第十七話 最初に俺を捨てた者たち
「《紅蓮の剣》……。」
レインは、その名前を静かに繰り返した。
忘れたことはない。
冒険者になって初めて所属したパーティー。
そして――。
初めて追放されたパーティー。
「知っているんですか?」
リリアが尋ねる。
「ああ。」
レインは短く答えた。
「俺が最初に所属していたパーティーだ。」
「……最初に?」
セラが言葉の意味に気付く。
ガルドも腕を組んだ。
「つまり、お前を最初に追放した連中か。」
「ああ。」
ミアが心配そうにレインを見る。
「大丈夫なんですか?」
レインは少し考えた。
「何が?」
「一緒に行くんですよね?」
「仕事だからな。」
あまりにも淡々とした返事だった。
だが。
レインの頭には、昔の記憶が蘇っていた。
◇◇◇
八年前。
まだ二十二歳だったレインは、《紅蓮の剣》の一員だった。
当時は全員が若かった。
剣士――アレス。
槍使い――ロイド。
魔法使い――フェリア。
治癒師――シーナ。
そして後衛――レイン。
最初は仲が良かった。
一緒に依頼を受け。
一緒に食事をし。
一緒に野宿した。
レインは戦えなかった。
だから。
荷物を持った。
料理を覚えた。
地図を描いた。
装備を修理した。
薬草を集めた。
夜番を多く引き受けた。
そして戦闘では。
仲間の後ろから。
ひたすら支援魔法を使った。
当時のレイン自身も知らなかった。
自分の支援が。
どれほど仲間を強くしていたのか。
《紅蓮の剣》は急速に成長した。
Fランク。
Eランク。
そしてDランクへ。
だが。
レインの表示レベルが30になった頃。
成長が止まった。
正確には。
止まったように見えた。
「レイン。」
ある日の依頼後。
リーダーのアレスが言った。
「話がある。」
嫌な予感がした。
「お前、今日で抜けてくれ。」
「……え?」
「俺たちは上を目指す。」
「Cランク。」
「その先はBランク。」
「いずれAランクへ行く。」
アレスはレインの冒険者証を見た。
【レベル30】
「でも、お前はDランク止まりだ。」
「攻撃もできない。」
「この先について来られない。」
レインは必死に言った。
「支援ならできます。」
「料理も。」
「荷物も。」
「装備管理も――」
「それは冒険者の仕事じゃない。」
アレスの言葉が突き刺さった。
「俺たちが欲しいのは仲間だ。」
「使用人じゃない。」
悪意はなかった。
だからこそ。
余計に苦しかった。
「分かった。」
それしか言えなかった。
その日。
レインは初めて。
仲間を失った。
◇◇◇
「レイン?」
ガルドの声で現実へ戻る。
「大丈夫だ。」
レインは答えた。
そしてギルドマスターを見る。
「依頼の詳細を聞かせてください。」
バルガスが頷く。
机の上に地図を広げた。
「《封印迷宮アビス》。」
王都北部。
山岳地帯の地下に存在する古代迷宮。
通常の迷宮とは違う。
約三百年前。
当時の王国軍によって入口そのものが封印された。
「何が封印されているんです?」
リリアが尋ねる。
「分からん。」
「分からない?」
「正確な記録が残っていない。」
バルガスが古い資料を開く。
「王国の公式記録では、《危険な魔物の繁殖地》となっている。」
「だが。」
「三百年前に、王国軍二千人を動員して封印した。」
ガルドの表情が変わる。
「魔物の巣に二千人?」
「妙だろう。」
「ああ。」
レインも同意する。
「それだけではありませんね。」
バルガスがレインを見る。
「なぜ分かる?」
「本当に単なる魔物の巣なら、三百年間も封印を維持する理由がない。」
「討伐すれば済む。」
「……その通りだ。」
バルガスは資料を閉じた。
「そして七日前。」
「封印の一部が突然破損した。」
調査隊が派遣された。
第一調査隊。
六名。
消息不明。
第二調査隊。
八名。
消息不明。
第三調査隊。
王国騎士十名。
消息不明。
合計二十四名。
誰一人戻っていない。
「危険度Bという根拠は?」
レインが尋ねる。
バルガスが少し黙る。
「ない。」
「……。」
「王都が暫定的にBと指定しただけだ。」
レインの表情が変わった。
危険度が分からない。
敵も分からない。
地形も分からない。
そして三組が消えている。
最悪の依頼だった。
「断ることは?」
「できる。」
