第十九話 回収対象
第十九話 回収対象
山を下り始めてから、誰もほとんど口を開かなかった。
先頭を進むのはアレス。
中央には王国騎士団。
ガルドは意識を失ったミアを抱えている。
リリアとセラがその左右を固める。
そして最後尾。
いつもの場所に、レインがいた。
だが。
いつもとは違う。
背中に視線を感じる。
誰かに見られている。
そんな曖昧な感覚ではない。
もっと直接的なもの。
自分という存在そのものを、何かに掴まれている。
レインの視界には、先ほどから同じ表示が消えずに残っていた。
【外部アクセス継続中】
【表示偽装防御】
正常
【突破率】
3.1%
3.2%
3.3%
少しずつ。
上がっている。
「……まずいな。」
小さく呟く。
前を歩いていたセラが振り返った。
「レインさん?」
「何でもない。」
「嘘です。」
即答だった。
レインが少し驚く。
「顔色、悪いですよ。」
セラは歩調を落とし、レインの隣へ並んだ。
「さっきの……。」
言葉を選ぶ。
「ミアの口から出た言葉。」
――上限のない者。
セラはそれを聞いていた。
当然だ。
あの場にいた全員が聞いている。
「どういう意味なんですか?」
レインはしばらく黙った。
これまで。
自分の内部レベルについては誰にも話していない。
理由は単純。
自分にも分からないからだ。
「俺にも分からない。」
半分は本当だった。
「ただ。」
レインは続ける。
「俺のステータスには、普通の人にはない表示がある。」
セラの表情が変わる。
「表示?」
「今はそれだけにしてくれ。」
セラは少し迷い。
頷いた。
「分かりました。」
追及しない。
それが。
レインにはありがたかった。
◇◇◇
二時間後。
一行は山岳地帯の外縁まで到達した。
そこには王国騎士団が設置した臨時拠点がある。
「医療班!」
グレイヴが叫ぶ。
「負傷者一名!」
ミアがすぐに治療用天幕へ運ばれる。
レインたちも、その前で待った。
十分。
二十分。
三十分。
やがて。
治癒師が出てくる。
「身体的な異常はありません。」
リリアが安堵する。
「良かった……。」
「ただし。」
治癒師の表情は険しい。
「魔力が極端に乱れています。」
「原因は?」
「分かりません。」
レインが尋ねる。
「精神干渉の痕跡は?」
治癒師が驚く。
「あります。」
「かなり強いものです。」
やはり。
レインは考える。
あれは憑依に近い。
だが。
完全に身体を乗っ取ったわけではない。
そして。
なぜミアだったのか。
リリアではない。
セラではない。
ガルドでもない。
ミア。
加入したばかり。
その違いは――。
「レイン。」
ガルドが横に立つ。
「自分を責めるなよ。」
「……何?」
「顔に出てる。」
レインは苦笑する。
「そんなに?」
「ああ。」
ガルドは腕を組む。
「ミアを連れて行ったのはお前だ。」
「だから自分の責任だと思ってる。」
図星だった。
「でも。」
ガルドは続ける。
「俺たちも自分で行くと決めた。」
「ミアも同じだ。」
レインは答えない。
「リーダーってのは。」
ガルドは少し考える。
「全部背負う奴じゃないだろ。」
「……。」
「みんなで背負うから、パーティーなんじゃないのか?」
レインはガルドを見る。
五回追放された男。
攻撃力がないというだけで。
無能と呼ばれ続けた男。
その彼が。
今。
レインへこんな言葉を掛けている。
「そうだな。」
レインは小さく笑った。
「ありがとう。」
◇◇◇
その日の夕方。
緊急会議が開かれた。
参加者。
グレイヴ。
アレス。
レイン。
王国から派遣された魔術研究官二名。
そして。
アルト支部ギルドマスター、バルガス。
彼は転移魔法で急遽呼ばれていた。
机の上には。
封印迷宮に関する古文書。
周辺地図。
過去の記録。
そして。
レインが書いた報告書。
バルガスが口を開く。
「確認する。」
「封印内部には、人間の声を模倣する存在がいる。」
「はい。」
「外へ出ることはできない。」
「現時点では。」
「人間へ精神干渉する。」
「確認しました。」
「そして。」
バルガスの視線がレインへ向く。
「お前を『上限のない者』と呼んだ。」
部屋が静かになる。
「そうです。」
「心当たりは?」
レインは少し迷った。
そして。
決めた。
「あります。」
全員の表情が変わる。
「話せ。」
「ただし。」
レインは先に言った。
「俺自身にも仕組みは分かっていません。」
「分かっている事実だけ話します。」
バルガスが頷く。
「それでいい。」
レインは自分の冒険者証を机へ置いた。
【レベル30】
「俺の表示レベルは、八年前から30です。」
アレスが黙っている。
それは彼も知っている。
「でも。」
レインは続ける。
「実際には違う。」
沈黙。
「どういうことだ。」
グレイヴが尋ねる。
「俺だけに見える別の数値があります。」
「現在。」
レインは一瞬確認する。
【内部レベル】
35
「35です。」
アレスが目を見開く。
「レベル35?」
「でも。」
「鑑定では30だ。」
「そうです。」
研究官の一人が身を乗り出した。
「偽装技能か?」
「違います。」
「少なくとも、自分で使っている技能ではありません。」
「それだけではありません。」
レインは続ける。
「内部レベルには。」
