第十五話 失敗作の錬金術師
翌朝。
アルトの街は、昨日までとは明らかに違っていた。
「おい、あれだ。」
「Dランクの後衛。」
「オーガ変異種を倒したっていう……。」
ギルドへ向かう途中。
レインたちを見る視線が増えている。
それも、嘲笑ではない。
好奇心。
驚き。
そして少しの警戒。
ガルドが苦笑した。
「一晩で随分変わったな。」
セラも落ち着かない様子で周囲を見る。
「昨日まで笑われてたのに……。」
リリアは少し嬉しそうだった。
「でも、認めてもらえたってことですよね?」
レインは首を横に振る。
「まだ早い。」
「一回勝っただけだ。」
「次に負ければ、評価なんてすぐひっくり返る。」
ガルドが笑う。
「相変わらず慎重だな。」
「慎重じゃない。」
レインは答える。
「俺たちはまだ弱い。」
それは謙遜ではない。
事実だった。
オーガ変異種との戦い。
勝った。
だが、正面戦闘の勝率は四十一%。
七秒間の弱点を見つけられなければ全滅していた。
ガルドの盾は半壊。
リリアは魔力をほぼ使い切った。
セラの未来視にもまだ限界がある。
そしてレイン自身は、一人では何もできない。
「だから。」
レインは三人を見る。
「今日から訓練を変える。」
「変える?」
リリアが尋ねる。
「ああ。」
「今まではそれぞれの能力を伸ばしてきた。」
「これからは、四人で戦うための訓練をする。」
◇◇◇
ギルド訓練場。
レインは地面に四つの印を付けた。
前。
中央。
左右。
後方。
「ガルドは前。」
「リリアは中央。」
「セラは右後方。」
「俺は最後尾。」
セラが首をかしげる。
「いつもの陣形ですよね?」
「基本は。」
レインは答える。
「でも、戦闘は予定通りにはいかない。」
「ガルドが動けなくなったら?」
「リリアが魔力切れになったら?」
「セラが未来視を使えなくなったら?」
三人が黙る。
「昨日は勝った。」
「でも、誰か一人欠けていたら負けていた。」
レインは地面の印を見る。
「だから誰かが崩れても、残りで戦える形を作る。」
ガルドが腕を組む。
「俺が倒れたら?」
「セラが敵を引きつける。」
「私が?」
セラが目を丸くする。
「逃げながら、未来視で敵の進路を誘導する。」
「そこへリリアが範囲魔法。」
「なるほど……。」
「リリアが魔力切れなら?」
リリアが尋ねる。
「セラ主体へ変更。」
「ガルドが敵を一か所へ集め、セラが未来誘導射撃。」
「俺は命中補正を乗せる。」
ガルドが笑う。
「ずいぶん考えてるな。」
「考えないと死ぬからな。」
それがレインの答えだった。
◇◇◇
訓練は昼過ぎまで続いた。
何度も失敗した。
リリアの魔法がガルドに当たりかける。
セラが位置取りを間違える。
ガルドが敵役を追いすぎる。
「止める!」
レインの声が飛ぶ。
「今の連携、最初から。」
「またですか!?」
リリアが息を切らす。
「また。」
「でも今の、かなり良かったですよ。」
「良かったからもう一回。」
三人が不思議そうに見る。
「失敗した時だけじゃなく。」
レインは言う。
「成功した時ほど再現できるようにする。」
昨日と同じ考え。
偶然の成功に価値はない。
同じことを何度でもできて。
初めてそれは技術になる。
◇◇◇
休憩中。
ギルドの入口付近が急に騒がしくなった。
「また爆発したぞ!」
「水! 誰か水持ってこい!」
「錬金工房だ!」
レインたちは顔を見合わせる。
外へ出ると。
通りの向こうから黒煙が上がっていた。
「火事?」
リリアが驚く。
「行こう。」
四人は工房へ向かった。
幸い大きな火災ではなかった。
