第十一話 当たらない弓使い
「俺たちのパーティーに来ないか?」
レインが差し出した手を、セラは呆然と見つめていた。
しばらくして、彼女はゆっくり顔を上げる。
「……私の話、聞いてましたよね?」
「ああ。」
「矢が当たらないんですよ?」
「それも聞いた。」
「十本撃って、一本当たればいい方です。」
「知ってる。」
「だったら!」
セラの声が大きくなる。
周囲にいた冒険者たちが振り向いた。
「どうして私なんですか!」
レインは答えた。
「君の矢は当たらないんじゃない。」
「……え?」
「狙う場所を間違えているだけだ。」
セラは眉をひそめる。
「同じことです。」
「違う。」
レインは首を横に振った。
「確かめよう。」
◇◇◇
ギルド裏手の訓練場。
レイン、リリア、ガルド。
そしてセラの四人が立っていた。
噂を聞きつけた冒険者たちも集まっている。
「何を始めるんだ?」
「命中率最低のセラだろ?」
「またレインか。」
「今度は何を拾ってきたんだよ。」
嘲笑が聞こえる。
レインは気にしない。
「セラ。」
「まず普通に撃ってくれ。」
三十メートル先。
木製の標的が置かれている。
「……分かりました。」
セラは弓を構えた。
呼吸を整える。
狙う。
放つ。
ヒュッ!
矢は標的の右側を通過した。
「ほらな。」
誰かが笑う。
二射目。
外れ。
三射目。
外れ。
四射目。
ようやく標的の端に刺さった。
「やっぱりダメじゃないか。」
笑い声が大きくなる。
セラは俯いた。
「だから言ったんです。」
しかし。
レインは違和感を覚えていた。
(おかしい。)
表示を確認する。
【固有能力】
《未来視》
間違いない。
なのに、なぜ静止した標的にすら当たらない?
「セラ。」
「はい……。」
「矢を放つ直前、何が見える?」
「何って……標的です。」
「それだけ?」
「……。」
セラが黙った。
レインは待った。
やがて彼女は小さな声で答える。
「時々……変なものが見えます。」
「どんな?」
「標的が二つに見えるんです。」
レインの目が細くなる。
「二つ?」
「はい。」
「今ある標的と……少しずれた場所に、もう一つ。」
「だから狙いが定まらなくて。」
周囲の冒険者が笑う。
「目が悪いだけじゃねえか。」
「弓使い失格だな。」
だが。
レインには分かった。
(違う。)
セラが見ている二つ目の標的。
それは――。
未来。
「動く標的を用意してくれ。」
「え?」
ギルド職員が戸惑う。
「動く標的ですか?」
「ああ。」
訓練場には、滑車を使って横方向へ移動する射撃訓練用の的があった。
レインはそれを準備させる。
「セラ。」
「今度は動いている的を撃つ。」
「無理です。」
即答だった。
「止まってる的にも当たらないのに。」
「いいから。」
レインは標的を動かした。
一定速度で左から右へ移動する。
「構えて。」
セラが渋々弓を構える。
「今の標的を見るな。」
「え?」
「もう一つ見えるんだろ?」
セラの表情が変わる。
「……はい。」
「そっちを狙え。」
「でも。」
「俺を信じろ。」
セラは迷った。
やがて、小さく頷く。
「分かりました。」
弓を引く。
目の前には、二つの標的。
一つは現在。
もう一つは、その少し先。
今までセラは、現在の標的を狙おうとしていた。
だが、もう一つの像が邪魔をする。
だから外していた。
今回は違う。
現在を見ない。
もう一つ。
まだ存在しない標的だけを見る。
息を止める。
指を離した。
ヒュッ!
矢が飛ぶ。
誰もが、その軌道を追った。
標的は動いている。
矢が通過するはずの場所には、まだ何もない。
しかし。
次の瞬間。
ガンッ!
標的の中心に矢が突き刺さった。
静寂。
セラ自身が一番驚いていた。
「……え?」
レインは言う。
「もう一度。」
二射目。
ガンッ!
中央。
三射目。
ガンッ!
