第二十三話 死なせない罠師
第二十三話 死なせない罠師
山岳都市ラグナ。
鉱山と鍛冶で栄えた、小さな街だった。
街の背後には灰色の山々が連なり、その地下には巨大な鉱脈が広がっている。
鉄。
銀。
魔晶石。
希少鉱石。
王国南西部の武器や防具の多くが、この街から運び出されていた。
だが。
街へ入った瞬間から。
妙な空気があった。
「静かですね。」
リリアが周囲を見る。
昼間だというのに。
店の半分ほどが閉まっている。
鉱夫の姿も少ない。
荷馬車もほとんど動いていない。
「鉱山で何かあったみたいですね。」
ミアが言う。
レインは頷いた。
「まずギルドへ行こう。」
◇◇◇
ラグナ冒険者ギルド。
アルトより小さい。
だが。
鉱山関係の依頼だけは壁一面に貼られていた。
【魔晶石採掘護衛】
【坑道内魔物討伐】
【鉱山深部調査】
【行方不明者捜索】
そして。
赤い紙。
【緊急依頼】
ラグナ第三鉱山。
深部封鎖。
原因不明。
侵入禁止。
「第三鉱山。」
セラが言う。
「ノアという人が失敗した場所ですよね。」
「ああ。」
受付へ行く。
レインは一枚の紙を出した。
「ノア・グレンという冒険者を探しています。」
受付の女性の表情が変わった。
「ノア?」
「知っていますか。」
「知っていますけど……。」
少し嫌そうな顔。
「何の用です?」
「会いたい。」
受付嬢はレインたちを見る。
「仲間に誘うつもりですか?」
ガルドが笑う。
「よく分かったな。」
「最近。」
受付嬢はため息をつく。
「あの人を雇うと言って。」
「罠を解除してもらおうとする冒険者が多いんです。」
「でも。」
「本人はもう冒険者じゃありません。」
「資格停止でしたね。」
レインが言う。
「はい。」
「三度目の第三鉱山調査で。」
「ギルド命令を無視しました。」
「何をしたんです?」
「撤退命令。」
レインの目が少し変わる。
「詳しく教えてください。」
受付嬢は迷った。
だが。
依頼記録を開いた。
「三回目の調査では。」
「六人パーティーが第三鉱山深部へ入りました。」
「目的は異常魔力反応の調査。」
「途中で。」
「ギルドから撤退命令が出た。」
「理由は?」
「坑道崩落の危険が確認されたからです。」
「でもノアは戻らなかった。」
「そうです。」
「なぜ?」
受付嬢が小さく息を吐く。
「別の冒険者パーティーが。」
「さらに奥に取り残されていると知ったから。」
レインは黙る。
「ノアは仲間へ。」
「先に戻れと言ったそうです。」
「自分一人で救出へ?」
「はい。」
ガルドが低く言う。
「馬鹿だな。」
だが。
その声音には。
悪意がない。
むしろ。
少し感心している。
「結果は?」
レインが尋ねる。
「取り残された四人を。」
「全員連れて帰りました。」
リリアが目を見開く。
「一人で?」
「戦闘はしていません。」
「ならどうやって?」
「分かりません。」
受付嬢は首を横に振る。
「追ってきた魔物を一匹も倒さず。」
「全部避けて。」
「崩落した坑道まで抜けてきた。」
「でも。」
「命令違反は命令違反です。」
「資格停止処分。」
レインは。
少しだけ笑った。
(やっぱり。)
敵を倒さない。
でも。
仲間を死なせない。
「どこにいます?」
◇◇◇
街の外れ。
古い修理工房。
看板には。
《罠・錠・古代機構修理》
と書かれていた。
「ここか。」
ガルドが扉を叩く。
返事なし。
もう一度。
「ノア・グレンさん!」
奥から声。
「依頼なら断る!」
「仲間の勧誘です!」
沈黙。
そして。
「もっと断る!」
ミアが笑いそうになる。
「嫌われてますね。」
レインは扉の前で言った。
「第三鉱山の話を聞きたい。」
数秒。
鍵が外れる音。
扉が少しだけ開いた。
男が顔を出す。
二十代後半。
痩せている。
黒髪。
目の下に深い隈。
「誰だ。」
「レイン・アーク。」
「知らん。」