建物の窓から煙が出ている程度。
その前では、小柄な少女が真っ黒になって座り込んでいた。
年齢は二十歳前後。
短い茶髪。
丸眼鏡。
白衣らしき服は煤だらけ。
「またお前か!」
工房の主人らしい老人が怒鳴っている。
「す、すみません!」
少女が何度も頭を下げる。
「今度こそ成功すると思ったんです!」
「毎回それを言うだろ!」
周囲から笑い声。
「爆発錬金術師だ。」
「また失敗したのか。」
「よくクビにならないよな。」
老人が叫ぶ。
「クビだ!」
少女が固まる。
「え?」
「今日限りで出ていけ!」
「待ってください!」
「もう無理だ!」
老人は煤だらけの瓶を少女の前へ投げる。
「回復薬を作れと言ったんだぞ!」
「それがなぜ爆発する!」
少女は俯いた。
「……すみません。」
「才能がないんだ。」
老人の言葉に。
少女の肩が小さく震える。
レインはその場で立ち止まった。
まただ。
その言葉。
才能がない。
無能。
役立たず。
何度聞いただろう。
「レインさん?」
リリアが気付く。
レインは少女を見る。
そして。
青白い文字が浮かんだ。
【名前】
ミア・アルケミス
【職業】
錬金術師
【現在レベル】
16
【現在適性】
F
【調合成功率】
9%
ここだけ見れば。
確かに最低クラス。
しかし。
その下。
【潜在才能】
★★★★★
【真の適職】
《創生錬金術師》
【固有能力】
《性質転換》
《物質再構築》
《複合生成》
【特殊特性】
既存レシピ適性:F
新規創造適性:EX
レインの目が見開かれる。
(またか。)
理由はすぐ分かった。
彼女は。
既存のレシピ通りに作ることが苦手なのだ。
しかし。
存在しないものを作る才能は世界最高。
「だから爆発するのか……。」
レインが呟く。
「何がです?」
セラが尋ねる。
「いや。」
レインは少女へ近づいた。
老人はまだ怒っている。
「道具も全部置いていけ!」
「でも……。」
「出ていけ!」
少女は泣きそうな顔で荷物をまとめ始めた。
レインが声を掛ける。
「その回復薬。」
少女が振り向く。
「え?」
「本当に回復薬を作ろうとした?」
「……はい。」
「レシピ通り?」
「はい……。」
「途中で何か変えなかった?」
少女の表情が変わる。
「……少し。」
老人が怒鳴る。
「ほら見ろ!」
「だから失敗するんだ!」
レインは老人を無視した。
「何を変えた?」
少女は戸惑いながら答える。
「月光草を一枚減らしました。」
「代わりに?」
「魔力草を入れました。」
「なぜ?」
「回復だけじゃなく、魔力も少し戻せたら便利かなって……。」
周囲から笑いが起こる。
「馬鹿だ。」
「回復薬と魔力薬を混ぜるなんて。」
「そんなの無理に決まってる。」
だが。
レインには見えていた。
【試作品分析】
目的:
体力回復+魔力回復
既存技術では実現困難。
【失敗原因】
混合比率不適切。
触媒不足。
加熱温度過剰。
【完成可能性】
94%
レインの表情が変わった。
「ミア。」
少女が驚く。
「はい?」
「もう一度作ってみないか。」
老人が目を剥く。
「何を言ってる!」
「また爆発するぞ!」
レインは少女だけを見る。
「月光草三枚。」
「魔力草一枚。」
「そこに銀露を二滴。」
「火は今までの半分。」
少女の目が大きくなる。
「銀露……?」
「試せる?」
「……できます。」
老人が止める。
「馬鹿な!」
「工房は使わせん!」
ガルドが前へ出た。
巨大な身体で老人を見下ろす。
「外でやればいい。」
◇◇◇
ギルド裏の空き地。
簡易錬金器具を並べる。
ミアの手は震えていた。
「本当に……。」