少し間を置く。
「上限が表示されていません。」
誰も喋らない。
やがて。
グレイヴが言った。
「待て。」
「レベルの最高は50だ。」
「そう教えられています。」
「教えられているんじゃない。」
研究官が反論する。
「確認されている。」
「過去の英雄も。」
「王族も。」
「勇者も。」
「全員50で止まる。」
「それ以上は存在しない。」
レインは頷いた。
「だから、俺にも分かりません。」
バルガスが腕を組む。
「内部レベル50以降について何か表示は?」
「あります。」
「何だ。」
「必要経験値が。」
レインは答える。
「それまでの五倍になります。」
研究官の手から羽ペンが落ちた。
「……五倍?」
「はい。」
「つまり。」
研究官は震える声で言う。
「システム上。」
「レベル50より先が。」
「用意されている……?」
「少なくとも、俺の表示上は。」
バルガスが黙り込む。
そして。
レインを見る。
「それを。」
「地下の存在が知っていた。」
「はい。」
これが最大の問題だった。
レイン自身しか知らない。
誰にも話していない。
なのに。
あれは知っていた。
◇◇◇
研究官たちが古文書を調べ始める。
一時間ほど経った頃。
一人が声を上げた。
「ありました。」
全員が集まる。
三百二十六年前。
封印作戦直前に書かれた記録。
文字の一部が消えている。
だが。
まだ読める。
研究官が読み上げる。
「――地底より発見された存在は、既知の魔物に分類できず。」
「――魔力による生命反応を確認できない。」
「――しかし意思疎通を試み。」
次の行。
研究官の声が止まった。
「どうした。」
バルガスが尋ねる。
「ここ……。」
指差す。
古い文字。
「――我らを。」
研究官が読む。
「『有限種』と呼称した。」
レインの表情が変わる。
有限。
その反対は。
無限。
さらに続く。
「――対象は、我らの世界には存在しない生命分類を主張。」
「――その目的について。」
一部が欠落。
次に読める文章。
「――器を求める。」
全員が黙る。
「器……。」
アレスが呟く。
レインの背筋に冷たいものが走った。
研究官は次を読む。
「――適合条件。」
紙が破れている。
ほとんど読めない。
だが。
最後の一行だけ残っていた。
「――成長限界を持たぬ者。」
誰も。
動かなかった。
グレイヴがゆっくりレインを見る。
「……お前じゃないか。」
レインは答えない。
否定できない。
バルガスが古文書を奪うように確認する。
「三百年前だぞ。」
「レインが生まれる遥か前だ。」
「なら。」
リリアの声。
いつの間にか。
会議室の入口に立っていた。
「レインさんが偶然条件に合ったんじゃなくて。」
全員が彼女を見る。
リリアの顔は青い。
「最初から。」
「いつかレインさんみたいな人が現れることを。」
「待っていたんじゃないですか?」
部屋が静まり返る。
その可能性を。
誰も否定できなかった。
◇◇◇
夜。
ミアの意識が戻った。
「……ここ。」
「臨時拠点だ。」
レインが答える。
ミアはゆっくり身体を起こす。
「ごめんなさい。」
最初の言葉だった。
「何が?」
「私。」
「みんなを危険に……。」
「ミア。」
レインが遮る。
「謝らなくていい。」
「でも。」
「精神干渉を受けた。」
「君の意思じゃない。」
ミアは俯く。
しばらくして。
小さく言った。
「覚えてます。」
レインの表情が変わる。
「何を?」
「全部じゃないです。」
「でも。」
ミアは胸に手を当てる。
「中に。」
「誰かいました。」
「どんな?」
「分かりません。」
「姿は見えませんでした。」
「声も。」
「でも。」
ミアは震える。
「すごく寂しかった。」
「寂しい?」
「はい。」
「ずっと。」
「ずっと一人で。」
「誰かを待ってる。」
レインは黙って聞く。
「そして。」
ミアがレインを見る。
「レインさんを見た時。」
「喜んでました。」
「……。」
「やっと来たって。」
その瞬間。
レインの視界に警告が現れる。
【外部アクセス率】
5%
急激に上昇。
「……!」
【新規メッセージ受信】
レインは固まった。
今まで。
ステータス画面から。
誰かに話しかけられたことなどない。
文字が一つずつ現れる。
【聞こえるか】
レインの呼吸が止まる。
【こちらは】
少し間。
【お前を知っている】
レインは立ち上がる。
「レインさん?」
ミアが驚く。
次の文字。
【お前が】
【何者なのかも】
そして。
最後。
【知りたければ】
【戻って来い】
表示が消えた。
レインは。
しばらく動けなかった。
攻撃能力なし。
防御D。
表示レベル30。
三度追放された無能な後衛。
それが。
自分だと思っていた。
だが。
もしかすると。
もっと根本から。
違っていたのかもしれない。
そしてその頃。
《封印迷宮アビス》最深部。
人間が一度も到達したことのない場所。
巨大な黒い空間の中央。
鎖に繋がれた何かの前で。
一本の鎖が。
音を立てて。
砕けた。
【第二封印】
正常
↓
損傷開始
【封印対象覚醒率】
2%
↓
3%
暗闇の中。
二つの光が。
ゆっくりと開いた。
「――レイン。」
それは。
初めて。
誰かの声を真似たものではない。
その存在自身の声だった。