扉を閉めようとする。
「《リベレーション》のリーダーです。」
「もっと知らん。」
「三回追放されました。」
扉が止まった。
「……何?」
ガルドが吹き出す。
「そこから入るのか。」
ノアが扉を少し開く。
「三回?」
「はい。」
「何で。」
「無能だからです。」
ノアがレインをじっと見る。
「……変な奴だな。」
「よく言われます。」
「それで?」
「あなたを仲間に誘いに来ました。」
ノアは。
無言で扉を閉めた。
バタン。
セラが呆然とする。
「終わりましたね。」
「いや。」
レインは動かない。
三十秒。
扉がもう一度開いた。
「……話だけ聞く。」
◇◇◇
工房の中。
床。
壁。
机。
至るところに。
金属線。
歯車。
小さな罠。
分解された錠前。
用途不明の器具。
ミアの目が輝く。
「すごい……。」
ノアが睨む。
「触るな。」
「爆発する?」
「しない。」
ミアが少し残念そうな顔をする。
レインたちは椅子に座る。
「単刀直入に聞きます。」
「第三鉱山で。」
「どうやって全員を生還させたんです?」
ノアは黙る。
「ギルドから聞け。」
「結果しか分からなかった。」
「ならそれでいい。」
「よくない。」
ノアの目が少し鋭くなる。
「なぜ。」
「あなたを仲間にしたいから。」
「俺は戦えない。」
「俺もです。」
「罠を仕掛けるのに時間がかかる。」
「問題ありません。」
「敵を倒せない。」
「それも問題ない。」
ノアが眉をひそめる。
「じゃあ。」
「何ができる奴を探してる。」
レインは答えた。
「仲間を死なせない人。」
ノアの表情が止まった。
しばらく。
完全な沈黙。
「……誰から聞いた。」
「記録を見ました。」
「それだけで?」
「ああ。」
「三回依頼に失敗した。」
「でも三回とも。」
「同行者の死亡者ゼロ。」
「偶然じゃない。」
ノアは目を逸らす。
「死ななかっただけだ。」
「依頼は失敗してる。」
「冒険者は。」
「依頼を達成して報酬を貰う仕事だ。」
「そうですね。」
レインは認める。
「でも。」
「失敗したら。」
「次があります。」
ノアがレインを見る。
「死んだら。」
少し間を置く。
「次はない。」
ノアの目が。
わずかに揺れた。
レインの視界に。
青白い文字。
【名前】
ノア・グレン
【職業】
罠師
【現在レベル】
24
【ランク】
D
【攻撃適性】
E
【防御適性】
E
【潜在才能】
★★★★★
やはり。
そして。
続く。
【真の適職】
《戦場設計士》
レインの表情が変わる。
「……戦場設計士。」
小さく呟いてしまった。
ノアの目が鋭くなる。
「今。」
「何て言った?」
「何でもない。」
「戦場設計士って言っただろ。」
レインが驚く。
「知ってるんですか?」
ノアは。
少しの間。
黙った。
「昔。」
「爺さんに言われた。」
「何を?」
「お前は罠師じゃない。」
「戦場そのものを作る人間だって。」
レインの視界。
【覚醒条件】
・敵を倒すことを目的としない。
・味方全員の生還を最優先する。
・自身の能力を「罠」ではなく「戦場制御」と理解する。
進捗。
84%。
あと少し。
「第三鉱山で。」
レインが言う。
「魔物をどう避けた?」
ノアは警戒しながらも答えた。
「通路を変えた。」
「通路?」
「古い坑道は。」
「敵が通る場所が決まってる。」
「だから。」
机の上の紙を取る。
即席の地図を描く。
「ここを崩した。」
「すると敵はこっちへ回る。」
「そこに音を出す罠。」
「さらに。」
別の場所。
「こっちを塞ぐ。」
「そうすると。」
セラが気付く。
「敵が。」
「全部一方向へ流れる。」
「ああ。」
「その間に人間だけ逆側へ逃がした。」
ガルドが目を見開く。
「つまり。」
「戦ってない。」
「一度も。」
「でも。」
「何十匹もいた魔物を。」
「全部、自分の思った方向へ動かしたのか?」