中央。
四射目。
五射目。
六射目。
すべて命中。
しかも。
全部が中心付近だった。
誰も笑わなくなった。
ガルドが腕を組んで唸る。
「これは……。」
リリアは目を輝かせていた。
「すごい!」
セラだけは呆然としている。
「私が……?」
自分の手を見る。
「私が当てた……?」
レインは首を横に振る。
「違う。」
セラの顔が曇る。
だが、続く言葉は彼女の予想とは違った。
「当てたんじゃない。」
「君は、敵が来る場所に先に矢を置けるんだ。」
「……先に?」
「君が見ている二つ目の像は、たぶん少し先の未来だ。」
セラの瞳が大きく開く。
「未来……。」
「今まで誰かに相談したことは?」
「あります。」
セラの表情が暗くなる。
「目がおかしいって言われました。」
「治療院にも行きました。」
「でも異常はなくて……。」
「それで私は、弓使いには向いていないって。」
レインには理解できた。
才能とは。
正しく理解されなければ、欠点に見える。
リリアの低い魔力量もそうだった。
ガルドの低い攻撃力もそうだった。
そしてセラの未来視も。
能力がないのではない。
能力が常識から外れすぎているから、無能に見えていた。
「セラ。」
レインは再び手を差し出した。
「もう一度聞く。」
「俺たちと来ないか?」
セラはその手を見る。
「でも……。」
「怖いか?」
「はい。」
正直な答えだった。
「また追放されるのが怖いです。」
その言葉に、リリアが反応した。
「私も怖かったですよ。」
セラが振り向く。
リリアは笑っていた。
「私も追放されました。」
ガルドも口を開く。
「俺は五回だ。」
「五回!?」
「自慢にはならんがな。」
ガルドが豪快に笑う。
そして最後にレイン。
「俺は三回。」
セラは三人を見る。
「……全員?」
「ああ。」
レインは答える。
「ここには、一度も捨てられたことのない人間はいない。」
「だから俺は。」
少し間を置く。
「少なくとも、才能を試しもしないで仲間を捨てることはしない。」
セラの目から、一筋の涙が落ちた。
慌てて袖で拭う。
「……一つだけ。」
「何?」
「条件があります。」
レインは頷く。
「聞こう。」
セラは真剣な顔で言った。
「もし私が本当に役に立たなかったら。」
「ちゃんと言ってください。」
「黙って捨てないでください。」
レインは少し驚いた。
それから。
静かに答える。
「約束する。」
「問題があれば話す。」
「一緒に方法を考える。」
「それでもダメなら、その時もちゃんと話す。」
セラはしばらくレインを見つめた。
そして。
差し出された手を握った。
「よろしくお願いします。」
その瞬間。
レインの視界が光に包まれる。
――【仲間を獲得】――
【セラ・フィーネ】
潜在才能★★★★★
加入完了
――【パーティー構成人数:4】――
――【世界最強パーティー結成率:7%】――
さらに。
見たことのない表示が現れた。
【特殊条件達成】
異能者を三名発見しました。
《潜在才能鑑定》が進化します。
レインは息を呑む。
【新能力】
《連携適性》
仲間同士の能力を組み合わせた際に発生する、新たな可能性を可視化します。
その瞬間。
リリア。
ガルド。
セラ。
三人の間に、青白い光の線が見えた。
【ガルド × リリア】
守護結界+星魔法
《星壁》
【ガルド × セラ】
絶対挑発+未来視
《未来誘導射撃》
【リリア × セラ】
星属性+未来視
《星導狙撃》
そして。
三人すべてを結ぶ光が、レインへ集まる。
【レイン × リリア × ガルド × セラ】
条件未達成
?????
レインは目を細めた。
(まだ何かある。)
この四人だからこそ使える力。
だが、今はまだ届かない。
レインは三人を見た。
落ちこぼれ魔法使い。
攻撃できない盾役。
当たらない弓使い。
そして。
三度追放された後衛。
世間から見れば、寄せ集めの無能者たち。
それでもレインには見えていた。
この四人には。
誰も知らない未来がある。
◇◇◇
同じ頃。
アルトから遠く離れた《黒霧の大迷宮》。
「カイル!」
聖女の悲鳴が響いた。
勇者カイルが地面へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
目の前に立っていたのは、以前にも倒したことのあるオーガだった。
強敵ではある。
だが。
以前なら苦戦する相手ではなかった。
「何でだ……。」
カイルは立ち上がろうとする。
身体が重い。
剣も重い。
魔法使いが叫ぶ。
「もう魔力がありません!」
「何だと!?」
「まだ戦闘を始めて十分だぞ!」
「私にも分かりません!」
聖女も青ざめている。
「回復が……。」
「以前の半分くらいしか……。」
カイルの頭に、一人の男の姿が浮かんだ。
荷物を背負い。
料理を作り。
装備を整え。
戦闘ではいつも最後尾にいた男。
――レイン。
「まさか……。」
だが。
すぐにその考えを振り払う。
「あり得ない。」
「あいつはDランクだ。」
「ただの荷物持ちだぞ。」
その時。
オーガが再び棍棒を振り上げた。
カイルたちは知らなかった。
自分たちが失ったものの大きさを。
そして。
自分たちが「無能」と捨てた男が今まさに、世界最強となる仲間たちを一人ずつ集め始めていることを。