バルガスは即答した。
「指名依頼だが強制ではない。」
「むしろ俺個人としては断ることを勧める。」
リリアたちがレインを見る。
レインは考える。
今までなら。
断った。
勝てる戦いしかしない。
それが《リベレーション》の原則。
だが。
今回は討伐ではない。
調査と救出。
すでに二十四人が取り残されている可能性がある。
「返事はいつまでです?」
「明日の正午。」
「分かりました。」
レインは資料を受け取った。
「それまで考えます。」
◇◇◇
翌日。
王都から使者が到着した。
そして。
その中に四人の冒険者がいた。
先頭の男を見た瞬間。
レインは足を止めた。
赤い鎧。
腰には炎属性の魔剣。
三十歳ほどの男。
剣士アレス。
その後ろ。
槍使いロイド。
魔法使いフェリア。
治癒師シーナ。
八年前と同じ四人。
だが。
冒険者証の色が違う。
Bランク。
《紅蓮の剣》。
今では王国でも名の知られた上位パーティーになっていた。
アレスもレインに気付いた。
「……レイン?」
二人の視線が交わる。
しばらく。
誰も動かなかった。
先に口を開いたのはアレスだった。
「久しぶりだな。」
「ああ。」
「八年ぶりか。」
「それくらいだ。」
アレスはレインの冒険者証を見る。
【Dランク】
一瞬。
表情が曇った。
「まだ……Dなのか。」
「そうだ。」
レインは否定しない。
表示上は。
今もDランク。
レベル30。
八年前と同じ。
アレスは何か言おうとした。
しかし。
その前にガルドがレインの隣へ立った。
「レイン。」
「出発準備はどうする?」
「ああ。」
アレスがガルドを見る。
そして。
目を見開いた。
「守護騎士……?」
希少上位職。
しかも。
ガルドの装備にはオーガ変異種との戦闘痕が残っている。
次に。
リリア。
「星属性……?」
さらに。
セラ。
最後にミア。
アレスには理解できなかった。
なぜ。
Dランクのレインの周囲に。
これほど異質な人間が集まっているのか。
「レイン。」
アレスが尋ねる。
「この人たちは?」
レインは答えた。
「俺の仲間だ。」
短い言葉。
だが。
アレスには重かった。
かつて。
自分がレインに言った。
――俺たちが欲しいのは仲間だ。
――使用人じゃない。
そのレインが。
今は自分の仲間を率いている。
「お前がリーダーなのか?」
「ああ。」
「……そうか。」
アレスはそれ以上言わなかった。
◇◇◇
合同作戦会議。
《紅蓮の剣》四名。
《リベレーション》五名。
王国騎士団から派遣された騎士六名。
合計十五名。
指揮官は王国騎士団副隊長。
レベル43。
Bランク騎士――グレイヴ。
「作戦は単純だ。」
グレイヴが地図を指す。
「迷宮へ入り。」
「消息を絶った三隊を捜索。」
「危険対象を確認した場合、可能なら討伐。」
「不可能なら撤退。」
レインが手を挙げる。
「質問があります。」
グレイヴが見る。
「何だ。」
「三隊が最後に連絡した場所は?」
「不明だ。」
「迷宮内部の地図は?」
「三百年前のものしかない。」
「魔物の情報は?」
「不明。」
「封印が破損した原因は?」
「不明。」
レインは黙る。
グレイヴが少し苛立った。
「何が言いたい。」
「情報がなさすぎます。」
「だから調査する。」
「十五人全員で入るのは危険です。」
グレイヴの眉が動く。
「ならどうする。」
「先行偵察を出すべきです。」
「少人数で?」
「はい。」
「危険すぎる。」
「十五人同時に消えるよりいい。」
部屋が静かになる。
グレイヴの表情が険しくなる。
「Dランク。」
「お前は自分の立場を理解しているか?」
ガルドが動こうとする。
レインが手で制した。
「理解しています。」
「なら――」
「だから言っています。」
レインは淡々と答える。
「ランクではなく。」
「生きて帰る方法を話しています。」
グレイヴの目が鋭くなる。
アレスが二人を見る。
そして。
意外にも。
「俺はレインに賛成だ。」
全員がアレスを見る。
グレイヴも驚いた。
「アレス?」
「迷宮内部の情報がなさすぎる。」
「全員で突入するのは危険だ。」
レインも少し驚いた。
アレスは続ける。
「先行偵察を出そう。」
「俺が行く。」
「それなら私も。」
シーナが言う。
だが。
レインは首を横に振った。
