第十四話 七秒間の勝機
「弱い奴の戦い方で勝つ。」
レインの言葉に、三人の表情が変わった。
目の前にいるのはレベル38のオーガ変異種。
こちらの最高レベルを大きく上回る格上だ。
まともに戦えば負ける。
だから――まともには戦わない。
「ガルド。」
「おう。」
「最初の攻撃は受けるな。」
ガルドが驚く。
盾役に対して、攻撃を受けるな。
普通なら矛盾した指示だった。
「避けるのか?」
「違う。」
レインはオーガの右腕を見る。
「受け流せ。」
「真正面から受ければ盾ごと壊される。」
「右へ流せ。」
ガルドは一瞬考え、頷いた。
「分かった。」
「リリア。」
「はい。」
「まだ魔法を撃つな。」
「え?」
「合図するまで魔力を温存。」
「分かりました。」
「セラ。」
「はい!」
「左脚だけを見ろ。」
「左脚?」
「倒すために撃つ必要はない。」
「動きを制限する。」
セラは弓を構える。
「分かりました。」
最後に。
レインは三人を見た。
「絶対に無理をするな。」
「一人でも崩れたら撤退する。」
ガルドが笑う。
「了解だ、リーダー。」
その言葉に。
倒木の陰で倒れていたダリオが目を見開いた。
(リーダー……?)
自分たちのパーティーでは。
レインは荷物持ちだった。
誰も意見を聞かなかった。
戦闘中に何か言っても、
「黙ってろ。」
それで終わり。
その男を。
今。
三人の冒険者がリーダーと呼んだ。
しかも。
誰一人として、レインの指示を疑っていない。
「来る!」
レインが叫んだ。
オーガが地面を蹴る。
巨体からは想像できない速度。
狙いはガルド。
巨大な右腕が振り上げられる。
「ガルド!」
「右へ!」
「おう!」
大盾を正面ではなく斜めに構える。
直後。
ドゴォォォン!
右腕が盾へ激突した。
衝撃。
ガルドの足が地面を滑る。
「ぐっ……!」
だが。
倒れない。
攻撃の力を真正面で受けず、右へ流した。
拳が地面へ突き刺さる。
巨大な穴が開いた。
「……。」
ガルドの顔から笑みが消えた。
もし真正面から受けていたら。
盾ごと腕を折られていた。
「化け物だな。」
「だから受けるなと言った。」
レインは冷静だった。
「セラ!」
「はい!」
オーガが右腕を引き抜く。
その瞬間。
セラには見えていた。
二秒後。
オーガが踏み込む場所。
そこへ矢を放つ。
ヒュッ!
まだ何もない地面。
だが。
次の瞬間。
オーガの左脚がそこへ来た。
ドスッ!
「グオオオッ!」
矢が左膝へ突き刺さる。
浅い。
致命傷には程遠い。
しかし。
オーガの動きが一瞬止まった。
「もう一本!」
レインが叫ぶ。
セラは二本目を放つ。
今度は同じ左脚の足首。
命中。
「グルルル……!」
オーガがセラを見る。
「まずい!」
リリアが杖を構える。
「撃つな!」
レインが止める。
「でも!」
「ガルド!」
「分かってる!」
大盾を地面へ叩きつける。
「《絶対挑発》!」
ドン!
空気が震える。
オーガの視線がガルドへ戻った。
「来い!」
ガルドが叫ぶ。
「お前の相手は俺だ!」
オーガが咆哮する。
右腕。
一撃。
ガルドは流す。
二撃。
流す。
三撃。
「ぐっ!」
完全には流せない。
盾に亀裂が入った。
「ガルド!」
リリアが叫ぶ。
「大丈夫だ!」
だが。
レインには見えている。
【ガルド】
疲労度:43%
右腕損傷:軽度
盾耐久度:51%
長くは持たない。
(まだだ。)
レインは待つ。
オーガの状態を見る。
【怒気】
62%
まだ。
セラの矢が左脚へ刺さる。
【怒気】
71%
さらに。
ガルドが攻撃を流す。
【怒気】
79%
「レイン!」
ガルドが叫ぶ。
「そろそろ盾がもたんぞ!」
「あと少し!」
レインはオーガを見る。
【怒気】
86%
「セラ!」
「右目!」
「え?」
「外していい!」
セラは一瞬戸惑う。
しかし。
すぐに理解した。
狙いは倒すことではない。
怒らせること。
弓を引く。
未来を見る。
オーガが顔を動かす場所。
そこへ。
ヒュッ!
