第二十四話 百二十七体を倒さない戦い
警鐘が鳴り響いた。
一回。
二回。
三回。
そして――六回。
ラグナの街にいる者なら、その意味を知らない者はいない。
魔物の大量発生。
「第三鉱山から魔物が出ています!」
「東門を閉鎖しろ!」
「鉱夫を避難させろ!」
街の空気が一変した。
商人たちは店を閉め、鉱夫たちは山から逃げてくる。
その流れに逆らって、六人が第三鉱山へ向かっていた。
レイン。
ガルド。
リリア。
セラ。
ミア。
そして――。
つい先ほど《リベレーション》へ加入したばかりの《戦場設計士》。
ノア・グレン。
「確認できた魔物は百二十七体」
走りながらレインが言った。
「正面からは戦わない」
「当然だな」
ガルドが大盾を背負ったまま答える。
「いくら俺でも百二十七体は止められん」
「違う」
先頭のノアが言った。
「数は問題じゃない」
「何?」
「百体でも千体でも同じだ」
ノアは振り返らない。
「同時に戦わなければいい」
ガルドが黙った。
レインはノアの背中を見る。
加入して、まだ一時間も経っていない。
それでも分かる。
この男は――。
戦場の見え方そのものが違う。
◇◇◇
第三鉱山を見下ろす高台。
「……多いですね」
リリアが呟いた。
山腹に開いた巨大な坑道から、次々と魔物が出てくる。
ゴブリン。
コボルト。
洞窟狼。
ロックリザード。
そしてオーク。
本来なら同じ群れを作らない魔物たちだ。
ところが。
互いに争うことなく、一斉にラグナへ向かっている。
レインの視界に表示が出る。
【魔物群体】
現在確認数:131
「増えてる」
「何体です?」
ミアが聞く。
「百三十一」
「四体増えてます!」
「まだ出てくる」
だが。
ノアは魔物ではなく、周囲を見ていた。
山。
森。
川。
橋。
崖。
そして街。
「地図」
レインが渡す。
ノアは地面に広げた。
「第三鉱山からラグナへ向かう道は三本」
中央街道。
東の林道。
西の旧採掘道。
セラが目を閉じる。
《未来視》。
「五分後」
「二十五体くらいが東へ分かれます」
「東を塞ぐ」
ノアが即答した。
「どうやって?」
ガルドが聞く。
「橋を落とす」
リリアが眉をひそめる。
「人が逃げられなくなります」
「上流三百メートルに浅瀬がある」
ノアは地図を指す。
「人間なら渡れる」
「大型魔物は?」
「足を取られる」
レインはノアを見る。
敵を止める方法だけではない。
人間が逃げる方法まで最初から計算している。
「西は?」
「旧採掘道」
ノアはガルドを見る。
「幅四メートル」
「三分、一人で塞げるか」
ガルドが笑った。
「十分だ」
「なら西はガルド」
「待って」
レインが止めた。
「一人にはしない」
「最適配置だ」
「分かってる」
それでもレインは譲らない。
「《リベレーション》では単独行動は禁止だ」
ノアは数秒考えた。
「ミア」
「私!?」
「ガルドと行け」
「戦えませんよ?」
「戦う必要はない」
盾の修復。
回復。
薬による補助。
そして、撤退判断。
「できます」
ミアが頷いた。
ノアも頷く。
「なら二人で西を止めろ」
レインは小さく笑った。
効率だけを押し付けない。
仲間のルールを理解すれば、即座に作戦へ組み込む。
やはり。
ノアを仲間にしたのは正解だった。
◇◇◇
「中央は?」
リリアが尋ねる。
ノアは地図の南側を指した。
《廃石切場》。
三方を岩壁に囲まれた巨大な窪地。
「ここへ全部入れる」
「百体近くを?」
「そうだ」
「どうやって?」
「誘導する」
そして。
ノアはレインを見る。
「お前が必要だ」
「俺?」
「ああ」
「俺は攻撃できないぞ」
「知ってる」
ノアは当然のように答えた。
「俺が戦場を作る」
「でも、魔物は予定通りには動かない」
地図の上を指でなぞる。
「予定から外れた奴を――」
レインを見る。
「お前が見つけろ」
その瞬間。
レインの視界に表示。
【特殊連携条件進行】
レイン × ノア
《完全戦場解析》
達成率:61%
レインは笑った。
「分かった」
「やろう」
◇◇◇
作戦開始。
「四分三十秒!」
セラが叫ぶ。
「東へ分かれます!」
「リリア!」
「はい!」
「橋の支柱!」
《スター・ランス!》
白銀の光が木橋の支柱を撃ち抜く。
ドォン!
橋が落ちた。
四分二十八秒後。
二十七体の魔物が東へ分かれる。
橋がない。
群れが止まった。
その瞬間。
ノアが仕掛けた音響罠が作動する。
ガァァァン!
洞窟狼が驚いて方向を変えた。
それにつられて。
ゴブリン。
コボルト。
ロックリザード。
次々に中央街道へ戻っていく。
ノアが呟く。
「一つ」
◇◇◇
西。
「来たぞ!」
ガルドが大盾を地面へ突き立てた。
二十三体。
先頭はオーク。
ドン!