「俺が行く。」
「レイン?」
「俺とセラ。」
セラが驚く。
「私ですか?」
「ああ。」
「未来視が必要になる。」
その言葉で。
部屋の空気が止まった。
「未来視?」
グレイヴが聞き返す。
しまった。
レインは思った。
今まで外部には詳しく説明していない。
セラを見る。
彼女は少し迷った後。
「少し先の未来が見えます。」
自分から答えた。
「ただし、戦闘中だけです。」
グレイヴが絶句する。
アレスたちも同じだった。
「そんな能力……。」
フェリアが呟く。
「聞いたことがない。」
セラはレインを見る。
「行きます。」
「いいのか?」
「はい。」
「レインさんとなら。」
アレスはその言葉を聞いていた。
八年前。
誰もレインの判断を信じなかった。
今。
未来を見る少女が。
迷うことなく。
レインを信じている。
◇◇◇
翌朝。
《封印迷宮アビス》。
巨大な石門の前に十五人が立っていた。
三百年前の封印。
その中央には。
人一人が通れるほどの亀裂が開いている。
レインが近付く。
その瞬間。
視界に文字が浮かんだ。
【解析不能】
「……。」
初めてだった。
《潜在才能鑑定》を得てから。
何も見えない。
もう一度見る。
【解析不能】
さらに集中する。
【警告】
対象情報が閲覧権限を超過しています。
レインの背中に冷たいものが走る。
(閲覧権限?)
そんな表示は見たことがない。
その時。
セラがレインの腕を掴んだ。
「レインさん。」
顔色が真っ青だった。
「どうした?」
「見えません。」
「何が?」
「未来です。」
レインの表情が変わる。
「全く?」
「はい。」
セラは震えていた。
「この中だけ。」
「何も……見えないんです。」
その言葉を聞いた瞬間。
レインは理解した。
ここは。
今までの迷宮とは違う。
自分の鑑定が通じない。
セラの未来視も通じない。
それでも。
二十四人が中にいる。
レインは亀裂の奥を見る。
完全な闇。
「レイン。」
アレスが後ろから声を掛けた。
「嫌な感じがする。」
「奇遇だな。」
レインは答えた。
「俺もだ。」
そして。
暗闇の奥から。
声が聞こえた。
「――たす……け……。」
全員が固まる。
「今のは?」
リリアが聞く。
もう一度。
「……助けて……。」
女性の声。
迷宮内部から。
グレイヴが剣を抜く。
「生存者だ!」
「待って!」
レインが叫ぶ。
だが。
一人の騎士が先に亀裂へ近付いた。
「誰だ!」
「王国騎士団だ!」
暗闇から。
声が返る。
「……助けて……。」
騎士が一歩踏み込む。
その瞬間。
セラが叫んだ。
「ダメ!!」
闇から。
何かが伸びた。
腕。
人間のような。
異常に長い腕。
騎士の足首を掴む。
「なっ――!」
一瞬。
騎士の身体が闇へ引きずり込まれた。
「うわあああああ!!」
悲鳴。
グレイヴが飛び込もうとする。
「待て!」
レインが止める。
「部下が!」
「今入ったら全員やられる!」
「離せ!」
「ガルド!」
「おう!」
ガルドがグレイヴを押さえる。
そして。
悲鳴が。
突然止まった。
静寂。
誰も動けない。
しばらくして。
暗闇の奥から。
また。
声が聞こえた。
今度は。
先ほど引きずり込まれた騎士の声だった。
「……隊長。」
グレイヴの顔色が変わる。
「俺です。」
「助けてください。」
だが。
レインは。
その声を聞いた瞬間。
「全員、入口から離れろ。」
低い声で言った。
「レイン?」
アレスが見る。
レインは暗闇だけを見ていた。
「今のは。」
「人間じゃない。」
その瞬間。
迷宮の奥から。
いくつもの声が聞こえ始めた。
「助けて。」
「痛い。」
「こっちに来て。」
「隊長。」
「お母さん。」
「助けてください。」
男。
女。
子供。
老人。
二十四人。
いや。
もっと多い。
数十。
数百。
声が重なる。
そして。
レインの視界に。
ようやく。
赤い文字が一行だけ現れた。
【警告】
――これは迷宮ではありません。
レインの呼吸が止まる。
その下。
もう一行。
【封印対象】
――現在、覚醒率1%。
レインは。
初めて理解した。
三百年前。
王国軍二千人が封印したのは。
迷宮ではない。
この地下に眠る。
何かそのものだった。
そしてその「何か」は。
今。
目を覚まし始めている。