矢が飛ぶ。
オーガの右頬をかすめた。
血が流れる。
「グ……。」
一瞬。
静かになった。
次の瞬間。
「グオオオオオオオオオッ!!」
咆哮。
森の鳥たちが一斉に飛び立つ。
全身の筋肉が膨張する。
皮膚が赤黒く変色。
魔力が爆発的に増加する。
【警告】
《狂化》発動。
攻撃力上昇。
速度上昇。
防御力上昇。
ガルドが青ざめる。
「おい。」
「強くなったぞ!?」
「分かってる。」
レインは静かに答えた。
これを待っていた。
オーガが右腕を振り上げる。
「全員離れろ!」
四人が一斉に後退する。
直後。
拳が地面へ叩きつけられた。
轟音。
土と石が吹き飛ぶ。
そして――。
【狂化発動完了】
【魔力循環停止】
残り時間。
7.00
レインの目が鋭くなる。
「今だ!」
七秒。
6.72。
「ガルド!」
「《守護拘束》!」
光の鎖がオーガの両脚へ絡みつく。
6.01。
「セラ!」
「左膝!」
未来を見る。
5.63。
矢が飛ぶ。
一本。
二本。
左膝へ集中。
4.91。
オーガが体勢を崩す。
「リリア!」
「まだですか!?」
「まだ!」
4.32。
ガルドが盾でオーガの右脚へ体当たりする。
巨体が傾く。
3.84。
「セラ!」
三本目。
左膝。
3.21。
オーガが片膝をつく。
「今!」
リリアが杖を掲げた。
今まで温存していた魔力。
すべてを一撃へ。
白銀の光が集まる。
だが。
レインの視界に警告が出た。
【魔力不足】
推定威力:
必要値の82%
(足りない。)
このままでは倒せない。
時間。
2.63。
レインは無意識に手を伸ばした。
「リリア。」
ただ。
願った。
届いてくれ。
その瞬間。
レインの身体から、青白い光が溢れた。
【固有支援発動】
《魔力増幅》
対象:リリア
増幅率――
184%
「えっ……?」
リリアの杖に集まっていた光が、一気に膨れ上がった。
2.01。
「撃て!」
「《スター・フレア!》」
白銀の光が放たれる。
1.54。
オーガが顔を上げる。
1.13。
光が胸へ直撃。
0.71。
轟音。
0.00。
森が白く染まった。
◇◇◇
風が吹いた。
煙が少しずつ消えていく。
誰も動かない。
ガルドは盾を構えたまま。
セラは弓を握ったまま。
リリアは肩で息をしている。
そして。
煙の向こう。
オーガが立っていた。
「……。」
リリアの顔が青ざめる。
「そんな……。」
だが。
オーガは動かない。
胸には巨大な穴が開いている。
やがて。
巨体がゆっくり傾いた。
ズゥゥゥン――。
地面が揺れる。
【オーガ変異種】
討伐確認。
静寂。
誰も声を出さない。
やがて。
「……勝った?」
セラが呟いた。
ガルドが盾を下ろす。
「勝った……みたいだな。」
リリアはその場に座り込んだ。
「怖かった……。」
レインも同じだった。
足が震えている。
勝率41%。
一つ間違えれば全滅していた。
「まだ終わってない。」
レインは倒木へ走る。
「救助が先だ!」
三人も我に返る。
「はい!」
◇◇◇
《蒼銀の翼》の四人は全員生きていた。
最も重傷だった槍使いベルクから治療する。
「リリア、回復薬。」
「はい!」
「セラ、周囲警戒。」
「分かりました。」
「ガルド、倒木を動かしてくれ。」
「任せろ。」
レインは手際よく処置を進める。
止血。
固定。
回復薬。
呼吸確認。
昔からやってきた仕事だった。
戦えない。
だから。
怪我人の処置を覚えた。
荷物持ちだった。
だから。
どの袋に何が入っているか瞬時に分かるよう整理した。
雑用係だった。
だから。
仲間が戦う以外の仕事を、全部覚えた。
ダリオは地面に横たわったまま、その姿を見ていた。
「レイン……。」
「喋るな。」
「でも……。」
「今は治療が先だ。」
レインは淡々と答える。
ダリオは黙った。
その目には。
理解できないものを見るような色が浮かんでいた。
