第十三話 捨てた者、捨てられた者
「オーガ変異種……?」
アルトの冒険者ギルドへ戻ったレインは、掲示板に貼られた赤い依頼書を見上げていた。
いつものギルドとは空気が違う。
酒を飲んで騒いでいる者はいない。
冒険者たちは小声で話し合い、職員たちは慌ただしく行き来している。
【緊急討伐】
対象:オーガ変異種
推定レベル:38
危険度:C
出現場所:北東森林深部
討伐推奨:Cランク以上
【追記事項】
先行パーティー一組、消息不明。
「レベル三十八……。」
リリアが息を呑む。
この世界ではレベル三十一から三十九がCランク。
その上位に位置する魔物だ。
「俺たちにはまだ早いな。」
ガルドが冷静に言う。
レインも同じ判断だった。
フォレストウルフ十一匹には勝った。
だが、それとCランク上位の単体を相手にすることは全く違う。
真正面から戦えば危険すぎる。
「今回は――」
レインがそう言いかけた時だった。
「レインさん!」
受付嬢ミリアが駆け寄ってきた。
顔色が悪い。
「無事だったんですね。」
「はい。フォレストウルフ十一体、討伐しました。」
「十一体!?」
一瞬驚いたものの、今はそれどころではないらしい。
「申し訳ありません。討伐確認は後で行います。」
「何かあったんですか?」
ミリアは一瞬迷った。
それから声を落とす。
「行方不明になっているパーティーなんですが……。」
嫌な予感がした。
「レインさんが以前所属していたパーティーです。」
レインの表情が止まった。
「……どの?」
「《蒼銀の翼》です。」
二つ目。
レインを追放したパーティーだった。
◇◇◇
《蒼銀の翼》。
レインが二番目に所属したパーティー。
当時はEランクだったが、現在はCランクまで昇格している。
剣士。
槍使い。
魔法使い。
治癒師。
そして当時、後衛だったレイン。
五人で活動していた。
レインがレベル30になった頃。
仲間たちはレベルを上げ続けた。
しかし、レインだけは表示が30から動かなかった。
そして言われた。
――成長しない奴はいらない。
――いつまで俺たちに寄生するつもりだ。
――荷物持ちに報酬を五等分するなんて馬鹿らしい。
追放された。
それから三年。
会っていない。
「救援隊は?」
レインが尋ねる。
「編成中です。」
ミリアが答える。
「ただ、オーガ変異種の推定レベルが三十八なので、Bランク冒険者を中心に編成する予定です。」
「いつ出発します?」
「早くても明日の朝です。」
「遅い。」
レインが即答した。
ミリアが目を見開く。
「でも、今からでは――」
「消息を絶って何時間です?」
「約六時間です。」
レインは考える。
負傷しているなら、一晩は長すぎる。
まして北東森林には別の魔物もいる。
「場所は分かりますか?」
「最後に確認された場所なら……。」
ミリアが地図を広げる。
レインは場所を確認した。
今日フォレストウルフと戦った場所から、さらに北東へ七キロほど。
「レイン。」
ガルドが低い声で言った。
「行くつもりか?」
「……。」
レインは答えなかった。
正直に言えば。
助けたいとは思わなかった。
自分を無能と呼んだ者たちだ。
追放された日のことは、今でも覚えている。
だが――。
「行こう。」
リリアだった。
レインが振り向く。
「危険だ。」
「分かっています。」
「相手はCランク上位だ。」
「それも分かっています。」
リリアはレインを見る。
「でも、レインさんは行きたいんですよね?」
「……。」
「違う。」
レインは首を横に振った。
「行きたいわけじゃない。」
「じゃあ、どうして迷ってるんですか?」
答えられなかった。
ガルドが笑う。
「助けたいんじゃない。」
「見殺しにしたくないんだろ。」
その言葉が一番近かった。
レインは小さく息を吐いた。
「……そうかもしれない。」
セラが弓を背負う。
「なら行きましょう。」
「セラまで。」
「私たち、捨てられた側じゃないですか。」
セラは少し寂しそうに笑った。
「だからって、私たちまで人を捨てたら。」
「同じになっちゃいます。」
レインは三人を見る。
誰一人、強制されていない。
それでも行くと言っている。
「分かった。」
レインは決断した。
「ただし、目的を間違えるな。」
三人の表情が引き締まる。
「オーガ討伐じゃない。」
「《蒼銀の翼》の生存確認と救出。」
「戦闘は可能な限り避ける。」
「俺が撤退と言ったら、全員撤退する。」
「異論は?」
「ない。」
ガルド。
「ありません。」
リリア。
「はい。」
セラ。
レインはミリアを見る。
「救援依頼として受けます。」
◇◇◇
日没まで、あと一時間。
四人は北東森林を走っていた。
先頭はガルド。
中央にリリアとセラ。
最後尾にレイン。
レインの視界には様々な情報が流れている。
【血痕】
経過時間:約5時間
【足跡】
人間4名
進行方向:北東
「こっちだ。」
レインが指示する。
しばらく進むと。
折れた槍。
破れた鞄。
そして。
血の付いた布。
「戦った跡ですね。」
リリアの声が硬くなる。
セラが周囲を警戒する。
「まだ生きているでしょうか。」
「分からない。」
レインは血痕を見る。
【出血量】
中程度
即死可能性:低
「少なくとも、ここでは死んでいない。」
さらに進む。
やがて。
セラが立ち止まった。
「待ってください。」
弓を構える。
「何か見える?」
レインが尋ねる。
「……未来が。」
セラの顔色が変わった。
「何?」
「私たちが……吹き飛ばされる。」
直後。
ドォォォォン!!