「大したことじゃない。」
ノアは答える。
「大したことです。」
レインが即座に言った。
「あなたは。」
「敵を倒していない。」
「戦場を支配してる。」
ノアの表情が変わる。
その瞬間。
【覚醒条件達成】
【職業進化条件成立】
罠師
↓
《戦場設計士》
青白い光が。
ノアの足元に現れる。
「何だ……?」
本人が一番驚いている。
【固有能力解放】
《戦場俯瞰》
《進路誘導》
《危険領域指定》
《退路確保》
《生還経路》
最後の文字に。
レインの視線が止まった。
【生還経路】
戦闘開始時。
味方全員が生存可能な退却経路を可視化。
「……。」
これだ。
レインは思った。
死灰大陸。
封印迷宮。
そして。
いつか再び戦うことになる。
あの正体不明の存在。
勝つ方法だけでは足りない。
逃げる方法が必要になる。
この男は。
そのために必要だ。
ノアは。
自分の手を見ていた。
「職業が……。」
「変わった?」
「はい。」
「戦場設計士に。」
「……。」
レインが手を差し出す。
「もう一度。」
「仲間になりませんか。」
ノアは。
差し出された手を見た。
「条件がある。」
「どうぞ。」
「俺は。」
真剣な表情。
「勝つことを優先しない。」
「はい。」
「依頼達成より。」
「仲間の生存を優先する。」
「はい。」
「必要なら。」
「勝てる戦いでも撤退を選ぶ。」
レインは。
即答した。
「それでいい。」
ノアの目が少し大きくなる。
「本当に?」
「ああ。」
「俺たちのルールも同じです。」
レインは仲間を見る。
「生きて帰る。」
「それが最優先。」
ガルドが頷く。
「俺は盾だ。」
「みんなを生きて帰すためにいる。」
セラ。
「私は。」
「来る攻撃を先に見る。」
リリア。
「私は。」
「みんなが帰れるように戦います。」
ミア。
「私は……。」
少し考える。
「帰った後に飲む薬を作ります!」
一瞬。
全員が黙る。
「戦闘中の薬も作ってくれ。」
レインが言う。
「もちろんです!」
ノアの口元が。
ほんの少しだけ緩んだ。
「変なパーティーだな。」
「よく言われます。」
そして。
レインの手を握る。
【仲間獲得】
ノア・グレン
【パーティー人数】
6
【世界最強パーティー結成率】
11%
↓
17%
さらに。
【特殊連携候補】
ノア × ガルド
《絶対防衛線》
ノア × セラ
《未来進路封鎖》
ノア × リリア
《誘導殲滅陣》
ノア × ミア
《自動罠機構》
そして。
レインとの組み合わせ。
【レイン × ノア】
《完全戦場解析》
条件未達成。
レインは。
その表示を見つめた。
また一つ。
可能性が増えた。
◇◇◇
その時。
工房の外から。
鐘が鳴った。
一回。
二回。
三回。
街中に響く。
ノアの顔が変わる。
「……第三鉱山だ。」
レインが見る。
「この鐘は?」
「坑道事故。」
四回目。
五回目。
そして。
六回。
ノアが立ち上がった。
「違う。」
「事故じゃない。」
「六回は。」
工房の扉を開ける。
街の人々が走っている。
鉱山方向から。
黒煙。
「魔物の大量発生。」
受付嬢が街路を走りながら叫ぶ。
「第三鉱山から魔物が出ています!」
「推定百体以上!」
「冒険者は緊急招集!」
レインの視界に。
赤い表示。
【緊急事象】
第三鉱山。
魔物群体発生。
推定個体数:
127。
【推奨戦闘】
不適。
ガルドが盾を背負う。
「百二十七か。」
リリアが杖を握る。
セラは弓を確認。
ミアも薬袋を背負う。
そして。
ノアだけが。
静かに地図を見ていた。
「倒す必要はない。」
全員が彼を見る。
ノアは鉱山と街の位置を確認する。
「街へ入れなければいい。」
レインの口元が上がる。
「できる?」
ノアは。
初めて。
少しだけ自信のある顔で答えた。
「それが。」
「俺の仕事らしい。」
《戦場設計士》。
最初の戦いが。
始まろうとしていた。