やがて四人の応急処置が終わる。
最悪の状態は脱した。
「これなら街まで持つ。」
レインが立ち上がる。
その時。
ダリオが声を絞り出した。
「……どうして。」
レインが振り向く。
「何?」
「どうして……助けた。」
レインは黙る。
ダリオの声が震える。
「俺たちは……。」
「お前を追放した。」
「無能って言った。」
「寄生虫って言った。」
「それなのに……。」
レインは少し考えた。
そして答えた。
「助けたいと思ったわけじゃない。」
ダリオの表情が止まる。
「正直に言えば。」
「今でも、あの時のことは許してない。」
リリアたちは黙って聞いていた。
「でも。」
レインは続ける。
「だからって、死ねばいいとは思わない。」
ダリオは何も言えなかった。
「それだけだ。」
レインは背を向ける。
「帰ろう。」
◇◇◇
その夜。
アルトの冒険者ギルド。
扉が開いた。
最初に入ってきたのはガルド。
その背中には負傷したベルク。
次にセラ。
リリア。
そして。
最後にレイン。
《蒼銀の翼》の四人全員が救出された。
ギルドが静まり返る。
ミリアが駆け寄った。
「無事だったんですね!」
「四人とも生きています。」
「すぐ治療院へ!」
職員たちが動く。
その時。
一人の冒険者が尋ねた。
「オーガは?」
レインは答える。
「倒した。」
「……え?」
「オーガ変異種は討伐しました。」
静寂。
誰も理解できない。
レベル38。
Cランク上位。
Bランクを含む討伐隊を編成する予定だった魔物。
それを。
Dランクの後衛。
元落ちこぼれ魔法使い。
元無能盾役。
元命中率最低の弓使い。
四人で倒した。
「嘘だろ……。」
誰かが呟いた。
ミリアは討伐証明として持ち帰った巨大な魔石を確認する。
手が震えた。
「……本物です。」
ざわめきが爆発した。
「四人で!?」
「どうやって!」
「ガルドが倒したのか?」
「いや、魔法使いか?」
「弓使いもいるぞ!」
そして。
誰かが言った。
「でも……。」
「レインは何をしたんだ?」
一瞬。
静かになる。
別の冒険者が笑った。
「何もしてないだろ。」
「攻撃できないんだから。」
「今回も後ろにいただけじゃないか?」
笑い声。
レインは何も言わなかった。
慣れている。
しかし。
「違う。」
ガルドだった。
酒場が静まる。
「俺たちだけなら死んでいた。」
セラも言う。
「私もです。」
リリアが続ける。
「レインさんがいなかったら、私たちはオーガと戦うことすらできませんでした。」
誰かが尋ねる。
「じゃあ……。」
「誰が一番強いんだ?」
三人は一瞬だけ顔を見合わせた。
そして。
ほぼ同時に。
一人を見る。
最後尾に立っている男。
レベル30。
Dランク。
攻撃能力なし。
防御D。
誰が見ても弱い後衛。
ガルドが笑った。
「決まってる。」
「俺たちの中で一番重要なのは――。」
「レインだ。」
その瞬間。
レインの視界に文字が浮かんだ。
【格上討伐達成】
大量の支援経験値を獲得。
【内部レベル】
32 → 35
【新規支援能力獲得】
《魔力増幅》
《防御増幅》
《命中補正》
そして。
最後に一つ。
今までとは違う金色の文字が現れた。
【称号獲得】
《導く者》
効果:
自身が見出した仲間の潜在能力解放速度を上昇。
レインはその文字を見つめる。
世界最強になる。
その意味を。
この時のレインは、まだ勘違いしていた。
自分が強くなることだと思っていた。
違う。
彼の本当の力とは。
強い者を倒すことではない。
誰にも見つけてもらえなかった者を、強い者へ変えること。
そしてその夜。
アルトの街で初めて。
奇妙な噂が流れ始めた。
――Dランクの後衛に拾われた落ちこぼれは、なぜか化ける。
その噂はやがて。
王都へ。
他国へ。
そして魔王軍にまで届くことになる。