前方の木々が弾け飛んだ。
「伏せろ!」
ガルドが大盾を構える。
巨大な何かが森から現れる。
三メートルを超える巨体。
灰色の皮膚。
異常に発達した右腕。
額には二本の角。
普通のオーガではない。
レインの視界に赤い文字が浮かぶ。
【オーガ変異種】
レベル:38
ランク:C
攻撃:B
防御:C
敏捷:D
特殊能力:
《狂化》
《再生》
《剛腕》
そして。
【警告】
現在戦力での正面戦闘――
推奨しません。
予測勝率:41%
レインの背中に冷たい汗が流れる。
今までとは違う。
初めて。
勝率が五割を切った。
「撤退する。」
即断だった。
「ガルド、後退!」
「了解!」
だが。
オーガは追ってこない。
「……?」
レインは違和感を覚えた。
オーガが守るように立っている場所。
その後ろ。
倒木の陰に、人影があった。
一人。
二人。
三人。
四人。
「まさか……。」
レインには見覚えがあった。
剣士ダリオ。
槍使いベルク。
魔法使いエレナ。
治癒師マリア。
《蒼銀の翼》。
全員、生きている。
だが。
四人とも動けない。
そして、ダリオがレインに気付いた。
「……レ……イン?」
信じられないものを見る顔だった。
「何で……。」
掠れた声。
「お前が……ここに……。」
レインは答えなかった。
視界に別の表示が浮かぶ。
【救出対象】
4名
【状態】
重傷2名
中傷2名
【推定生存可能時間】
最短対象:約47分
四十七分。
明日の救援隊では間に合わない。
そして。
彼らを救うには。
目の前のオーガをどうにかするしかない。
「レイン。」
ガルドが盾を構えたまま尋ねる。
「どうする?」
レインはオーガを見る。
勝率四十一%。
戦うべきではない。
リーダーなら、仲間を危険に晒してはいけない。
だが。
撤退すれば四人は死ぬ。
レインは目を閉じる。
そして。
もう一度オーガを見た。
「……待て。」
何かがおかしい。
《潜在才能鑑定》をさらに深く使う。
能力。
行動。
癖。
弱点。
一つずつ情報を開いていく。
【右腕】
攻撃力:B
【左脚】
過去の負傷により可動域低下
【視覚】
右眼:正常
左眼:視力低下
【再生能力】
魔力依存
そして。
最後に。
新しい表示。
【致命的弱点】
狂化発動後――
七秒間、魔力循環停止。
レインの目が変わった。
(ある。)
正面から勝つ必要はない。
相手より強くなる必要もない。
一度だけ。
七秒。
その七秒を作ればいい。
レインは三人を見る。
「作戦を変更する。」
リリアが杖を握る。
セラが弓を構える。
ガルドが笑った。
「やるんだな。」
「ああ。」
レインは答えた。
「ただし。」
「俺たちはオーガより弱い。」
「それを絶対に忘れるな。」
三人が頷く。
「強い奴と正面から戦う必要はない。」
「俺たちは――」
レインの視界に、無数の未来が広がる。
敗北。
負傷。
撤退。
死亡。
その中から。
たった一本。
四人全員が生き残る道を探す。
「弱い奴の戦い方で勝つ。」
オーガが咆哮した。
森全体が震える。
世界から捨てられた四人が。
初めて、自分たちより圧倒的に強い敵へ挑む。
そして倒木の陰では。
かつてレインを「無能」と呼び捨てた男たちが。
その背中を見ていた。