「これでいいんでしょうか。」
「分からない。」
レインが答えた。
ミアが驚く。
「分からないんですか!?」
「ああ。」
「俺は錬金術師じゃない。」
「でも。」
レインは笑う。
「君がやろうとしてることは間違ってないと思う。」
その言葉で。
ミアの手の震えが止まった。
材料を入れる。
月光草。
魔力草。
銀露。
ゆっくり加熱する。
液体が青から紫へ。
さらに。
淡い銀色へ変化した。
「……。」
誰も声を出さない。
爆発しない。
ミアが慎重に瓶へ移す。
完成。
レインの視界に表示が出る。
【新規アイテム生成】
名称未登録
効果:
体力回復 中
魔力回復 小
副作用:なし
品質:★★★★☆
レインは笑った。
「成功だ。」
ミアは動かない。
「……え?」
「成功してる。」
「嘘……。」
少女は瓶を見つめる。
「私が……?」
ギルドの鑑定士を呼ぶ。
結果。
「本当に……両方回復します。」
鑑定士が驚愕する。
「こんな薬、見たことがない。」
周囲がざわめく。
「新薬?」
「爆発錬金術師が?」
「まさか……。」
ミアの目から涙が落ちた。
「私……。」
「失敗じゃなかったんですか。」
レインは答える。
「失敗はしてた。」
ミアが一瞬落ち込む。
「でも。」
「失敗することと、才能がないことは別だ。」
「君は既存の薬を作るのが苦手なんだ。」
「でも。」
少し間を置く。
「誰も作ったことのないものを作れる。」
ミアは信じられない顔でレインを見る。
その瞬間。
レインの視界に新しい文字。
【覚醒条件進行】
ミア・アルケミス
自らの創造を肯定する。
進捗:62%
レインは確信した。
また一人。
世界に才能を誤解された者。
そして。
今度は戦闘職ではない。
だが。
だからこそ必要だと思った。
世界最強のパーティーは。
戦える者だけで作るものではない。
「ミア。」
レインは手を差し出す。
「俺たちの仲間にならないか。」
少女は目を丸くする。
「私が?」
「ああ。」
「でも、戦えません。」
「問題ない。」
「失敗ばかりです。」
「それも知ってる。」
「また爆発させるかもしれません。」
ガルドが笑う。
「その時は俺が盾になる。」
「ええ!?」
リリアも笑う。
「私も最初は落ちこぼれでした。」
セラが続ける。
「私なんて矢が当たりませんでした。」
ミアは三人を見る。
そして。
最後にレインを見る。
「あなたも……?」
レインは苦笑する。
「三回追放された。」
「ここ、そんな人ばっかりなんですか?」
四人が笑う。
やがて。
ミアも泣きながら笑った。
「……入りたいです。」
「私も。」
「ここにいていいですか?」
レインは頷く。
「もちろん。」
手を握る。
その瞬間。
【仲間獲得】
ミア・アルケミス
【パーティー人数】
5
【世界最強パーティー結成率】
7% → 11%
【新規機能解放】
《装備適性解析》
《アイテム開発支援》
そして最後に。
一つの表示。
【特殊連携候補】
ミア × リリア
《星魔導具》
ミア × セラ
《未来追尾矢》
ミア × ガルド
《自己修復盾》
レインは表示を見て。
思わず笑った。
(なるほど。)
彼女は戦えない。
だが。
仲間全員を。
さらに強くできる。
それは。
レイン自身とよく似た力だった。
そして。
その日の夕方。
アルトの街に、新しい噂が加わった。
――Dランクの後衛は。
――今度は爆発ばかり起こす失敗錬金術師を拾ったらしい。
誰もまだ知らない。
その「失敗作」がやがて。
勇者の聖剣すら超える武器を作り。
魔王軍の常識を根底から覆す存在になることを。