棍棒が盾へ叩きつけられる。
ガルドは動かない。
二撃。
三撃。
「ガルドさん!」
後ろからミアが薬瓶を投げた。
「身体強化薬です!」
ガルドが飲む。
【筋力上昇】
【防御力上昇】
「おお!」
次の瞬間。
【副作用】
しゃっくり。
「……ひっ」
ガルドが固まった。
ミアも固まる。
「……」
「ミア」
「はい」
「ひっ」
「はい」
「後で絶対改良しろ!」
「すみません!」
ドン!
「ひっ!」
ドン!
「戦いにくい!」
それでも。
ガルドは一歩も下がらなかった。
◇◇◇
中央。
レイン。
ノア。
リリア。
セラ。
八十体以上の魔物。
正面から戦えば勝てない。
だから。
戦わない。
「セラ!」
「十一秒後!」
「右から三体外れます!」
「ノア!」
「分かってる!」
カチッ。
地面から縄が飛び出し、三体が転倒する。
「リリア!」
「左の岩!」
「はい!」
魔法が岩壁を崩す。
通路が狭くなる。
魔物の群れが中央へ寄った。
レインの視界。
【進路予測】
右:72%
左:18%
停止:10%
「右!」
ノアが罠を起動。
爆音。
魔物が左へ逃げる。
「逆だ!」
「それでいい!」
その先で。
別の音響罠。
魔物は再び方向を変えた。
右。
「……そういうことか」
レインは理解した。
ノアは敵の行動を予測しているのではない。
敵が選べる選択肢を消している。
左へ行けない。
戻れない。
止まれない。
なら。
右へ進むしかない。
これが《戦場設計士》。
「レイン!」
オーク二体が群れから外れた。
解析。
【状態】
激昂
【恐怖誘導】
無効
「怒りで誘導が効かない!」
「なら標的を作る!」
ノアがリリアを見る。
「地面を撃て!」
「ここ!?」
「早く!」
《スター・フレア!》
爆発。
オーク二体がリリアを見る。
「……あ」
「走れ!」
「私ですか!?」
リリアが走る。
二体が追う。
「聞いてません!」
「右!」
レインが指示する。
「次、左!」
リリアが曲がる。
ノアが数える。
「三!」
「二!」
「一!」
「飛べ!」
リリアが跳んだ。
直後。
地面が崩れる。
オーク二体が穴へ落下した。
ドォン!
「倒した?」
セラが聞く。
レインが解析する。
「生きてる」
ノアが頷いた。
「それでいい」
殺す必要はない。
戦場から外せばいい。
◇◇◇
二十五分後。
信じられない光景が広がっていた。
百体を超えていた魔物の大半が。
ノアの作った経路を進んでいる。
十体。
三十体。
五十体。
次々と廃石切場へ入っていく。
リリアが笑った。
「いけます!」
「このままなら――」
「待って!」
セラが叫んだ。
全員が止まる。
「どうした?」
セラは《未来視》を使っていた。
だが。
顔色が変わっていく。
「未来が……」
「何?」
「変わった」
ノアが即座に聞く。
「何が来る」
「分かりません」
セラの声が震える。
「でも」
「魔物が」
「全部――」
一拍。
「止まります」
その瞬間。
本当に。
止まった。
百体以上の魔物が。
一斉に。
静止した。
「……何だ?」
魔物たちが。
ゆっくりと同じ方向を見る。
第三鉱山。
坑道入口。
暗闇。
コツ。
足音。
コツ。
何かが。
歩いてくる。
ゴブリンが震え始めた。
洞窟狼が地面へ伏せる。
オークさえ後退する。
魔物が。
怯えていた。
レインが解析する。
【解析中】
――失敗。
「……またか」
暗闇から。
人影が現れた。
女だった。
長い灰色の髪。
裸足。
ボロボロの服。
二十代ほどに見える。
武器はない。
女は坑道から出ると。
空を見上げた。
眩しそうに目を細める。
「……外」
人間の声だった。
レインが再び解析する。
【対象】
不明
【レベル】
――
【職業】
――
【種族】
人間
「人間?」
リリアが呟く。
その時。
女が魔物たちを見た。
そして。
たった一言。
「逃げて」
百体を超える魔物が。
一斉に走り出した。
「来るぞ!」
ガルドが盾を構える。
「違う!」
ノアが叫んだ。
魔物はラグナへ向かわない。
森。
谷。
山。
あらゆる方向へ散っていく。
逃げている。
あの女から。
ただ。
必死に。
逃げている。
「……何者だ」
レインが呟いた。
女がこちらを見る。
二百メートル以上離れている。
それなのに。
はっきりと。
目が合った。
女の表情が変わった。
驚き。
困惑。
そして。
「……どうして」
声が。
レインの耳元で聞こえた。
あり得ない。
女はレインだけを見つめている。
「あなた」
首をかしげる。
そして。
問いかけた。
「まだ――」
レインの視界が赤く染まる。
【警告】
【世界規格外存在を検知】
【対象個体】
分類不能
女の首には。
黒い首輪。
そこに刻まれた文字を見て。
レインの呼吸が止まった。
【境界】
【こちら】
【あちら】
アビスと。
同じ文字。
「まさか……」
女は。
レインを見つめたまま。
最後まで言った。
「あなた、まだ人間なの?」
そして。
黒い首輪に。
もう一つの文字が浮かび上がる。
【被験体】
――零号。
レインは。
ただ。
その文字を見つめていた。
第三鉱山は。
ただの鉱山ではなかった。
そして。
《封印迷宮アビス》だけが。
この世界の異常ではなかった。
――第二十四話 了――




